640氏による強制肥満化SS

640氏による強制肥満化SS

『盗難』

 

 

 

−1−

 

薄暗い取調室の中で、1人の女性が捜査官と対面していた。
「こちらで確認できただけでも窃盗411件に強盗202件。
 器物破損、不法侵入、暴力行為、もろもろの余罪を含めれば禁固20年は下らんだろうな」
「へえ、そりゃ凄いねえ。あたしもなかなかの大物になったじゃないか」
捜査官の言葉に、女は余裕の表情でうそぶく。
女の名はイルダ。雌豹を思い起こさせるしなやかな肢体を武器に、この国でbPと目される盗賊に上り詰めた女性である。
盗んだ宝石は数知れず、監獄に収容されたことも数知れず。
しかし、何度拘留されようともイルダは必ず脱獄してみせた。
その鮮やかな手口は「手足をもぎ取りでもしない限り、イルダを監獄に繋ぎとめておくのは不可能」とまで言われていた。
また、イルダは悪名高い貴族や実業家のみを標的とし、社会的な弱者からは一切盗みを行なわなかった。その義賊的な行動と類稀なる美貌も相まって、一般市民の中にはイルダを英雄視している者までいる始末だった。
「随分余裕じゃないか。20年も経てばお前もいい年だぞ?」
「あーら、そんなにいるつもりはないんだけどねえ。
 まっ、あなたの顔を立てて2日くらいはいてあげてもいいけど?」
クスクスと笑うイルダ。
今回も必ず脱獄してみせる、そう顔に書いてあった。

 

「手こずっているようだね」
取調室のドアが開き、年配の男が入ってきた。
「ああ、ボス。この通りでして…
 容疑は全て認めていますが、反省している様子は微塵もありません」
「そうだろうと思ったよ」
ボスと呼ばれた男――室長は苦笑してみせる。
「あら、今度はやけに渋いおじ様が出てきたわね。あたしに何か御用かしら?」
「うむ。少し相談があってね。君、悪いが席を外してくれないか」
「はい」
室長に人払いされ、捜査官は取調室から出て行った。

 

「さて。相談というのは他でもない、君の処分についてなんだが」
「あら、刑期を縮めてくれるとか?」
「ほう、勘がいいね。その通りだ」
「へえ?」
「場合によっては短縮どころか即日放免してもいいと思っている」
「どういう風の吹き回しかしら?」
イルダが訝しげに室長の顔を覗き込む。
「どうせ君のことだ、拘留したところで数日もしないうちに脱獄を図るのだろう?
 君の脱獄を警戒するのにも手間がかかるのでね。
 だったら協力をとりつけてさっさと釈放した方がまだマシというものさ」
「ふうん…」
(とてもじゃないけど額面通りには受け取れないわねえ。
 ま、話だけは聞いてみないと始まらないか)
「で、何をやればいいのかしら?」
「協力してくれるのかね?」
「内容によるわね」

「うむ、では説明しようか」

 

−2−

 

「…防犯訓練ねえ」
「君はスリの腕前も一流なのだろう?」
「それで警官の財布をスッてほしいってわけ?」
「うむ」
要はスリの捜索に当たっている警察官から財布をスリとってほしいということらしい。
「まんまとスラれるような警察官は捜査から外すことも検討するつもりだ。
 だから本気でやってくれたまえ」
「……」
(こんなことで刑期短縮って… 一体何を企んでいるのかしら?)
どうも話がうますぎる。イルダの勘が危険信号を発していた。
「彼らには君の事は伝えていない。あらかじめ知っていては訓練にはならんからね。
 どうだ、やってくれるかね?」
「これを行なうことで余罪が増えるということはないのかしら?」
「そんなケチなマネはしないさ。なんなら誓約書を書いてもいい」
「あら、律儀なのね」
今一つ相手の考えが読めない。

軽口を叩きながらイルダは思案する。
(…ま、デメリットもなさそうだし受けてみようかしら。
 約束を反故にされたところでまた脱獄してやればいいんだし)
「OK。引き受けるわ。ターゲットの顔写真はあるかしら?」
「ああ、ちゃんと用意してある。それと、これを身に着けてほしい」
室長は写真とは別に小さなブローチを取り出してみせる。
「あら、なかなかいかしたデザインね。これは?」
「発信機さ。釈放するにしても、仕事を終える前に逃げ出されては格好が付かんからね。
 スリが終わるまでは身につけていてもらいたい」
「終わり次第、外してしまっていいのね?」
「ああ」
その程度のものなら邪魔にはならないだろう。
イルダは素直にブローチ型の発信機を身につけた。
「では早速やってもらうとしよう。付いてきたまえ」

 

−3−

 

「この駅の構内に、一般市民に扮した捜査員がいる。よろしく頼むよ」
手錠を外され、イルダは護送車内から公道に降り立った。
「全員からスリとったらそのまま帰らせてもらうわよ」
「ああ。まあ、できれば財布だけは置いていってくれるとありがたいが」
「いいわよ。小金に興味はないしね」
「小金ね。まあ金持ちでないのは確かだが」
苦笑する室長にイルダは軽く手を振り、駅へと歩いていった。

