ポイントはどうでしょう?
「あぐ・・・」
苦しい。
吐き気がする。
一口噛むごとに胃袋から物がこみ上げてくる。
「う・・・ぐっ・・・んぐ!」
それを無理矢理流し込んで、私は体を後ろに伸ばすように倒した。
少しだけ楽になったお腹を押さえながら、私は自分の左腕を見る。
【300pt】
そう表示されているのを見て、私ははぁぁぁああ・・・と深くため息を付いた。
──その拍子に戻しそうになったりもしたが。
「これ以上は無理ね・・・」
目の前に置かれた皿を見つめながら、私は深く落ち込む。
皿の上にはまだ半分ほど残された"半人前の炒飯"が置いてあるのだから・・・
・
・
・
大分収まってきた嘔吐感と闘いつつ、私はレポートをまとめながら今回の事について考える。
そもそもの発端は私達人類が・・・特に女性が非常に小食になってしまった事だ。
一日に旧世紀での一人前を食べれば良い方。
私なんかは見ての通り一日で半人前食べるのもやっとだ。
・・・21世紀の初頭頃から長く続いた"ダイエットブーム"が全ての原因であることは解っている。
痩せた人が美人であるという文化は根強く、そして泥のように長く続いた。
それと人口増加による世界全体の慢性的な食糧不足。
"大食は罪"そんな言葉を書く雑誌すら有ったそうだ。
そんなわけで私達のご先祖様はみんな食べるのを我慢していったらしい。
その結果、私達は殆ど食事をしなくなっていった。
栄養は別の方法で補い始め、それが当たり前になっていった。
・・・ところが。
宇宙への進出を果たし、いくつかの惑星をテラフォーミングして人口による食糧問題が解決しても人類は食事をしなかった。
わざわざする必要の無い物をしようというのは物好きの考えであり、一般受けはしなかったのだ。
その頃はそれでも良かった。
だが、私達の時代になって初めて大きな問題が見つかったのだ。
"出生数の大幅な減少"。
宇宙開拓を始めてから増加傾向だったはずの出生率はここ10年程でするすると低下。
母体を調べても異常は無く、"そう言う行為"が減ったわけでも無い。
出産を補助する機械はむしろ日々進歩しており、何が原因かは解らなかった。
これがどこかの惑星だけで起きていたのならその土地に原因があると言えただろう。
ところが全ての惑星・・・というより全人類にその傾向が見られたのである。
そして数年前、とある研究結果が発表された。
【食事と出生率には大きな関係がある】
科学の進歩により、今まで以上に食事をしなくなった人類はついに限界を迎えたのである。
私もこうなる前は2,3日に一度固形物をとれば良い方だったのだから如何に"人類の食事離れ"が深刻だったかが解るというものだ。
自ら食事をやめた人類は、自ら食事をとらざるをえなくなったのである。
そこで統合政府はとある方針を打ち出した。
【食事を多く食べた者にはその分だけ特典を与える】
簡単にいってしまえばそういう事だ。
リアルタイムで体の状態を計測する端末を貸し出し、それによって計測された食事量をポイントとして個人個人に割り振る。
そのポイントはあらゆる事に使え、逆にポイントが無ければ苦しい生活を強いられるようになる。
飴と鞭をもっと酷くしたような話だ。
「・・・一週間頑張ってこれだけか」
もう一度左手に付いた端末を見ながら、私は顔を上げて天井を見つめた。
300pt。
