雪と網
「雪歩、ちょっといいか?」
「あ、はい?」
「実は仕事のオファーが来ててな・・・」
「お仕事・・・ですか?」
ある日の昼間、俺は雪歩にとある仕事を持ちかけた。
雪歩は少し意外そうな顔をしつつ、きちんとこちらに向き直ってくれる。
「ああ、実はグルメ系の番組でな・・・日本の牛肉対アメリカの牛肉、
どちらが旨いかを決めるって言う奴なんだよ」
「えっと・・・どっちも美味しいと思いますけど・・・」
「俺もそう思う。というか和牛とアメリカの牛肉、
それぞれ方向性が別物なんだから比べる必要は無いと思うんだよな・・・
まぁいい、それで焼き肉が好きな雪歩に話が回ってきたんだが・・・海外ロケなんだよ」
「かっ・・・海外!?無理ですぅ!私なんかじゃつとまりませんよ!」
「そう言わずに・・・あ、コラ!無言で穴掘って埋まろうとするな!」
凄い勢いでスコップで穴を掘ろうとする雪歩を必死に止め、俺は雪歩にさらなる言葉をかける。
「いいから聞いてくれ!!俺としては雪歩にこの仕事を受けて欲しい!
雪歩がアイドルを目指した理由を思い出してくれ!」
「私がアイドルを目指した理由・・・」
「自分を変えたいんだろ!?だったらもっと広い世界を見るべきだろ!?」
「そ、それはそうですけど・・・でも・・・私なんかで・・・」
「いいか!?オファーが来たって事は向こうは雪歩が欲しいと思って送ってきたわけだろ!?
だから自信をもっと持て!!」
「・・・わ、分かりました!私やってみます!」
ようやく顔を上げてくれた雪歩に安堵しながら、俺は床の修理代をどうするかを考えるのだった。
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「・・・そろそろ向こう着いたかな?」
「プロデューサーさん、ちょっとは落ち着きましょうよ・・・」
「そうは言いますけどね・・・」
俺はそわそわしながら雪歩からの連絡を待っていた。
我が765プロ初の海外ロケ、しかもプロデューサーは誰もついて行ってない。
俺も律子も仕事があるからついていくわけにも行かないのだ。
いくら向こうが信頼出来る監督さんとはいえ、流石に心配になる。
・・・それに電話口で思いっきり釘さされたからな、雪歩の親父さんに。
『娘に何かあったら・・・分かるね?』
今思い出しても身震いがする。
そんなわけで、俺はそわそわしながら連絡を待っているのだ。
【pipipipipipi!】
「来たか!?」
携帯電話を手に取り、すぐに出る。
「もしもし!?」
『ひゃ!ぷ、プロデューサーさん?』
「ああ、俺だ!無事か!?」
『え・・・ええ、大丈夫です。今向こうの空港です』
「そうか・・・よかった・・・」
安堵する俺の様子が伝わったのか、雪歩がクスリと電話口で笑う。
『もう・・・心配しすぎですよ?』
「あ、ああ・・・すまないな」
『ふふっ・・・なんだかいつもと逆ですね。いつもなら私が謝っているのに』
「あー・・・ところでそっちはどうだ?日本とは全然違う感じか?」
無理矢理話をずらすと、雪歩はもう一度笑った後俺に色々教えてくれた。
『そうですね・・・看板が全部英語です。それになんだか人もいっぱい居るし・・・
あとみんな大っきいです。縦も横も』
「あー・・・そっちは肥満大国だからな・・・」
やっぱり向こうの人は大きいらしい。
たまにテレビ番組でそういう特集とかやってるぐらいだからなぁ・・・
『でも・・・割と私は嫌いじゃないかもしれません』
「そうか・・・参加して良かったな」
『はい!』
その後俺は気をつけて仕事をするように──特に穴掘りは厳禁だと雪歩に伝えると、電話を切った。
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【pipipipipi!】
「・・・ん?」
雪歩が海外ロケに行ってから数日経ったある日。
俺は突然鳴り響いた携帯電話を持ち上げ、誰からの発信か確かめる。
「・・・監督さん?」
番号は雪歩が参加している番組の監督さんからだった。
通話ボタンを押し、耳に電話を当てる。
「はい、いつもお世話になって・・・えっ!?雪歩が怪我!?」
電話口から聞こえる緊迫した声。
どうやら雪歩がロケ中にちょっとした拍子で足に怪我をしたという。
幸い酷い怪我では無いが、今回の番組はお蔵入りになるかもしれないそうだ。
雪歩自身は今向こうの病院で手当を受けているらしい。
俺は一通り説明を受けた後、雪歩に向かって電話をかけてみた。
少しの間コール音が続いた後、通話が繋がる音が鳴った。
『・・・はい』
「雪歩・・・大丈夫か?」
『その・・・怪我はそんなに酷くは無くて、捻挫みたいな物なんですけど
ちょっと長めに治療することになっちゃいました。
・・・ごめんなさい、私が鈍くさいから・・・』
「そんな事は無いだろ?