 

***

 

(これで3人目。手ごたえないわねえ)
イルダは順調に捜査員から財布をスリとっていった。もちろん、まだ誰にも察知されていない。
「…それにしてもジトジトしてるわねえ」
人が多いせいか、湿気を多く感じる。
イルダはじんわりと吹き出てきた汗を拭こうとハンカチを手にするが、ふと違和感を感じて自分の指を見た。
「あら?」
イルダの指は心なしかむくんでいた。
(うっ血… って感じではないわね。どうしたのかしら?)
本来はすらっと細かった指が今は若干太くなっており、触って見るとぷくぷくとした柔らかい感触が得られる。
(水ぶくれ? そんなに水分を摂った覚えはないけれど)
不思議に思ったイルダだったが、そういうこともあるのだろうとさほど気に留めず、次のターゲットの探索に意識を向けた。
しかしこの時、イルダはもっと自分の体を注意深く観察するべきだったのだ。
二の腕を。乳房を。腰周りを。太股を。
そうすればその後の運命は大きく変わっていたかもしれないのである。

 

−4−

 

「フゥフゥ… これで8人目、と… フゥーッ」
イルダは大きく息を吐く。
「フゥ… なんだか今日はやけに暑いわねえ…」
大粒の汗を流すイルダ。
「汗で指が滑って…… ハァハァ… やりにくいったらありゃしないわ…」
さっきはせっかく抜き取った財布を危うく落としそうになってしまった。
普段のイルダからは考えられないような失態である。
これは汗以外にも原因はあるのだが、イルダはまだそれを認識していなかった。
「っと」
歩くイルダの肩に誰かの肩がぶつかった。
「あら、ごめんなさいね」
ぶつかってきたのはイルダと同年代の男であった。
イルダは頭を下げ、男に上品に笑いかける。
しかし男は不快そうに舌打ちをする。
「…気をつけてくれよ」
男はそう言い放つと、足早に去っていった。

「何よ… 失礼な人ね」
警察官以外にあれほど不快感を示されることは久しくなかったことである。
特に若い男は、イルダの微笑を見れば向こうから媚びた表情になることが多かった。
それだけの美貌をイルダは持っていたのである。
「全く… まあいいわ、さっさと終わらせましょ」
残るはあと3人。
気を取り直し、イルダは次のターゲットを求めて移動した。

 

−5−

 

(あの男ね)
イルダはついに最後の私服警官を見つけた。
くっきりと段のできた顎。
大きく張り出した腹。
丸太のように太く、ある意味で安定感を感じる太もも。  
まさに不摂生の塊の様な醜い肥満体型の男だった。
(本当に警官なのかしら? これじゃ走るのも一苦労じゃないの?)
内心呆れるイルダだが、仕事をする分にはターゲットは鈍重である方がありがたい。
イルダはさり気無く男に接近し、一瞬の隙を突いて見事に財布を抜き取った。
(よし! これでノルマ達成!)
男からたっぷり距離をとってから、イルダはようやく緊張から解放された。
イルダの腕からすればごくごく簡単な仕事ではあったが、それでも多少は緊張するものだ。
何より、全く緊張しないようではプロの盗賊としては失格であるとイルダは考えていた。
「フゥー… うふふ… この一仕事終わった時の解放感が… ハァハァ… たまらないのよねえ…」
息を切らしながら解放感に浸るイルダ。
もう後は発信機を外してアジトに帰るだけである。

「と、その前に… 財布を届けておこうかしら」
抜き取った財布は全てロッカーの一つに保管し、その鍵を後日警察署に送ってやるつもりだった。
イルダはコインロッカーへと歩き出す。
しかしその途中で、またしても誰かと肩がぶつかってしまう。
「きゃあっ」
今回ぶつかったのはまだ未成年であろう、10代後半の若い少女であった。
よほどタイミングの悪いぶつかり方をしたのか、尻餅をついてしまったようだ。
「あら、ごめんなさいね。大丈夫?」
イルダはやはり上品に微笑み、少女に手を差し出した。
しかし、少女はその手を振り払う。
「いたたた… もう、大きな体してぼんやり歩いてるんじゃないわよ! このデブ!」  
「…はっ?」
少女は自力で起き上がり、気の強そうな顔をイルダに向けてがなり立てる。
「ただでさえ混んでんだから、もっと隅っこ歩くとかしなさいよ!
  あんたみたいなデブが道のど真ん中歩いてたら邪魔臭くてしょうがないでしょうが!」
「…ずいぶん失礼なことを言うお嬢さんねえ…」

