腕輪の噂にご注意を
「はぁっ!」
スッと、幾重にも線が走り、数秒の間を置いてから獣の形が崩れる。
一瞬の後、獣の体はばらばらと崩れ、光の粒子になる。
「ふぅ・・・この辺りの筈なんだがなぁ」
剣を仕舞いながら、キリトは呟く。
今日はアスナに内緒でアスナに送るレアなアクセサリを入手すべく、久々のソロでのプレイであった。
なんでも装備者の料理スキルをブーストする装備だそうだ。
「にしても・・・居ないなぁ」
【グゥォォオオオオオオオオ!!!!!】
「と思ったら・・・来たか」
都合良く現れたレアモンスターにやれやれと頭を振りながら剣に手をかけるキリト。
「行くぜぇ!」
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「ということで、これアスナに」
「キリト君・・・うれしい!」
無事にモンスターを討伐し、件のアイテムを持ち帰ったキリトはその晩、早速アスナに手渡した。
銀色に輝くブレスレットで、付けてもとどんな装備とも干渉しない優れものだ。
愛しの彼から貰ったアイテムに大喜びをするアスナは早速装備し、料理を開始した。
「フンフン〜ン♪」
鼻歌まで歌うところを見る限り、よほど嬉しかったらしい。
それを椅子に腰掛けながらニコニコとした表情で見つめるキリト。
ゲーム内とはいえ、その様子はまさに新婚のカップルの物である。
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「はい、お待たせ〜」
綺麗に並べられる食事からは食欲を刺激する芳醇な香りがあふれだし、鼻孔をくすぐる。
「じゃあ、早速スキルブーストの効果を確かめる事も兼ねまして・・・いただきます」
「いただきます」
そう言って二人は食事に手を付ける。
一口。
スプーンを使って湯気の漂うスープを掬い、口に運ぶ。
「・・・!うまい!」
「ホント・・・美味しい!」
別段アスナはいつもと調理法などを変えたつもりは無い。
だが、比べるまでも無く、いつもよりはっきりと「美味しい」と感じる程に差が出ている。
「これは凄いな・・・」
「ホント・・・今までと全然違う・・・」
一口、また一口と次々に口に運んでいく。
食事が消えるのは時間の問題だった。
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「ふぃ・・・ごちそうさま」
「はい、お粗末様でした」
食事も済み、食後のお茶を楽しむ二人。
だが、アスナは何となく違和感を覚えていた。
(なんだろ・・・お腹がいっぱいにならない)
いつもなら十分に満足する量を食べたはずなのに、今一物足りない気分になる。
(・・・うーん、まぁこの位なら我慢しちゃおうか)
そう考えたアスナはキリトとの会話を再開したのだった。
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「これとこれと・・・あ、メナフェスの実も入れてみようかな?」
キリトのプレゼントから暫く経ったある日、アスナは日課の料理の研究をしていた。
こういう一工夫が料理を美味しくし、ひいてはキリトの為になるのである。
「ただいまー」
「あ、お帰りなさいキリト君!」
そんなことをやっているとキリトが帰宅した。
全線を離れた上、家を買ったのでお金が心許ないため、キリトは簡単なクエストを受注してお金を稼いでいる。
アスナもついて行くと言ったのだが、そう難しい物では無いと言うことで断ったのだ。
「うぉっと!」
「えへへへ・・・」
そんな訳で、日中離れて寂しい思いをしたアスナは、帰宅したばかりのキリトに向かってダッシュで飛びつく。
勿論キリトは優しく抱きかかえてくれる。
「・・・ん?」
「どうかした?キリト君?」
アスナを抱きしめたキリトは違和感を覚えた。
「その・・・アスナ?」
「なに?」
「その・・・太った?」
「──っっ!!!」
『ボグシャァ!』
「ぐぅお!」
アスナのスキルの乗った強烈な一撃がキリトの腹にめり込む。
街の、それも家の中だ。
ダメージになる訳では無く、壁まで吹っ飛ばされて終わりだが、それでも人間、目で見ると何となく痛く感じてしまう物だ。
結果なんとも情けない声を出しながらキリトは壁にたたきつけられた。
「イテテ・・・」
「信じらんない!」
キャーキャーと騒ぐアスナを横目に、起き上がったキリトはつかつかとアスナの横に立つと、
