263氏その1
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『付き合ってくださいっ』
少し震える声で彼女はそう言った。
小さくて華奢な体、折れそうな手足、白い肌。
大きな目に長い睫毛。
焦げ茶色に染められた肩までの髪には、女の子らしいゆるやかなパーマがあてられている。
風で髪が揺れる。ふわりと良い香りがした。
『…ダメですか??』
『いや、うん。ありがとう。付き合おっか。』
真剣な眼差しに見つめられ、俺はそう答えていた。
彼女は大きな目を細めて笑った。
俺はほんとはぽっちゃりした女の子が好きだったんだけど、彼女の内面に惹かれていた。
痩せていても、彼女は彼女だ。
ただ、もうちょっと肉付きが良ければと思うのも事実。
ま、肉付きが良ければ誰でも良いわけじゃないしな。
そう思いながら、2chの強制肥満化スレを覗く。
あっ、SSが投下されてる。
SSに萌えながら考える。
魔法や催眠術なんて使えないしな…
肥満ウイルスなんて開発できないし。
強制的に食べさせたりなんて可哀相だしな。
やっぱ、ムリか…
ん?これは…
数ヶ月後。
『真理、準備まだ??』
『ゴメンっ、もうちょっとで終わるから待って〜』
脱衣所のアコーディオンカーテンの隙間から、スキニージーンズと戦っている真理の姿が見えた。
ジーンズのボタンを止めようと深く息を吸う真理。
かわいいなぁ…
ふと、真理と目が合った。
『もう、見んといてよっ!!』
そういって頬を膨らませる姿がかわいすぎて、思わず近づいて抱きしめてしまう。
ぷにっ。
付き合い始めたときには感じにくかった柔らかな感触。
『何やねん、急に〜っ』
頬を膨らませる姿がなんともかわいらしい……
ん?? 膨らませて…ない??
数ヶ月前はすっきりとしていた顎のラインが丸みをおびている。
かろうじて二重顎にはなっていないが、触るととてつもなく柔らかそうだ。
触ったら、怒るよな…
触りたい欲望と戦いながら、視線を少し下へとずらした。
胸が以前よりも大きくなっているのに気付く。
ほとんどないと言ってもよかったほどの胸が、ここにあるとしっかり主張している。
その分、ウエストのくびれが主張しなくなった気が…。
肋骨が見えそうなほど細かったお腹には、数cmの脂肪がまんべんなくくっついていた。
足にも同じく脂肪はついているようで、前に見たときよりもジーンズの生地が太
ももに纏わり付いている。
…そりゃあ、ジーパンもなかなか閉まらんよな。
『真理、太った??』
思わず言葉にしてしまう。
『…やっぱ分かる??』
今まで怒ってたのがウソみたいに、不安げな表情に変わった。
『そんな太ったかなぁ…』
真理は腕、お腹、足…と、自分の身体に視線を落とす。
それと同時に両手の手のひらで自分の頬を触った。
頬の肉が、むにっと形を変える。とても柔らかそうだ。
『俺は今のほうが好きだよ。前が痩せすぎ!!! ほら、早く着替ろって!!』
この言葉は正解だったらしい。
真理は機嫌を直したようだった。
太ったと言っても、痩せからぽっちゃりになった程度。
以前の痩せ型もかわいかったが、これはこれでかわいらしい。
むっちりした二の腕や太ももが、いやらしいほどの色気を醸し出している。
『準備できたっ!!!』
ジーンズにお腹の肉を押し込み終わった真理は笑顔でそういった。
『ねっ、デザートも頼んでえぇ??』
これは真理の口癖だ。
真理の買い物に付き合った後、オープンテラスのカフェで遅めのランチをとる。
部活や勉強が忙しくて、最近外食をしていない俺たち。
だけど、真理の口癖は変わらない。
いつもメインを頼む前にメニューのデザートの欄を見る真理。
そして、メインでお腹がいっぱいになって名残惜しそうにデザートの写真を見つめる真理。
いつも通りの食事が幸せすぎて、にやりとしてしまう。
午前中の買い物は、真理の洋服探しで終わった。
押し込まなくても履けるジーンズやスカートを何着か購入。
小さ目のジーンズと戦う姿もかわいいんだけどな、なんてちょっとがっかりしていたり。
『よしっ、カルボナーラにしよっと!!』
真理はパタンと音を立ててメニューを閉め、店員を呼んだ。
『カルボナーラと和風パスタ。』
どうせ真理が途中で残すので、俺はあっさりしたパスタを頼む。
『いただきますっ』
一人前すら食べられないくせに、食べ物を前にするととびきりの笑顔になる。
ふっくらと少し丸くなった笑顔と、カルボナーラがマッチしすぎて、いつも以上に笑顔が眩しい。
器用にフォークにパスタを巻き、大きな口を開けてパスタを放り込む。
『ん? 食べへんの??』
『いや、食べる食べる』
笑顔に見とれてパスタの存在を忘れてしまってた。
『おいしいねっ!!』
