自身神なり火事を野次
「・・・博士、なんですかこれ?」
ある日、俺は自分が所属する研究室のお偉いさん・・・
日之本博士に呼ばれて研究室まで足を運んでいた。
俺の目の前には小さな人型の生き物が居る。
褐色の肌に赤茶けた髪の毛をだらりと垂らした細身の体型・・・
14歳ぐらいの少女を20cmに小型化したらこうなるんじゃ無いかっていうような物だ。
「うむ・・・これは災害時救助活動補佐用生物じゃ」
「さ、災害時・・・救助・・・?」
「災害時救助活動補佐用生物。
簡単に言えば火災が起きた時に救助隊の活動を手助けする為の生き物じゃよ。
20年かけてようやく生み出せたわい・・・」
博士の言葉に腕を大きく振る生き物・・・
微笑ましくはあるが、まるでおとぎ話の妖精を見ているようで落ち着かない。
「・・・博士が遺伝子工学の権威であることは分かりますが・・・にしてもこれは」
「ありえないか?」
「いえ・・・そういうわけでは・・・」
「まぁええわい。とにかくこの子の説明じゃな。
この子は炎を吸い込んで自身の栄養にするんじゃよ」
「そ、そんな事が可能なんですか・・・?」
俺の言葉に博士はにやりと笑った後、胸ポケットから小さなマッチを取り出して火をつける。
それを例の生き物の方へと近づけると、生き物はその火を吸い込んだ。
マッチの火はすっと消え、生き物は満足げな顔をする。
「どうじゃ?」
「す、凄いですけど・・・これどうやってるんですか?」
「簡単に言うとじゃな、大昔にあった怪獣映画に出てくる怪獣と同じじゃよ。
この子の胃袋に当たる器官は炎の熱をエネルギーにするよう出来ておる。
まぁ炎でなくとも熱があればいいんじゃが・・・とにかく、そういう生き物なんじゃよ」
「・・・随分おざなりな説明ですね」
「詳しく語るとフェルマーの最終定理を証明した論文の二倍程ある論文を読む羽目になるが
いいのかの?」
「いえ、結構です」
俺は博士の申し出を丁重にお断りすると、生き物の方を見る。
生き物は俺に向かってニコニコと笑いかけており、可愛らしい印象を受ける。
「で・・・これを見せるために呼んだのですか?」
「そんなわけなかろう・・・君にはこの子の面倒を見て欲しいのじゃよ」
「・・・は?」
突然の申し出に戸惑う俺を余所に、博士はドンドンと話を進める。
「本来ならワシがこの子の面倒を見るところじゃが・・・
今度の学会に出るために渡米する事になっての。
その間君に面倒を見て欲しいのじゃ」
「そう言われましても・・・!」
「大丈夫じゃ。触っても問題無いし、餌は1日にマッチ棒を3本与えれば十分じゃ。
あ、勿論火はつけてな?」
「そうだとしても・・・急には・・・」
「君も研究者の端くれなら腹を括りなさい」
「・・・わかりました」
こうなった博士は頑固だ。
嫌だと言おう物なら俺は首を切られるだろう。
俺は博士からこの子に関したデータを貰いつつ、どうしたものかと考えるのだった。
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「ほら・・・ご飯だぞ」
火のついたマッチを育成用のケースに入れると、生き物は嬉しそうに火を吸い込んだ。
俺はそれを見届けた後、椅子に腰掛けて背もたれに体重をかける。
2100年が過ぎた頃からこう言った遺伝子を改造する事に関した研究に認可が下り、
こう言った実験は増えている。
だからといって、急にこんな生き物を渡されて面倒を見ろでは流石に困る。
「・・・とりあえず、名前つけないとな」
研究所からの帰り、博士に言われた『その子に名前を付けてやってくれ』という
言葉を思い出し、俺はウンウンと唸る。
正直名前なんてまともに付けたことが無いから付けろと言われても困る。
「ナンバーで呼ぶのとかは流石に味気ないしナァ・・・火・・・炎・・・
フィアナ・・・ファイ・・・」
適当に思いついた名前を呟いていると、目の前でぴくりと反応した動きが見えた。
「なんだ・・・ファイがいいのか?」
こいつは俺の言葉がわかるのか、ケースの中で何度も頷く。
「そうか・・・じゃあお前はファイだ。いいな?」
俺の言葉ににこりと笑って答えるファイ。
こうして、俺とファイの生活が始まったのだった。
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ファイとの生活は意外とすんなり馴染んだ。
ファイ自身余り動かないし、ケースから出ようともしない。
一日三回マッチを与えれば後はニコニコと笑ってる。
手がかからなくて楽だが、ちょっと拍子抜けだ。
そんなこんなで、ファイを預かって2週間。
博士の帰国が間近に迫り、ファイへの餌やりが習慣に変わりかけた頃・・・事件が起きた。
「・・・なんだありゃ」
研究所からの帰り道で俺の目に飛び込んできたのは巨大な火の渦だった。
消防車やら消火ヘリやらが忙しなく飛び交い、野次馬やら消防隊員やらの声が聞こえる。
流石に気になって火事の現場へと行くと、そこは家からそう遠くない所にある自然公園だった。
今時珍しい天然物の植物を存分に使ったという贅沢な公園で、
入園料で飲み会1回ぐらいの金が取られる場所だ。
それがまた豪勢に燃えている。
「・・・なんだって言うんだ」
あまりの火の勢いに言葉を無くす俺。
手にしたケースの中ではファイがごちそうを目の前にしてなにやら顔を輝かせている。
「誰か!誰か助けて頂戴!!」
不意に、俺の耳にそんな叫びが届いた。
何気なくそちらの方へと目をやると、なにやら“高そうなお洋服”に身を包んだ女性が叫んでいる。
「エリーちゃんが・・・うちの子がまだ中に・・・!!」
救急隊員に抑えられつつも炎の中へと今にも飛び込みそうな女性。
どうやら彼女の子供がまだ中に居るらしい。
「誰かぁ・・・誰かエリーちゃんを助けてぇ!」
必死で叫ぶ女性。
そんな様子を見て、俺は思いついてしまった。
その子供を助ける方法をだ。
「・・・」
ちらりと手にしたケースを見る。
ファイは熱を・・・“火や炎をエネルギーにする生き物”だ。
博士が言うにはかなりの量の炎を吸い込めるらしい。
ただ、まだ限界を調べる実験を行ってないと言う。
つまりは・・・賭けだ。
そのエリーちゃんを助ける為の道を拓くだけの炎が吸えるかどうか。
そして、これは実験の機会としてはまたとないチャンスと言える。
だが・・・勝手に実験していいものか。
それに・・・もしも吸える量が少なかったら?