正直に言えばかなり少ないと言える。
一週間での平均取得ポイントが500だというし、多く稼ぐ者は900ほど稼ぐという。
平均値とそんなに変わらない様に見えるが、実際は毎回吐き気を覚える程詰め込んでやっと300なのだ。
普段通りの生活なら200行くか行かないかだろう。
「・・・」
ちらりと腕を見る。
かなり細く、研究以外では外に出ないためか真っ白でまるで骨の様にも見える。
ちらりと横目で今回の研究用と思って取り寄せた資料と見て比べ、変な感覚に陥る。
21世紀の頃の資料写真──紙媒体というのを見たのは初めてだった──の一般的な女性の腕は私の何倍も太い。
いや、私だけではなく周りの女性と比べても2倍は太いだろう。
「・・・食事とはこうも人を変えるのだな」
先程まで食べていたのは旧世紀での半人前の炒飯。
この2倍の量を普通に食べていたのだから体格が全然違うのも当たり前だろう。
一度だけ見た"大食い大会"なる催しの映像はまさに異次元の世界だった。
一食で私の1年分以上の食料を平らげる映像は何とも言いがたい光景だった。
「・・・あれだけいっぱい食べられたなら」
そうすれば・・・
私の研究も進むというのに。
「・・・今日の記録はこれで終了だな」
キーボードを消し、私は軽く頭を抑える。
ふぅと一息付き、そして机の上に目をやる。
小さなケースが寂しそうに置いてあり、その中には私達の"研究結果"が入っている。
先程からまとめているのもこの研究に関わることだ。
すなわち・・・
「食欲の復活・・・ねぇ」
"食欲復活計画"と、その試薬である。
これまでの研究によると今の人類は胃袋が非常に退化しているらしい。
それに伴い脳の満腹中枢の働きが非常に早く、その結果小食となっているのだ。
・・・いや、小食だったから胃が退化したのか。
ともかく、そう言った悪循環を何とかするべく今回の計画がスタートしたわけである。
内容としては胃袋を作り替えるナノマシンの製造と、それと同事に脳の満腹中枢の機能低下を目的とした薬剤の生成。
要は無理矢理胃袋を昔の状態へと戻し、強すぎる満腹中枢を大人しくさせるという事だ。
私もナノマシンの研究者としてこの計画に参加しており、それと同事に薬の被験者でもある。
ここまで一週間の数値を計ったのはこの為でもある。
・・・最初は普通に計るつもりだったのだがあまりにも少なすぎると怒られたためかなり無理をしたのだが。
「・・・本当に上手く行くのか?」
自分の研究に自信が無いわけじゃ無い。
だが・・・私の分野はどちらかと言えばサイボーグ工学に近く、はっきり言えばこの研究への興味は微塵も無い。
だからと言って手を抜いたわけでは無いが、半信半疑な部分は多い。
そもそも他人との共同研究というのもかなり苦痛だったし、他人の研究が信用出来るかと言えば嘘になる。
研究費用さえ有ればこんな計画なんかに参加しなかったのに・・・
「・・・やめよう。明日に備えて今日は休むべきだ」
計測は半年間。
始める前からからこんな調子では持たないだろう。
私は頭を軽く振ってから、私は机の上のケースを一瞥してから寝室へと向かうのだった。
・
・
・
「・・・」
翌朝。
ケースに入った試薬を見つめながら、私は未だ迷っていた。
"果たして本当にこれは効果があるのだろうか?"
"そもそも飲んでも平気なのだろうか?"
