607氏による強制肥満化SS

607氏による強制肥満化SS

 

 

俺はパソコンのキーボードから手を離し、椅子の背もたれに背中を預けた。
湯上教授の講義の課題「タイムマシンの開発史」の締切は明日。
だが、レポートはほとんど白紙のままだ。
時間旅行部の活動を優先させて先週の講義をサボらなければよかったと今更ながら後悔するが後の祭りだった。

 

俺は隣の席の黒野を見た。
いつものように机にうず高く積み上げた専門書を読み込んでいる。
「なあ黒野、教授の課題で分からないところがあるんだけど、教えてくれないか?」
「たまには自分で考えたらどうだ」
「同じ大学3年生でも俺は黒野みたいに頭は良くないんだよ」
黒野の前にパソコンを持っていき、画面を見せた。

 

「タイムマシンが発明された年って分かるか?」
「そのくらい時空工学部に所属する大学生として常識だ。2025年」
「たった十数年前のことだったか。もっと昔のことだと思っていた」
「来年は卒業論文を書かなければならないんだぞ。ちゃんと勉強しているのか?」
「実は時間旅行部の活動が面白くてあんまり。ははは」

 

黒野は苦虫を思いっきり噛み潰したような顔をした。
「ああ、お前はタイムマシンで過去に飛んで遊ぶという不謹慎なサークルを主宰していたんだったな。先週は白亜紀に行って恐竜見物をしたと聞いたが」
「ティラノザウルスの卵で目玉焼きを作ろうとしたら、親恐竜に見つかって追いかけられたぜ」
「そのような軽はずみな行動が歴史改変に繋がるんだぞ。タイムマシン安易に使うべきではない!」
「黒野は生真面目すぎるんだよ」

 

化粧っ気はないが端正な顔をしている。華奢だが胸はある。
しかし、堅物すぎて近寄る男は皆無。
学内の男子学生からは『鉄の女』と呼ばれている。

 

「そんなにカリカリするなよ。研究室の冷蔵庫にケーキがあるからそれでも食べて落ち着けよ」
「私は甘いものは苦手だ」
黒野はつかつかと自分の席に戻り、再び読書を始めた。
「あ、まだ聞きたいことがあるんだ。教えてくれよ」
「これ以上は自分で考えろ」
ツンと澄ました顔。本当にかわいくない奴だ。

 

 

翌日。
レポートは徹夜で何とか完成させた。
参考書やネットの引用を切り貼りした実に悲惨な内容だ。
評価は最低ランクで間違いないだろうが提出しないと単位が危ないから出さないわけにはいかない。
足取りも重く、湯上教授の講義が開かれる教室に入った。

 

席につくと時間旅行部の仲林に声をかけられた。
「何、疲れた顔してんだ」
「レポート書くのに徹夜してたんだよ。8時間以上机の前で唸ってた」
「お前のゼミには『鉄の女』がいるじゃん。あいつに頼めばすぐに完成できたんじゃねえの?」
「あいつが人に優しくものを教えると思うか?」
「あー、よく考えたらあり得ないな」
「冷たくあしらわれたんだぜ。「自分でやれ」だって」
「ツンツンしすぎなんだよな、彼女。美人だけど」
そう言うと彼は一枚の写真を取り出した。
「ほら、この間のミスコンの写真。『鉄の女』はむっつり顔だぜ」
覗き込むとビキニ姿の黒野が写っていた。
相変わらず不愛想だが、共に写っていた参加者の中ではスタイルは抜群。
腰なんか砂時計型にくびれている。
「これで愛敬があればな……」

 

仲林が言葉を継ごうとした時、教室の扉が開いて湯上教授が入室してきた。
湯上環教授は国内有数のタイムマシンの権威だ。
若干30歳ながら教授の座についている才媛。

 

「お喋りを止めて参考書を開いてくださいね。今日は122ページのバタフライ効果と歴史改変から始めます」
鞄からノートと参考書を取り出しページを開く。
が、徹夜明けの睡眠不足というのは侮ってはいけないもので。
開始10分で睡魔が毒牙を向いて来たのだ。
徐々に瞼が重くなってくる。

 

湯上教授の声が遠くの方で響いている。
「……すなわち、バタフライ効果とはタイムリープして過去に飛んだ時間旅行者の行為により、現在の事実が書き換えられてしまうことなの。過去のわずかなズレが現在の状況にさざ波のように作用して、最終的に事実の復元は不可能になる。バタフライ効果による意図しない歴史改変を防ぐために時間旅行者は過去の人物と絶対に接触してはならないの……」
湯上教授の言葉が右から左に通り抜ける。
俺の意識はゆっくりと眠りの世界に沈み込んでいく。

