877氏その3

877氏その3

 

 

僕の幼馴染が死んで、一ヶ月が経つ。
昔から病弱だった彼女は、僕の目の前で息を引き取った。
病院の管理された食事がほとんどだった彼女にも、好物があった。
それは――――

 

>>

 

この一ヶ月で、墓参りが日課になってしまった。
今日も今日とて彼女のお墓にお供え物を置いて、お線香を上げる。
いつも閑散としている墓地なのに、今日に限ってにぎやかだった。
ああ、そうだ。今日からは
「お盆、か」
蝉の声と太陽が、やけに気に障る昼だった。

 

 

家に帰って親戚と一緒にお盆のご馳走を食べ、迎え火を焚いて、布団に入る。
何か不思議な力でも働いたかのように、眠りに付くのはすぐだった。

 

そして、どこかからの声を聞く。
「もしもーし」

 

どこかで聞いたことのある声だった。
「……もしもーし? 違うかな……やっぱり……」

 

ひどく懐かしいような気もした。
「……う〜ら〜め〜し〜や〜?」

 

……面白そうなので、もう少し目を瞑ったまま焦らしてみよう。
「起きない……曾お婆ちゃんはこれで一発だって言ってたのに……」

 

ああ、これは夢だ。
だって、この声は、居ないはずの人だから。
「あーもう。起きてよー」

 

最後には実力行使で揺さぶられたので、観念して目を開ける。
そこには、僕が覚えているそのままの、幼馴染の姿が――――

 

「――うん?」

 

彼女を見てみると、どうにも違和感がある。
きている白いワンピースは、彼女が生前気に入っていたものだ。
それは間違いないから、違和感は服装の所為じゃない。

 

「あ、やっと起きた」

 

そう言って、寝ている僕を見下ろして手を振る。
二の腕に付いた贅肉が、ふるふると震えていた。

 

……………
生前の彼女は、病弱だった。
そして、ゆったりとして入院着の上からでも分かるほど、極度の痩せ型だった。

 

「……雰囲気変わった?」

 

これ以上無いほど慎重に問いかける。
彼女から寿命を知らされた時と同じくらいの緊張が、脳のシナプスを走っている気さえした。

 

「あ……分かる?」
そういって、はにかみながら足を寄せる。
……明らかに、太い。

 

寝転がったままというのも情けないので、とりあえず起きる。
そして、彼女の身体をじっくりと観察した。

 

胸は、やっと栄養が与えられたようで、ささやかに膨らんでいる。
顔にはほとんど肉が付いておらず、普通の範囲に収まっていた。
ばら色の頬は、むしろ見ていて安心する。
腕もかつての彼女からは考えられないほど柔らかそうになって、動かすたびにわずかに揺れている。
平均的な女子より少々肉付きがいいかな、というくらいだ。
太ももは健康的な太さといっていい。
ちょっぴりオーバーなのが実に健康的である。
ワンピースなのでよく分からないけど、お腹は少しぽっこりした程度みたいだ。
全体的に、生前より健康的で非常によろしい。
複雑なのは、彼女が死んでしまってから健康的な姿を見れたことだろうか。

 

「あの、あんまり見ないで……」
詳細に観察していたので、抗議を受けた。
もう少し見ていたかったが、頬を赤らめるのが可愛かったので視線を外す。

 

「あ、ごめん。どうして、そんなに……イメチェンを?」
尋ねてみると、いきなり上目遣いで睨まれた。
少し涙目。可愛い。

 

「お供え物……」
ぼそりと呟かれた言葉は、ほとんど意味が分からなかった。
「うん?」

 

「墓参り、来てくれたでしょ、毎日」
「うん」

 

「そのときに持ってきてくれたものがあるでしょ」
「あー」
納得。
僕が察したにもかかわらず、彼女の詰問は続く。

 

「それはなあに?」
「シュークリーム」
彼女の好物シュークリーム。
きっと食べたりなかったろうと思って、毎日お墓まで持っていっていたのだ。
お供え物として、保冷剤つきで

 

「そのせいなんだけど……?」
声は少々ドスまじり。
儚げだった彼女は少し体重が増えて、凶暴成分も増したらしい。
いや、今のほうが元気でいいね。

 

「でも、僕も食べたよ? シュークリーム」
お供え物を墓前に放っておくわけにも行かないので、きちんと食べた。
それでとくに体重が変わったということは、無いのだけど。

 

「ほとんど寝たきり少女の基礎代謝、甘く見ないでよ」
「それ僕のせい? 食べるのを我慢すればよかったんじゃ……」
言いかけて、彼女がうつむいて震えるのを見て言葉をとめる。

 

「だって……婆ちゃんたちが貰った物は残すなって……。
他に甘いものたべれる人居なくて……。
しかも私、一番年下だから甘やかしてくれて……」

 

