才能

才能

 

 

私の名前は七瀬ヒカル。平凡な高校3年生。
突然だけど、何故か私の周りには優秀な才能を持った子が集まる。
歌がべらぼうに上手い、漫画がプロ級に上手い、スーパーモデルのように整ったプロポーション…
エトセトラエトセトラ。
そんな人達を間近で見るたび、何の取り柄も無い自分が嫌になる。
もちろん、努力が大事というのも分かるが、私の周りの子達はそもそも能力のスタートラインが違い、とても太刀打ちできないのだ。
才能っていいなぁ、と常に思ってきた。
将来の進路を決めるこの時期、その気持ちはますます強くなった。
進路もまだまったく未定だ。
一応就職しようと思うがこんな自分では大した仕事にも就けやしないだろう。
夏休み前の終業式に向かう途中、暑さと自分の将来の事を考え少し憂鬱な気分になった。

 

(今日もあのおじさんいるのかな…)
通学途中のビルとビルの隙間の空間を覗くと、きっちりと正装した初老の紳士が立っている。
(またいるよ… あんな格好で暑くないのかな)
1ヶ月ほど前から、毎朝ここを通るたびに気になっていた。
不思議なのは、他の子に話してもそんなおじさんなんていないと皆が口を揃えて言う事だ。
(ひょっとして幽霊? まさかね…)
まじまじと見ていると、おじさんが私の視線に気付いたのかこちらを向き、目が合った。
(ヤバっ…)
「おや、私が見えるという事はあなた、才能について悩んでいますね」
優しそうな声でこちらに声をかけてくるおじさん。幽霊じゃないみたいね。
「えっ、よ、よく分かったわね。あっ、おじさん占い師?」
「ではこのガチャガチャをお引きなさい」
おじさんの横にはガチャガチャ…
人によってはガシャポンとかガチャポンとか呼ばれてる奴。
それが置いてあった。中にはカプセルが沢山入っている。
これで占いでもするのだろう。

変わった方法で占いをする人達をテレビで見た事がある。
「え、でも私お金持ってないし…」
「お金などいりませんよ」
にっこりと微笑むおじさん。サービスいいなぁ。
じゃあお言葉に甘えてっと… ハンドルを回し、カプセルを取り出す。
「何これ? 肥満って書いてあるけど… わかった、太りすぎに注意って事ね。
もう、失礼しちゃうなぁ。あっ、式に遅れちゃう。おじさんじゃあね!」
「あっ、まだ説明が…」
こうして夏休みを迎え、私は学生生活最後になるであろう休みをエンジョイした。
この時の出来事などすっかり忘れてしまう程に。

 

夏休みが明け、汗をダラダラと流しながら高校に向かう私。
「う〜、暑いよぉ〜」
…当然だろう。夏休みだけで、10kgも体重が増えたのだから。
元は標準体型だったのに、今では女子高生の視点からいえばデブといっても差し支えない。
休み前はぴったりだった夏服はぱつんぱつんになってしまい、脇腹の方には贅肉がはみ出している。
スカートもきつく、ホックは止まらず無理矢理ピンで止めて履いている状態だ。
普通なら制服を買い換えるんだろうが、もう高校三年生なのでさすがに勿体無い。
これからダイエットに励むつもりだし、まぁこれでいいや。
しかし、休みで少し自堕落な生活は送ったかもしれないが、ここまで太るとは思わなかった…
通学途中、あの場所にまたあのおじさんが立っている。
「あ、おじさんまだいる… そういえば、あの時の肥満って占い当たってたな…」
おじさんも私に気付いたのか、帽子を取りぺこりと一礼し、手招きしている。
まだ少し時間に余裕があったので、話をする事にした。
「おはようございます。あの占い当たっちゃいました… ハハ」
「どうも。才能はしっかり発揮されているようですね。この前は説明も聞かずに帰られてしまいましたから… 申し遅れましたが、私は才能を与える者です」
どうも話が噛み合わない。

