748氏による強制肥満化SS

748氏による強制肥満化SS

『ステイルメイト』

 

 

 

 何かおかしい、と相澤政信は不審に満ちた目で部屋の中を見渡した。
「散らかっている」と「片付いている」の中間のような1LDKのアパート。
駅から程近いものの相場と比較して安いため、いわゆる「事故物件」扱いされている代物で、見た目の古臭さも「出そう」な雰囲気に拍車を掛けていた。
相澤自身はそういう類の物は信じておらず、そういった評判を鼻で笑って歯牙にも掛けていなかった。そればかりか、22歳の若さも相まって、「仮に出てきたとしても追い払ってやる」と息巻いていた。が、説明の出来ない事態が起こると多かれ少なかれ薄気味悪さを感じるのも人の性というものだった。
 最初は、隅に重ねていたCDやらマンガやらが崩れているとかその程度だった。
まあ、いびつなジェンガのように最初から危ういバランスを保っていた物が時間と共に重心が移動し、やがていっぺんに崩れるというのはよくある事なので、さして気には止めていなかったし、冷蔵庫に買い置きしてあったはずの魚肉ソーセージが無くなっていた時も、深酒をした翌日だった為、アルコールで正気を失っていて自分で食べた事すら忘れていたのだろうと自己解決していた。
 しかし今日、仕事から帰って来て冷蔵庫を開けたら、ドンブリに入れていた煮物が減っていた。
一瞬、母親が来たのかと思ったが、合鍵は渡していないし、第一に息子に連絡も無しに煮物だけ食べて帰ったりするだろうかと考えた時、相澤の背中に冷たい物が走った。
 この部屋には、自分の知らない誰かがいるのではないか。
 チラリとでもその考えが頭をよぎったが最後、漠然とした不審は明確な不安と緊張に変わった。
 相澤の額を一筋の汗が流れ落ちる。
 普段の気勢は、自分は関係無いだろうという根拠の無い楽観的思考の賜物だった。
相澤は、一度、大きくゆっくりと息を吐くと、努めて何事も無いように振る舞う事にした。
とりあえず、ドンブリを流し台に置いた時、七味のビンが目に留まった。
「いかん。七味切らしてた。買って来るか……。スーパーは……確かまだ開いてるな」
 相澤は、財布を作業服のポケットに突っ込むと、足早に部屋を出た。

 

 相澤が部屋を出て行ってしばらく経った頃。
 押入れの引戸が音も無く、ゆっくりと開いた。中から恐る恐る出て来たのは、一人の少女だった。
少女は辺りをキョロキョロと窺いながら台所へと近付く。裸足でフローリングの上を歩いている為、ペタペタと足音が立つ。
 少女は流し台の前まで来ると、相澤が置いていったドンブリに手を伸ばした。
左手で抱えるようにそれを持つと、料理の具材の割には無骨な切り方をされた里芋をつまみ上げた。
 その時だった。

 

「そこまでだ!」

 

 バンッ、と玄関のドアが乱暴に開けられた音が響くや否や、スーパーに出掛けていたはずの相澤が部屋に踏み込んだ。
今まさに煮物を食べようとした少女は――腰まで届く白銀の長い髪にエメラルドグリーンの瞳を持ち、そして、白いワンピースの上からでも分かる、痩せ型というにはあまりにも痩せぎすの体躯の小柄な少女は、怯え切った表情で立ち尽くすしかなかった。

 