「……今のほうが、健康的で、いいとおもう、よ?」
「慰めなんてっ!」

 

言うと、彼女は向こうのほうに走っていってしまった。
そして、僕も夢から醒める。
……嘘でも、なぐさめでも、無いんだけどなぁ

 

>>

 

翌晩。
またもや彼女は夢枕。

 

「ねえ、ちょっと失礼だと思うんだけど、いい?」
「……だめ」
そう返す当たり、彼女も自覚しているのだろう。

 

「昨日より、ちょっと……」
「それ以上はだめ」

 

それじゃあ、僕のこのあふれる突っ込みはどこへ向ければいいのか。
とりあえず、思考と観察に費やすとしよう。

 

さて、一言で言えば、彼女は昨日より太っていた。
胸は一般的に巨乳といっていいレベルだろう。
昨日より成長した胸のせいで、ワンピースが少し短くなっている。
「……見ないでよ」

 

露出するふとももを隠すようにワンピースを下げようとするけど、
それがかえってお腹を強調している。
昨日よりぽっこり具合がまして、筋肉が無いので少しだらしない感じ。
ちなみにふとももは彼女の抵抗が無駄だといわんばかりに主張して、非常にやわらかそうだ。
二の腕の辺りも増量を果たしていた。
触れば、ふにふにと指が埋まっていくだろう。
昨日は服装のおかげで目立たなかったお尻も、ワンピースの上から分かるくらいには大きくなった。
顔は幾分丸くなって、それでも可憐さは損なわれていない。

 

「どうして?」
苦笑しながら問いかける。
「お盆だから、ご馳走があるじゃない」
「つまり、また食べすぎ?」

 

すると、彼女は言葉に詰まってしまう。
ちょっと言い過ぎたかな?

 

「だって私、生きてる間はあんまりおいしいもの食べられなかったって、
皆知ってるみたいで……。なんか、気づいたらどんどん食べてるの」

 

「そっかぁ……少し気をつけようね」
彼女は頷いて、そのまま消えていった。
僕も、夢から醒める。
気づいたらどんどん食べてるって、それは彼女自身の責任じゃないのかな?

 

>>

 

翌晩。
盆幽霊は三泊四日。
彼女が来るのは今夜で最後だ。

 

「…………」
「…………ゲフッ」
向かい合った時にはもう、彼女は涙目スタンバイ。
それでもこらえきれずに、かわいらしくゲップが漏れた。
そして、その身体も大変なことになっていた。

 

胸はもはや爆乳レベルに大きくなって、ワンピースの中に鎮座している。
形はなんとか保っているけど、それはお腹の助力あってこそだろう。
そのお腹はというと、大きく前に張り出して、ワンピースの丈を大分使っている。
お尻は彼女のワンピースをめくり上げていた。
ワンピースのサイズは昨日より明らかに大きいのに、それでも足りていないのだ。
太ももはぴったりくっついてしまっていて、ミニスカ丈の裾から覗いている。
それでも隠すことは諦めていないようで、彼女は必死に引っ張っていた。

 

「……ご苦労様」
これだけ食べたんだ。
そこには苦労もあっただろう。
「あわれみはやめて……」

 

「だって……」
おとといから昨日の成長に比べて、明らかに……

 

「ち、違うの! 今日はぎりぎりまで食べてたから、まだお腹に残ってるの!
だから大きく見えるだけ! ほら!」

 

勢いよくそう言って、僕の手をつかんでお腹に当てた。
でもどこまで探っても、胃袋の硬い感触は見当たらない。

 

「ごめん、わかんない」
「嘘!」

 

彼女はさらに強く、僕の手をお腹に押し付ける。
それでもやっぱり、柔らかい感触しかなかった。

 

「……ついさっきまで食べてたのは嘘じゃないのよ?」
「ああ、うん」
ゲップで気づいていた、ということは言わないほうがいいんだろうなぁ。

 

「あ、それと……ひとついい?」
「うん?」
一転、本当に恥ずかしそうに彼女が切り出した。

 

「……ちょっと私の家に忍び込んで、ナスに刺さってる爪楊枝、割り箸に変えといてくれない?」
「……うん」
理由は聞かないのがやさしさだろう。
そんな目を向けてみると、彼女は、吹っ切れたように声をあげる。

 

「それより、今日で最後よ、最後。今日を逃したらまた来年。
なにか言うことないの!?」

 

「……ダイエット、頑張ってね」
それ以外に言うことはない。

 

「馬鹿!」
一発平手を食らって、僕は夢から醒めた。
それにしても、柔らかかったなぁ……

 

>>

 

送り火を見つめながら、思う。
彼女は、どうして夢に出てきてくれたのだろう。
なにかを、言いに来たのかもしれない。

 

僕にはそんなこと、わからないけど。
ひとつだけ、確実なことがある。

 

――来年のためにも、お墓参りは欠かせない。

 

 

 

終わり


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