肥満ハザード

肥満ハザード

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信州の良薫市(らくんし)安久嶺(あくれい)山中には、全国的にもユニークな学校がある。
その名もセント・ミカエル女子学園。
中高一貫のこの女子校は、明治期に教育者である英国貴族、エドワード・アシュフォード卿によって設立された。
学園はアシュフォード卿の教育思想を色濃く受け継いでおり、それがこの学園の特徴となっている。

 

それは、人里離れた山奥にある、全寮制の学校であるということである。
アシュフォード卿は、10代の女子の教育は、騒がしい都会ではなく、大自然の中で、それも外部の有害なものから隔離した集団生活と併せて行うことで、感性豊かな女性を育てることができると信じた。

 

自然との触れ合いを教育の柱としているため、この学園には普通科と併せて、農学科が設立時よりあり、むしろ農学科のほうが有名であるくらいだ。
農学科の施設はおそらく日本最大レベルであり、広大な土地を生かして、専用の田畑や牧場を所有している。

 

施設といえば、この学園は立地条件から、外部との接触が難しいため、独自の施設が見られる。
まずは寮生活の生徒と職員の食料を支える、巨大冷蔵庫と巨大食料庫である。
これは食料の買出し回数を減らすためである。
そして井戸と浄水装置。
この学園の下には豊富な水量を誇る地下水脈がある。
地下水はこの学園の自慢でもある。
水質は最高、浄水器はフェイルターでゴミを取り除く程度のものである。
この地下水のお蔭で、学園は水道を引かなくとも、生徒・職員、そして農作物に水を与えることができる。
アシュフォード卿がこの土地を選んだのも、この地下水の存在によるところが多い。
因みに校舎、寮舎は創立当時の有名建築家によるもので、日本に数少ない純西洋建築は全国的に有名である。

 

[9月1日]
今日は9月1日。
夏休みを終えた生徒たちが学園に登校し、また寮生活へと戻る日である。
久し振りに会う友達と会えば、声も弾む。

 

「おーっす、ミカちん!元気にしてたかーい?」
「あー、典子、久し振りぃー。元気そうだね。ちょっと焼けた?」
「うーん、テニスでちょっとね〜。日焼け止め塗っておいたんだけど…ってあれ〜? ミカ、その段ボールは?もしかして〜?」
「えへへ〜、しばらく外の世界ともお別れだしね。新製品いっぱい買いだめしておいたよ。」

 

買いだめ―この学園の生徒たちの常識である。
何を買いだめするのか?
音楽CDやマンガ本もあるが、多くはお菓子である。
この学園は普段の食材・食料は問題なく買い付けられて、食堂で出されるが、お菓子に関しては購買のものを買うだけである。
購買のお菓子の商品在庫はあまり重要視されないので、種類も少ない。そこで生徒たちは帰宅の際に外界でお菓子を買いだめし、大量に自室に持ち込むのが通例となっている。
そのため、休み明けの学生寮は、どの部屋もお菓子でいっぱいになるのがおなじみの光景になっている。

 

「今日から、新学期が始まります。また元気な皆さんの顔が見られて嬉しく思います…」

 

壇上で話をする学園長。
大講堂では、中高合同で始業式が行われていた。

 

「…夏休みは、有意義に過ごせたでしょうか…」
「…? …ねぇ、なんか揺れて…」

 

ゴゴゴゴゴゴゴ! ガタガタガタガタ!!!

 

「!!」
「きゃあ!!」
「地震っ!!」

 

突然激しい揺れが講堂を襲った。
床板がギイギイ軋む。
天井の水銀灯が揺れ、灯りが消える。
梁から埃が落ち、ガラス窓にビキッとヒビが走る。

 

ゴトゴトゴトゴトゴト…ガガガガガガガガガガ……

 

騒然とする生徒たち。
怯えて床に伏せる者、腰が抜けへたり込む者、少女たちの反応は様々であった。

 

揺れは数十秒間続き、ようやくおさまった。

 

「……」
「……」

 

「おいっ、怪我をした者はいないか!?」

 

声を上げたのは、ひとりの若い男だった。
男の名前は大口祐(おおぐちたすく)。
この学園に二人いる校医のひとりである。
この男が、この物語の主人公である。
祐は、校医である立場から、真っ先に生徒たちに怪我人がいないか確認した。

 

奇跡的に、怪我人はひとりもいなかった。
全校生徒、全職員が頑丈な講堂にいたのが幸いしたのだろう。

 

教師たちが敷地内を見て周り、被害状況を確認した。窓ガラスが割れたり、棚が倒れたくらいで、火災や建物の倒壊は無かった。
ただし、電話線が切れてしまったのか、電話が使えなくなってしまった。
また送電線も切れたのか、電気がつかなくなっていた。
残りの教師は、ラジオとテレビで情報を収集した。
そして、良薫市で震度6弱というかなり大き目の地震が起きていたことを知った。
麓の様子を見に、ふたりの教師が車で山道を下ったが、そこで信じられないものを発見し、引き返してきた。

