デブエルフ
ある冬の日。
雪と氷に覆われた魔の森を、薬草等の資源を調達する為に探索していたら、一人の女性に出会った。
大きな体を揺さぶり、緩慢な仕草で歩くその女性は、自らをこう称した―――
「デブエルフ?」
「違う!ダークエルフ!」
「あー、だから全体的に着てるものや肌色が色黒な感じなんですか?」
「ふん…外見のみで判断するとは、人間は愚かだな…」
「でもエルフって、もうちょっとスラっとしたイメージなのですが」
「わ、私だって好きでこんな身体になった訳では無い!!」
「え〜?」
「そう、あれは私がまだ…森の畔に住み、人間とも交流をしていた頃の話だ。」
「その話、長くなりますか?立ち話は寒いんですけど…」
「私は…人間共の卑劣な罠に掛かり、このような無様な姿になってしまった…」
「あ、聞いてないですね。…うーん、人間の卑劣な罠?何かされたんですか?」
「人間共の食す物は皆、味が多様で、尚且つあざとく食欲をそそる様に工夫されている…」
「あー。要するに、人間の近くで生活してたら食文化に適応できなかった…という感じですか?」
「う…。いや、しかし…私は…
人間の食事は、ダークエルフ族の口に合う事など無いと確信していて…」
「で、実際に食べてみたら意外と美味しくて食べ過ぎてしまったと」
「…いや、その…」
「結局そんな体になるまで自制できなかったんですね。完全に自業自得じゃないですか」
「う…うぐぅ…」
「デカい図体で泣かないでくださいよ。見下ろされながら涙目になられても変な感じですし」
「だ、だって…ダークエルフ族はエルフ族のはみ出し者だから…」
「だから?」
「ダークエルフの国はエルフの国より更に質素というか、
紙みたいに味気ない物ばかり食べているし…」
「そんなにブクブク太るまで怠惰な食生活を送るようなはみ出し者とは、良いご身分ですね」
「ひ…ひどい…」
「でも、そんなに食事が口に合ったなら、何でこんな森の奥に住んでるんですか?」
「そ、それはだな。半年くらい前から街の人間共が、誇り高きダークエルフである私を
不当に卑下するようになって…」
「…そんな体してたら冷たい目で見られても仕方ないんじゃないですか?」
「う…ふぐぅ…」
「また泣いた。と言うか、森の奥に引っ越したのはつい最近なんですね。
道理で見慣れないのが居ると思ったら」
「だって…なんか視線が痛くて、街中を歩けなくなっちゃって…」
「誇り高きはみ出し者が、何プライドの高い事を抜かしてるんですか?」
「ねえ…さっきから酷くない…?」
「だって寒いですし。貴女は寒くないんですか?」
「え?いや…」
「ああそうか。そんな体じゃ寒さなんて感じませんよね」
「ち、違う!これは寒気を遮断するエルフの秘術を使っているから…!」
「秘術の名前は“肉壁”ですか?」
「う…うえぇ…ん…」
「鼻水まで流して泣かないで下さいよ。じゃ、僕はこれで帰りますね」
「え…?」
「そろそろ寒さが限界なんです。真冬にしか取れない薬草なんか採りに来てますからね。
慣れているとはいえ辛いんです」
「ちょ、待て!散々私を馬鹿にして、それで勝手に帰るのか!」
「はい。予定外の立ち話で骨の芯まで冷えてしまったので」
「ま、待て…!待って!ねえちょっと!」
――結局、その女性は誇り高いダークエルフの威厳だの、
昔の自分の美貌だのをしつこく語りながら家までついて来た。
「お前はまだ、私を完全に見くびっているからな」
そして、図々しい事にそのまま居座ってしまった。
「食べて寝るばっかりでブクブク膨らんでいく、プライドだけは高いメスブタが、
何を眠たい事言ってるんですか?」
「ね、ねえ…?何か、だんだん言い方が酷くなってない…?」
ひたすら食べるか寝るかの高慢なダークエルフは、
家に居ついた後も着実にその贅肉の量を増やしている。
うちだって、そんなに裕福な訳では無いのにな。
「お前ももう少し、私への接し方を改めてだな…」
食費ばかりかかる新しい家族は、今日も口ばかり達者だ。