公園中程まで行って帰れなくなったら?
頭の中で色んな言葉がぐるぐると回る。
俺はしばらくの間迷ってから、ファイに話しかけた。
「・・・なぁ、もしもだけど・・・お前この量の火、吸えるか?」
燃えさかる公園を指さしながら、俺はそう尋ねた。
ファイは少し考えた後、大丈夫だと言わんばかりに頷いた。
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「本当に大丈夫なんですか・・・?」
「わかりません・・・まだまだ実験段階ですから・・・」
消防隊の人と話をしながら、俺は公園の入り口に立っていた。
公園の火事について教授に話したところ、『やりたまえ』の一言だけだった。
俺はファイをケースからだし、両手でしっかりと掴んでやると、ファイにこう話しかけた。
「好きなだけ吸って良いぞ」
俺の言葉に目を輝かせながら、ファイは口を大きく開けて炎を吸い込み始めた。
見る見る内に炎がファイの口へと吸い込まれていき、手に持っているファイがドンドン重くなる。
俺はそのままファイを掴んで、公園へと入っていく。
少しずつ広がっていくファイの“食事跡”。
やがてファイが小さくゲップをした時、公園の7割は火が消えていた。
「エリーちゃん!」
そう叫んで公園へと入ってくる女性。
辺りを見回すが、子供の姿は見えない。
「ああ、エリーちゃん!!よかった!!」
どうやら先に女性が見つけたらしく、俺はその声の方へと視線を向ける。
すると・・・
「・・・犬?」
俺の目に飛び込んできたのは、毛並みが灰に汚れた一匹の犬を抱える女性の姿だった・・・
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「ふむ・・・実に興味深いの」
俺の出した報告書を読みつつ、なにやら考え込む博士。
あの火事から3日。
ようやく帰ってきた博士にファイを渡すため、俺は博士の研究室に居た。
ついでにここ2週間ちょっとで分かったファイについてのデータを提出した訳である。
「・・・で、その状態になったわけかね」
「ええ・・・」
博士の指さした方・・・つまりファイを見ながら俺はにが笑いをする。
あの大火事の炎を鱈腹食った結果、ファイはそれはそれは大きくなった。
当然横にである。
ほっそりとしていた体はまるで車のタイヤを3つ重ねたかのように
ドン・ドン・ドンと飛び出ている。
俺の両手どころか、腕を使わないと一周回らない胴回り。
普通の人間の巨乳と変わらないサイズまで大きくなった胸。
まるでハンドボールを二つくっつけたかのような尻。
体を動かすことも出来ない程に脂肪が纏わり付いたファイは、
今ではあんなに広々としていたケースでは狭くて仕方なさそうだ。
「消化効率を良くしすぎたかもしれんの・・・でもこうせんと生育コストがかかるんじゃよな・・・」
「あれは単純にファイの質量に対して炎の量が多すぎただけでは・・・」
「馬鹿者、この子達は持ち運びできる事が重要なんじゃよ!?隊員の胸ポケットでも鞄でも・・・
少しの隙間さえ有れば隊員の事を助ける事が出来るパートナー・・・それがこの子達なんじゃ!!
それが炎の量が多かったとは言え、ここまで太るようでは連続して出動できんではないか!!」
「そ、そうですね!失礼しました!!」
ぐいっと顔を近づけて力説する博士から距離を取りつつ、俺はファイの方を見た。
ファイは俺の視線に気がつくと、太くなった腕を振りまわしながら
膨れあがった顔で笑顔を見せるのだった。
ファイ
身長:20cm
体重:350g → 3kg
B:7.2cm → 14.7cm
W:5.6cm → 21.1cm
H:7.1cm → 19.4cm