651氏その3

651氏その4

 

 

世界は二つの大国に二分されていた。
1つは勇敢な女王が率いる人間の国、もう一つは冷酷な女魔王が率いる魔物の国だった。
100年間戦争を行った後、人間達は大攻勢に打って出た。
後に「魔王城の会戦」と呼ばれる大戦役――
この戦いによって人間軍が魔物軍を完膚なきまでに打ち砕き、決定的な勝利を収めた。

 

兵力の過半数を消耗してしまった魔物達には反撃する余力は残っていなかった。
戦争によって国土は破壊し尽され、本拠である魔王城も戦火によって焼失してしまっていたからだ。

 

「…降伏しよう」
魔王は固く結んだ唇をわずかに開くと、一言だけ言葉を放った。
普段は気丈な美女の目の端に初めて涙が浮かんだ。
その様子に配下の魔物達は皆、悔し涙に袖を拭った。

 

こうして壊滅した魔物軍は人間達に降伏し、平和が訪れた。
敗れた魔物達は世界の端でひっそりと生きざるを得なくなった。

 

戦争終結から3年後。
土地を追われた魔王達一行は未開の地に新魔王城を建設した。
小さいながらも自分たちの城。
しかし、なおも人間達は魔物達を悩ませていた。
冒険者と呼ばれる財宝狙いの人間達が新魔王城近辺に度々侵入していたのだ。

 

「ベヒモス将軍、人間共が我が領地に侵入してきました!」
「またか! 今月30回目だぞ」
「若い女が4人だけです。いかがいたしましょう」
「オーク達を向かわせろ」
「前回の戦闘で全滅しました」
「ならば、ドラゴン部隊だ」
「前々回の戦闘でやられました」
「うむ、それではバンパイアの軍勢はどうだ」
「前々々回の戦闘で…」
「うぬぬ、なぜ誰もおらん!」
「実力のある魔物は先の戦争でほとんど死んでしまいましたからね。人手不足が深刻なんです」
「魔王様が新しい魔物を生み出してくださらないからな」
「ど、どうしましょう」
「仕方ない。残存している守備隊で応戦させろ」
「かしこまりました」

 

伝令を送った後、ベヒモスは大きなため息を漏らした。
「…魔王様に人員補充のお願いをしにいくか」

 

魔王の居室は城の最上階にある。
厳重に閉ざされた鉄の扉が入室者に威圧感を与える。。

 

ベヒモスはゆっくりと扉を開け、室内に入った。
部屋は乱雑に散らかっていた。
床には果物のカスや鳥の骨、菓子の袋で埋め尽くされていた。
部屋の中央には肥え太って変わり果てた容姿の魔王が座っており、テレビゲームに熱中している。

 

「魔王様」
「ちょっと待ってて…今忙しいんだから」
「人間達が攻めてきています。新たな魔物を生成していただきたく」
「ラスボスを倒すのに…手一杯だから、無理」
「ゲームは止めてください」
「魔物を作るのには魔素がいるし…」
「魔素は人間共の絶望から得られるでしょう」
「…こんなになった私の姿を見て…人間達が怖がると思う?」
魔王は脂肪で膨れた頬をさらに膨らませた。
「しっかりしてください! あなたは魔物のリーダーなのですぞ!」
「ひっ、…ご、ごめん…」
魔王は太い腕を上げて頭を覆った。
その姿は、かつて戦場で先陣を切って指揮を執っていた人物と同一であるとは思えない。

 

「全く」とベヒモスは深くため息をついた。
戦争の敗北は魔王の心に深い傷を負わせていた。
部下達を死なせてしまった罪悪感。国を守れなかった無力感。人間達からの軍事的政治的圧力。
それらは若い彼女に背負い切れるものではなかった。

 

ストレスからくる極度の精神的緊張。その結果、彼女は過食症になり、部屋に引きこもった。

 

ある日突然、彼女は自室に籠ったまま出てこなくなったのだ。
不摂生な生活により、綺麗だった銀色の髪は艶を無くし。
かつて強い意思の光を宿していた赤い目は死んだ魚のようになり、
今は食べ物とゲームの敵を負うことだけに向けられている。
数年にわたる運動不足と過食により、人間達に恐怖と畏怖を与えていたグラマラスな肉体は
ポッコリ三段腹の肥満体に変貌していた。

 

「魔王様、少しは運動しましょう。健康に悪いですぞ」
「う、運動なら毎日してるよ。ほら…」
ゴロゴロと室内を転がる魔王。
「…ルームランナーを持ってこさせます。ランニングをして汗を流しましょう」

 

