不治の病はない?
「お嬢様、お手紙が届いてますよ」
「ん、ありがとう・・・だが言っているだろう?ここでは」
「アルマ様と呼べ・・・ですか?」
「そうだ」
ふんっと鼻から息を吹き出して頷く少女。
自称天才錬金術師アルマこと有馬比奈子はメイドで勝手に部下扱いしているエイプーこと四月一日百合子から手紙を受け取る。
どうやら先日の騒ぎから無事に体型を戻したらしい二人は、比奈子の自室を改造した研究室にいるのだった。
「ふむ・・・あそこのお嬢様も随分と物好きだな」
振り向きもせずに受け取った手紙を読みながら、比奈子は軽く頷く。
「お嬢様って・・・お嬢様もお嬢様でしょうに」
「ゲシュタルト崩壊しそうな言葉はやめんか・・・森丘さんところのだよ」
「森丘って・・・あの森丘グループの?」
「その森丘だ。薬の依頼だとさ」
「・・・」
「なんだ?」
比奈子の口から出た言葉に、百合子はあんぐりと口を開けてる。
「森丘グループって言ったら医療メーカーの最大手じゃないですか!?」
「だからそう言ってるだろ?」
「なんでそんなところとお嬢様なんかが知り合いなんですか!?」
「なんかとは何だ!!あとアルマ様と呼ばんか!!」
百合子の言葉に声を荒げる比奈子。
比奈子はこほんと一つ咳払いをしてから百合子に向かって説明をする。
「随分前にあった向こうさん開催のパーティで知り合っただけだ・・・
お父上がパイプを繋ぎたくてな」
「ほへー・・・本当にお嬢様なんですねぇ・・・やってること馬鹿っぽいのに」
「そこ、聞こえてるぞ」
「あははは・・・でもなんでお嬢・・・博士に依頼なんて?」
「ふっ・・・私は天才だからな!!」
「あーそうですねはいはい」
「なーがーすーなー!!」
百合子の態度にプンプンと怒る比奈子。
「まったく・・・首にしてやろうか・・・」
「冗談ですよ冗談!
でも本当にそれだけの話なんですか?いくら博士が天才だって言ってもわざわざ・・・」
「正確に言えば私が天才かつある程度の金持ちだって事だな」
「はい?」
「薬っていうのは作るだけでもかなりの額がかかるのは分かるか?
そうおいそれと作れる物でもないのさ。幾ら医療メーカーの娘と言ってもな。
個人的な物になれば余計にそうなるさ」
「だからその分を博士が?」
百合子の言葉に比奈子は自慢げに頷く。
「そういう事だ。向こうさんもなるべく自分の所で作りたいだろうがな・・・
まぁいい!これは研究のしがいがありそうな案件だぞ!!」
「そうですか、では私はこれで──ごほっ!げほげほ!!」
「なんだ風邪か?」
百合子が咳き込んだのを聞いて振り返る比奈子。
よく見れば百合子はマスクをしており、顔色も少し良くなさそうだ。
「ええ・・・ちょっと質悪いのを貰っちゃったみたいで・・・」
「そういう事なら良い物があるぞ」
そう言って比奈子は机の引き出しを漁り、一つのビンを取り出す。
「ほら、これを飲め。風邪薬だ」
「・・・ラベルに名前っぽい物以外何も書いてないんですけど?」
「そりゃ私の作った薬だからな」
「じゃあ飲みません」
「お前私が心配してやってるのに!?」
「だってこの間あんな事があったばかりじゃないですか!!」
「あれは実験する訳にも行かなかったからだろ!!
今回はばっちり実験済みだ!!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ二人。
数分程騒いだ後に疲れたのか、肩で息をしながら二人はうなだれる。
「ぜーはー・・・ごほっごほごほっごほ!!
