肥満ハザード

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[9月1日・昼]
《…ザザ…各地の震度は以下の…り…良薫市中心部で震度6弱…ザザ…キュピー…ガガ…ザ…郡で震度6弱…》

 

「うーん、このおんぼろラジオめ〜、しっかりしろ〜!」
「仕方ないよ、ここ電波悪いし。」

 

教師たちが話し合いをしている間、生徒たちは、それぞれの教室で待機させられていた。
私物のポータブルラジオを持ち出して、情報を収集する生徒もいた。

 

ピンポンパンポーン

 

「しっ!放送だよ!」

 

校内放送が始まった。
スピーカー越しに、学園長が話し出す。

 

《生徒の皆さん、先ほどの地震について、大事なお知らせがあります。落ち着いて聞いてください。》

 

生徒たちは固唾を呑んで聞き入る。

 

《先ほどの地震の震度は、麓のほうで震度6弱、わが校も同じ程度の震度だったと思われます。幸い本校には大きな被害がありませんでした。今のところ、怪我をしたひとや、具合の悪くなったひとはいません。ただ、ガラス窓が割れたりした場所があります。危ないので近寄らないで下さい。生徒の皆さんは、先生方の指示に従い、勝手な行動をとらないようにしましょう。》

 

「震度6弱…それってどのくらい?」
「理科の資料集に…えっと…『固定していない重い家具の多くが移動、転倒する』、『開かなくなるドアが多い』、『かなりの建物で、壁のタイルや窓ガラスが破損、落下する』…」
「けっこうすごいね…」

 

《それに…いいですか? 落ち着いてください。落ち着いて聞いてください。実は、この地震が…この地震で…》

 

学園長は言葉に詰まりながら、全校生徒に事実を伝えた。

 

《この地震で山崩れが起こって山道が塞がってしまいました。そして…その…わが校は閉じ込められてしまいました。》

 

「…?」
「…へ?」
「何? とじこめ…?」

 

少女たちは学園長の言葉を一瞬理解できなかった。

 

《皆さんも知っているとおり、わが校と麓をつなぐ山道は一本道です。それが…山崩れで通れなくなってしまったのです。》

 

「ええー!? そんなー!!」
「お家に帰れないってこと!?」
「やだー!!」

 

10代の女の子がこれだけいればこういう時にうるさく騒ぎ出すのは当たり前であろう。
全校中が騒然とした。

 

「お静かに!!」

 

高等部2−Bの教室に、凛とした声が響いた。
声の持ち主は学級委員の白雪さやかである。
この教室もざわついていたが、さやかの声が鶴の一声になって、静かになった。
この白雪さやかは、高等部の生徒会長でもある。
(3年は引退したので、現生徒会執行部は2年生。)
リーダーシップの塊のような人間なのだ。
さやかの実家はお金持ちでいわゆるお嬢様キャラなのだが、その財力を鼻にかけることはない。
微妙に一般人とズレた感覚や、「ですわよ」口調が目立ちすぎだが、基本は性格のいい女の子である。
ちなみに彼女はハーフで、すらりとした欧米人らしい体つきに、青い目にブロンドの髪が美しい。

 

「いいですか、皆さん。騒いだってなんの解決にもなりません。セント・ミカエルの生徒はこんなことでうろたえてはいけません。それにいいですこと? お家に帰れなくなったと言ったって、私たちはもともと寮生活ではありませんこと? 家に帰られないのはいつものことですわ。」

 

「…あっ」
「そーいえば、そーだった。気が動転してて気がつかなかったよ。」
「私なんか実家が遠くて、土日も帰らないから何ヶ月も学園暮らしだし…」
「おー、いいんちょ頭いい〜。さっすが〜。」

 

「いつまでも閉じ込められたままではないですわ。その内救助が来ますわ。」

 

さやかはにっこりとした顔でしゃべった。

 

2−Bの教室は、落ち着きを取り戻した。
他の教室も、時間の差こそあれ、似たような感じで冷静さを取り戻していった。
この学園の生徒たちは逞しく、よその生徒たちとは一味違うことを感じさせる出来事だった。

 

