589氏その3
#めだかボックス
『めだかちゃん、ポーカーをしようよ』
生徒会室で箱庭学園生徒会副会長として事務仕事をしていた球磨川禊は、
生徒会長として膨大な書類の山に目を通していた黒神めだかに声をかけた。
「いきなりなんだ、球磨川」
彼女は球磨川の方にわずかに目を遣り、いつものように強い口調で答えた。
『だからポーカーだよ、トランプゲーム。5枚のカードをそろえて役をつくるギャンブルさ』
「ポーカーのルールは知っている。私が尋ねているのは、なぜ仕事中にしなければならないのか、
ということだ」
『なぜ---って。
それは、僕が、突然めだかちゃんと勝負したくなったからに決まってるじゃないか。ほら、めだかちゃんには負けてばっかりだからさ。そろそろ勝ちたいなぁ---と思って』
「貴様らしくないセリフだな」
貴様らしくない---ということは、いつもの球磨川のように刹那的で退廃的でないと
いうことであり、この場合、世間一般の良識的かつ常識的な基準に照らし合わせれば、
めだかのセリフは球磨川への褒め言葉である。
『僕もめだかちゃんといるうちに考えが変わったんだよ。やっぱり人間、向上心が大切だよね』
球磨川は薄笑いを浮かべた---実のところ、それは本心を隠しお茶を濁すための彼の常套手段なのだが。
過去の確執から、球磨川のその癖は当のめだかも十分承知しており、彼女は眉をひそめた。
「貴様から向上心などという前向きな言葉が出るとは思わなかったよ。また生徒会の乗っ取りでも画策しているのではないだろうな?」
『まさか、そんな大それたことは考えていないさ』
その言葉は、「私は何かたくらんでいますよ」と同義なのだが、めだかはあえて言及しなかった。
球磨川の狙いが何であれ、めだかにとっては勝負事自体が好きだったし、
もし仮に---本当にわずかな可能性だが、球磨川がめだかにまともに勝とうと本気で思っているのなら、
人間の成長を是とするめだかにとっては歓迎すべき提案である。
「分かった。貴様の提案を受け入れよう。ただし、1ゲームだけだぞ」
『さすがめだかちゃん、君ならそう言うと(ry。それで、何を賭ける?』
「何?」
『オッズだよ。ギャンブルだから賭けるものがないと盛り上がらないぜ』
「それは---」
めだかは生徒会戦挙の時を思い出し、球磨川との死闘をなつかしがるようにくすりと笑った。
当時、球磨川は『大嘘憑き(オールフィクション)』という、あらゆる事象を「なかったこと」にできる能力を使って生徒会長の座を奪おうと、めだか達箱庭学園生徒会に苦戦を強いらせたものだ。
もっともめだかに負けた後、彼はその凶悪な能力を全て失ったわけだが。
「以前のように、箱庭学園生徒会長の椅子---というのはどうだ?」
『いいね。じゃあ僕は副会長の椅子を賭けるよ』
平然と球磨川は言ってのけた。
もちろん、球磨川のこの提案は、めだかにしてみれば賭けのリスクとリターン---生徒会長と副生徒会長の座---のバランスが釣り合っておらず、はなはだ馬鹿馬鹿しいものである。
だが、真面目な場で不真面目な行動をするということが、球磨川の球磨川たるゆえんであり、
つかみにくい彼の性格を表すひとつの因子なのだが。
けれども、そんな球磨川のトリックスター性を受け入れた上でめだかは勝負を受けるつもりだった。
彼女にはどんな人間をも許容するという信念を持って生きてきたし、
また、彼女の優れた頭脳と超人的な身体能力に基づくカリスマ性がそれを可能にしてきた。
球磨川も彼女の「許容」対象の例外ではない。
「まったく、人を小馬鹿にした貴様らしい提案だな。それでいいだろう」
めだかは頬笑んだ。
『OK♪じゃあ、早速始めるね』
球磨川はポケットからトランプを取り出し配りはじめた。
『ロイヤルストレートフラッシュ。僕の勝ちだね』
球磨川が手札を盤上に開示する。ジャックから2までのトランプがきれいに並んでいた---それも全てスペードで。
「私の負けだ」
めだかの肩が下がる。投げ出した彼女の手札は4のフォーカード。
「腕を上げたな、球磨川。だが、いつものように…」
『「抜け道を使ったんだろうがな」…かな?その通りだよ、めだかちゃん』
球磨川は椅子からゆっくりと立ち上がった。