不安要素は多く、飲む気は全然起きない。
だが、ここまで来たのだ。
いや、来てしまったのだ。
人類はこのままでは緩やかに種としての死を待つだけとなるし、そもそも自分の研究のためにはこの計画の報奨金は必要だ。
私は軽く一息付いてから、試薬を持って口に運んだ。
「うっ・・・」
酷い味だ。
人類は胃と一緒に舌も退化させたらしいが、その舌でも酷いと思うのだからよっぽどだろう。
もし万が一これを旧世代人に飲ませたら一体どんな反応をするのだろうか。
そんな事を考えつつ、試薬を飲み干す。
もう少しすればナノマシンが胃で働き始め、やがて胃を作り替え始めるだろう。
「う・・・ぐっ・・・ぐぇ!」
昨日以上の吐き気がこみ上げる。
どうやら胃の作り替えが始まったようだ。
「これは・・・うぐ!・・・要調整・・・だなっ!」
吐き気をなんとか堪えつつ、私は床に横たわる。
サイボーグ化手術をする際に麻酔の使用が義務づけられるがよく分かる。
この気持ち悪さは誰だって経験したくないだろう。
しばらくそのままで居ると、徐々に身体が楽になっていく。
「・・・終わったのか」
滅多にかかない汗を白衣で拭いつつ、私は床から立ち上がった。
現在の所体に異常は見当たらない。
本当に作り変わったのかと不安になりつつ、現状を簡単にまとめる。
──と。
『ぐぅぅぅ・・・』
聞き慣れない音が鳴った。
「・・・?」
その音と同事にまるで腹の奥から震えるような、そんな感覚が一緒に襲ってくる。
「・・・もしかして、これが・・・腹の虫が鳴ったと言う奴か!?」
資料映像などで何度か聞いた言葉だったが、こう言う感覚なのかと一人感動する。
「・・・あ、そうか。食事か」
そうだった。
腹の虫が鳴ったら食事をとるのだった。
腹の虫は胃袋が空、つまり空腹という合図だったな。
「食事か・・・」
折角だし、昨日と同じ物を食べて比較してみよう。
私は端末を操作して、"半炒飯"を頼む。
名前こそ半炒飯だが、正直私には大盛りとしか思えない。
すぐさま横の加工機が稼働し始め、完成を知らせる合図と共に目の前に皿が運ばれてくる。
湯気を上げながら運ばれてきた炒飯──思えばこの計画に参加しなかったら絶対に口にしなかった料理だ──を眺める。
胃袋は早く料理を入れろと最速を繰り返し、私もそれに答えて一口口に入れる。
「・・・旨い」
ふと、そんな言葉が口から漏れた。
今まで食事をしても旨いという感想は出たことが無かった。
だが極度の空腹はそれすらも覆したらしい。
一口、二口とドンドン口の中にスプーンを運んでいく。
「・・・はっ」
気がつけば、皿には何も入ってなかった。
「食べ・・・きった?」
あれだけ多く思えた量が、すんなりと入ったのだ。
それどころか、まだまだ足りない気すらする。
「は・・・ははは・・・!やったぞ!成功だ!!」
私は実験の成功をこの身で感じながら、加工機の端末に追加注文を入れるのだった。
・
・
・
【ギシッ・・・】
ベッドから起き上がると、そんな音がした。
横のモニターを確認し、手術が無事に成功したことを確かめる。
試薬を飲んでから2週間。
急激に増えた私の体重に骨が追いつかなくなり、危険だと判断した私はナノマシンによる骨の強化手術を行っていたのだ。
軽く体を動かしてみると、手術前に比べ体が軋む感覚はなくなり、安心感を覚えるようになっていた。
そして・・・
【ぷるっ】
それと同事に体の肉が揺れる感覚が来る。
「ふふっ・・・案外胸があるというのも悪くないな」
育ってきた自分の胸を軽く触りながら、私はそんな事を呟く。
念のためにと左手に付いた端末で体のデータを確認してみると、特に目立った異常はなさそうで一安心する。
その時ふと、自分の体重が見えた。
【42kg】
ナノマシンでの強化を考えても軽く20kg近く太った計算になる。
2週間で20kg。
以前の私一人分増えたと思えば骨が軋むのも無理は無いだろう。