ただでさえ・・・辛いんですから・・・ごほっ!叫ばせないで下さい・・・!」
「エイプーが飲めばそれで・・・はぁーはぁー・・・済む話だろうに・・・!!」
「・・・はぁ。わかりました・・・ありがたく頂きます」
そう言って百合子は比奈子から薬を受け取り、比奈子から渡された水で飲み込む。
途端に喉にあった違和感が薄れていくのを感じる百合子。
・・・ただの喉が渇いていただけかも知れないが。
「そういえば・・・なんで風邪薬なんですか?風邪薬なら市販薬もいっぱいあるじゃないですか」
ふと沸いた疑問を尋ねる百合子。
「はぁーはぁー・・・なんでって“風邪薬”だぞ?」
「はい、風邪薬ですよね?」
「・・・ああ、そういう事か。
エイプーよ、市販されている薬は風邪薬ではないぞ?」
「・・・はい?」
比奈子の言葉に固まる百合子。
比奈子は気にせずに言葉をドンドン続けていく。
「風邪というのはウイルス性の呼吸器系の炎症の総称・・・
詰まるところ風邪という病気はないんだぞ?」
「え、ええ−−−!?じゃあよく言う風邪っていうのは!?」
「一つの病気を指す言葉ではない。風邪を正確に言えば風邪症候群と言う物だ。
分かりやすく言えば腹が痛くなるのを全部腹痛で片付けているみたいな物だ」
「じゃ、じゃあ市販の風邪薬ってなんなんですか?」
「あれはあくまでも症状を緩和する為の薬だ。さっきの腹痛の例で行けば痛み止めだな」
「じゃあ根本的解決をするものでは・・・」
「ないぞ」
えー!?と叫び、口をぽかんと開ける百合子。
「じゃあ博士が作ったのは?」
「うむ!風邪を完全に治す薬だ!」
「それってスゴイじゃないですか!!」
「ふははは!私は天才だからな!」
自慢げに腰に手を当てて笑う比奈子。
百合子は珍しく感心した様子で比奈子を見つめる。
と、急にぐ〜と可愛らしい音が鳴った。
「あ、あははは・・・すみません、お腹が鳴ってしまって」
「む、そういえばそろそろ3時か・・・」
ちらりとデジタル時計を見る比奈子。
時計の表示は14:55であり、小腹が減るのも納得の時間である。
「研究に取りかかる前に何か腹にいれるか、お茶の用意をしてくれ」
「はい!」
珍しくまともな発明をした比奈子に感心をしながら、百合子は小走りで茶菓子の用意をするのだった。
・
・
・
「・・・博士?これはどういう事ですか?」
「う、うむ・・・それはだな・・・」
数日後。
百合子は比奈子を前に仁王立ちをしていた。
その体の横幅はつい先日ダイエットに成功していたはずの体型から大きく増し、以前の“事故”の時よりも太くなっていた。
バランスボールを詰め込んだような腹に、前に飛び出し主さで若干垂れ気味のスイカ大な胸。
足は完全に大黒柱のそれであり、尻は子供一人なら入りそうなサイズに育っている。
背中には肉の分厚い段が幾つも存在し、顎は完全に首と一体化を果たしてしまった。
当然その肉体を包む服など有るはずもなく、現在彼女は無理矢理に一番大きいメイド服を着ている。
が、それでも足りて無く既にいくつかのボタンは止まってないしロングスカートは膝上まで上がっている。
一歩歩く度に全身が揺れる感覚が百合子を襲い、彼女の羞恥心を高めていく。
「実験、したんですよね?」
「し、したとも・・・マウスで」
「じゃあ人間ではやってないって事じゃないですか!?」
「か、風邪にかかった丁度良いサンプルがいないんだからしょうがないだろ!!」
「しょうがないですみませんよ!!」
「う、うるさい!!マウスの時は食欲が増すだけですんだんだ!!」
詰まるところ、比奈子はマウスでしか実験をしておらず・・・
百合子が初めてあの風邪薬を服用した人間と言う事になる。
その副作用がこれである。
比奈子が作った風邪薬は要は『色んなウイルスが炎症を起こさせるのなら全てのウイルスを焼き払えば良い』という物だ。
真っ正面から行ってぶん殴って終わりみたいな解決方法をとった訳である。
が、ここで思わぬ症状が出た。
ウイルスの治療というのは結局の所人間の免疫力にもよる。
そのために比奈子は自然治癒力を高める効果も入れたのだが、それのせいで肉体がエネルギーを過剰に欲しがったのである。
実際に消費するエネルギー量は対して変わらず、過剰に摂取したエネルギーは脂肪という形で体に蓄積される。
さらに風邪特有の食欲低下に合わせて普段よりも消化効率を上げるための成分もあり・・・
結果、やたら腹が減るのに食べた分が普段よりも贅肉になりやすい状態に百合子はなったのだ。
その為、たった数日でこの様子である。
・・・最も、食欲に負けて暴飲暴食を繰り返した百合子も百合子であるが・・・
「わかりますか?朝起きたら前日よりブクブクと太っていた自分の姿が見える光景・・・
しかも酷いスピードでですよ!?
そのくせ食欲が収まらないから何か口にしてないとお腹が減りすぎて
おかしくなりそうですし・・・!」
「ま、まぁ!風邪は無事に治ったんだからいいじゃないか!!」
「よくありません!!ちょっとでもお嬢様を見直した私が馬鹿でした!!
毎回毎回変な薬ばっかり作って!!」
「な、なんだと!?変とはなんだ変とは!!これは崇高なる科学の進歩の為だな・・・」
「役立ってないじゃないですか!!」
「ぐっ・・・!あ、悪の錬金術師としてはこれでいいんだ!!」
「都合悪くなるとそうやって!!今日という今日は旦那様にご報告させていただきます!!」
「ま、待て!!お父上に言うのだけはやめろ!!」
「いいえ、やめません!」
そう言って部屋を飛び出そうとする百合子に比奈子が掴みかかる。
が、体重差からかずるずるお引きずられていく比奈子。
「待て!待て!待ってくれ!また新しいバッグを買ってやるから!!そうだ化粧品も付けるから!
だからお父上だけはやめてくれぇ〜〜〜〜」
そんな声を響かせながら部屋の外へと引きずられる比奈子。
誰も居なくなった部屋では、百合子が飲んだ風邪薬のビンが机の上でモニターの光を寂しげに反射させるだけだった。
結局、この風邪薬は発売されることはなかったのであった。
四月一日百合子
身長:169cm
体重:52kg → 195kg
B:90cm → 161cm
W:60cm → 147cm
H:84cm → 155cm