【ムニュッ】
思いっきりアスナの横腹をつかんだ。
「いや・・・これはやっぱり太ったって」
「ぐ・・・」
「前ほどじゃないけど、少し戦闘しようか。俺も一緒にやるからさ」
「うん・・・」
こうして、アスナのダイエットを兼ねた金策が始まった訳である。
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「の筈だったんだけどなぁ・・・」
「ごめんなさい・・・キリト君・・・」
アスナのダイエットが始まってから暫く経ったが、体重が下がるどころか寧ろグラフは右肩上がりを示している。
このゲーム、身体測定をするための器具が無いため目測でしか無いが、恐らく現実で言う所の90kgは超えたぐらいだろう。
ほっそりとしていた体のラインは、完全にふくよか・ぽっちゃりを通り越してデブである。
美乳であった胸はそろそろ爆乳と呼べるほどであり、着ている服を引き延ばしている。
その所為か、育ちきったお腹を隠せておらず、チラチラとヘソの辺りを見せている。
巨尻と呼ぶべきサイズとなった尻は、元々膝上ほどの長さのスカートをたくし上げ、下着がチラリと見え隠れするようになった。
お陰で太ももは丸見えであり、そのむちむちとした肉付きを存分に見せている。
二の腕は服の裾が少し食い込み気味であり、現実であれば血流が心配になるだろう。
幸いと言うべきか、顔の方には余り肉が付いておらず、可愛らしい顔を保ったままだ。
とはいえやはり太った分頬は丸くふくれあがり、首も一回りは太くなっている。
「にしてもおかしい・・・」
「おかしい?」
「だってそうだろ?アバターがなんでこんなに急激に太るんだ?」
「そういえば・・・」
「大体服だってそうだ。普通なら太った分サイズが大きくなってぴったりの物になるはずだろ?
それなのにアスナの服は明らかに昔のサイズのままだよな」
「確かに・・・そもそもアバターが太るってありえるの?」
今回の件について、二人は議論を開始する。
疑問点はいくつかあるが、まず一番の問題は『アバターは太るのか?』である。
確かにアバターはある程度のカスタマイズが許可されているが、それにしたってここまで大胆な改変は行われるのだろうか?
次に、『アバターの現状と服のサイズの差』である。
アバターに合わせて服のサイズが変わるゲームなのだ。何故アスナだけ昔のサイズのままなのか。
最後に『そもそも何故太ったのか?』だ。
結果があるのなら、それに合わせた原因が有るはずなのだ。
「・・・腕輪」
「え?」
「この前俺がプレゼントした腕輪あったろ?あれの効果じゃないのか?」
「でもアイテムの説明文には『また装備者に対し、料理スキルの効果を30%アップする。
他の装備品と効果は重複する』としか書いてないよ?」
「・・・だよなぁ。俺もその辺は確認したし」
現状怪しいアイテムは腕輪なのだが、その腕輪自体は料理効果のブーストだけだ。
なら他の原因があるという事になる。
そう考えた二人は色々と議論するものの、結局答えは出ないままだった。
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「はぁ・・・はぁ・・・」
「アスナ、大丈夫か?」
「うん・・・!大丈夫!」
議論した日から暫く経った。
今日もアスナの為にダイエットに励む二人。
だが効果は全然出ていない。
それどころか相も変わらず減るどころか増量増量である。
いつもの血盟騎士団の制服ではあるが、それはもうぴちぴちである。
というか正直に言って殆ど全く着れてない。
体格の大きな男性から譲って貰った制服を改造した物を着ているのだが、胸は鎧を押しのけてしまうので着用できない。
それだけ育った胸は奇乳と呼ぶに相応しく、アスナが動く度に縦に横にと暴れ回る。
その胸よりも存在感を発する腹は、でんと迫り出た『丸』としか言えない。
体に腹が付いていると言うよりは、腹から手足が生えたと言うべきか。
若さからの肌のハリやもっちり感からわかる通りに、やわらかな脂肪で構成されたウエストはアスナの動作に合わせて形を変化させる。
巨大な尻は、スカートと言う存在をあざ笑うかのようにせり出し、マントが無ければ下着は丸見えだろう。
勿論スカートもかなりのサイズなのだが、それでもミニスカよりも短くなってしまっている。
その下の太ももは丸太というよりも、ドラム缶だろうか?
