牛になれない蛙

牛になれない蛙

 

 

“個性”。
誰もが持ち、誰もが使える固有の能力。
当然個体差はあるが、みんながみんな自分の能力を生かしていた。
ある者は“ヒーロー”として。
ある者は“ヴィラン”として。
ここ、国立雄英高校に所属する彼女、蛙吹梅雨もその一人である。

 



 

「パトロール、つまらないかな?」
「いえ」

 

一週間だけの職場体験。
ヒーローを目指す彼女達にとっては現場を学ぶまたとない機会だ。
だがそれは同時に実戦をする可能性もある危険な授業。
・・・なのだが。

 

「でもフロッピーちゃんも暇でしょ?」
「割と楽しいですよ」
「そ、そう?」

 

この地区は平和なのか、事件らしい事件は起きていない。
水難の多い地区なのだが、ここ最近はおぼれた人間もひったくりも何も無しである。
梅雨の面倒を見てくれる先輩ヒーローもやや心配そうに梅雨に聞くが、梅雨は特段気にした様子はない。
・・・そもそも表情が分かり難いというのもあるのだろうが。
因みにフロッピーというのは梅雨のヒーロー名だ。
二人がそんな話をしながらパトロールを続けて居た時だった。

 

「・・・あれ?」
「どうかした?フロッピーちゃん」

 

梅雨が目の前にある路地を指指す。
そこには一人の男が地面に倒れていた。
その奥には更にもう一人男が居る。
その手には明らかに札らしき物が握られている。

 

「・・・行くよ?」
「はい」

 

それらを確認し、コエを掛け合った後ゆっくりと路地へと近づく二人。
だが向こうの男も気付いたのか、路地の奥へと走っていく。

 

「フロッピーちゃん!」

 

先輩の叫び声を受け、梅雨は舌を伸ばして路地の壁に張り付く。
そのまま舌を縮める力で体ごと路地へと飛んでいく。
これが彼女の個性、「蛙」である。
その名の通り、蛙のように舌を伸ばしたり水の中を自由に泳いだりと色々な事が出来る個性だ。
梅雨はそのまま壁をまるで蛙がジャンプするかのように跳ね回り、やがて路地の奥で男の前に降り立った。

 

「逃げちゃ駄目よ?」
「くっ・・・ま、待ってくれ!!ほんの出来心ってゆーかさ!
 ほ、ほら!なんつーかあれよ!!魔が差したって奴!?」

 

目の前に降り立った梅雨にびびったのか、男は両手を横に振りながらそう話す。

 

「お、俺さ。昔から個性がよ・・・その自分の体を少しだけ伸ばせるっていう奴でさ・・・
 いわゆる『無個性』って奴でさ」

 

ほら、と自分の指をほんの2cmほど伸ばす男。

 

「だからその・・・あのオッサンにそう言うのを馬鹿にされてさ・・・ついこう・・・
 な、な!?頼むよ!!か、金なら返すから見逃してくれよ!!な?な?」
「・・・」

 

あまりの必死な態度に少し呆れ気味な梅雨。

 

「駄目よ」
「な!?」
「罪は罪だから。初犯ならすぐに出られるし」
「お、おい!!人がこんなに頼み込んでるんだぞ!?」
「そうね」
「なら──」
「でも駄目」
「──っ!!」

 

男は自分の説得が効かないと分かると、梅雨の肩を掴んで激しくゆすり始める。

 

「なぁ!!そりゃネェだろ!?頼むよぉぉぉおお!!」

 

ガクガクと揺れる梅雨の体。
梅雨がそんなに捕まるのが嫌なら最初からやらなきゃ良いのにと言おうとしたその時、梅雨は体に違和感を感じた。

 

【プルン】

 

体が、揺れた気がしたのだ。
ガクガクと強く揺すぶられているのだから当然だと思うが、そうでは無い。
体の肉・・・贅肉が揺れた。
梅雨は胸が意外と大きい。
だからそこが揺れるのは当たり前である。
だが、今揺れたのは腹だった。
梅雨がその理由を確かめようと思った瞬間、男がにやりと笑った。

 

「っ!」

 

慌てて後ろに飛び退く梅雨。
だが男は追ってこない。
それどころか、先ほどまでのオドオドとした様子は微塵もない。
むしろ、にやにやと気味の悪い顔を浮かべている有様だ。

 

「今更飛び退いてももう遅いぜ?」
「・・・何をしたの?」
「まぁ落ち着けよ。すぐに分かるから」

 