 

「橋の手前側で土砂崩れがあって、道が完全に塞がれています。」

 

橋の手前の道が塞がる―この学園で働く職員には、それが何を意味するかを皆知っていた。
その道は、学園に繋がる一本道なのだ、他の迂回路はない。
学園の敷地は険しい山に囲まれていて、とても普通の人間が歩くことはできない。
実はこの学園は陸の孤島だったのだ。
道が塞がれたことで、学園は完全に孤立してしまった。

 

「困りました、どうしましょうか?」
「とりあえず、無線機で消防へ連絡をとりましょう。」
「電気がつきません。」
「技術員さんに頼んで発電機を動かさなければ…」

 

職寝室で教師たちが対応を協議していたその頃、安久嶺山中のさらに奥地では、セント・ミカエル女子学園の今後に影響する、重大な事態がもうひとつ起こっていた。

 

安久嶺山中は深い森に覆われた山地だが、その木々の中に、セント・ミカエル女子学園の他にもうひとつ、大きな施設があった。
位置的にはセント・ミカエル女子学園よりやや高い場所にある、学園の校舎とは正反対な趣の、近代的で無機質な建物。
それが「パラソル製薬良薫研究所」である。

 

「パラソル製薬」は日本が世界に誇る大手の製薬会社である。
旧軍の関係者(噂では極秘実験に関わった部隊の所属だったと言う)によって創立されたこの会社は、今では医療機器メーカーや工業用薬品メーカーなどからなる「パラソルグループ」の母体企業として、医療界に多大な影響を及ぼすほどの大企業になった。
学術研究への惜しみの無い援助などで正のイメージがある一方、厚労省や医師出身議員とのコネクションが強く、献金問題や政治介入問題など、負のイメージも強い。
防衛庁からの受注が毎年やたら多く、「生物兵器を開発している」という都市伝説がたっている。

 

良薫研究所は、パラソル製薬のもっとも先鋭的な商品開発研究所兼サンプル品製造工場である。
輸送コストでせっかくの安い地価も吹っ飛びそうなこんな山奥にわざわざ研究所を造ったのは、噂では産業スパイ対策らしい。
たしかに、研究所のセキュリティは軍事施設並みで、研究員は寮生活で外部との接触を制限されている。

 

その研究所にも、地震の被害があった。

 

BEEP! BEEP! BEEP!
《Bプラント棟にて火災が発生、Bプラント棟にて火災が発生》

 

「バルブを開放して、圧力を下げろ!!」
「既に全開です!! 圧力、危険レベルから下がりません。」

 

複雑で繊細なプラントが揺れで損傷し、薬品が逆流し小規模な爆発が発生した。
そしてその爆発が引き金となり、連鎖的にあちこちのプラントに不具合を生じさせた。
警報アラーム、緊急アナウンス、技術者の怒号、研究所はパニックに陥った。

 

BEEP! BEEP! BEEP!
《A棟5番回路にて漏電が発生、A棟5番回路にて漏電が発生》

 

「気密区域から待避しろー!!」

 

「消火班をB棟にまわしてください!!」

 

「誰だ!! 配電盤から電気落とした奴は!?」

 

「廃液に触れるんじゃないぞ!!」

 

「サンプルを安全な場所へ移せ!!」

 

「圧力が高すぎます!!」

 

「爆発するぞー!! 離れろー!!」

 

ズガアァーーーーーン!!!!

 

ドオオォン…ドドドオン…

 

「うわっ、なんの音?」
「花火?」
「誰がこんな時に花火あげんのよ。雷じゃない?」
「地震でなんかやられたんじゃない? 爆発の音っぽいよ。」
「えー、こわーい。」

 

研究所の大爆発音は、遠く離れたセント・ミカエル女子学園の生徒たちにも聞こえた。

 

「開発部長、大変なことが起こりました。爆発事故です。はい、詳細は今送ります。…はい、工場部分の外壁が崩れました。…はい、例の薬品のプラントのある建物もです。薬品が地面に流れでた可能性が…排水設備にも損傷が見られます…最悪の場合バイオハザード、ケミカルハザードが発生した恐れがあります。非常事態対応班の派遣を要請します。…はい、全職員・研究員に第一級の外出禁止命令ですね。わかりました。」

 

研究所長は専用回線電話で本社へ連絡した、かなり穏やかでない会話のようだ。
この事故が、セント・ミカエル女子学園の生徒たちの運命を変えるものになるとは、まだ誰も知る由が無かった。

 

 

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