「え? おじさん占い師じゃないの?」
「違いますよ。私はあなたのような才能で悩む方にチャンスを与えるのが仕事です。そうそう、最近では絵描き志望の青年が『独裁』の才能を引いたりしましたね」
言っている事がよく分からない。
そういえば、何か神々しさのようなものをおじさんから感じる。
まさか神様?
「このガチャガチャには、数多の才能が詰められているのです。あなたがこの前引いたのはいわば『太る才能』ですから… 栄養をしっかり脂肪に溜め込んでますね。余程厳重な食事制限をしない限り、体重はどんどん増えます。そしてとても痩せにくい」
この前の肥満ってそういう事なの… 話が分かってきたわ。
道理でこんなにデブった訳だ…
って、ちょっと待ってよ。
そんな才能… 相撲取りならまだしも、女の私には絶対にいらないじゃない!
「ヤダヤダ! そんなのいらないわよぉ〜!」
おじさんに必死で懇願してみる。デブなんてまっぴらだ。
「残念ですが、一度入れた才能を取り出すという事は廃人になるという事なのです」
「じゃ、じゃあ私はこれからもどんどんデブになるっていうの!?」
「そうなりますね。これからどんなに太ろうとも… 例え普通の人間なら死んでしまう程の巨体になろうと、あなたには何の問題もありません。肥満が原因で健康を損なう事も無ければ、自重で動けなくなる事もよほどの事がなければないはずですよ」
「うぇえ、そんな才能いらないわよ〜」

思わず涙目でわめいてしまう私。そりゃそうだろう。
どうやら私はとんでもないハズレを引いてしまったらしい。
「才能と一言で言っても、現在においては何の役に立たない才能もあるのです。例えば、太古の昔に火を起こす才能があれば周囲から尊敬のまなざしで見られたでしょう。しかし、現在においては… 無用の長物です」
カチリ、とライターを取り出し、火を点けるおじさん。
「戦国時代に人を殺す才能があれば立身出世は思うがままでしょうね。しかし現在の法治国家ではまず必要ないでしょう。そもそも日本に産まれれば、いくら銃器の才能があっても普通は気付かないでしょうし、常夏の南国の人間にアイススケートの才能がいくらあろうとそれに気付くまでも無く生涯を終えるでしょうね」
おじさんの言う事は確かにもっともだ。
「あなたの引いた才能もそれです。長い人類の歴史において、ふくよかな女性は母性の象徴、美しいものとしてもてはやされてきました。ここまで痩せた女性が美しいという異常な信仰が起こったのも、せいぜいここ五十年程のものです。もし食糧事情の厳しい昔ならば、僅かな食料でふくよかで健康的な身体を維持できるあなたは男性から引っ張りだこだったはずですよ」
「で、でも今の世の中じゃひどいマイナス能力よ〜、うぇええん」
泣き出す私をなだめるようにおじさんはこう言った。
「まぁ、あなたはまだ若いですしさすがに可哀想ですね。特別にもう一度このガチャガチャを引かせてあげましょう。ご安心を。特別にどれも現代において有益な物ばかりにしておきます」
そう言うとおじさんはガチャガチャの上のフタを開け、カプセルを取り出していく。
取り出したカプセルには「暗殺」「拷問」「脅迫」などの物騒な単語が入っている。
中に残ったカプセルには、「投資」や「歌唱」、「絵画」などの文字が見えた。
おじさんの言うとおり、どれが出てもプラスになりそうなものばかりだ。
「あの… 好きなの選んじゃだめかなぁ…」
駄目元で聞いてみる。私の狙いはチラリと見えた「美容」や「痩身」だ。

もしかしたら効果を打ち消しあってデブにならなくていいかもしれない。
「そういう訳にはいきません。不確定要素が無いと才能は付かないんですよ」
トホホ、やっぱり世の中甘くない。
私はえい、とハンドルを回し、カプセルを取り出した。
カプセルを見て、辺りを見回すと、おじさんとガチャガチャは跡形も無く消えていた。

 

あれから5年余りの月日が流れ、私はもうすぐ24才になる。
朝、横に二つ並べたベッドからむくりと起きる。
ベッドには金属製の支柱が入っており、私の体重でもびくともしない。
視界を下に向ければ、常に飛び出した二重顎と大福みたいに膨らんだ頬が見え、その下にはたわわに実ったという表現も生ぬるい、これだけで数十kgはあろうかというバスト、そして膝の辺りまですっかり覆い隠す程に垂れ、更に前方にずずんと突き出たお腹の脂肪が存在している。
最後に自分の足元が立ったままで見れたのはいつだっけ…
もちろんお尻も大きなソファーを一人で占領できるくらい大きいし、この重量を支える足もとんでもなく太い。
身体のどこを触っても、ぶよぶよした脂肪の感触しかない。
用を足しても脂肪が邪魔で拭けないので完全にウォシュレット任せ。
女性として… いや、人間として終わってるなと我ながら思う。
私の現在の体重は約400kg。
0.4トン…しかし、体調は健康そのもので、こんな身体なのに立ったり、歩くのはおろか人並みに走る事だってできる。太る才能のお陰で、肥満における身体への悪影響はまったく無い。
この前見た特番で、世界一のデブモデル登場! とあったので見てみたら自分より二回りくらい細いのにほとんど寝たきりの女性が出ており、拍子抜けしたと同時に改めて自分の異常さを痛感したくらいだ。
一年中快適な温度に保たれた家の中では、服を着る必要も無い… というか、
私のサイズの服なんてまず無いし、異常な発汗ですぐにびしょびしょになってしまうので、
ここ数年はずっと下着(もちろん特注品)もしくは全裸で過ごしている。
キッチンに立つと、シーツ程の巨大なエプロンを身に着けた。

