とある神様の失敗譚

とある神様の失敗譚

 

 

八百万の神々と形容されるように、日本には古来から多くの多種多様な神様がいる。
俺もその一人。といっても天照大御神のような全国規模で有名な神様ではない。
地方の片田舎にある、寂れた神社に祀られている祭神だ。

 

俺の役割は、この地域における美のエネルギーのバランスを保つこと。
簡単に言えば、人間達の容姿が美形とそうでない人に二極化しないように管理するのが仕事だ。
美と醜のエネルギーの総量は一定だが、俺が管理をしていないとそのエネルギーを多く持つ人間
(美男・美女)とほとんど持っていない人間(醜男・醜女)に分かれてしまう。
俺は美のエネルギーを人間達の間で再分配することで、
彼らの美しさをある程度均一に保っていたっていうわけだ。

 

ただこの「力」を使うためには、人間達が俺を信仰する心のエネルギーが必要だ。
何せ、千里眼で数万人もの人間を監視し、美のエネルギーの調整を行うのだから、
それに要する信仰心も莫大だ。現在では俺の神社は荒れ果てているが、
百数十年前は美貌を齎すご利益があると町の娘や遊妓がこぞって参拝していたものだ。
おかげで俺は十分に自らの「力」を使うことができ、一時期は「この地方は美人が多い」と評判だった。

 

しかし。
世の中はすっかり変わってしまった。
今や、人間達は俺のような姿の見えない神様ではなく、新聞や書籍で繰り返し宣伝されている
痩身法や痩せると評判の「さぷりめんと」(南蛮渡来の薬のことらしい)に頼るようになった。
いつしか神社に参拝する人もいなくなり、社殿は手入れもされず、境内には雑草が生い茂っている。
俺は忘れ去られてしまったのだ。

 

当然、俺のことを信仰する人間などいるはずもなく、
十数年間に渡って信仰のエネルギーを得ることができなかった。
その結果、美のエネルギーの均衡を保つ能力を使うことができていない。

 

そして。
この地域の美の平衡は崩れてしまっていた。
容姿の点で、同性ですら恋心を抱くほど恵まれている人間と異性から相手にすらされない
恵まれていない人間の格差は広がった。

 

 

 

その日も俺は神社の縁側で横になって、流れていく白雲を眺めていた。
「力」が使えない今、特にすることがないのだ。青い空にひばりが鳴いている。

 

俺が鼻毛を抜きながら、空に浮かんでいる雲の数を数えていた時、
向こうから大きな人影が歩いてきた。
娘だ。それも30貫(約100kg)はありそうな、ころころと良く肥えたそばかす顔の娘。
力士のような体型で、鏡餅のごとく衣服から突き出たお腹にはうっすらと汗をかいている。

 

俺は上半身を起こし、こちらに歩いてくる彼女に目をやった
(ちなみに人間は俺の姿を見ることができない)。
彼女は賽銭箱の前に立つと、太い指で不器用に財布から100円硬貨を取り出し投げ入れ、
二拝二拍手一拝をした。
「祖父からこの神社のことを聞いてやってきました。どうか私の願いを叶えてください。
私は自分の容姿が嫌で嫌で…幼いころからどんなに痩せようとしても太ったままなんです。
どうか、私の体重を落としてください」
彼女は手を合わせて祈っている。
十数年振りの参拝者だ。
小さいけれど温かいものが俺の胸に流れ込んできた。
久しぶりに感じる信仰のエネルギーだ。

 

娘は小さくため息をついた。
「はぁ…。何をしているのかしら、私。神頼みなんて…。明日は新年度の始業式だわ。
また、同じクラスの秋田みことさんから体型のことで笑われるのかな。
彼女くらい綺麗だったら豊津高校での学生生活も楽しいだろうな。
…帰って明日の準備でもしよう…」

 

ふむ。
俺は重い足取りで歩き去る彼女の背中を注視し、
千里眼を使って彼女の名前と美のエネルギー量を「視た」。
――小町あきなという名か。美のエネルギー量は…たったの5。
少ないな。どうやら彼女は容姿のカースト制度の最底辺にいるようだ。

 

美を司る神様として小町の願いを無視することはできない。
幸い、少ないながらも彼女から信仰のエネルギーを得たのだ。
彼女一人くらいなら容姿を修正してあげることは可能だろう。

 

