334氏その14

334氏その14

 

 

*
『…海東なつきさんの行方は未だ分かっておりません。警察は誘拐の線で捜査を進めています…』

 

テレビには、わざとらしく深刻そうな表情をしたニュースキャスターが、私の顔写真入りのパネルを手に持っていた。

 

男はテレビの画面を見た後、再び私にその濁った瞳を向けた。
「きみはなつきちゃんっていうんだね。良い名前だ」

 

私は嫌悪の念を込めて、男の痩せた顔を睨みつけた。
ビニール紐で何重にも縛られた両足が少し痛む。

 

「怖い顔をしないでくれよ。綺麗な顔が台無しだぜ」

 

私はその顔を直視したくないので、壁に貼られた少女の絵を見ていた。

 

モデルみたいに痩せた体躯で、身の丈ほどもある剣を構えている少女の絵だ。
確か、日曜の朝にテレビで放送されている、ファンタジー系アニメの主人公。
どことなく顔が私に似ているから覚えているのだ。

 

しかし、壁の少女は記憶の中の少女と違い…極度に太っていた。
丸々とした肥えた彼女は蛸のモンスターの触手に絡められ、顔を赤らめている。

 

その絵だけではない。
私が監禁されている部屋の壁には、様々なアニメキャラクターが太らされている絵がたくさん貼られている。
異様な光景だ。

 

「いまから、この顔がブクブクに膨れ上がると思うと興奮するなぁ…。リアルで肥満化ができるなんて…」
男は何やら独り言を言っているが、何の事を言っているのか理解できない。
私はこの状況がどうか夢であってくれとひたすら祈っていた。

 

**
夜道で車に連れ込まれ、どこかも分からない部屋で監禁される…。
まさか、自分がこんな目に遭うとは思わなかった。

 

いや、ただ監禁されるだけならどんなに良かっただろう。
私を誘拐した男は、私に食事を強要してくるのだ。

 

それも生半可な量ではない。
店屋物のカツ丼にピザ、コンビニで買ってきたシュークリームやケーキ、特用のチョコレート…
一日5食も6食も重たい食事が出された。

 

食べきれないと訴えると、男は烈火のごとく怒り、私に危害を加えた。
逃げることもできないので、私は泣く泣く供された食事を平らげるしかなかった。

 

不思議なもので、一週間もすると苦も無く食べきれるようになった。

 

***
太った…と気づいたのは、監禁1か月目のことだった。
きっかけは、誘拐された時に着ていたブラウスのボタンが、動いた拍子に弾け飛んだことだ。
はだけた布地の間からは、以前よりかなりふくよかになった私の胸が見えた。

 

悪いタイミングで、男が食事を持って部屋に入ってきた。
とっさに両手で体を隠した。

 

だが、男は口元を歪ませながらねっとりと私の肢体をねめまわした。
「いい体になってきたね。お腹にも、ほら、こんなに肉がついてきて…」

 

男の荒れた手が、私のお腹のマフィントップをはい回る。
不快だが、男の手つきは妙に慣れていて、贅肉を揉みしだかれているにも関わらず、薄くあえいでしまった。

 

「顎も二重になってきて、どんどん醜くなってきてるね…」
男は満足げにうなずくと部屋から出ていった。

 

その実験動物を見るような表情に底知れぬ恐怖を感じ、私はこの部屋から逃げられないのだと悟った。

 

****
私がこの部屋に幽閉されてから何日が過ぎただろうか。

 

男が強要する食事の量は次第に増え、今では一日十食、大量の炭水化物や菓子類を食している。
それを平らげることができるようになった私も私だが…。
むしろ、常に胃袋が満たされていないと落ち着かない。

 

*****
春が過ぎ、夏が来た。
段々、部屋の中に饐えた臭いがするようになってきた。
私はたまらなくなって、体中から滴り落ちる汗を我慢しながら、男に換気を頼んだ。

 

すると、男は窓を開けながら、その臭いは君の体臭だとせせら笑った。

 

「今朝、新しい服に着替えさせたばかりなのに、もう汗でびしょびしょじゃないか。
全身が肉襦袢みたいだ。手間のかかる娘だねぇ」

 

台詞とは裏腹に、嬉しそうな口調で男は私の衣服を脱がせた。

 

衣服に拘束されていた私の贅肉が、だぼっと広がった。
腹の肉は重力に従って垂れ下がり、床につきそうに。
尻の肉は横にせりだして。

 

監禁されている部屋には姿見がないので容姿がどんな状態になっているのか分からないが、今の私は相当な肥満体のはずだ。
目に涙が溜まった。

 

「泣かないでくれ。今日は、今のなつきにぴったりの服を用意したんだから」
そう言うと、男は手に持っていた紙袋の中から黒のラバースーツを取り出した。

 

