色の重さ
鎌江 卯実(かまえ うみ)17歳 身長161cm 体重38kg
ガリガリの少女。自分に自信が持てない。
「・・・私ってダメだなぁ・・・」
とぼとぼと道を歩きながら、私はそう呟く。
勉強そこそこ、運動ダメダメ、見た目も×。
何においても平均以下の私。
今日だって体育の授業でマラソンやったら周回遅れだったし・・・
「はぁ・・・これでもう少し見た目がよかったらなぁ・・・」
ガリガリな自分の体を見る。
服で隠れているけど、肋骨が浮き出る胸にくびれすぎな腰。
足はまるで棒みたいなんて言われるほどだし。
小食というのもあるけど、いくらなんでも痩せすぎだと自分でも思う。
昔無理して増やそうとしてみたこともあるけど、食べ過ぎで吐いたりして結局体重は増えなかった。
周りからは細くて良いねなんて言われるけど、どう考えても皮肉だと思う。
「・・・はぁ・・・ホント、どうにかならないかなぁ・・・」
とぼとぼと歩く私。
気付けば、周りは知らない場所だった。
「・・・あれ?」
ぼーっとしていたからか、普段とは違う細道に間違えて入り込んでしまったみたいだ。
「はぁ・・・自分の家にも満足に帰れないなんて・・・」
より情けない気持ちになりながら大通りの方を探す私。
すると、目の前に気になるお店があった。
「・・・美貌換金屋?」
おしゃれだけど古めかしい感じのする建物の前に小さな看板があるだけのお店。
外に面した窓から中を覗いてみるとどうやら小物屋みたいだ。
「・・・大通りへの戻り方聞いてみようかな?」
お店の名前は気になるけど、道を聞くだけなら別に関係無いし。
私はそう思いながらお店の扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
カランカランというドアベルの音と一緒にそんな声がお店の中から聞こえて来た。
声のする方を見ると、奥のカウンターの向こうに一人の女性が立っていた。
黒いワンピースにジャケットを羽織った女性。
「あ・・・その・・・み、道を聞きたいんですけど・・・」
「ええ構いませんよ〜。どちらまででしょう?」
「あ、大通りまでで大丈夫です・・・」
「でしたらこの店を出て右に真っ直ぐ行けば着きますよ」
「そ、そうですか・・・あ、ありがとうございます」
「いえいえ、ついでにお暇でしたら軽く見て行かれませんか?」
女性は軽く店の中をどうでしょうって感じに手で指し示す。
・・・確かに入ってすぐ出るのもなんだか失礼な気もする。
「あ・・・じゃ、じゃあ・・・」
そう言って店内を軽く見回す私。
すると、一つのファイルが気になった。
「・・・なんだろう・・・これ」
色が1枚1枚違う色の付箋。
それだけなら普通だけど、開いてみるとびっしりとすでに何かが書かれている。
『会話が極わずかに上手くなる』
淡い青色の付箋にはそう書いてあって、次の付箋は少し青色が濃くなっていてこう書いてあった。
『会話がわずかに上手くなる』
次の付箋は更に色が濃くなって会話が少し上手くなるとある。
そんな感じで青色の付箋は色が濃くなるほど会話が上手くなる効果が上がる様になっていた。
「それが気になりますか?」
「ひゃぁ!?」
いつの間にか横に立っていた店員さんがそう声をかけてくる。
「失礼しました。熱心にみてらしたのでつい」
「い、いえ・・・あの・・・これなんですか?」
「こちらは人の能力を上げてくれる付箋です。
おでこに使いたい付箋を貼り付ければそれで完了のお手軽さが売りですよ」
「の、能力をあげる?」
「はい」
にこやかな笑顔でこちらを見てくる店員さん。
・・・おまじないの様な物かな?