俺もちゃんとした説明を受けたわけじゃ無いが、
監督さんが自分たちの責任だ−!ってうるさい位騒いでたぞ?」
『でも・・・私がもうちょっとちゃんとしてれば・・・』
電話口でも分かるぐらい落ち込む雪歩。
俺はしばらく考えた後、雪歩にこう声をかけた。
「・・・なぁ雪歩、お前アニメ見るか?」
『アニメ・・・ですか?』
「ああ、とあるアニメがあってな?結構俺のお気に入りなんだよ。
そのアニメの中にこんな台詞が有るんだ。【自分を信じるな、お前の信じる俺を信じろ】って奴。
自分が信じられないなら、俺を信じてみないか?」
『プロデューサーさんを信じる・・・?』
「そうだ、雪歩が自分自身を信じられないなら、俺が信じた雪歩を信じてみてくれ」
『プロデューサーさんの信じる私・・・』
「ああ、それで俺の事が信じられたら・・・」
『られたら?』
「その次は【お前を信じろ。 俺が信じるお前でもない。 お前が信じる俺でもない。
お前が信じる、お前を信じろ!】」
俺がやや大きい声を出したからか、電話の向こうでビクッとする気配がした。
少しして、雪歩から返事が返ってくる。
『・・・それもアニメの台詞ですか?』
「少しクサかったか?」
『・・・ほんの少し。でも・・・』
「でも?」
クスッと笑ってから、雪歩はこう返してくれた。
『でも・・・元気出ました。ありがとうございます』
「・・・それは良かった。怪我なんか早く治してこっち帰ってこい」
『はい、そしたら・・・そのアニメ教えて貰っても良いですか?』
「ああ、みんなで観ようか」
『えっ・・・いや・・・その・・・デキレバフタリデ・・・』
急にしどろもどろになる雪歩。
後半なんか声が小さくてきこえないほどだ。
「なんだ、怪我が痛むのか?」
『い、いえ!!そうですね・・・みんなで観ましょうか』
「おう、待ってるぞ!」
『はい!』
俺は通話を切り、雪歩の実家の電話番号を探す。
ふと、じっとこちらを見ている音無さんと目が合った。
「・・・どうかしましたか?」
「いえ・・・プロデューサーさんって鈍感だなって・・・」
「はい?」
「何でもありません!律子さんにはこちらから連絡しておきますから
先に雪歩ちゃんのご実家に連絡してあげて下さい」
「あ、はい!」
音無さんにせかされつつ、俺は電話帳のハ行を検索するのだった。
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「・・・さて、そろそろ着く頃だよな?」
俺は空港で腕時計を確認しつつ、出口のゲートをちらりと見つめる。
怪我が治って退院したという連絡を受けたのがおよそ2ヶ月前。
どうやら向こうは一週間よりも短い期間で退院させられるらしい。
とはいえ色々心配だと言うことで番組側のご厚意で暫くは向こうの生活をするという連絡を受けた。
そして一昨日、怪我もすっかり良くなった雪歩が帰ってくると聞いて
俺は空港に迎えに来ているのだ。
「雪歩・・・少しは垢抜けたかな・・・?」
アメリカに行って少しは雪歩も自分に自信を持ってくれると良いんだが・・・
そんな事を考えている俺の視界に、ちらりと気になる人影が映った。
明るい茶色のショートカット。
一瞬雪歩かと思いその姿を追った俺は、すぐに視線を外した。
なぜならその人物は雪歩とは全然違ったからである。
丸々と飛び出た胸にそれを支える特大の腹。
まるで丸太のような極太の足にロースハムの様な二の腕。
たっぷりと脂肪を付けて首と一体化した顎。
確かにどことなく似ているが、雪歩とは全く違う体型だった。
「気のせいか・・・探し直しだな」
そう思い再び雪歩を探す俺に、先ほどの女性が近づいてくる。
「・・・?」
記憶をたどってみるが、知り合いにあんな女性は居ない。
頭にはてなを浮かべる俺に、女性はドスドスと足音を立てながらさらに近づいてくる。
その時、俺の脳内に嫌な考えが浮かんだ。
「まさか・・・」
「お久しぶりですぅ、プロデューサーさん!」
「・・・雪歩・・・なのか?」
予感的中。
俺に話しかけてきた女性こそ、萩原雪歩その人だ。