といっても背中に手は届かないので頭からすっぽり被るだけだが…
裸エプロンは男のロマンってよく聞くけど私の姿見たらどう思うんだろ、などとくだらない事を考えながら、朝食の用意を自分でする。

 

卵にベーコン、パプリカを適当に切り、ハーブと調味料で適当に味付けし調理した。
「…はぁぁあ、相変わらず、美味しい…」
奇跡的なバランスで調和の取れた味が口一杯に広がる。
一人暮らしなのに、思わず声を漏らしてしまう程美味しい。
あの時私が引いたもう一つの才能… それは料理の才能だった。
それからというもの、適当に材料を混ぜて調理しただけで、恐ろしく独創的で、とても美味しい料理ができるようになってしまった。
お陰で頭では太ると分かっているのに、ついつい作った料理に手が伸びてしまい、体重はどんどん増えた。
…食欲は止められなかった。自分で言うのも何だが、病みつきになるくらい美味しいのだ。
「肥満」と「料理」… 最悪の組み合わせだと思う。
体重が100kgを超えた辺りになると、一生デブとして生きていく決意を固めた。
痩せようと思っても、なかなか痩せない。異常に太りやすい。
しかもいつでも自分の手でどんな一流レストランにも負けない料理が作れる。
これでは痩せられる訳が無い。
肥満体だからかどうか知らないが就職も結局決まらず、バイトをしていたのだが150kgを突破する頃には周囲の視線がさすがに気になり、家にこもりがちになる。
暇つぶしにブログでオルジナルレシピを公開したところ、大反響を呼び書籍化、世界中で大ベストセラーになり、私は一生安定して暮らせるお金を手に入れた。
そして同時に気が緩んだのか体重が爆発的に増え、普通の家では暮らすのが難しいほどの巨体になってしまった。生活に不自由しないお金は十分にあるが、人前にはとても出られないので購入した郊外の一軒家からもう2年は外出していない。

この家は高い買い物だったが、全てが超大型サイズの私に対応しており快適だ。
生活に必要な物は全てネット通販でまかなえる。
連絡を取る友人ももう居ないし、恋人なんている訳が無い。
人との接触なんて時々両親が様子を見に来るくらいのものだ。
この前新しいレシピ本の打ち合わせに来た編集者も、私の姿を見て腰を抜かしたくらい。
あの時の引きつった顔は忘れられない。
まぁ、自分でも無理もないと思う。
私はもう慣れたが、普通の人では一生お目にかかれないくらいにまで太ってるんだから。
もちろん、絶対に顔は公表しないという条件で契約している。
出版社もこんな超巨大デブのレシピ本ではイメージダウンになるだろうから、快く承諾してくれた。
もし街に私が出れば、どんな事態になるか… もっとも、外出用の洋服なんてもう持ってないけど。
おそらくこれからも私はどんどん太り、美味しい料理を作り、健康な日々を送るんだろう。
最近はさすがに体重増加のペースは落ち着いているが、もちろんゆるやかに増えている。
「はぁ… 幸せは幸せなんだろうけど、これじゃあねぇ…」
朝食の後片付けをしながら、動くたびにブルンブルンと揺れる胸やお腹、お尻に二の腕の立派な肉達を感じながら考えてしまう。

 

かつての平凡な自分なら今頃どんな暮らしをしていたんだろうと。
同じ年頃の女の子は、今頃、恋や仕事に充実してるんだろうな…と。
自分の極限までぶくぶくに太った身体に、ため息が出るヒカルでしたとさ。


トップページ 肥満化SS Gallery(個別なし) Gallery(個別あり) Database