しかし、誰から美のエネルギーを調達したものか。しばし思案する。
小町が言っていた「秋田みこと」という人物から頂くとするか。
彼女の独り言から推測するに、秋田みことは美人のようだ。
少しくらい小町に美のエネルギーを分け与えても問題ないだろう。
明日、小町が通う豊津高校に行ってみるか。

 

 

 

次の日。
豊津高校に行くと、小町はすぐに見つかった。巨体なので、目立つのだ。
教室の中で一人の女生徒が彼女を嘲笑っていた。
「小町さん。相変わらず、デブですわね〜。何を食べたらこんなに太れるのかしら?」
「あ、秋田さん…」
「みっともないお腹。私だったら恥ずかしくて人前にでられませんわ」
女生徒は水晶の玉を転がすような声で嘲り笑った。

 

この娘が秋田みことか。なるほど、整った顔立ちに締まった肉体。氷のような美貌で威圧感がある。
美のエネルギーを視ると85。かなり高い。
このくらいの量を持っているのなら、小町に多少分け与えたところであまり問題ではないだろう。
せいぜい、美人から普通の容姿に近づき、ほんの少しだけ太る程度だ。

 

俺は小町から貰った信仰のエネルギーを使って、
秋田から小町へ美のエネルギーを35だけ移すと決めた。
つまり、秋田みことが50 小町あきなが40のエネルギーを持つことになる。

 

1回分しか信仰のエネルギーがないため、失敗はできない。
目を閉じて精神を集中させ、「力」を発動させた。
だが、長く「力」を使っていなかったためか、エネルギーの移動を上手く制御できない。
やっとの思いで、秋田から小町へエネルギーを移し終えた。

 

ふう。さて、二人はどうなっただろう。
目を開けると、小町の体はみるみるうちに痩せていった。
妊婦のようなお腹は引っ込み、スラリとした体型になった。そばかすも消えつつある。
反比例するように秋田の体の線がわずかに太くなった。目や鼻の形もわずかに変化する。
(ちなみに美のエネルギー量が変わったことで容姿が変化した場合、
当人には元々変化後の容姿が本来の容姿だと認識される。
また、既成事実もそれに沿って変化する。そうしないと混乱が起って面倒だからな)

 

これで美のエネルギーの再配分は完了。
久しぶりに神様としての己の仕事を成し遂げることができた。
そろそろ二人の容姿も安定した頃だろう。小町と秋田の方を向いた。

 

――だが、容姿の変化はまだ終わっていなかった。

 

秋田の体型は太めからぽっちゃりを通り越し、肥満の領域に踏み込んでいた。
くびれていた腰回りや張りを保っていた顎、その他体のいたるところに、肉厚の贅肉がついていき、
彼女の体型はまるで以前の小町のよう。
さらに、膨れた頬にはそばかすができて、もはや元の怜悧な美貌は見る影もない。
そこにはぷくぷくと赤子のように太った娘がいた。

 

小町に目をやると、こちらは見違えるように綺麗になっていた。
上着のボタンを飛ばすほど膨らんだ胸と細い腰回りが優雅な曲線を形作っている。
そばかすは消え、頬は引き締まり、精悍な印象を与える顔だ。
「秋田さん、大丈夫? 汗まみれだよ」
「だ、大丈夫…です。しかし、太っていると、春の気温でも暑いですわ…」
「秋田さんって痩せたら美人だと思うのにな」
「そ、そんなことありません。生まれてからこの方、ずっと太ったままなのですから。
もっと美人に生まれたかったのですが…」
「そうだ! 放課後、一緒に服買いにいこうよ。
着ているものが変わるだけで大分印象も変わるよ」 
「そ、そうね。 私のようなデブでもおしゃれくらいはしてもよいはずですわ!」

 

俺は急いで二人の美のエネルギーを確認した。
『小町あきな:75 秋田みこと:15』――35だけ移動させるつもりが、70も移動させちまった!
どうしようか。もう一度再配分できるだけの信仰のエネルギーは残っていない。
途方に暮れている俺の横を、容姿が入れ替わった二人が笑顔で通り過ぎていった。

 

(完)

 

 

小町あきな
変化前:160cm 100kg B90 W110 H100

変化後:160cm 48kg B95 W75 H88

 

秋田みこと
変化前:170cm 52kg B85 W72 H82

変化後:170cm 99kg B120 W100 H105


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