希望の音
「えっ〜〜〜!?活動停止ぃ!?」
音ノ木坂学院の部室。
唐突に響いた高坂穗乃果の叫び声に続き、ざわざわとした空気が流れる。
「ええ、残念だけれどね・・・」
「どうして!?」
喰ってかかる穗乃果に、絢瀬絵里が静かに説明する。
「先日、とあるスクールアイドルのライブ中に暴走したファンが
アイドルの命を狙うという事件があったの。所謂無理心中という奴ね。
で、全体的に自粛しようと運営側が決定したのよ」
「そんなの警備員さんとか増やせば・・・」
「スクールアイドルの活動資金は基本的に各自のお小遣いよ?
大きな会場ならともかくちょっとしたライブじゃ難しいわね」
絵里の言葉にそんなぁ・・・とうなだれる穗乃果。
「ま、まぁ穗乃果ちゃんもそんなに落ち込まないで・・・
今後ずっと活動出来ないわけじゃないんだから」
「そうですよ。それに今は夏休みですからね、
少しライブは休んで各自特訓するとかすればいいじゃないですか」
南ことりと園田海未が穗乃果を優しくなだめる。
「特訓かぁ・・・そうだね、別段ライブとかが駄目ってだけだもんね!」
「そうね。私も曲とか書きたいし・・・」
「凛は少しお休みしたいかも〜」
「わ、私も・・・」
「休むのは良いけど腕が落ちないようにはしなさいよ?」
他のメンバーもそれぞれある程度納得したのか、活動停止に対して特段反対意見などは出なかった。
みんなの意見を一通り聞いた絵里はパンと手を叩くと、みんなの注目を自分に集めた。
「じゃあしばらくは各自自分の思うとおりに過ごして。再開時期は改めて連絡するから。
でも腕は落とさないように!特に希!最近声が上手く出てないみたいだから
そこを気をつけるようにね!」
「ちょ・・・ウチだけ注意するん!?」
絵里の冗談にみんなの笑い声が溢れ、その日の活動は終了するのだった。
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「・・・ウチ、そんなに声出てへんかなぁ?」
とぼとぼと道を歩きながらそんな事をぽつりとこぼす希。
先ほど絵里に言われた言葉が引っかかっているのだ。
希も冗談とは分かっているが、絵里が希の声が出ていないと感じているのは間違いないのである。
「・・・ん?」
ふと、そんな希の目の前に一つの看板が見えた。
『プロが教える声の出し方!声量を高めたい人募集中!目指せオペラ歌手レベル!!』
そんな文句が踊る看板が建物の二階部分に飾ってある。
どうやらそういう教室のようだ。
「プロかぁ・・・」
希は看板を見ながら絵里の言葉を思い出す。
『最近声が上手く出てないみたいだからそこを気をつけるようにね!』
「・・・うん、ちょっと覗いてみよ」
決意したのか、希は備え付けの階段をのぼり二階を目指す。
教室の扉を開き、恐る恐る中に入る希に受付の女性が微笑みながら声をかける。
「いらっしゃいませ、ご用件はなんでしょうか?」
「あ、えっと・・・声量を高めたいなって思って・・・」
「レッスンをご希望ですね?どのようなコースをご希望でしょうか?」
そう言うと女性は様々なコースが書かれたパンフレットを希が見やすいように渡す。
希は女性が渡してきたパンフレットを見ながら色々と悩む。
「えっと・・・」
「もし宜しければこちらでコースのご案内も出来ますが・・・」
「あ、ホントですか?」
「はい!まずどの程度まで声量を高めたいのでしょうか?」
女性の質問に、希はそうやねぇ・・・と少し考えた後、こう答えた。
「・・・マイク無くても会場中に届くぐらいで!」
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「君がレッスン希望者だね?」
「あ、はい!そうです!」
しばらく女性との問答を繰り返した後、希は入り口すぐの部屋に通された。
