雨は嫌い
坂崎 恵(さかざき めぐみ) 28歳
最近肌の衰えを感じる女性。偶然見かけたお店でスキンケア商品を入手して・・・
【ザァァァァアアア】
「・・・雨・・・また降ってきたんだ・・・」
窓を叩き付ける雨の音を聞きながら、私は憂鬱になる。
「・・・また、太っちゃう」
私の呟きに反応するかの様に、体がぷくりと震えた。
ぐぐっと、下っ腹が前に押し出される感覚が伝わる。
腕の肉がより一層垂れ下がり、ずしりとした重さを腕に伝える。
足は既に膝まで肉で覆われ、1cmだって動かせないのに更に肉を蓄えようと蠢く。
胸はだらしなく垂れ下がり、乳首は既に私の目からは見えない位置だ。
どうしてこんな事になってしまったのか。
ふと、そんな事を考えてみた。
あの店のせい?
それともこの商品のせい?
いいや違う。
自分のせいなんだ・・・
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2ヶ月前のあの日。
私は仕事帰りに小さなお店を見つけた。
美貌換金屋と書かれた小さな看板がぽつんと立っているだけのお店。
興味本位で入った私は、奥に居た店員さんに『何か悩みはございませんか?』と聞かれて思わずこう答えた。
『最近、肌の調子が・・・乾燥しやすくなってきちゃって・・・ハリも・・・』
もうすぐ三十路。
10代の頃には考えなかった悩みが幾つも出てくる。
その中でも肌の衰えは一番ダメージが大きかった。
小じわが出てきたし、昔みたいに水を弾かなくなった。
そんな私の言葉に成る程と頷いた店員さんは私に小さな錠剤をくれた。
『1日1回・・・1粒ずつ飲めばお肌の潤いやハリが格段にアップしますよ。
それこそ10代の肌間違いなしです。
詳しくは付属の説明書を読んで下さいね?』
そんな言葉と共に薬を受け取った私は、家に帰ってから早速試してみた。
思えば、この時少しでも疑えば良かった。
怪しいとは思っていた。
でも・・・いざとなるとどうにもあらがえなかった。
店員さんの言葉・・・10代の肌という言葉が離れなかったから・・・説明書も読まずに飲んだ。
翌朝・・・化粧水の乗りが良いことに気付いた私は、小躍りするほど喜んだ。
『この薬は本物・・・本物だわ・・・!』
それからずっと、私は薬を1日1粒飲むようにした。
肌は見る見る若返り、周りからもちやほやされるようになった。
思えば、これが良くなかったのかもしれない・・・
調子に乗った私は、もっと良くなればと思って薬の量を増やした。
より強い効果を求めて、1粒を2粒に、2粒を3粒に・・・ドンドン増やしていった。
最近太ったなと思い始めた頃には、手遅れだった。
私の体は薬の副作用で見る見る内に太りだした。
肌はまるで赤ん坊のように軟らかくぷるぷるになったが、体もぷるんぷるんになっていた。
XLサイズの服でも入らなくなった体。
歩くだけでだぽんと股間に打ち付ける下腹。
大根足じゃなくて丸太足になった太もも。
片方を持ち上げるのも苦労する胸。
三桁の大台に乗った体重。
肌と引き替えに、私は醜い脂肪を纏っていた。
慌てて説明書を読んだ私の目に飛び込んできたのは、警告文だった。
『この商品は空気中の水分を肌の潤いやハリに変換する物です。
この商品を一度に大量に摂取すると、効果を強く発揮しすぎることがございます。
以下の症状が現れた時には、すぐに摂取するのを中止してください。』
その下に書かれた症状一覧の中には、脂肪増加の文字がはっきりと書かれていた。
私は力無くその場に崩れると、そのまま泣いた。
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その後、私はあの店を探し回った。
だけど、どこにもあの店は無かった。
病院にもかかり、色々と検査をしてみても何も分からない。
薬はあれから飲んでない。
だが、それでも私の体は膨れあがっていく。
やがて私は外に出ることすら出来なくなった。
部屋は既に私の体で一杯だ。
服なんか着られる訳も無く、誰も見ることが無いだろうからと常に裸だ。
・・・なんで、こんな事になってしまったのだろうか?
幾ら誤魔化しても悪いのは私だ。
誰かのせいにする事は出来ないし、"意味が無い"。
分かってはいる・・・
分かってはいるが・・・
「もう・・・いやぁ・・・太りたくないぃぃぃ・・・」
今日も、雨が降る。