海神の島

海神の島

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むぐ…むぐむぐ…むぐ…
「ぷはっ…はぁ、はぁ、はぁ…ん…」
もぐもぐ…くちゃくちゃ……ごくり…
薄暗い地下室の中、「何か」が食べ物を食べているようだ。
「何か」の呼吸音が地下室に響き渡る。
「何か」の周りには、何人かの男女がいて、「何か」に食事を与えたり、皿を下げたり、新しい料理を運んできている。

 

「だいぶ大きくなったわね」
「もうすぐ『交わりの儀』に充分だな」

 

一組の男女が「何か」を見つめ、話あう。―「大きくなった」―「何か」は巨大な肉の塊である。
ぶよぶよに肥満した豚のような生き物である。

 

「んあ…おいし…もっと、もっとぉ…」

 

「何か」は人間の言葉を発した。
「何か」は豚ではない。
「何か」はブクブクに肥えた人間である。
脂肪でデロデロに膨れ上がった人間が、地下室で大量の食事を詰め込んでいるのだ。
いったいこれはどういうことか?
この不思議なお話を、少し過去にさかのぼりお話しよう―

 

 

「海神の島」

 

 

滝沢真美は13歳。
まだ幼さを残す、かわいらしい少女である。
彼女の父親は大企業の社長―つまり真美は社長令嬢である。
広いお屋敷と、名門私立学校と、これまた上流階級の友達や親戚の豪邸が真美の世界だった。
裕福な家庭に生まれても、真美には金持ちの嫌らしさはなく、優しく、思いやりのある娘に育った。
学校の成績は優秀、部活のテニスでは二年生にしてレギュラー選手である。
顔は元舞台女優である母親に似て、くりっとした目が印象的な美人顔である。
子供の頃から愛らしい少女であったが、さらに今思春期をむかえてその容姿には日々色気が増していった。

 

夏休み、真美の家族は伽那夷(カナイ)諸島の別荘でバカンスを過ごすことにした。
真美はそこの別荘が大好きであった。
青い海、青い空、ゆったりとした時間。
7月にはいってからはそのことばかりを考えて、楽しみにしていた。
別荘のある島へは、横浜から父親の所有するクルーザーで向かった。
しかし、その選択が悲劇を招くことになってしまった。
船を転がすことが趣味の父親は、気象予報士にでもなれそうなくらい、天候情報には詳しかった。
その日は台風が接近していたが、父親を含め大方の人間が台風は東へ逸れ、真美たちの航行ルートには影響ないと考えていた。
しかし、予想は外れ、誰も予想しなかった事態となる。
台風は本土側へ進路を変え、真美たちのクルーザーは暴風域に呑まれてしまった。
激しい雷、風、雨、そしてビルほどの大きさの波がクルーザーをもてあそぶ。
真美は飼い犬と弟と一緒に船室で震えて脅えていた。
そしてそんな状況が小一時間ほど続いた時だった―

 

―真美の、船内最後の記憶は、船窓から眺めた景色だった―
―海面がせり上がり、灰色の水の壁となって、押し寄せた―
―轟音、閃光、弟の声、上下左右が分からなくなり―後の記憶はない―

 

「……ん、ん?…」
「・・・・・!・・・!」
誰か大人の声が聞こえる。
「(誰か話してる…)お父さ…ん?…お母さん?」
うわ言のように声を出す。
「おお、意識が戻ったぞ!」
その声は聞きなれた声ではなかった。
「(意識?…え?…あ!)」
真美が目を開けると、自分がベッドに寝ていること、周りには数人の大人がいることが分かった。
「え?ここは…何処?…お父さん…お母さんは!?」
上半身を起こす。頭が混乱する。

 

「ここは…私、お父さんの船に…なんで…」
「落ち着いてお譲ちゃん、ここは安全なところだよ。君は診療所にいるんだ。」

 

白髪の男性が顔を寄せ、混乱する真美に優しく話しかける。

 

「お譲ちゃん、私の名前は椰子木。医者だ。お譲ちゃんのお名前を教えてくれないかい?」
「え?…私は…滝沢、滝沢真美です。」
「真美ちゃんか、真美ちゃん、ここは鳴神島(ナルカミジマ)というところだよ。お譲ちゃんは今朝浜辺にうち上げられているところを漁師連中が見つけて、ウチの診療所に運んだんだ。さっき船がどうこう言っていたね?船がどうかしたかい?」
「私、お父さんのクルーザーに乗って、珠美(タマミ)島の別荘にいくつもりだったんです。それが、ひどい嵐で…それで…それで…船がひっくり返って…し、沈んだ…?」
「そうか、やはり君は昨日の台風で流れてきたんだね。浜には君の他にも漂着物がたくさんあったよ。船の部品や破片だ。かなり大きな破片もあった、あの損傷具合ではおそらく沈没だろう。」
「沈没…あ、あ、あの、家族は?…一緒に乗っていた家族は?」
「………今、島中の漁師たちが浜や沖で生存者を捜している。…残念だが今のところは…」
「う、う、う、うあああああああん…」

 

真美は泣き出してしまった。13歳の少女だ、無理もない。
その日は一晩中泣き明かした。
次の日、駐在だという、警察官がやってきて、真美のことを聞いていった。
船には誰がいたのか、年齢、住所、学校、生年月日、東京にいる親戚の連絡先……
賢い真美は気を持ち直し、駐在の聴取にはっきりと答えた。
こういう時はしっかり答えねばならない―そんな気持ちからである。

 

「しっかりした娘さんね。今日は疲れたでしょう。お茶を飲んで寝なさい。」
駐在の妻だという女性がもってきた赤いお茶を飲むと眠くなり、真美はそのまま寝てしまった。

 

 

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