 

その時。
「こら、そこ!」
気が付くと湯上教授が俺を指さしていた。
「眠っていたわね。今、私が言ったことを言ってみなさい」
「え、えーと」
徹夜明けの頭は鉛が詰まっているかのように回転が鈍く。
ごにょごにょと口ごもることしかできなかった。
その様子を彼女はじっと見つめていた。
「もう結構です」
淡々と講義に戻る教授。怒らせてしまったかもしれない。
「単位もらえないんじゃないの?」
「うるせえな」
横でニヤニヤと笑う仲林を俺は軽く小突いた。

 

 

チャイムが鳴って講義が終わる。
ノートを鞄にしまっていると仲林が尋ねた。
「このあと講義入ってる?」
「ん? いや、今日はこれで終わり」
「なら、今日もタイムマシンで時間旅行しようぜ。さっき湯上に怒られた口直しにな」
「いいねえ。今回はどの時代に跳ぶ?」
「んー、そうだな……」

 

仲林は講義の後片付けをしている湯上教授に目をやった。
「あの優しい先生がどんな子供だったのか確かめたくないか?」
確かに、それは興味がある。以外とやんちゃだったのかもしれないし。
「じゃあ、20年前か?」
「それだと幼すぎてつまらんな。湯上が中学生だった15年前にしよう」
15年前。俺達が小学生に入ったころだ。
「あの先生が通っていた中学校って分かるか?」
「彼女はSNSで公開していたはずだ。調べてみるよ」
俺達はサークル棟にある時間旅行部の部室に向かった。

 

 

サークル棟の古びた階段を上がり、時間旅行部の部室の扉を開ける。
埃っぽい空気が流れてきて、軽く咳き込む。
「いい加減に掃除しなくちゃな」
隅々まで積み上げられた金属の部品。
事務机の上には散積したコンビニ弁当の容器。
読み捨てられたマンガ雑誌は床で茶色に変質している。
脂で汚れた窓から差し込む光は黄土色で、それがうら寂しい雰囲気を一層引き立てている。

 

その部屋の中央に鎮座しているのは我らがタイムマシン。
人間数人を収容できるカプセル型の容器の横に、時空回路が組み込まれた動力部が付いている。
大学の研究所から払い下げられた中古品だが十分に動く。

 

俺は事務机の上からコンビニ弁当の容器を払いのけ、パソコンを置いた。
電源を入れ、インターネットに接続する。
「湯上教授のSNSは……っと。あった、これだ」
「どこの中学校だ?」
「桜花学園。小中高一貫の超進学校だな」
「全国から優秀な子供が集まることで有名な学校か」
「おそらく校門には守衛がいるだろう。部外者は構内に入れてもらえないと思うぜ」
「それなら俺に考えがある」
仲林は不敵に笑った。
「学園祭の日にタイムリープするんだ。学園祭なら部外者も構内に入れるだろ?」
「相変わらず悪知恵だけは働くな」
俺は笑い返し、早速桜花学園のホームページにとんだ。
「どうやら毎年10月10日に学園祭が開催されているようだ」
「ならタイムリープ先はその日で決まりだな」

 

仲林は手慣れた様子でタイムマシンの動力を起動させ、時空回路にタイムリープする日付を入力した。
「転送端末を持っていくのを忘れるなよ」
「ちゃんとポケットに入れているよ。これがないと元の時代に戻れないからな」
ポケットの中にある携帯電話ほどの大きさの機器をしっかりと確認した。
「OKだ。後は転送カプセルの中に入るだけだな」

 

仲林に続き、俺はカプセル型容器の中に入った。
これまで時間旅行は何度も行っているが、未だにタイムリープする時は緊張する。
「10秒で転送が始まるからな。10……9……8……」
カプセルの底から青い光の粒子が溢れ出し、俺達を包み込む。
「5……4……3……」
視界がゆっくりと歪み始めた。
体中が氷で冷やされていく感覚がする。
手の先から体が半透明になっていく。
「2……1……!」
目の前が青白く輝いた後、俺の体は時空の海に沈んでいった。

 

 

目を開くとそこは何の変哲もない公園だった。
遊具に砂場。芝生広場の中央には街頭時計が立っている。
時間は11時ジャスト。

 