幾ら見た目が変わったからと言っても声はそう変わらない。
ややくぐもってこそいる物の、その声は間違いなく雪歩の物だった。
「はい!無事帰って来られました!」
「そ、そうか・・・」
どう言おうか迷う俺をお構いなしに、雪歩は笑いながら話を続ける。
「それにしても向こうのお肉って美味しいんですね!ついつい食べ過ぎちゃって・・・
少し太っちゃいました」
いや少しじゃ無いだろ。
その言葉を俺は必死に飲み込んだ。
「・・・げ、元気そうだな?」
「はい!向こうの食べ物が良かったんですかね?今までよりもずっと力がみなぎります!」
そりゃそれだけ太ければ力も有り余るだろうな・・・
「と、とりあえず事務所行くか?」
「あ、そうですね・・・久しぶりにみんなと会いたいですし」
俺はすっかり変わった雪歩を連れて車に向かう。
楽しげに車に乗り込む雪歩を余所に、
俺の頭の中では事務所のみんなと雪歩の親父さんへなんて説明するかという問題が
ぐるぐる回っていた。
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その後、雪歩の変化は事務所に衝撃をもたらした。
騒ぐ奴、腹を揉む奴、自分は絶対にならないぞと決意を固める奴。
反応はそれぞれだったが、雪歩自身は割と明るくつとめていた。
とはいえ、流石にこの体型ではアイドルというわけには行かない。
太った理由が食生活と言うことならすぐに痩せるだろうという事でしばらくダイエットを
させたのだが、コレが全く痩せない。
どうやら向こうで治療に使われた薬が雪歩の体質と合わなかったのか、
それとも合いすぎたのか全然贅肉が落ちないのだ。
体重は落ちるどころか増える一方で、雪歩も事務所での肩身がドンドン狭くなっている。
そこで・・・俺は決断する事にした。
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「なぁ、雪歩ちょっといいか?」
「あ、はい!」
お茶を入れている雪歩に声をかける。
最近は胸とかで下が見にくいためお茶を入れるのも苦労するのらしい。
「えっと・・・なんですか?」
「その・・・アイドルの仕事なんだが・・・」
「あ・・・やっぱり、無理なんですか?」
露骨に落ち込む雪歩。
普通ならそう考えるだろう。
だが・・・俺には秘策があるのだ。
「いやそうじゃない。実は・・・ちょっとした企画を考えてな?」
「企画・・・ですか?」
「ああ、最近アメリカで太った女性が雑誌のモデルなんかに使われる例を知ってるか?」
「えっと・・・ごめんなさい知らないです」
「そうか・・・まぁこの前体験したから分かると思うが、向こうはサイズの大きな人が多い。
だから、そう言った人向けの雑誌なんかが増えてきてるんだ」
「それは・・・まぁ・・・」
「それでだ、日本も同じ様な現象が起きているのを知ってるか?」
「えっ?」
「実は日本も肥満が増えているんだ。男性女性に限らずな。
そう言った人達が明るく過ごせるように太った女性のアイドルグループを
作ろうという動きがあるんだ」
「まさか・・・」
「そのまさかだ、雪歩にはそのグループに入って貰いたい」
俺の言葉に、雪歩は俯いて黙ってしまう。
話が急すぎただろうか?
「・・・他には誰が入る予定なんですか?」
「今の所は未定だが、何人かそういう子達がいるらしい」
俺の言葉に俯いたままの雪歩。
だがやがて・・・
「・・・プロデューサーさん」
「なんだ?」
雪歩は俺の顔を見つめながら、こう返してきた。
「私・・・自分を信じてみます。私の信じる私を信じてみます!」
「じゃあ・・・」
「はい、もう一度アイドルとして頑張ってみます!!」
俺の目を真っ直ぐ見つめながらそう言ってくれる雪歩。
俺はニッコリと笑うと、頑張ろうと雪歩に声をかけるのだった。
萩原雪歩
身長:155cm
体重:42kg → 106kg → 138kg
B:81cm → 108cm → 124cm
W:56cm → 115cm → 131cm
H:81cm → 113cm → 129cm