 相澤は、テーブルに両肘を突き、指を組んだ両手で額を支え盛大に溜め息を突いた。
そして、今しがた信じ難い答えを投げ返して来た相手に、再び質問をぶつけた。
「もう一度訊く。お前は、どこのどいつだ?」
「ヨーロッパ以外に……ドイツってあった?」
「俺だって聞いた事ねえよ。あったら、お目に掛かりてえわ。ってか、質問に質問で返すな、揚げ足を取るな。お前は本当はどこの誰だと訊いたんだ。それ以前に人間じゃねえってどういう事だ」
 マイルドセブン改めメビウスの燃えるべき所を余す所無く燃やし尽くした死骸がほぼ円錐形に積もった灰皿を中心に急遽2人分の夕食が並べられたちゃぶ台を挟んで座る少女に、相澤は立て続けに質問を浴びせた。
「え? 人間じゃないっていうのは、そのままの意味だけど……」
「人間じゃねえなら何だ、妖怪か? いくら不法侵入で突き出されたかねえからって……」
 ちゃぶ台越しに詰め寄る相澤から逃げるように涙目の少女は身を引く。
「ウソじゃないよ……。それに妖怪って何? 確かに私は木に宿る存在だけど……」
 そこまで少女が言った時、相澤の頭に疑問符が浮かぶ。
「木に宿る存在? 外に生えてるイチョウがお前か?」
「その……私の場合は、木材に宿ってるんだ。このアパートの柱の一本が私なんだよ」
 相澤は、質問を投げ掛け、返答を受け取る中で少女の話を総合していった。
 曰く、このアパートは木造で、少女は柱になった北洋赤松(またの名をソ連赤松)材に宿っている。
 曰く、木に宿る存在は他にもいて、木と共に成長し、木と共に死ぬ。が、全ての木に宿っている訳では無い。

木は伐採されると、当然ながらそれ以上は成長しない。その為、木に宿る存在も木が伐採された時点で成長が止まる。
宿っている木が破片であっても残っていれば姿を維持できるため、例え木材にされても、自分達は細切れになる事は無い。
 曰く、さっきも言った通り、木が衰えると自分達も衰える。が、木材だと逆になる。
恐らくは、木そのものの生命力による束縛が緩み、優位性があ逆転する為か。
 曰く、自分達に力があればある程、自分達が宿っている木材が使われている建物も長持ちする。
つまり、力が無くなるにつれ、建物は寂れていく。
 曰く、自分達が力を保つ方法は様々。少女の場合、食べ物を摂取する事。
このアパートは住人が少ない為、得られる食べ物も少なく、次第に衰えていった。新築間もない頃の自殺騒動がきっかけ。
銀杏に目を付けた事もあったが、中毒で死にかけてからは手を付けていない。

 

 相澤は、目の前の少女が食事欲しさにウソをついている可能性は無いと結論付けた。
仮に人間だと仮定して、ろくに食べていないが為の成長不良を差し引いても、10歳前後が関の山だろう。その年なら色々な要素を織り交ぜてウソをつく回りくどいやり方より、「何かくれ」と直球で来るだろうからだ。
それに、腹を空かせた年端もいかない子供を追い返したなんて知れたらゾッとする。どこにでもいる噂好きのおばちゃんほど怖い物は無い。
 それに、丁度話し相手も欲しかったのだ。
「おい」
 相澤は顔を上げて少女に呼び掛けた。少女は不安そうに目を向けて来た。
「お前の食費はどうにかしてやる。どうせ、他へは行けねえんだろ? ついでだ、この部屋に住んじまえ」
 少女は泣き笑いの表情を浮かべた。どうしていいか分からなくなった相澤は、ずっとお預けを食らっていた夕食に目をそらした。
 とっくに冷めていた。

 

 夕食を済ませた後、少女はテレビを見ていた。台所から戻ってきた相澤からは、長い白銀の髪とそこから覗く骨張った肩しか見えない。
「面白いか? それ」
 19インチの画面には原稿をセンセーショナルに読み上げているらしい元プロレス実況のキャスターが大写しになっていた。
「分からない」
 ついさっきまでは、怯えたり、泣き笑いしたりと忙しそうな奴に見えたが、今は打って変わって物静かな雰囲気だ。
相澤は、どっちが素なのか分からなくなったが、多分感情の落ち着いている今の方が素に近いのだろう。
 相澤は、ある事に気付いた。
「そういや、名前は? あるんだろ? 俺は、相澤政信ってんだ」
 少女はゆっくりと振り返った。長い髪の向こうにあっらほっそりとした顎のラインが露わになる。
「サーシャ。サーシャでいい」
 少女――サーシャは、それだけ言うと再びテレビに向き直ってしまった。
なんだ、素っ気ねえな、と思った時、サーシャはおもむろに口を開いた。
「そう言えば……七味はどうしたの?」
「あんなのウソに決まってんだろ。見事に引っ掛かりやがって」
 相澤が笑い飛ばすと、サーシャは拗ねた様子で、フンッ、と小さく鼻を鳴らした。


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