「しかし・・・体重増加のペースが速すぎるか?」
痩せ過ぎだと言われていた私だが、ここまで来ると太りすぎになった気もする。
とは言え今はまだ実験の最中だ・・・薬の効果を確かめるためにも下手な行動は起こせないだろう。
「それよりも・・・腹が減ったな」
時計を見れば手術前から既に6時間以上経っている。
それならほぼ寝ていただけとは言え腹も減るだろう。
と、そう考えて私は少し笑ってしまった。
以前の私なら6時間で空腹を覚えるなんて無かっただろうと。
そう思ったからである。
「食事にしよう」
加工機の端末にいくつか入力をし、やがて運ばれてきた料理を眺める。
昔地球にあったイタリアという地方の料理である"ピザ"だ。
一切れ掴み、持ち上げる。
焼かれたチーズがとろりと糸を引くように伸び、口に入れると香ばしい香りと味が口の中に広がる。
最近思ったのだがどうやら私の舌も発達をしてきたようで、以前よりも味という物が解るようになっていた。
チーズの塩気とトマトの酸味、バジルの香り。
どれも現物を見たことは無いが、私はこれらを"気に入っていた"。
一切れを食べ終え、二切れ目を自然と持ち上げた時に私はまた少し笑った。
以前の私なら一切れ食べるのに3日はかかっただろう。
それが今では大量に食べるどころか"食事を楽しんでいる"のだから不思議な物だ。
その後私はピザ一枚を食べ終えると、いくつかの記録をまとめてから就寝したのだった。
・
・
・
「あむ・・・」
スプーンをくわえると、途端に幾つもの香辛料が口に広がる。
辛味、苦味、酸味、甘味。
その複雑さを楽しみながら、私は次の一口分をスプーンで掬う。
カレーライス。
元はインドという地域の家庭料理だった物を日本という地域がアレンジをした料理だ。
というか日本は頭がおかしいと思う。
昔の資料を漁ると他の地域の料理を取り入れアレンジし、それとは別に独自の料理を持つ。
その独特すぎる食文化は"ここに行けば食べられない物は無い"と思わせる程に豊かで豊富だ。
その割にはちゃっかり独自の料理を文化遺産登録したりもしている。
「・・・一度行ってみたいな、日本」
今は違う文化になっているかも知れないが、それでも一度は行ってみたい。
「・・・全く。私にこんな趣味が出来るなんてな」
今までサイボーグ工学とナノマシンの研究以外したいことが無かった。
だが・・・気がつけば食事を楽しみそれに関わることに興味を持つようになっていた。
食べる楽しみ。
そう、料理を食べるのは楽しいのだ。
今までになかった刺激。
甘い物も辛い物もしょっぱい物も苦い物も。
それらを知るという楽しみはいつの間にか私を虜にしていたのだ。
「・・・とはいえ、この体型じゃ地球には行けそうに無いだろうな」
私は自分の腹を手で持って、そして離してみる。
途端にブルンと、腹の贅肉が揺れた。
端末で体重を確認すると79kgの表示が見える。
画面を切り替えポイントを確認すると、5900ptの文字が見える。
試薬を試してから1ヶ月。
ここまで効果が出るとは思っても居なかった。
ぺちぺちと自分の腹を叩くと、それに連動して他の部分も揺れる。
腕も足も尻も胸も。
一月で体重が三倍以上になったと他人に話したら一体どんな反応をされるのだろうか?
『ぐぅぅぅぅぅぅうううう』
そんな事を思っていたら、腹が鳴った。
「さて、次は何を食べようかな?」
端末を表示させ、メニューの中から色々と調べてみる。
因みに今食べているカレーは3品目だ。
今日は日本巡りと言う事でラーメンに始まり、カツ丼・カレーと来たのだから・・・
「寿司という物にしてみるか」
生魚を食べるという物らしいが、ここでは生の魚は手に入らないので本物とは言えないだろうな。
そもそも私が今まで食べてきた物も全て合成加工品だから本物ではないか・・・
そんな事を思いながら左手で端末を操作し、右手でカレーを食べる。
注文を終わらせ、空いたカレーの皿を横に寄せると機械が自動的に皿を片付けてくれた。