ニーソを履いているのが、限界が来ているのか所々裂け目が見えている。
二の腕はそこいらの女性の腰よりも太く、剣を振るう度にブルンブルンと揺れ動く。
首はついに無くなり、二重になった顎と一体になって、膨らんだ頬まで曲線を描いている。
勿論肉の付いた頬によって押し上げられて、あのぱっちりとした目は大分細まってしまっている。
これが閃光の異名を持つアスナの今の姿だった。
「はぁ・・・はぁ・・・次!」
「行くぞ!」
原因がわからない以上、とりあえず取れる行動を取るのが得策と踏んだ二人は最前線より少し下の階層で敵を狩っている。
レベル及びスキル依存であるこのゲームで、アバターの体型は本来さほど関係ある物では無い。
ある物では無いのだが、アスナ程となると流石に勝手が変わる。
体中の脂肪が動きを阻害し、結果として立ち回りの勝手が依然と全く変わる。
それに気を遣いながら戦うというのは予想以上に精神的にも肉体的にも疲労するのだ。
また、普段と違う動きは被弾率を大幅に上げる事になる。
結果、アスナは普段以上に疲れているのだ。
「アスナ!スイッチ!」
「了解!」
そう言ってアスナが思いっきり剣を振り抜いた瞬間であった。
【ビリィ!】
アスナのニーソックスがついに悲鳴を上げた。
ビリビリと破け、肉があふれだす。
「キャッ!」
「アスナ!!」
敵を撃破した物の、思わぬ現実に一瞬バランスを崩すアスナを受け止めるキリト。
「ぐぅお!」
キリトのSTRを持ってしてもアスナのを支えるには相当な力がいるらしく、ギリギリで踏み止まるのが精一杯だった。
「・・・」
「大丈夫かアスナ?」
「うん・・・平気・・・ごめん、今日はそろそろ戻ろうっか」
「ああ・・・」
二人はアイテムを使い、テレポートをした。
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「・・・どうしよう。このままじゃキリト君に嫌われちゃう」
夜、寝ているキリトを起こさないように部屋を出たアスナは、思わず泣き言を漏らす。
表面上はなるべく明るく取り繕っている彼女でも、もう限界だった。
そのまましゃがみ込み、頭を抱える。
「・・・アスナ」
「キリト君・・・」
どの位そうして居ただろうか?
気付けばアスナの後ろにはキリトが立っていた。
「あ、あははは・・・ごめんね、こんなデブで。
キリト君、がっかりしたでしょ?」
「いやこっちこそ・・・何もしてやれなくてごめん」
「うんうん、キリト君は悪くない。悪いのは全く痩せられない私だもん」
「そんなことは──」
「いいの、気にしないで?わかってるから自分でも・・・」
「アスナ!」
「ちょっと、ん──」
キリトは叫び、アスナの顔をつかむとそのまま口づけをする。
ゆっくりと、優しく、時間をかけて口づけを交わす二人。
その姿は月明かりに照らされていた。
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「なぁアスナ?俺がアスナのことを嫌うと思うのか?」
「だって・・・こんな姿じゃ自信なんて・・・」
もごもごと口ごもるアスナの頭に手を乗せて、キリトは優しく語りかける。
「そんな訳無いだろ?俺はアスナのことを愛してる。それは絶対何があっても変わらない。
言ったろ?俺の命はアスナのためにあるって」
「うん・・・うん!」
頭をなでられ、優しい言葉をかけられたアスナは涙を流す。
悲しみの涙では無く、笑顔で喜びの涙を。