「じゃあ・・・もしも運動能力を上げたいなら・・・」
「それでしたら赤い付箋を貼れば大丈夫ですよ」
言われたとおりに赤い付箋を見てみると、確かに筋肉が大きくなるとか色々書いてある。
「色が淡い物ほど効果は小さく、濃くなれば成る程効果は大きくなります」
「へぇ・・・じゃ、じゃあコレ下さい」
なんとなく道を聞いてはいさようならは失礼だろうし、付箋ならそう高い物でも無いはず。
そう思って手にした付箋を買おうと財布を出した時だった。
「ああ、御代は後でいただきますから結構ですよ」
「後から・・・?」
「あら・・・そういえば説明してませんでしたね。
ここは美貌換金屋と申しましてお客様の美貌を戴いてその分お客様の希望を叶えるという形です。
例えば・・・そうですね、お金を欲しい方にはそのお金と同じ分の・・・
例えば髪の毛なんかを戴いたりするわけです」
「は、はぁ・・・」
どうしよう、変なお店だ。
「その付箋は使った分の美貌を後で勝手に回収させていただきますので、
この場でのお支払いは大丈夫です。
あ、色の濃い方がそれだけ代金も高くなりますので・・・」
「そ、そうですか・・・じゃ、じゃあいただいていきます」
「はい!またのご来店をお待ちしております」
私は付箋を鞄に入れるとそのままお店を出た。
そのまま軽く駆け足で大通りを目指して歩く。
しばらくしてお店が見えなくなった頃、私は大通りへとたどり着いた。
「・・・変なお店だったなぁ」
私は付箋を鞄から出して路地と見比べながらそう呟くしか出来なかった。
・
・
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「・・・」
その日の夜。
私は机の上に置いた例の付箋を見ながら色々考えて居た。
これは果たしてジョークグッズか、それとも・・・
「・・・使ってみれば分かるかな?」
私は赤い付箋の中から『筋肉が少し増える』と書かれた付箋を取り出し、おでこに貼った。
付箋はおでこに数秒間張り付いた後、勝手にひらりとはがれてしまった。
「・・・終わり?」
付箋を拾い上げてみると、すでに粘着面はその力を失ってただの紙になっていた。
「・・・やっぱり冗談かぁ」
多分変なことを言って、客をからかっているんだ。
私はそう考えると椅子から立ち上がった。
【ドン】
「あいたっ!」
そんなに思いっきり立ち上がったつもりは無かったが、体が予想以上に勢いよく立ち上がったせいで私は膝を机にぶつけてしまった。
「おかしいなぁ・・・そんなに勢いよくやったつもりはないのに・・・」
膝を撫でながら、私はそんな事を考える。
ふと、自分の足に違和感を覚えた。
「・・・なんだかいつもより堅い様な・・・?」
触ってみるといつもよりカチカチな気がする。
「・・・もしかして?」
さっきの付箋の力・・・?
体中を触ってみると、ガリガリな私の体に少し筋肉が付いていた。
「・・・嘘」
鑑を見ながらそう呟く私。
つまり、この付箋は・・・
「・・・本物・・・なんだ・・・」
私は付箋をもう一度手に取ると、パラパラとめくる。
会話が上手くなる。筋肉が付く。頭の回転が上がる。記憶力が上がる。視力が上がる。
様々な言葉が書かれた付箋達。
「これさえあれば・・・ふ、ふふ・・・ふふふふ・・・・!」
私は付箋を眺めながら、そう呟くのだった。
・
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・
それから数日で私は劇的に変わった。
視力が上がり、筋肉が増え、会話が得意になり・・・
付箋に書かれた物を一通り試す頃には私はまるで完璧と言っても良いほどだった。
運動は今までが嘘の様に得意になり、今まで20秒近かった100m走で13秒代を出せる様になった。
勉強も分からなかったところが簡単に理解出来る様になったし、
授業も記憶力アップの御陰でノートいらずになった。
また脂肪も増えて、筋肉との兼ね合いからかなり良い感じにグラマーな体型になった。