それにしてもラーメンもカツ丼も非常に旨かった。
メン・・・というか箸という物にはまだ慣れてないが、それでもかなりのお気に入りだ。
しょっぱい味がメンのつるりとした感覚と一緒に口に来るのはかなり面白い。
カツ丼もレシピを見る限り肉を一度揚げてから煮るというよく分からない作業をしているが、それでも旨いのだから面白い。
そんな事を考えて居ると、目の前に寿司が出てきた。
「手づかみで食べて良いんだったな・・・」
醤油という調味料に軽く浸して手づかみ食べるという物だと情報は既に得ている。
試しにと軽く手に持ってみると、すぐに崩れそうになる。
「むうっ・・・これはこれで難しいな」
だがそんな手間も楽しみの一つだ。
ようやく安定して持てるようになった私は、付属していた醤油につける。
と、コメ──白い粒状の食品──の方が醤油でばらけ始めてしまった。
「あっ・・・なるほど・・・魚の方を付けるのか」
崩れてしまった米を手で軽くかき集めて寿司に載せてから、私はそれを口に入れた。
しょっぱい醤油の物と思われる味とほのかな酸味と甘み。
そこに魚独特の味と食感が混ざる。
全て違う味なのに不思議と一緒になっていて、カレーとは違った良さを思わせる。
「・・・これも旨いな」
寿司をお気に入りメニューに登録しながら、私は次の寿司を手に持つのだった。
・
・
・
「ふ・・・くっ・・・!」
一度息を全て吐いてから止めて、その間に一気に体を押し込む。
ムギュっと音を立てながら腹の贅肉が押し込まれ、そして抜けた。
ようやく通れた通路を眺めながら、私は自分の腹を見る。
丸々と前に突き出た腹はもはや自分の物と思えない程大きく、柔らかな脂肪に包まれた物となっていた。
その上の胸はやや垂れ下がり、この前変えたばかりのはずの下着からもあふれ出している。
尻は最近椅子が一つじゃ間に合わなくなったし、足は以前の私の腰よりもずっとずっと太い。
ナノマシン手術の御陰で骨と筋肉が強化されているから何とか歩けるけど、最近は少しの移動ですら辛い。
139kg。
今の人類で私より太っている者が居るとは思えない程に私は太っていた。
「・・・ここも改築するべきかな」
自宅兼研究施設であるこの小型コロニーは昔ならともかく今の私には"狭すぎる"。
勿論通路の幅の話だ。
幸い例の計画の御陰で予算は有るし、余ってきたポイントを使えばかなり整える事が出来るだろう。
・・・ポイントが余るなんて贅沢な話だ。
『ぐぅぅぅううううううううううう!』
「・・・食事をとってから決めるか」
私は空腹だとせっつく胃袋を贅肉たっぷりの腹の上から撫でつつ、重くなった身体で食堂を目指した。
大きめの椅子を二つ並べ、端末から注文をする。
やがて運ばれてきた皿には色んな種類のハンバーガーが並んでいた。
オーソドックスらしい牛肉タイプに豚肉──そういえば太った人物を牛や豚と呼ぶらしい──タイプ。
魚のフライを挟んだものに鶏肉のフライタイプもある。
ソースも色々で、ケチャップやマスタードタイプ。
タルタルソースに変わり種ではテリヤキなる物もある。
20個近いハンバーガーを眺めてから、私は一つ手に持った。
片手で一つ、もう片手で一つ持つ。
こうすれば効率的に味を比べられるのだ。
「まずはコッチから行こう」
左手で持った方にかぶりつき、味を確かめる。
ケチャップと酢漬けのきゅうり──栄養価は殆ど無いらしい──の酸味と肉の旨味。
それらをパンの甘みが緩和させながら口の中で一体になる。
右手の方はテリヤキと呼ばれる特殊なソースで、これもまた日本産だという。
独特の甘みが濃厚に喉に絡みつき、俗に言う"病みつき"になりそうだ。
ただ・・・この料理は口元が凄まじく汚れるのが難点だと思う。
「・・・まぁ後で拭けば良いだろう」
それよりも食事を続ける事にし、右のテリヤキをそのまま食べ進める。