少しの間そこで待っていると、ややがっしりとした体つきの男性が現れ、希の対面に座る。
「私が君を教えることになった者だ。まぁ楽にして聞いて欲しい」
「あ、よろしくお願いします」
「ああ、良いレッスンにしよう。
さて・・・会場中に響く声か・・・」
「えっと・・・無理ですか?」
「いや、目標は高ければ高いほど良いだろう。まぁ先ずは君の声を聞かせてくれるかな?」
「はい!任せといてください!」
そういうと希は立ち上がり、声を張り上げる。
男性の指示を受けてキーを上げたり下げたり、声を大きくしたり小さくしたりと様々な事をする。
「ふむふむ・・・なるほど・・・もう良いよ」
「あ、はい!・・・どうですか?ウチの声・・・」
男性はひとしきり感心した顔をした後、希に向かってニッコリと笑いかける。
「なかなかいいね。何かやっていたのかい?」
「え、ええまぁ・・・ちょっとですけど」
恥ずかしかったのか、スクールアイドルである事を誤魔化す希。
男性はそうかそうかと言ってから、希にこう言った。
「かなり声は出ているが、確かに少し伸びが無いなぁ・・・
今のままじゃ確かに会場中に響かせるのは無理そうだ」
「そうですか・・・」
「まぁまぁ、まだ落ち込むには早いぞ?少し悪いところを直せばすぐに良くなるさ!」
「ホンマですか!?」
思わず身を乗り出す希に、男性は笑いながらこう答える。
「勿論だとも!早速今日からレッスンを受けていくかい?」
「はい!」
男性の質問に元気よく答える希。
男性は希に向かって宜しくと良いながら手を伸ばし、希もその手を固く握りしめながらよろしくお願いしますと答えるのだった。
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その日から、希のレッスンは始まった。
喉の効率的な開き方。
腹式呼吸法。
他にも色んな方法を習った。
だが・・・しばらく経っても思うような効果は出なかった。
「うーむ・・・」
「コーチ・・・ウチは・・・」
「まぁ待ってくれ・・・」
悩む男性と希。
やがて、男性はこう言い出した。
「・・・少し邪道かもしれないが、それでもいいかね?」
「・・・はい!ウチはもっと声出したいです!」
男性の問いにそう答える希。
男性はそうか・・・と呟くと、レッスン場を出てどこかへと消える。
少しして男性は手に何かを持ちながらレッスン場へと戻ってきた。
「これは・・・?」
「喉を“なめらかに”する薬だよ・・・あまりこういうのに頼るのは好きでは無いんだが・・・」
「でも・・・それを飲めば声が出るんですよね?」
「ああ・・・効果の方は保証するよ。それとコレを舐めてくれ」
そう言って男性は氷砂糖を取り出し、希に渡す。
「氷砂糖は声を出しやすくする効果がある。
併用すればきっと今までのレッスンも合わせて大分変わるだろう。
それと食事制限なんかはしないでくれよ?体を作り替える必要があるんだからね」
「・・・わかりました!ウチやります!」
希は薬を貰うと、一気に飲み干した。
そして氷砂糖を一つ摘むと、コロコロと口の中で転がす。
「それが舐め終わったら練習再開だ!」
男性の声にはい!と答え、希は氷砂糖の甘さを味わうのだった。
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こうして希のレッスンは更に続いた。
そして、それと同時に希にある変化が訪れた。
それは・・・
「・・・なんか服がきついような?」
自分の服を触りながら希はそう呟く。
どことなく服がきついのだ。
だが、これと言っておかしい部分があるわけでは無い。
「・・・気のせいやね」
そう結論づけると希はレッスン場へ向かう。
「今日もあの薬飲むんやろうか?
