208氏その6
「きゃあ、何すんの! 離してよーー」と牝牛が叫ぶ。
今日、「牝牛」を仕入れた。
なんだこれは、まったく未成熟な躰だ。
まるで仔牛ではないか。
平坦な乳房、アバラの浮いた胸、骨ばった手脚、試しに腹の皮をつまもうとしたが全然掴めん。
重さはたったの100ポンドしかない。
「離してよ!」と騒ぎ泣き叫ぶこいつは従順さも足りない。
怒った俺は仕入れを任せたヘクセ(Hexe)という牧童を呼ぶ。
「おいヘクセ。仔牛を頼んだ覚えは無いぞ、こいつは名前を問うても答えぬし、どういうことだ!」。
ヘクセは青ざめて答えた。
「いや、これでも18才の成牛でして。血統も良いと思って...」。
俺が、
「こいつの名前は何だ」
とヘクセに聞くと、振るえた声で「グレーテル」と答えた。
これは駄目だな。ヘクセのような小娘に仕入れを任せたのは間違いだった。
俺はヘクセに向い、
「手足を縛って無理にでもたっぷり食わせろ、もしグレーテルが優秀な『乳牛』にならなければ、代わりにお前を『乳牛』にするからな! 覚悟しておけ」。
と言い、震えるヘクセと仔牛を置いたまま立ち去った。
俺は毎日、厩舎へ監督に行く。
牝牛の出来具合と、牧童たちがサボってないか確かめるためだ。
ふっくらと育った数十人の若い牝牛達が、上気しながら一斉に乳絞りされている様子はいつも壮観だ。
俺はそれを見て満足げにうなずく。
牧童は全て若い女だ。男の牧童は信用ならない。
この間も「コイツなら大丈夫だろう」と見込んで雇い入れたヘンゼルという少年牧童が牝牛を盗んで逃亡した。
牛たちは思い思いの格好で食糧を食べ続け、満腹になると昼寝する。
牧場の自慢は牝牛だ。
普通の牛は4本足で普通の牛乳しか出さないが、俺の乳牛達は二本足で立ち、特別な乳を出す。
乳の出が良くなるように牛たちには高価な食糧をたっぷり食わせ、特別な薬を飲ませる。
我ながら良心的な牧場主だ。
牝牛達の状態をみるため、腹肉と乳房、そして全身を触ってみる。
どの牝牛もタプタプと柔らかく、良い仕上りだ。
どんなに細い牝牛でも、牧場に来て半年もすればふっくらとした従順な乳牛になる。
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2ヶ月後。
グレーテルの事を思い出してヘクセを呼んだ。
ヘクセはグレーテルを連れてやってきた。
「牧場主さま、私の身体をお調べください」
とグレーテルは鳴いた、これの気性は幾分マシになったようだ。
グレーテルの骨ばっていた四肢は丸みを帯び、あかぎれの目立っていた手先の皮膚もしっとりとした質感を持ち始めている。
俺はこいつの冬毛(衣服)を剥ぎ、乳房を確かめる。
まだ全然足りないが最初の頃よりは大分膨れている。
乳の大きさは”D”と言う程度か。
柔かい尻をさすってみると上気しながら「あん!」と鳴いた。これは良い兆候だ。
下腹の皮を掴むと、1インチ少々(3cm)の厚みがある。
ヘクセに重量を聞くと150ポンドと答えた。
まだ乳は出ないが、これなら今後に期待できると俺は判断した。
おれはヘクセに「うむ、大分成熟してきたな。このままいけば良いだろう」と言った。
その言葉に、ヘクセはほっとしたように胸をなでおろした。
ここでヘクセの気が緩んでは台無しであるので、俺はヘクセに
「グレーテルにはもっとたっぷり食わせておけ。不潔にならぬように世話を怠るな」
と釘をさした。
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3ヶ月後。グレーテルを検分。重量は180ポンドになった。
躰は丸みを帯び、柔らかな曲線を描く。
順調に脂肪が付き、成熟が進んでいるようだ。
二の腕を掴んでみたが、十分な軟らかさを持ち始めた。
筋肉はむしろ減っている。折角食わせた高価な食糧が無駄な筋肉になったら大損だが、その心配は無いようだ。
薄暗い畜舎の裏につないでいたせいか、皮膚は色白になってきた。
しみ一つ無い、きめ細かな肌だ。
まるく張り出してきた腹を摘んでみる。
2インチ以上の厚みがある柔らかな腹肉がつかめた。
尻から腿にかけても十分な肉付きで、触ると指先が沈んで行く。
乳房も十分に発育しており、手の平にずっしりとした重みを感じる。
乳の張りを確かめるため、しばらくいじってたら、乳頭から乳がでてきた。
仕上りを確かめるため腰肉を揉んでいると、グレーテルは上気した表情で
「牧場主さま、わたし我慢できません、御褒美ください」
と大きく育った腰を近づけながら鳴いた。うむ、これは良い資質の牛だ。
もうしばらくすれば200ポンドを越え、滋養たっぷりの濃厚な乳を沢山出すだろう。
俺はグレーテルを「明日から皆と同じ畜舎だ」と褒めてやり、乳牛の印である首輪を付ける。
そしてヘクセには
「うむ、良くやった。おまえを『乳牛』にするのは止めにしてやる(とりあえず今回はな...)」
と言った。
もっとも来月にはヘクセも18歳だ。
そうしたらコイツも『乳牛』にしてやろう。
ヘクセはまだ知らないだろうが、ここの牛たちの半分は元牧童だ。
明日、ヘクセに替わる新しい牧童を仕入れに行く。
貧しい村々では口減しに娘を牧場に売りたいという者も多い。
彼らの為にも一肌ぬいでやろう、まだまだ頑張らねば。
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数年後
辛い「乳牛」を勤めあげたへクセ(Hexe:まじょ)は、郊外に手作りケーキの店を開いた。
その名は「森の中のお菓子の家」。彼女の店は繁盛した。
彼女の逸話は口伝されつつ改変を受け、とある学者兄弟により世界に広められた。
[おしまい]
#ヘンゼルとグレーテル,グリム童話