私が不満を述べると男は激昂したので、しぶしぶ着用した。
伸縮性のある生地は私の体にぴっちりと張り付き、垂れていた全身の肉がゴムによって引き締められる。

 

「いいよ、いいよ。まるで極太のソーセージのようだ」
男は顔を紅潮させ、私の乳房の頂点にある膨らみを抓んだ。
乳首だ。
頭の先から足元まで刺激が走った。

 

「エッチな声を出して…乳首が性感帯になっちゃったんだね。痩せていた時よりこんなに肥大して…」
男は厭らしい手つきで二つの山を押し続ける。
その後、数十分にわたり、私は男に蹂躙され続けた。

 

「ちょっとやりすぎちゃったかな。お腹が空いただろう」
行為が終わると、男は紙袋から大量の菓子パンを取り出し、うなだれる私の前に並べた。
「たくさん食べて、いっぱい太っておくれ」

 

部屋を出ていく男の背中に向けて、「誰が食べるものか」と心の中で罵った。

 

しかし、1時間もすると、目の前に置かれている菓子パンが食べたくなって仕方がなくなった。
「あの男の言う通りにはならない」とは思っていても、気が付くと目が菓子パンを見ている。
腹の虫が食欲の声を上げる。

 

まるで私の体が私でないようだ。
今の私は…食べることしか頭になくなってしまったのだろうか。

 

小さい菓子パンをひとつだけ手に取り、袋を開ける。
一口齧ると砂糖の甘さが口いっぱいに広がった。

 

あと一口だけ…もう一口くらい…もう一個…本当にこれで最後だから…
我に帰ると、周りには開封された菓子パンの空袋が散乱していた。

 

「やっぱり食べたじゃないか…この豚」
男の幻聴が聞こえた。

 

心の芯が折れる音がした。

 

******
今は何月何にちだろう。
夏が過ぎ、秋が来て、冬が去り、また春が来て…

 

おとこは相変わらず私に高カロリーの食事を提供する。
私は無かん情にそれを咀嚼し、飲み下す。

 

時々、わたしは男に指示された服にきがえる。
それはメイドふくだったりナース服だったりした。

 

私が恥ずかしがるのをみて、男は喜ぶ。
男が喜ぶと、私はお菓子をもらえた。

 

まるで脳が砂糖漬けになってしまったかのように、私はおかしをたべてしまう。
そういえば、以前、なにかの本で砂糖には中毒性があると聞いたっけ。
今の私もそんな状態なのかもしれない。

 

全身にぶよぶよとした脂肪がついている。
ながい監きん生活で、足腰が弱って、からだが重くて立つのもやっとだ。

 

警さつは何をやっているのだろう?
でも、仮に私が発見されたとしても、かわりはてたこの豚を、かぞくは私だと気づいてくれるのだろうか?

 

*******

 

おなかが空いて、目が覚めると男の姿がみえなかった。
外へ出かけてしまったのだろうか。
私に食事をもってきてくれる時間なのに。

 

足首はもうしばられていなかった。

 

のっそりをみを起こし、おとこを探す。
重たい足音がへやにひびく。

 

うごくたびに、贅肉がたぷんたぷんと動き、息がきれる。
暑い。

 

きがつくと、監禁されていた部屋の出口が見えた。
ゆうかいされてから一度も出たことのない出口。

 

うれしい。
やっと外にでることができるかも。
ほのかな期待が胸にやどった。

 

はだしで外にでようとしたその時。
出口の横に姿見があった。

 

そこには、豚がうつっていた。

 

豚は息をしていた。
何十にも重なったあご。首はない。
おっぱいは乳牛のように自重でつぶれていて、たるんでいる。
お腹の肉が服からはみだして、むっちりと横にふとった、巨大なピンクのステーキのようだ。
脚はふっとくて、象のあしのようで。

 

醜い、みにくい、豚だ。
私がぶたを見ると、豚もわたしをみた。
肉でつぶれた小さなめはかなしんでいるようにみえた。

 

ああ、この豚はわたしなんだ。
豚になってしまったんだ。

 

意識がとおくなった。

 

********

 

『…1年前に行方不明になった海東なつきさんが、
本日早朝にX県Y市のアパートの一室で発見されました。
発見時、なつきさんは極度の心神喪失状態で、体重は200kg近くになっていました。
なつきさんを連れ去った犯人は未だ分かっておらず、警察は捜査を続けており…』

 

(終)

 

 

 

海東なつき
誘拐時:164cm 52kg
監禁1か月目:164cm 68kg
監禁4か月目:164cm 112kg
監禁1年目:164cm 197kg


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