素早く転移端末で現在の年月日を確認する。
きちんと15年前の10月10日だった。タイムリープ成功。
「早速桜花学園に向かおうぜ」
事前に古い地図で目的地周辺の地理を把握している。ここから1kmくらい先だ。
俺達は公園から出て、市街地を歩き出した。

 

コンクリートでできた街並み。行きかうバイクや車。人々の服装。
多少センスが古い感じがするものの、あまり俺達の時代と変わらない風景だった。
「お、見ろよ。俺達がガキの頃流行っていた漫画だぜ。今じゃプレミアがついて手に入らないんだよな」
仲林は本屋の店頭に平積みされていた単行本を見てはしゃいでいる。

 

商店を冷やかしながら歩いている内に、目的の桜花学園にたどり着いた。
赤茶色のレンガ造りの巨大な校舎。敷地内を取り囲むように桜の木が植えられている。
校門の上には手作りの「第22回桜花学園学園祭」の看板。
その下を多数の老若男女が行きかっている。

 

人ごみに紛れて構内に入ると、クレープやイカ焼きの美味しそうな匂いが漂ってきた。
校舎へ続く道沿いに数十を超える出店が出来ており、コスプレした生徒達がお客を呼び込んでいる。
どちらを見ても人ばかり。
どうやらかなり規模が大きい学園祭のようだ。
この中から中学時代の湯上教授を探すのは骨が折れそうだ。

 

途方にくれていると「湯上さん」という声が耳に入った。
声は開けたスペースに設けられた休憩所から聞こえてきたらしい。

 

そこには、一人の太った女学生がベンチに座ってたこ焼きを頬張っていた。
傍らには何十個もあるプラスチック製の空容器。おそらくたこ焼きが入っていたと思われる。
その周りを数人の学生が囲んでいる。皆一様に呆れた様子だ。

 

囲んだ学生の一人が彼女に喋りかけた。
「湯上さん、これで30個目だよ。そろそろ体に悪いからもうやめようよ」
太った女学生は口にたこ焼きを含んだままのんびりと答えた。
「んぐ、これだけ食べ物をいっぱい食べられる機会なんて……ふぐっ。学園祭しかないし…はぐ、食べておかなきゃ損だ〜」
膨らんだお腹をさすりながら、彼女は食べることを止めない。
その真ん丸な顔には現代の湯上教授の面影があった。

 

俺はあさっての方向を探していた仲林に話しかけた。
「なあ、あれって……湯上教授じゃね?」
「ん?」
仲林も学生達の方を向き、目を凝らした。
「本当だ! 太ってて分かりにくいが湯上じゃねえか」
彼はにんまりと笑った。
「あいつ、昔はデブだったんだな。面白い、記念に写真とっておこうぜ」
懐からカメラを取り出し、シャッターを切った。
「いやー傑作だな。これで当分話の種には困らないぜ」
「現代に戻って湯上教授にこの写真を見せたらどうなるかな?」
「留年確定間違いないだろ」

 

談笑しながら歩いていると、不意にズボンを軽く引っ張られた。
足元を見ると、7、8歳くらいの少女が俺のズボンを掴んでいた。
色白の小さな子だ。
その子は目を潤ませて一言呟いた。
「迷子……」
「どうした? 親とはぐれたのか?」
子供はこくんと頷いた。
「何してんだ、さっさと行くぞ」
「仲林、この子迷子らしいんだ」
「俺達には関係ないだろ。放っておけよ」
「はあ? どうして?」
「いいから関わり合いになるな」
「薄情なやつだな」
「湯上が講義で言っていたこと忘れたのか!」
「こんな小さな子供を放置しておけるわけないだろ!」

 

俺達の言い合いに触発されたのか子供が泣き出した。
「ああ、ごめんごめん」
必死であやすが子供は泣き止まない。
「あ、そうだ。ちょっと待ってて」
俺は近くにあったチョコバナナ屋の屋台でチョコバナナを一本買った。
「はい、どうぞ」
子供に手渡す。
彼女は最初おそるおそるそれを眺めていたが、少しだけバナナの先端を齧った。
「美味しい……」
関を切ったようにチョコバナナに齧り付く。あっという間に一本平らげてしまった。
もう泣いてはいない。
「どうだ、美味しかっただろ?」
少女は俺にぴったりと体を寄せた。可愛い。
「それじゃ、仲林。俺はこの子を学園祭の運営委員会に連れていくから。迷子センターくらいあるだろう」
「あ、待て!」
子供の手を繋いで人ごみの中に消えていく俺の後ろ姿を見て、仲林はぼそりと呟いた。

「どうなっても知らねえぞ……」
#過去改変


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