肥満ハザード

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[9月1日・夜]
―中等部寮舎、学生食堂
全校集会が終わり、生徒たちは食堂で新学期最初の夕飯を食べていた。
食堂のテレビが地震のニュースを伝える。
夜のテレビニュースは、今日の地震について新たな情報を伝えていた。

 

《…震源地の良薫市にある「パラソル製薬良薫研究所」で火災が発生し、爆発炎上する事故がありました。警察と消防の発表によりますと今日の午前10時30分ごろ研究所の施設で小規模な爆発が起こり出火し、その後立て続けに大きな爆発が続き、大規模な爆発事故になった模様です。施設は屋根や外壁が崩れ落ちるほどの損傷で、出火場所の建物は全焼しましたが、消防とパラソル製薬の事故対応班が消火にあたり、火は午後5時ごろに消し止められました。職員・研究員は避難していて無事でした。どのような経緯で爆発が起こったのかは現在調査中ですが、消防は目撃証言から、今回の地震が引き金になっている可能性が高いとしています。
なお、研究所は新薬の研究施設でしたが、パラソル製薬の発表によりますと、今回の爆発で、人体に特に有害な物質が流出した痕跡はないとのことです。この事件に対し、パラソル製薬の森山弘美社長は東京のパラソル製薬本社で記者会見を行い…》

 

「うわー、やっぱりさっきの音は爆発の音だったんだー」
「私の友達が煙があがるのを見たって言ってたよ。」
「地図で見たけど、工場とここって結構近いんだね。」

 

「んあ…、おーい、お水とってー!」
「あんたまたお水飲むの?はい。」
「ありがと。なんかのど乾いちゃって。それに今日はお水がすごくおいしく感じるの。」
「それわかるー。ウチの自慢の天然水だからね。」
「んー、そうかも知れないけど、なんか今日は特別おいしく感じるの。」
「なんじゃそりゃ。」

 

《…続報です、今回の地震で安久嶺山中の山道が山崩れで埋まり、山奥の学校が孤立していることが新たにわかりました。孤立しているのは中高一貫制の私立女子校、「セント・ミカエル女子学園」で、安久嶺山中の…》

 

「あー!私たちのことニュースでやってるよ!!」

 

ニュースで自分たちのことが取り上げられ、食堂は沸き立った。
ニュースは学園の概要、孤立した経緯、そして学園が救助を断ったことを報じた。

 

《…加藤さん、生徒たちが自ら救助を拒んだ、とのことですが、これについてなにか?》
《いやー、いい話じゃないですか。なかなかできることではないですよ。このことが被災地の方々の励みに…》

 

「…話題になっちゃってるよ…」
「…なんか恥ずかしいね…」
「お水とって〜」
「もう飲んだの!?」
「…えへへ…」
「でも確かに今日のお水、前のよりおいしい気がする。わたしもおかわり。」
「どうしたのよみんな?このお水ヤバイ薬でも入ってんじゃない!?」
「あははははははは」

 

―別のテーブル

 

「ふぅ〜」
「あれ? 絢子早いね? もう食べ終わっちゃったの? いつも食べるの遅いあんたが。」

 

他の生徒はまだ食べている途中だが、絢子と呼ばれた生徒は米粒ひとつ残さず完食している。

 

「うん、なんか今日少なくない? 全然お腹いっぱいにならないよ…」
「少なくないよ! どうしちゃったの?」
「どうした〜、絢子? 成長期か? 絢子、足りないんならおかわりできるんだよ。」
「あ、そうなの? じゃあ行ってくるよ。これじゃ全然足りない。」
「あっ! 待って! 私も行く!」

 

ふたりの生徒がおかわりを貰いに配膳台に向かう。
―ふたりが抜けたテーブルでは―

 

「香苗までおかわり? みんなそろって成長期かぁ?」
「あはは…ま、絢子も香苗も貧乳だし、これで少しは大きくなるんじゃない?」
「やだぁ、美恵ったら〜。って、あれ? 見て、配膳台のところ。行列ができちゃってるよ。」

 

配膳台には5、6人が列を作っておかわりを待っていた。

 

「珍しいねぇ、おかわりで列ができるなんて。」
「食堂のご飯…んぐ…久し振りでみんなおいしく感じるん…ん…じゃない?」
「あんた…食べながら喋るのやめなさいよ、みっともない。」
「…ん…ん…ごめんごめん、はー、でも本当に今日のご飯おいしい。食堂のおばちゃん、腕を上げたな? 後で私もおかわりしよ〜。」
「あんたまで! もう、みんなブクブク太っても知らないんだからね。」
「ははははは…」

 

―数時間後

 

「山野さん、こんばんわ。」
「あら? 大口先生。」

 

祐が生徒がいなくなった食堂を訪れ、厨房に顔を出した。

 

「お食事中でしたか?」
「え? ああ、まぁ、ご遠慮なく、で、ご用事は何かしら?」

 

食堂のおばちゃんこと山野優子(やまのゆうこ)は、食事のどんぶりと箸を調理台に置いた。
祐は本題を切り出す。
祐は校医として、生徒が地震のストレスを感じて、食欲が落ちていないか気になっていたのだ。

 

「それでしたら、先生。問題ないですわ。むしろ今日はみんなよく食べてくれました。」
「ああ、それはよかった。」
「おかわりしてくれた娘までいて、『おばちゃんの料理は最高』なんて言ってくれるんですよ。もう私嬉しいわぁ〜」
「そうでしたか、多く食べている分には問題ない。」
「ええ、最近の娘はみんなダイエットって言って、ご飯を食べてくれないんです。だから今日は嬉しくて嬉しくて。」

 

山野の感動も無理はない。
今夜は食堂の過去最高記録と言ってもいいほど食事が消費された。
まず、食事の「余り」がいつもより目に見えて少ない。
その上、かつて無いほど、おかわりが求められたのだ。
祐は生徒たちの食欲に異常がないことを知って安心して、食堂を去った。
祐が去った後、山野は遅い夕飯を再会した。

 

<祐の日記>
9月1日
新学期早々、大変なことが起こった。地震が起きて…
…(略)…
…ストレスからくる拒食を心配していたのだが、山野さんが言うには問題は無いようだ。
食堂からの帰り際、寮のロビーで自販機のカップ麺をすする生徒がいた。
(「夜食は太るよ」と忠告したら、「先生セクハラ〜」と言われてしまった(笑))
それだけ食欲旺盛なら大丈夫だ。
ただ今日は初日だ。
こんな状況では、いつ体調を崩す生徒がでるか分からない。
注意深く観察しよう。

 

―ある寮室

 

「あーっ、これ近畿限定の味じゃん?地元で買ったの?」
「うん、食べる?」
「もちろん!」

 

生徒たちは友達で集まり、買いだめしたお菓子をお互いに交換していた。
休み明け恒例の光景。
異常な事態でも、いつもどおりの光景、しかし、実はすべてがいつもどおりではなかったのだ―

 

「じゃーん。お返しに私の地元から、限定わさび味をあげよう。」
「やったー、美恵太っ腹ー♪」
「私の腹は太くありませんー。お前の腹を太くしちゃる♪ ほら、食え食え♪」
「せっかくの買いだめ、この調子じゃすぐなくなっちゃうわね…ははは。」

 

初日の夜が更けていく―

 

 

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