どうやら付箋を貼るとその分脂肪が増える様だけど、ガリガリだった私には丁度良かった。
変わっていく私を見てクラスの男子達はドンドン色めき立つ。
「ふふ・・・最っ高の気分ね・・・」
ちらちらとこっちを見る男子の視線が妙に心地よく、
私はダメダメだった自分が消える事に快感を覚えていた。
だけど・・・それをよく思わない人達もいた。
今まで美人美人と持て囃されていた女子達だ。
ある日私は彼女達に呼び出され、バケツで水をかぶせられた。
そのままビンタをされ、足を引っかけられて倒れる私。
「目障りよ、アンタ」
それだけ言ってリーダー格の女子が帰ると、取り巻き達も帰って行く。
出る杭は打たれる。
多分そういう事だろう。
だが・・・逆に言えば彼女達は私に嫉妬しているのだ。
「・・・なら、打ちようが無いくらい完璧にならなきゃ・・・」
私はそう決心すると、付箋の色の濃い部分をめくった。
・
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それから、私は色々とやった。
今思えば、見返したい・・・というよりは見下したかったのだと思う。
色の濃い付箋の効果は凄まじく、『頭の回転をとても上げる』付箋を貼ったら
それだけで授業がつまらない物になった。
ちょっと教科書を読めばすぐに分かることを、なんでこの人達は1時間も2時間もかけてやるのか?
私はそう考える様になった。
面倒になった私は『記憶力をとても上げる』付箋を貼り、教科書を全て暗記することにした。
そして、高校をやめた私は家に引きこもりながらひたすら研究をした。
プログラミング、科学、料理・・・家の中で出来るあらゆる物を研究した。
行き詰まれば付箋を貼って先に進み、また行き詰まったら付箋を貼る。
そうやって繰り返し、気付けば私は家で出来るあらゆる事を研究し尽くしてしまった。
その頃になると私の体は付箋の効果で激太りし、まるで肉の塊の様になっていた。
筋肉を付ける付箋を貼ってはみたが、薄い色じゃ筋肉が足りないし、
濃い色じゃ筋肉よりも脂肪の方が多く増える。
結局何枚か薄いのを貼った後、私は普段動けるだけの筋肉を確保してから
今まで研究した物をまとめて色んなところに送ってみた。
その結果、どこも私の研究結果を認めてはくれなかった。
どうやら私の研究が周りには理解出来ないらしい。
嫌気が差した私は馬鹿でも分かる様にするため更に付箋を貼る。
より分かり易いように文章を書き、ようやく私の論文が認められる頃には私は更に太っていた。
まるで赤ん坊1人分程有りそうな胸が二個ぶら下がり、
その下には相撲取りでもあり得ない程の脂肪が付いた腹が見える。
足は片方で30kg以上・・・以前の私ぐらい有りそうだし、
腕は最早最低限の動きしか出来ないぐらい贅肉に覆われている。
首は当然存在しないし、顎なんて肉に埋もれてしまった。
こんな私でも、赤い付箋の御陰で普通に生活出来るだけの筋肉はある。
だけど・・・私は思う。
ここまでする必要は無かったと。
今ならはっきりと言える。
「・・・あの痩せてた頃に戻りたい」
醜い贅肉だらけの体。
何をしてもすぐに理解出来てつまらない現実。
本を読んでも一度読めば完璧に記憶出来るから一瞬の娯楽にしかならない。
下手なミステリーじゃすぐに犯人が分かるからただただ苦痛だ。
論文の御陰で色々と収入はあるから生活に困ることは無いけど、逆に言えばそれだけだ。
ただ生きているだけ。
痩せていた頃の方が・・・何も知らなかったあの頃の方が辛かったけど“生きていた”と思う。
「・・・暇ねぇ」
私はベッドの上で天井を眺めながら、そう呟くのだった。
鎌江卯実
身長:161cm
体重:38kg → 55kg → 142kg → 360kg
B:74cm → 93cm → 134cm → 188cm
W:55cm → 66cm → 122cm → 215cm
H:69cm → 89cm → 137cm → 209cm