そうしないとソースが下に全部垂れてしまいそうだったからだ。
テリヤキを食べ終え、その後左手の方もすぐに食べ終える。
勿論これで足りるはずもなく、すぐさま次のを手に取る。
今度は魚のフライとマスタードソースタイプの2種類だ。
魚の方はさくりとしたフライの食感が楽しく、マスタードタイプはケチャップタイプとは全然違う風味を感じさせる。
個人的にはこちらの方がタイプかもしれない。
結局その二つもすぐさま食べ終え、さらに次から次へとドンドン食べ進めていく。
気がつけば、あれだけあったハンバーガーは全て消えていた。
「・・・ケプッ」
小さくゲップをし、腹を撫でる。
先程よりも堅くなった腹だが、まだいくらか入りそうだ。
「・・・そうだ!食事の後はデザートだ!」
この間発見した文献によると、昔の人類は食後のデザートとして甘い物を食べていたという。
ケーキが食事でないというのはなかなか興味深い話だ。
別腹なる単語も気になる・・・が、今はデザートだ。
端末に表示されるメニューからいくつか気になる物を探し、頼む。
その間に口の周りを軽く拭き取り、皿をどかしてデザートを待つ。
運ばれてきた皿にはアイスクリームやプリンといった甘い物がいくつも乗っていた。
前の私は文献を読んだ時にあった甘い物を我慢するという感覚は分からなかった。
だが今なら何となく解る。
甘い物というのはカロリーが高い。
それと同事に食べる事で幸福感を得る。
痩せたい人物にとって甘い物を食べたいという欲求と痩せたいという欲求は正反対の欲求だ。
21世紀初頭なら確かに"ダイエットの敵"だろう。
最も私には関係の無い話だが。
「あー・・・む」
スプーンでプリンを掬い口に運ぶ。
カラメルのほろ苦さと一緒に甘くとろける様な感触が舌の上を駆け抜けていく。
次に横に置いてあるアイスクリームを同じ様に掬い、口に入れる。
体温で溶けていくアイスクリームの感覚を楽しみながら、ふと思いついた。
「プリンとアイスクリームを一緒に食べたらどうなるんだ?」
そんな考えが浮かび、早速試してみる。
結果は上々で、アイスクリームの味とプリンの味が程よく合わさった。
「・・・どうせなら色々試してみるか」
目の前に並んだデザートの数々を眺めながら、私は順繰りに試していくのだった。
・
・
・
投薬してから半年。
いよいよ結果を提出する時が来た。
・・・のはいいのだが。
「明らかに過剰だな・・・」
体型の変化を見るとどう考えても効力過多だろう。
腕を伸ばしても先に届かない胸。
それよりもなお膨らんだ腹。
太すぎて下着もろくに穿けなくなった足。
腕は贅肉が重すぎて垂れ下がり、顎は肉に埋まった。
237kgにも育った体はナノマシンの御陰で辛うじて自力での行動が出来るが、無かったらと思うとゾッとする。
「・・・まぁいいか。とにかくこの結果を送れば終了だな・・・」
今し方まとめ終わったファイルを政府に転送しながら、私は左腕に食い込んだ端末を起動させる。
ポイントはこの間の改築分を引いてもまだ3万ポイント以上あるらしく、何もしなくとも1年は暮らせるだろう。
自分の体がここまで太るとは思ってなかったが、それでもこれだけポイントがあれば別段問題があるわけでも無い。
私はファイルの送信が終わるのを見届けると、ぐっと背伸びをする。
因みにさっきから色々摘みながらファイルをまとめていたのだが、それでも腹は減ったままだ。
もう既に5人前──それも旧世紀での換算で──以上食べているはずなのにだ。
「・・・」
私は追加のサンドウィッチを端末に入力すると、置いてあった丼を持ち上げて牛丼を口に放り込む。
肉の旨味が口になだれ込むように入ってくる感覚を楽しみながら、私はこう呟くのだった。
「ああ・・・食事って最高だなぁ・・・!」
・・・因みに後日効力を薄めた薬が無事に発表された。
これによって私達人類の平均的な体型はかなり太くなった・・・
が、私ほどのサイズになる人間はいないのであった。