『奇跡を起こすスキル『賭博師の犬(ギャンブルドッグ』。
元は僕が前いた学園の生徒が持っていた能力だったんだけど、転校する時に借りてきたんだ』
「貴様はその能力を使って奇跡---私に勝利するという奇跡を引き起こしたわけだな。
他力本願とは卑怯だが…実に貴様らしいやり方だ」
『勝ったのは僕なんだから自力本願と言って欲しいね。さあ、賭けたものを払ってもらうよ』
「分かった。今日から貴様が生徒会長だ」
めだかは制服から「生徒会長」と書かれた腕章をはずし、球磨川に手渡した。
球磨川は薄笑いを浮かべながらそれを受け取り---さらに口角を広げて不気味に笑った。
『ありがとう。副会長さん』
そして、めだかに手の平を向けた。それは生徒会戦挙での戦いで『大嘘憑き』を使った時の動作と同じだった。
『さてと---生徒会長でなくなった副生徒会長さんなんて、完璧である必要ないよね』
球磨川の瞳孔が、きゅっ、と縮む。
その時、めだかは球磨川が何をしようとしているのか理解した。
「まさか、貴様の狙いは---」
『大嘘憑き。めだかちゃんの美貌を「なかった」ことにした』
次の瞬間、めだかの体が大きく膨れ上がった。
制服のボタンがぱつぱつに弾け。
大きく開いた胸元からは、もともと大きかった乳房がこぼれるようにあふれ出し。
細かった足は丸太のように大きくなって、お腹には服の上からでも分かるほど、厚みのある柔らかそうな肉の段ができて。
すっきりとしていた顔はふくふくと餅のように膨らんで。
『あはは、前より可愛くなったよ、めだかちゃん』
無邪気に笑う球磨川を、少々頬を赤らめながらめだかはきつく睨みつける。
「き、貴様の狙いは私の生徒会長としての尊厳を貶めることだったのか!」
『そうだよ、親愛なるめだかちゃん。
人のもっとも大事なモノを貶める---これこそが僕の存在意義』
「しかし---貴様の能力は失われたのではなかったのか?」
『やだなあ、嘘を憑くのが球磨川禊の真骨頂だぜ。「『大嘘憑き』が失われた」と嘘をついていだだけさ』
肩を竦める球磨川の嘘を聞きながら、めだかは50kgほど重たくなった体を見下ろし、
せりだしたお腹を両手で抱えた。
余るほどの贅肉が。
震えるほどの皮下脂肪が。
しっかりとした重みを感じさせた。
彼女は生まれて一度も太ったことがない。
むろん、肥満という状態がどのようなものなのか感じたこともない。
最初はものめずらしさから、桃のようなお尻や樽のような太ももをしげしげと眺めていた彼女だが、
我に返ったように重たい体を、ずしんと球磨川の方に踏み出した。
いまさらながら、「デブは格好悪い」という一般的な認識にいたったようだ。
「く、球磨川。私の体を元に戻せ。
生徒会長の座をやるといったが、私の体をいじくれとは言っていないぞ」
『おいおい、そんなつれないことを言うなよ。『大嘘憑き』で「なかったこと」にしたことは元に戻せないことくらいめだかちゃんも知っているじゃないか。
それに---僕は痩せた美少女も好きだけど、太っためだかちゃんも好きなんだぜ』
そういいつつ、めだかのスカートをたくしあげる球磨川。
「ばっ、バカ!何をする!?」
慌てて手をやりお尻を隠すめだか。大きなお尻の半分くらいしか隠すことができなかった。
『今日のめだかちゃんのパンツは水色の縞だね。引き延ばされて細縞になってるけど』
「うるさい!それに---は、腹をなでるのを止めろ!」
『めだかちゃんはお腹に肉が付くタイプだったんだね』
「〜〜〜!!」
デリカシーのかけらもない発言を繰り返す球磨川にめだかの拳が飛んだ。
球磨川は3mほど弾け飛び、壁際の書棚にぶつかって---気を失った。
体重が増えたことでパンチの威力が増していたようだ。
はあはあと息を切らし、数分間顔をうつむけた後。
凛と空を睨みながら、めだかは決心したように誰もいない生徒会室で叫んだ。
「うるさい球磨川も、成敗したことだし---これより生徒会を執行する!
わ、私のダイエット作戦をな!」
背筋を伸ばしためだかの制服ボタンが、宣言と同時に弾け飛んだ。
ちなみに、頼まれていた業務を終えた人吉善吉が生徒会室の扉を開けて唖然とし、
めだかの顔が羞恥心で完全な桜色に染まったのはその直後である。