ここまで侮辱されて引き下がるイルダではない。
腕を組んで仁王立ちの構えを取り、少女と対峙する。
「お嬢さん。人の体をけなす前にまず自分の体を絞ったらどうかしら?」
「はあ?」
「どう見てもあなたの方がしまりのない体をしていると思うけど? 恥ずかしくないのかしら?」
イルダが指摘するように、少女は決してスマートな体つきとは言えなかった。
むしろやや太め、よく言ってぽっちゃりというレベルであろう。
「な、な、な…」
「あら、悔しくてまともに声も出ないのかしら?」
「何言ってんのよっ! どっからどう見ても! あんたの方がデブでしょうがっ!
 頭腐ってんのっ!?」
「全く、聞き分けのないお嬢さんねえ… この通り…」
イルダは視線を自分の体に向ける。
そこには均整のとれた細身の美しい体があるはずだった。
しかし。
「…え?」

そこにあったのは、細身からは程遠い肥満体であった。
異様に張り出した乳房が、薄手の上衣を今にも破らんばかりに内側から押し上げている。
二の腕にも脂肪がまとわりつき、小柄な女性の太ももほどの横幅を獲得している。
だらしなく緩んだ腹の肉は、収納しきれずにシャツとジーンズの隙間からはみ出てしまっている。
「何よその格好は! デブなのに一丁前に細い服着ちゃってさ、
 いろんなところから肉がはみ出てんじゃない!」
「あ…そ、そんな…?」
イルダはいたたまれなくなり、両腕で体を隠すようにしてその場から急いで立ち去った。

 

−6−

 

「はっ… はっ… な、なんで…?」
イルダはトイレの個室内で息を整えていた。
少し動いただけでも息が切れる。それは自覚していたが、単に暑いためだと思っていた。
しかしどうやらこれは急激な肥満によるものらしいと思わざるを得なかった。
「なんで… 気付かなかったの… 服だってこんなに… きつくなってるのに…」
改めてよく見れば、上着のボタンはところどころ弾け飛んでしまっている。
ジーンズのファスナーははみ出た肉のために中途半端に開いてしまい、それ以上閉められなくなっている。  
さらに足の太さとジーンズのサイズが全く合っていないため、ハサミで切断しなければ脱ぐこともできなさそうだった。
仕事に集中していたせいとは言え、こんな大きな変化を認識していなかったとは一生の不覚だ。
「うう… 顔も全くの別人じゃない…」
手鏡で確認してみると、いつもの見慣れた顔はそこにはなかった。
すっかり腫れ上がった頬は、目・鼻・口を圧迫してなんとも暑苦しい印象を与える。
顎の下にはたっぷりとした脂肪が垂れ下がるように付着しており、口を動かすたびにふるふると震える。
はっきり言って醜い。
元々が容姿端麗だったために、そのギャップが激しく、一掃イルダを惨めな気分にさせた。
「きっと警察の仕業ね… 一体何をどうやって…」 

 

−7−

 

「ボス、本当に釈放してしまってよかったんですか?」
「ああ。しばらくは活動できんだろうしな」
室長はタバコをくゆらせながら部下にむかってブローチを投げ渡す。
「このブローチだがな。奴さんに説明したように、発信機の機能もついている。
 だがもっと重要な機能を持っているんだ」
「どんな機能なんですか?」
「これを身に着けた者に、他人の脂肪を吸いとる能力を与える」
「は? 脂肪を吸い取るということは… 太るということですか?」
部下が慌ててブローチから手を離す。
それを見て室長は愉快そうに笑った。
「安心しろ、トリガーを引かなきゃその機能は発動できん」
「トリガーですか? しかしトリガーなんてものはついていないようですが」
「物理的な意味のトリガーじゃない。何か特定の行動を起こすと、
 それがトリガーとなって脂肪を吸い取る機能が働くということだ」
「はあ…」
「今回の例で言えばスリを行なうごとに脂肪を吸い取るようにしておいた」

「なるほど、それで防犯訓練などと偽ってスリをやらせたわけですか」
「そういうことだ。ついでにターゲットもできるだけ太った人間をチョイスしたつもりだ」
「人が悪いですねえ」
「どうせ太らせるなら盛大にやった方が面白いからな。
 ま、太った体じゃ今までのような身のこなしはできんだろう。
 奴さんがダイエットに成功するまでは、この街も平和になるってことさ」
室長は部下に向かって笑いかけた。
つられて部下も笑いかえす。
「ははは… でもあの女のことですから、意外に早く復帰してくるんじゃないですかね?」
「ああ、そうかもしれんな。まあそうなったらそうなったでまた捕まえるだけさ」

 

−8−

 

2週間後。
部下の推測通り、イルダは思ったよりも早く盗賊家業を再開した。
しかし、これほどの短期間で体を絞れるわけもなく、イルダは逃走に失敗してあえなく御用となってしまったのである。
「このまま黙っていては盗賊の名折れ」というプライドが彼女の敗因となった。
ちなみに逃走失敗の直接の原因は、幅の狭い路地を通り抜けようとした際に体が引っかかって動けなくなったという大変情けない理由だったという。
膨れ上がった脂肪の塊が警察官に拘束される瞬間はテレビを通じて中継されたが、美しい女盗賊の変わり果てた姿にイルダファンの男性陣からは声にならない悲鳴が上がったという…

 

 

おわり

 

イルダ


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