ほどなく、ルームランナーが魔王の部屋に運び込まれた。
「まずは低速で」
静かにベルトコンベアが動き出す。
「軽いジョギング程度の速度です。10分を目指しましょう」
「はぁ…はぁ…」
ドスドスと魔王の足音が室内に響きわたる。
しかし、数分もしないうちにそのリズムは崩れ始めてきた。
「ぶひぃ、ぶぁ…き、きづい…」
「まだ走り始めたばかりですぞ」
「ひぃー、っぶふぅー…」
玉のような汗が彼女の三段腹を流れ落ち、ベルトコンベア上に広大な汗染みを形作った。
「も…う、無理…」
ドスンと尻もちをつく魔王。地響きが鳴った。
「なんと情けない」
「コーラ…コーラを…」
のそのそと冷蔵庫まで張っていく。

そして、コーラの2Lボトルを取り出すと堂に入った姿勢でラッパ飲み。
「甘いものは禁止です!」
「う…うるさい…!」
「うごぉ!?」
魔王が叫ぶとベヒモスの巨体が吹き飛ばされた。
跳ね飛ばしの魔法を使ったのだ。
老将軍はしぶしぶ魔王の部屋から退室した。

 

ベヒモスが出ていった後。
魔王は自室で布団にくるまっていた。
「はぁ…またベヒモスにあたっちゃった…」

 

このままでは駄目なことは彼女自身もよく理解していた。
しかし、過去の敗北がトラウマになり、立ち直るための一歩が踏み出せずにいた。
かつて人間達から恐れられていた自分を取り戻せるか、自信が持てずにいたのだった。

 

「そうだ…こんな時は」
戸棚を開けるとと、そこにはポテトチップスの袋があった。
その袋を開けて中身を頬張る。
「ストレスは食事で解消…。…ん、おいし…」

 

ベヒモスは焦っていた。
(私の目が黒いうちになんとか魔王様を更生させなければ)
彼女が引きこもってから経験豊富なベヒモスが国政を取り仕切っていたが、彼も若くない。
1000歳を超す老齢のため、いつ天からのお迎えがきてもおかしくないのだ。
「自信を取り戻させるにはどうしたものか…」
考え込んでいると、廊下の向こうから1匹の魔物が近づいて来た。
「む、キョンシーではないか。お前が地下の実験室以外にいるなんて珍しいな」
「研究が完成したからね〜」
キョンシーは嬉しそうにぴょこぴょこ飛び跳ねている。
「今回の発明品はすごいんだよ〜。今から魔王様に見てもらうんだよ〜」
「また役に立たないガラクタか?」
「ひどいな〜。今度のは画期的なんだから〜」

 

キョンシーは懐から手帳ほどの大きさの機械を取り出した。
液晶画面とボタンがいくつかついており、頭の部分からは細いアンテナが伸びていた。
「見たところ何かの遠隔操作装置のようだが」
「正解〜。ちょっと見ててね〜」
そう言うと、キョンシーはベヒモスに向かってアンテナの先端を向けた。
「スイッチオン〜」
「?…なんだ!? 私の体が!?」

 

ベヒモスの背が縮んでいく。
筋骨隆々だった巨体はボリュームを無くしていき、荒くれだった皮膚は滑らかに変化していく。
数十秒後、そこには一人の幼女がちょこんと立っていた。
「実験成功〜」
「ふ、ふざけるな。元に戻せ!」
「この機械は肉体再構成装置っていってね〜。アンテナを向けた生物の姿形を思いのままに変えられるんだ〜」
そう言ってさらに別のボタンを押す。
「ふぇぇ〜、今度は何したの?」
「これの優れているところは〜性格とか体質とかまで変えられちゃうことなんだよ〜」
「解除」と書かれたボタンを押す。
ベヒモスは元に戻った。
「き、貴様…!!」
「あはは〜。なかなか面白かったよ〜」
「全く…そんな道具が何の役に立つというんだ?」
「これで魔王様をおちょくって遊ぶんだよ〜」
「私の部下にはこんなやつしかいないのか…」

ベヒモスは肩を落とした。

 

その時。
武装した1匹の魔物が息を切らせてこちらへ走ってきた。
先ほどベヒモスが遣わした伝令だった。
「べ、べ、ベヒモス様!」
「なんだ、騒々しい」
「人間共が城内へ侵入しました!」
「守備隊はどうした?」
「全滅しました」
「馬鹿な! 実力はそれほど高くないが50人もの武装した兵士だぞ」
「まったく歯が立たず、全員倒されてしまいました。我々の仲間にしたいくらい強いです」
「くそっ!」
「予備戦力を投入願います」
「しかし、もう兵士はほとんど残っておらん。まともに戦えるやつは私とこいつと…」
ベヒモスの目が、キョンシーと彼女が手に持っている肉体再構成装置で止まった。
「おい、伝令。話がある。耳を貸せ」
「なんでしょうか?」

「思いついたのだ。魔王様に自信を取り戻させ、かつ人員を補充できる方法がな」
ベヒモスは口の端を曲げて笑った。
「キョンシーもちょっと来い」
彼らはしばらく話し込んだ後、別々な方向に走って行った。


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