その言葉通り、梅雨の体が急に重くなった。
慌てて梅雨が視線を下に下げると、そこには先ほどまでは無かった特大の腹があった。
いや、腹だけじゃ無い。
小柄な体格には似つかわしくない大きめの尻は更に大きくなり、特大の桃を思わせる様になった。
そこから伸びる足はまるで朝までの梅雨の腰程の太さになった太ももが二本、ジワジワとそのサイズを大きくしながら存在している。
腕はすでにその太さのせいでスーツの耐久を越えそうになっており、ピキピキと嫌な音が鳴り始めている。
元々大きかった胸は特大の丸になり、飛び出た腹の上にだらしなく乗っている。
鏡が無いここでは梅雨は見ることが出来ないが、もしも有ったなら自分の顔がどんどんと肉で横に広がっているのが見えただろう。
顎は首と一体化し始めているし、頬肉は徐々に目を細くさせながら下に垂れ下がっていく。
そして・・・

 

【ビリッ・・・ビリビリビリピリィィィィイイ!!】

 

「〜〜〜っっ!」

 

彼女のスーツが内側からの圧力に負けて飛び散った。
流石に恥ずかしいのか、彼女にしては珍しく顔を真っ赤に染め上げて胸の辺りを手で覆い隠す。
だが・・・それでもこぼれた胸は溢れる量を更に増やしつつあり、徐々に腕がこじ開けられていく。
その姿は先ほどまでを雨蛙とすれば、今は殿様蛙と言った具合である。

 

「いいねぇ・・・その絶望した顔好きだよぉ?」
「貴方・・・自分の体を伸ばすのが個性じゃ・・・」
「んなわけねーだろ?誰がそんなん個性だっていうんだよ。
 俺の個性は触れた相手の体を変化させる個性。
 ・・・まぁデメリットがあって一定時間触れてないと駄目なんだけどな。
 だけどお前がこっちの芝居に付き合ってくれた御陰で無事に出来たけどな」

 

ケラケラと笑う男。
梅雨は何とかしようと体を動かすが、当然重くなった身体がついて来てくれるはずが無い。
その場でバランスを崩し、座り込むような形になってしまった。

 

「ははは!無様でいいな!!」
「・・・魔が差したっていうのも嘘?」
「まぁな」
「最低ね」
「ありがとうよ」

 

そう言いながら男は梅雨に近づき、顔を覗き込む。

 

「お前はあの童話知ってるか?
 蛙が牛をまねたら破裂したって奴だよ。
 ・・・このままやったら、お前は牛になるのかな?それとも破裂するのかな?」

 

そう言いつつ顔に手を当てる男。
ニタニタと笑う男の前で、俯く梅雨。

 

「おやぁ?今更になって怖くなったのかな?
 大丈夫だよ、すぐにもっと大きくしてやるからよぉ!!」

 

そうやって笑う男の顔面に、梅雨が何かをはきかけた。

 

「ってめ!・・・ぐぁ!?あ、が・・・ああああ!!」

 

途端、男が顔を押さえながら地面を転げ回る。

 

「な、なにを!?」
「私の能力も教えて上げる。跳躍するのと壁に張り付くのと。
 そして粘液を分泌出来るの。まぁ多少ピリッとする程度だけど。
 でも目に入ったら結構痛いと思うわ」
「くっ・・・!!」

 

男は何とか立ち上がるが、それでも目を開くことは出来なそうだ。

 

「あ、それと舌を伸ばせるの。こんな感じでね」

 

そう言って彼女は舌を伸ばして男の体を自分の舌でグルグルに巻いていく。
身動きを封じられた男は再び地面に転がり、暴れる。
梅雨はその光景を見つつ、やれやれと言わんばかりにため息を付くのだった。

 



 

「へぇー敵退治までやったんだ!うらやましいなあ!」
「避難誘導とか後方支援で実際戦闘はしなかったけどね」

 

職場体験が終わった後の学校。
梅雨はクラスメイトの芦戸三奈と耳郎響香の二人と雑談をしていた。
内容は勿論職場体験の事である。

 

「私もトレーニングとパトロールばかりだったわ。
 一度隣国からの密航者を捕えたぐらい」
「それすごくない!!?」

 

雑談の途中、梅雨はあの事件の事はあえて語らなかった
あの後・・・駆けつけた先輩によって男は逮捕され、梅雨は病院へと搬送され医者の“個性的”な治療で元の体型に戻った。
とは言えやはり彼女も女性。
流石に凄まじいデブになりましたとは言いにくいのだろう。
梅雨は二人と雑談を交わしながら、罪悪感からか少しにが笑いっぽい顔をするのだった。


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