―職員室
「うう…ううっ…」
「ど、どうしたんですか!?高木先生!?」
「うう…ウチのクラスの白雪がですね…立派にクラスの生徒を纏め上げて…私、感動してしまって…セント・ミカエルの精神は今の世代にもしっかり受け継がれて…ううっ…」
「あー、ウチのクラスもクラスのリーダー格がリーダーシップを取っていました。」
「ウチの娘たちは強いですな。」
「先生方ー、発電機がフルで動き出しました。電気つきますかー?」
「はい、つきました。ご苦労様でーす。」
「みなさん、消防との無線通信が終わったそうです。」
「あ、学園長、さっきの放送お疲れ様です。それで、消防はなんて?」
「なんでも、崩れた範囲が大きすぎて、重機で土砂をどかさなければいけないそうで…土砂が脆くて上を渡ることも危険らしくて…」
「じゃあヘリで空から救出ですか?」
「それなんですが…」

 

夕方になって、生徒たちは再び大講堂に集められた。
生徒たちは、重大発表がある、とだけ聞かされている。
学園長が壇上にあがる。

 

「えー、皆さん。お昼にお伝えしたとおり、わが校は閉じ込められてしまいました。道が塞がれたのです。先生たちは、無線で消防と連絡を取り合いました。ここから外に出るには、ヘリコプターで助けてもらうしかありません。しかし、ヘリコプターの数はそんなに多くありません。今、麓の町では、救助活動や消火活動が続けられています。また、この安久嶺山中には、このわが校のように道一本で麓に繋がっている集落がたくさんあります。」

 

安久嶺山中は、森は深いが、良木や山菜などの山の恵みが多いことで知られ、平野部の市街地から細い一本の山道を拓き、山の恵みを収穫する人たちの集落がつくられていった。
今回の地震で、そのような山道が崩壊し、学園と同じように孤立した集落がたくさんできたのだった。

 

「…それらの集落に住む人は、多くがお年寄りの人たちです。体力も弱く、病気持ちの人もいます。消防も自衛隊もそちらのほうに優先的にヘリコプターを使いたいそうです。そこで、私たちの救助を後回しにできないかと頼まれました。」

 

「え?」
「後回し?」
「何? ヘリ来てくれないの?」

 

生徒たちがざわざわしてくる。

 

「わが校には大量の食料の備蓄があります。幸いにも今日は新学期初日だったので、備蓄は最大の量があります。いざとなれば災害用の備蓄食料も使えます。電気も発電機が動き出しました。ガスもプロパンで、井戸水も問題なく出ています。無線で外と連絡を取り続けることはできます。わが校は一ヶ月は自給できます。
ですが、この問題は私たちだけで決めていい問題ではないと思いましたので、こうやって皆さんに直接意見を聞くまで、答えを出すのは待ってもらいました。どうですか? 皆さん? 今は非常事態です。外に出たいという意見も、当然尊重します。」

 

「……」
「……」

 

生徒たちはしんとしてしまった。
決断は容易ではなかった。
静寂を破ったのは、凛とした声だった。

 

「私はここに残ってもいいですわ!」

 

白雪さやかが立ち上がり、声が上がる。

 

「そんな事情があるのなら仕方がありません。若い私たちより、お年寄りの方々を優先するのは当然の道理、この白雪さやか、困っている人のためなら耐え忍ぶ覚悟ですわ。」
「…いいんちょ…」
「か、会長…」

 

「わわ、私も後回しにしてもらって構わないと思います! 外に出れないったって、それっていつもと同じでしょ? 私たち慣れているじゃない!」
「そーだよ。ここより大変なことになっている人たちがいるんでしょ? 私たちは後で全然大丈夫だよ。」
他の生徒たちも次々と、自分の決意を表明しだした。
この学園の生徒たちの結束力は強い。
躊躇していた生徒たちも、他の生徒たちの姿を見て勇気が湧いたようだ。
もはや、全校生徒の意思は固まっていた。

 

「それでは皆さん、よろしいですわね?」

 

「ううっ…なんていい娘たちなのかしら…ううう〜…」

 

こうして、学園は大きな決断をした。
しかし、この美しい行為が、おぞましい地獄絵図を招くことになる―

 

 

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