ある塾講師の歪んだ遊び
A県・日間嘉縞(ひまかしま)町。
ド田舎とまではいかないが、客観的に見れば田舎という部類には十分入りそうな中途半端にショボい町。
今この町では若い住人、特に女性の肥満現象が問題になり始めている。
若い女性ならむしろ過剰なダイエットで痩せすぎる方が問題になるんじゃないかって?
そう、普通ならそうなるだろう。
でも、この町ではそうじゃない。なぜかと言えば、俺がいるからだ。
俺はこの町にある中高生を対象とした学習塾に勤務する塾講師だ。
まだ俺が生まれる前、俺の両親が立ち上げたこの塾は、この地方ではそれなりに名が知れられている存在で、結構な数の学生が通っている。
通う人数が多いということは、必然的にレベルの高い女の子の数だって多くなる。
俺のターゲットとなるのはそういった連中だ。
――塾の一角にある個別相談室。
ここで俺は、一人の塾生を相手に話をしていた。
この塾生の名前は田中智恵。
つい先日、A県ではトップクラスの難関大であるN大の理工学部に合格した秀才で、身長150前半の小柄な身体にサラサラのショートヘアーが良く似合う、可愛い顔立ちをした女の子だ。
「おめでとう。でも、これが終わりというわけではないよ。大学に入ってからが本当の勉強の始まりなんだからね。ところで」
「はい?」
智恵と目が合う。
その瞬間、智恵の顔から表情が消える。
身体の力も抜け、椅子に身体を預けるようにだらんと座り込む。
「(よし。完全に落ちたようだな)」
俺の力。それはいわゆる催眠術のようなもの。
目を合わせた人間に暗示をかけることで、その人間を意のままに操ることができる。
この力に目覚めたのはもう20年近くも前、中学生の頃だったか。
その頃は宿題を他人にやってもらうなどの一寸したイタズラ程度にしか使っていなかったが、塾講師となってからはその立場をフル活用し、進路相談を行うフリをして御眼鏡にかなった塾生をこの力で操ってきたのだ。
「じゃあ智恵、これからいくつか質問をするから正直に答えてくれ」
「はい」
「体重とスリーサイズは?」
「体重は45キロで、スリーサイズは上から80、58、82です」
セクハラまがいの質問にも智恵は抵抗なく答える。
「それじゃ、自分の身体で一番自信のあるところはどこ?」
考えているのか、数秒ほど間を空けてから智恵はゆっくりと答える。
「ええと…腰のあたり…かな… わたし、胸は小さいけど、腰も細くって、友達も褒めてくれるんです。そんな引き締まったウエストが欲しいな、って」
「ふうん…服を着ていちゃよく分からないな…脱いでくれないか。下着は着けたままでいいから」
俺は全裸よりも下着を着けていた方が好きなのだ。
いやまあそれはどうでもいいんだが。
「はい」
智恵は立ち上がり、ゆっくりと服を脱ぎ始める。
ネクタイをほどいて…制服のボタンを外して…上着を脱ぎ…スカートをすとんと落として…シャツのボタンを外して…
「脱ぎました」
「よし、じゃあそのままでいてくれ」
俺はじっくりと観察に入る。
確かに胸は小さめだ。
それなりに盛り上がってはいるがいいところB、もしかしたらAと言ったところだろう。
しかし、本人が言うようにこの引き締まったウエストはすばらしい。
無駄な脂肪など全くついておらず、かといってガリガリに痩せているというわけではなく、触ってみればスベスベの肌が指に心地よい感触を与える。
お尻に向かってなだらかなラインが描かれていて、友人が羨ましがるというのも頷ける。
「それじゃ、写真を撮るぞ。」
智恵の裸体を用意しておいたデジカメで撮影する。
これは重要な記録写真となるのだ。
「智恵、ダイエットに興味はあるのかい?」
「はい」
「どうして?」
「どうしてって…太っていたらみっともないし、やっぱりかっこ悪いから」
「どうしてそう思うの?」
智恵は戸惑いの表情を浮かべる。
あまりにも当たり前のことを聞かれたために、どう答えればいいのか悩んでいるのだろう。
「それは…その…みんなそう言ってるし…」
「それはね、皆が智恵に嫉妬して、これ以上綺麗になって欲しくないからウソを言ってるんだよ」
「え?」
「女の子はね、太っていた方が綺麗なんだ。細い腰になんて全く魅力はないんだよ。ルーベンスだって、ふくよかな女性を描いてるじゃないか。太っていなくちゃ、魅力ある女性とは言えないんだよ」
「それは…そう…なん…ですか?」
「そうだよ」
