二人のやすか
「残念ながら、春宮さんの病状は思わしくありません。いつ目覚めるともわからない状態です」
「そう、ですか…」
白髪まじりの年輩の医師からそう告げられ、豊崎やすかは下を向いた。
彼女の一番の親友である、春宮咲が病魔に倒れてから早一年、彼女の意識は今だ回復していない。
「咲が早く良くなってほしい。そのためなら、いっそのこと私はどうなってもいいのに…」
病院からの帰り道、やすかは咲の身を案じ、ひとり悩んでいた。
その時、空の彼方からゲラゲラと笑う声が聞こえた。
『その願い、聞き届けたぜ』
「え!?」
やすかは上を見上げたが、曇り空が広がっているだけだった。
首を傾げていると、携帯電話が鳴った。
着信番号は病院の医師からだった。
「春宮さんの容態が回復しました。信じられないことだ…。つい先ほどまで意識不明だったのに」
「本当ですか! すぐ、向かいます」
やすかは夢のような気持ちで来た道を戻ろうとした。
すると、地面から黒い影が湧き上がり、人の形をとった。
『どうだい? あんたの願い、叶えてやったぜ』
影は地の底から響くような声で喋った。それは、先ほど空から聞こえた声と同じだった。
「あ、あなたは…何?」
『人間の願いを叶える存在、ということにしておこうか。
あんたが友人の病気を治してほしいと願ったから、俺がその願いを叶えてやったんだ』
「わ、私は、別にあなたに頼んだわけじゃない。ただの独り言というか…」
『結果的には同じことさ。すでに願いは叶えられたんだ。願いの代償を払ってもらわなくちゃな』
「はあ!? 勝手に人の願いを叶えておいて、代償だなんて、そんな…」
やすかが言葉を紡ぐ前に、黒い影が彼女を取り込んでしまった。
やすかが目覚めた場所は、円形のホールの中央だった。
スポットライトを浴びせられ、石造りのステージに乗せられていた。
「何よ…ここ?」
恐怖心にあおられたやすかは、ステージ上から降りようとした。
が、見えないガラスのような壁に遮られ、逃げることができない。
「気に入ってくれたかな? このステージを」
耳障りな笑い声を響かせながら、ホールの上方に先ほどの黒い影が現れた。
それはグルグルと渦を巻き、やすかの姿をとった。
「ここから出して!」
ステージ上のやすかが声を荒げると、影のやすかは、
ステージ上のやすかと同じ澄んだ声でせせら笑った。
「それはできない相談ね。あなたは願いの代償を払わなくちゃいけないもの」
影のやすかが指を鳴らすと、ステージの床が開き、太く柔らかいゴムのような管が伸びて、
やすかの腕に突き刺さった。
その管はまるで血管のように脈打つと、温かい液体をやすかの体内に注ぎ込んでいく。
「ん…何か入ってきた!?」
不快な感覚に目をつむりながら、管を外そうとするやすか。
しかし、次の瞬間、伸ばした腕はハムのように膨らんだ。
「嫌ぁ! 腕がぁ!?」
腕だけではなかった。
胸も、足も、細くくびれた胴体も、まるで水風船のように丸々と膨らんでいく。
夥しい量の脂肪が、所かまわずやすかの体についていっているのだ。
膨れ上がる体の内圧で、ぽつ、ぽつと服のボタンがはじけ飛び、生地は裂けていき、
やすかは裸に剥かれていく。
「や、やめてぇ…」
やすかは肥大する自らの体をかき寄せ、絶望の喘ぎ声を上げたが、
影のやすかは彼女の姿を見て笑うばかり。
喉についた脂肪のため、自分の声色がくぐもっていることをやすかは気づかなかった。
その間にも、彼女の体はみちみちと贅肉に覆われて行って、肉達磨に成り果てていき。
目は頬についていく肉のせいで細くつぶれていき。顎には2重、3重にもなって。
乳房は奇怪な形になって垂れ下がり。腹には幾重もの分厚い肉の段ができて、
人間の腹とは思えないほど大きくなって。
太ももは、比喩ではなく、象の足ほどの太さがあり。
ついにやすかは150kgを超えてしまった自重に耐え切れず、尻もちをついた。
ホール中に、どずん…と鈍く重い音が響いた。
巨大な桃のような尻が自重で、でっぷりと床に広がった。
「んはぁー…はぁー…」
やすかは、巨大なメスのトドを彷彿とさせる姿に成り果て、暑苦しい呼吸音を立てている。
「いやぁあ…こんな、姿ぁ…」
脂肪につぶれ醜くなった顔に涙を溜めて泣くやすかの前に、影のやすかは降り立ち、耳元で囁いた。
「これで願いの代償は払われたわね。
そんな体じゃ、あなたがやすかだなんて気づく人は誰もいない。
でも大丈夫。これからは、私がやすかとして生活してあげるから、安心してね」
「はぁー…ふしゅぅー…そんな…こと…」
やすかの成れの果ての肉塊の横で、影のやすかは微笑んだ。
「咲、退院おめでとう!」
私が病院から出ると、やすかは花束を持って駆けつけてくれた。
「あ、やすか…心配かけてごめんね」
「いいのよ。1年間も咲は病気と戦ってきたんだもの。咲が回復してくれて本当に嬉しい」
私たちが歩いていると、目の前にとても太った女の子が重たい足取りで走って(歩いて?)来た。
私と同じくらいの年頃だと思われるのに、全身が脂肪でできているような丸々と肥えた女の子。
「咲ぃ…そいつは…違う、の…」
彼女は肉が接合してできたような体を曲げて、膝に手を当てて息を切らせた。すごく汗臭い。
「何? この子…。やすか、知っている?」
私は、彼女の体臭に耐え切れずに鼻をつまんだ。
「知らない。春だから、おかしな人がいるのよ。行きましょ」
私はやすかに促され、座り込む女の子を後に、歩き出した。
後ろから女の子の低い嗚咽が聞こえた。
豊崎やすか
162cm 51kg→162cm 155kg