ぽっちゃりした女の子は、どうしてこんなに食べ物が似合うんだろう。不思議だ。
『真理、デザート食べるんだったら、俺が食べるからパスタ残してい…』
と、言いかけて言葉が止まる。
真理のお皿にはもうほとんどパスタが残っていない。
お皿を嘗めたのかと思うほどきれいなお皿が、真理の目の前にある。
『あれ? なんで今日食べるの遅いん??』
真理が首をかしげる。
いや、ちょっとぼやっとしてたけど、真理が速すぎだろ…という言葉を飲み込んで、
パスタを詰め込んだ。
詰め込もうと焦ったのが悪いのか、俺はスプーンを床に落としてしまう。
『デザートも頼も♪♪』
真理がメニューとにらめっこを始めた。
俺はそれを確認した後、スプーンを拾うために、床に手を伸ばす。
ふと真理のジーンズが目に入った。
ボタンとボタンホールから、悲鳴が聞こえてきそうだ。
浮き輪みたいに脂肪がジーンズにのっかっている。
頑張れよ!! 心の中で真理の洋服たちを応援した。
『めっちゃお腹苦しい〜!!』
俺の分のデザートまできっちりと食べ終えた真理がお腹をさする。
胸よりも若干お腹が出てるような…。
食べ物がパンパンに詰まったお腹は、少し硬そうではあるがそれはそれで気持ちがよさそうだ。
『どっか行く?? 帰る??』
『ん〜、お腹苦しいし帰りたいかもしれへん。それでもえぇ? 丁度バスの時間やし。』
『んじゃ、昼寝でもするか』
今までの真理ならランチの消化とか行って、歩き回ってたんだけどな〜。
こんなに上手くいくとは思ってなかったなぁ。
俺が仕掛けたこととは言え、ハイペースに太られるとちょっと心配だな…。
数日後。
電話の着信音で目が覚めた。真理からだ。
『今日メグちゃんとランチ行くんやけど、暇なら一緒に行こ!!』
ん…なんだ?
寝起きで頭が回らない。眠い。
『じゃあ、11時半にねっ』
半ば強引に約束を取り付けられた。
まぁ、最近メグにも会ってないし、ランチぐらい行くかぁ…。
時計を見ると11時。俺は急いで準備を始めた。
メグは俺の同い年のいとこで、数ヶ月前にこっちに引っ越してきた。
本当は俺が案内をしてあげたかったんだけど、その時は色々と忙しくて時間が取れなかったんだ。
そのため、真理に案内を頼んだのが始まり。
そこから真理とメグは仲良くなって、よく遊びに行っているらしい。
そして、メグこそが真理が太り始めた原因だ。
11時半。
俺は指定のレストランの前に立っている。
誘っておいて2人とも遅刻かよ。
そう思っていると少し向こうから声がした。
『ごめん、待った〜?』
この声はメグだ。声の方向を見る。
花柄のワンピースにレギンス。低めのヒールのミュール。小さなお出かけ用のバッグ。
長めの髪はきっちりとまとめられ、コサージュがついている。
雑誌に載っているような流行のファッション。
1つおかしいところを挙げるとするならば、そのサイズだ。
3L…いや、4L?
真理の買い物にはよく付き合っているが、今まで行った店舗では見たことがないサイズ。
どこで買ってるんだ?
たっぷりと肉のついた頬を緩ませながら、メグが近づいてくる。
『久しぶり〜』
片手ではつかめそうにない太い腕、手が回りそうにないお腹。
そのお腹の上にスイカのような胸が2つ。
お腹も胸も重力に逆らって、垂れ下がることなく球体を保っている。
球体を保っている、というか…球体だな。
そんな球体から伸びる足は、短くなんてないはずなのに太さがある分短く見える。
ミュールのヒールが折れそうだ。かわいそうなミュール。
また太ったんじゃないだろうか。
『また成長したな〜』
『レディに向かってそんなこと言わないでっ!』
そうは言っているものの、メグの顔は笑っている。
俺たちの間ではこれがいつもの挨拶になっていた。
ん?これは…
数ヶ月前のあの日、ネットで見つけたニュース。
肥満は伝染するらしい。
肥満の友人を持つ人は、自身も肥満になる確率が57%増大するという。
なんでも、友人がおいしそうにバクバク食べているのを見ることが食欲増進になるらしい。
まさかそんなに上手くいくはずないよな…。
でも、57%なら半分以上だ。
そこで、ちょうどこっちにくる予定があったメグと真理を引き合わせたのだ。
何もやらないより、何かやってみよう。
メグは明るく、おしゃれだ。性格もいい。
太ったからって卑屈になられても困るんだよな。
でも、メグなら…
淡い期待を抱きながら、真理にメグの相手を頼むメールをした。
それが、俺の予想を上回る展開となったのだ。
『メグ、ありがと。』
俺は思わずそうつぶやいた。
『ん? 何??』
『いや、なんでもないっ。あ、真理が来た。』
ちょうどそのとき、真理がやってきた。
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