肥に落とされた者 身代わりの渡子
「一週間後、ウィル公国からキューナ・マイス・エルファート女王陛下が来日される」
「彼女を迎えるために君の協力を頼みたい」
「・・・すみません、私に頼まれても困ります」
(いや、本当に協力できるならしたいけど・・・この人たちには無理!絶対マトモな人じゃないって!)
セーラー服の少女、秋野渡子(あきの わたりこ)は黒服の2人の頼みを断った。
理由は、目の前の2人が怪しいから。
その判断自体は正しかった。
何せ、2人は断りの言葉を聞いた瞬間、渡子を気絶させ何処かへ連れ去ったのだから。
目覚めた時、渡子は両手足を縛られ狭い部屋に放り込まれていた。
上の部屋のガラス窓を通した先には
あの黒服の2人がいる。
「協力って何なの!?私に何をしろっていうの!」
「何、簡単なことだ、ただ豚の様に食えばいいんだ」
「食って寝るぐらい、日本人にも出来るだろ?」
「え?」
「もし出来ない様なら、家族や友人に『少し』痛い目に合ってもらうことになるからな」
「・・・・・!」
それから渡子は出される料理をひたすらに食べ続けた。
そうしていれば太るのは当然だが、どういう訳か明らかに太るペースが早すぎる。
それでも渡子は食べ続けた。もし自分が食べるのを止めれば、
家族や友人がどんな酷い目に合うか分からないから・・・
「あの身代わりをあいつらに暗殺させれば・・・」
「日本の政府に汚名を負わせ、外交で有利になれるな」
「暗殺者から女王陛下を守って、俺達のウィル公国での地位も上がるぜ」
「『フルナイン』の真っ当な利用を徹底する保守派は、女王の命を守れないただの無能、
『フルナイン』の軍事目的での使用及び輸出を提言して、冷遇されていた俺達推進派は、もしもに備えた策で女王の命を救った功労者」
「国民共はそう見るはず・・・」
「ああ、愚かな連中だぜ・・・」
そんな会話がされていることも知らず、渡子は食べ続け、太り続けた。
そのまま5日間が経過した。
渡子は、虚ろな目で、目の前の巨体の肥満女性を見る。
それは鏡に映る自分の姿であった。
鏡の横に置かれた写真には、それと瓜二つの体格の女性が写っている。
(この写真の人が女王さまだよね・・・)
(これで、私は女王の身代わりになれるのかなぁ・・・)
(確かに女王でなくても、誰かの命を救う身代わりになれるのなら・・・悪くないかもしれない)
(でも、この人達は身代わりとしてちゃんと使ってくれるかなぁ・・・?)
渡子は虚ろな目で上を見上げる。
窓ガラスの向こうでは、黒服の男たちが別の黒服の男たちに取り押さえられていた。
また銀髪の青年が、自分を連れ去ってきたあの2人を踏みつけている。
そして、奥に見えるのは今の自分と似通った体型の女性。
「・・・女王・・陛下・・・?」
(こうして、キューナ・女王陛下は少し予定を早めての来日をなされた)
(時を同じくして、ウィル公国の特産品である栄養食「フルナイン」の密輸を企むマフィアグループが摘発されたが、それは女王陛下とは無関係なこと・・・日本側はそう認識することにした)
(そして、そのマフィアグループに監禁され、フルナインを悪用した肥満化を受けた日本人少女は・・・)
事件の経緯を回想していた銀髪の青年、ライディ・マウナスは一枚の写真を取り出す。
その写真には満面の笑みを浮かべる2人の肥満女性が写っている。
着ている服も体型も顔立ちも瓜二つな二人だが、よく見ると
片方の女性は、これまで生きてきた年月が肌のしわやその優しげな瞳に浮き出ていて
もう片方の少女は、その未来ある若さが体の肉の張りとして浮き出ている。
「『こうなったのも、何かの縁。誰かに似ている自分として、出来ることをやってみたい』かぁ・・・ふふっ」
ライディは微笑みを浮かべながら、煙草に火をつける。
その煙が昇る空を、太った女王陛下とその家臣達、
そして新たに加わった女王と良く似た太った侍女を乗せた飛行機が飛び上がっていった。