あれちょっと苦いから苦手なんやけどなぁ・・・まぁ声は確かに出るようになったんやけどね」
そんな事を呟きながら道を歩く希。
声が通るようになったからかやや足取りが軽い。
彼女はそうしてレッスン場まで移動すると、今日もレッスンをするのだった。、
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そしてそんな日々もやがて終わりを迎える。
「ごめーん!遅れちゃった!みんな、集まってる?」
穗乃果が乱暴に扉を開けて部室に駆け込んでくる。
今日は久々の活動再開日。
スクールアイドル運営の方が方針を固め、いくつかの条件を元に警備員を配置してくれることが決定したのだ。
この日はそれに合わせて打ち合わせやらをするためにみんなが集まる予定なのだ。
「穗乃果、遅いですよ」
「あはは・・・ごめんごめん・・・ちょっと寝坊しちゃって・・・」
「全く・・・でも最後じゃないのよね」
「あれ?そういえば希ちゃんは?」
穗乃果をたしなめる海未と矢澤にこ。
穗乃果はにこの台詞で希がまだ来ていないことに気付いた。
「さぁ・・・さっき電話した時は向かってると言ってたけど・・・」
絵里の言葉に穗乃果もそっかーと言って自分の席に座る。
そして・・・それから10分程した頃、ドアノブがガチャリと音を立てて回った。
「ごめんごめん、レッスンが長引いてちょっと遅れたわ〜」
そう言って姿を現した希。
だが、他のメンバーはその希の姿を見て固まった。
「・・・あれ?どないしたんや?」
「どないしたんや、じゃなーい!!ちょっと希なんなのその体型!?」
一番早く回復したにこが希に喰ってかかる。
「体型・・・?ああ、ちょっと太ったけどそんな騒ぐほどやないやろ?」
そう言う希だが、周りのメンバーは固まったままだ。
「・・・ちょっと希、これ見て」
西木野真姫が部室に置いてあった衣装合わせ用の鏡をずらし、希に見えるように置く。
「・・・へ?これ・・・誰や?」
「誰って・・・希でしょ」
「う、嘘やん・・・これがウチ・・・!?」
鏡をのぞき込んだ希はその場で固まった。
そこに映っていたのはどう見てもデブになった一人の女性だったからだ。
メンバーなの中でも最も大きかった胸はまるで一抱えもある西瓜のようだ。
腹は前に横にと飛び出し、上から見るとまん丸に見える程だ。
足は重くなった身体を支えるように太く逞しくなり、尻はスカートがまるで役に立っていないほど丈が短くなっている。
腕は以前の太もも程太くなり、顎はたっぷりと贅肉が付いた御陰で二重顎になっている。
声もどこか野太く力強くなり、アイドルと言うよりはまるでオペラ歌手のような見た目である。
今の希の姿は一緒に過ごしてきたメンバーで無ければ気付かないほど変貌していたのだった。
「の、希ちゃん・・・どうしちゃったの?」
「この短期間にこれだけ太くなるなんて・・・一体何をすれば・・・?」
ことりと海未が固まる中、星空凛はとことこと希の傍に近寄りおもむろに希の腹を揉んだ。
「ひゃ!?ちょっと凛ちゃん!?なにするん!?」
「ふふ・・・なかなか柔らかいにゃー・・・今日は逆ワシワシをする日にゃー!」
「ちょ・・・やめ・・・!!」
あまりに急な出来事に再び固まるメンバー。
やがて再起動した穗乃果も立ち上がり、凛ちゃんだけずるい!と叫んで二人の間に突撃した。
それを皮切りににこと小泉花陽も近寄り、希の腹や太ももを揉み出す。
「あ、ホント柔らかい」
「わぁ・・・ふかふか・・・」
「ちょ・・・四人とも堪忍・・・堪忍してや〜!」
騒ぐ五人を見ながら、残りの絵里・海未・真姫はため息をつき、ことりは衣装どうしようと頭を抱える。
その後、レッスンで使用していた薬が副作用で中性脂肪が付きやすく、増えやすくなる効果があることが分かった。
希はダイエットを決意して、レッスン場に二度と行かなくなったのだった。
東條希
身長:159cm
体重:48kg → 186kg
B:90cm → 134cm
W:60cm → 157cm
H:82cm → 149cm