はっきりと断言してやる。
ここで智恵の価値観を書き換えてやるのだ。
「いいかい、ダイエットするってのは食べたいものを好きなように食べられないってことだ。つまり人間の三大欲である食欲を否定していることになるんだよ。そんなことをしていて本当に楽しいと思えるかい? そして、そんな生物としての本能を無視して魅力ある女性になれると思うかい?」
「それは…」
「なれないだろう? 食べたい時には好きなだけ食べる。満腹になって眠くなったらしっかり眠る。それこそが人間本来の生き方なんだ。わかるかい? わかるよね?」
「は…い…」
「よし。それじゃ口に出して言ってごらん。太っている女性は魅力的、太っている女性は美しい」
「太っている女性は魅力的、太っている女性は美しい」
「繰り返して」
「太っている女性は魅力的、太っている女性は美しい、太っている女性は…」
うつろな表情で言葉を反芻する智恵。
こうして繰り返させることで、自己暗示をかけさせているのだ。
数十回繰り返したところで、智恵を止める。
「よし。もういいよ。それじゃ智恵、これからはしっかり食べて、しっかり睡眠もとるようにね。周囲の人間が食べすぎを注意するかもしれないけど、気にすることはない。みんな嫉妬しているだけなんだから」
「はい」
「あと、これからは1ヶ月ごとに下着をつけた状態での写真を俺に郵送すること。写真は前後左右、できるだけいろいろなアングルから撮ってくれ。写真の裏には体重とスリーサイズも書いておくように。これは定期健診みたいなもので、個人情報が入ってるわけだから絶対に他人には手伝わせず、一人で行うように。他言ももちろんダメだ」
「はい」
「最後に。この部屋を出たら、今日ここで話したことは全く思い出せなくなる。でも心の奥底ではずっと憶えていて、これからの君の行動の指針となっていくんだ」
「はい」
「それじゃ、服を着て帰っていいよ」
再び服を着て退室する智恵を見送り、俺は一息つく。
「ふう…これで後は勝手に太ってくれるだろう」
将来の智恵の惨状を想像し、俺はひとり含み笑いを漏らした。
――1年後。
春休みで実家に戻って来ていた智恵と、久しぶりに話す機会を俺は得た。
この1年で智恵の容貌は激変した。
小柄だった身体は二回りも三回りも大きくなった。
むろん、縦にではなく横にだ。
色白だった顔には血色よく赤みが差し、肌は全体的に脂ぎっている。
一般に女性は男性よりも皮脂分泌は少なめだというのに、このテカリ具合はただ事ではない。
顎・頬にはたっぷりと脂肪がつき、ほっそりとしていた小顔は底辺の広い三角形型の顔に変わった。
貧しかった胸は歩くだけでゆさゆさと揺れ、その存在を主張するほどに立派になった。
腹回りはその胸よりもさらに立派になった。サイズの合う服が見つからないのか、3段腹の3段目がしまいきれずにヘソ出しルックのようになっているほどだ。
引き締まったウエスト――友人から羨望を集め、自分でも自慢に思っていたという細い腰は、今や見る影もない。1ヶ月ごとに写真を送ってもらっていなければ、この人物が智恵ということすら信じられなかっただろう。
「結果は上々だな」
智恵が帰ったあと、俺は私室で写真を整理していた。
背表紙にNo.962と書かれたアルバムに、今日智恵が持ってきた写真を新たに収納する。
さらに、写真の裏に記入されている体重と3サイズをアルバムの余白に書き写す。
「体重102キロ、スリーサイズ116・119・122か。立派に育ったもんだ」
このアルバムには、この1年間智恵が送ってきた写真が全て収納してある。
スマートな美少女が徐々に徐々に醜い脂肪に埋もれていく様は、俺をひどく興奮させる。
ひとしきり眺めた後、アルバムを鍵付きの棚にしまう。
「もうすぐ1000人突破か…」
塾講師となってからはや12年。
その間に太らせた女の子の数は、気付けば4桁の大台が目前に迫っていた。
「おっと…そう言えば、里佳子と香織からも写真が届いていたな」
俺はNo.969とNo.971のアルバムを取り出し、再び写真の整理に入る。
現在俺は智恵のような女をあと8人ほどキープしている。
「ふふ…こいつらも段々太ってきたな…智恵も一段落したし、ぼちぼち新しい獲物を探すかな…」
もっともっと可愛い女の子を太らせ、本人も気付かないうちに辱めてやるのだ。
おそらく俺がこの遊びに飽きることは、一生、ない――
おしまい