263氏その2

263氏その2

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<From the viewpoint of NAO>

 

朝起きて、そのまま寝てしまったことを後悔した。
ごみ箱は倒れたままだし、部屋は散らかってるし。
お風呂どころか、着替えてすらいない体はとてつもない臭いを発している。
ジャージは破れたままだから、今日の部活で着る服がない。

 

もうやだ…

 

私は、体調不良で部活を休むとだけメールをし、もう一度眠りにつこうとした。

 

ぐぅ…

 

お腹の音。
そうだ… 昨日は夕飯食べてない。
夕食を抜いた事実に気付くと、余計にお腹がすいてきた。
何か食べるもの…
ふらふらと冷蔵庫へ歩み寄り、食べ物を漁る。

 

おいしい…

 

私は冷蔵庫の前に座り込み、一心不乱に食べ続けた。
食べていれば、いろんなことを忘れられた。

 

<From the viewpoint of RIO>

 

気付けば朝になっていた。
痩せる薬をつくるMethodが完成した。

 

世界中の肥満者を痩せさせる薬。
そんなものができるはずがない。そんなものは作らなくていい。
要は菜緒が元の体型に戻ればいいのだ。

 

菜緒は私の作った薬で太った。
世の中の肥満者によくある怠惰な生活や暴飲暴食が原因じゃない。
つまり、菜緒のきっちりとした食生活と運動が、効果的に痩身へと結び付けばいいだけのだ。
菜緒の好きな食べ物や嫌いな食べ物を思い出し、栄養素や薬品を調合する。
菜緒のための薬品、筋力アップと脂肪燃焼のための薬品の完成だ。
運動の効果を100%、いや、200%以上に引き出す薬品だ。

 

<From the viewpoint of NAO>

 

気が付くと、夜になっていた。
冷蔵庫の中身を食べつくし、そのまま床で寝てしまったようだ。
食べカスやゴミが辺りに散らばっている。

 

あぁ… また太ってるんだろうな…
普通にしていても太るんだ、あれだけ食べればどれだけ太るんだ…?

 

そんな不安が頭をよぎる。現実を見るのが怖くて動くことができない。
怖くて、どうしていいのかわからなくて。
不安に押し潰されそうになったとき、足元のチョコレートに気付いた。

 

甘い… 幸せだ。

 

女の子ならだいたいが、チョコレートで小さな幸せを感じられるだろう。
でも、私が感じたのはそんな小さな幸せではなかった。
不安からの開放。食べ物にはそんな力があった。

 

ダイエットは、また明日からまた頑張ればいいんだ。

 

<From the viewpoint of RIO>

 

予定以上に時間がかかってしまった。
途中で薬剤の調合ミスをしてしまい、薬品が足りなくなってしまったのだ。
調合を始めてから3日後の朝、やっとお目当ての薬品が完成した。

 

まぁ、太る薬品自体は回収してあるから、しばらくは何もしなくても痩せるんだけど。
代謝が正常化し、運動すらなしに普通に食べていても痩せる。今の菜緒はそんな状態だ。
むしろ、2、3日は運動というキーワードが必要なこの薬品を摂取しない方がいいのかも。

 

ふぁぁ…

 

眠い。そういえば寝てなかったな。
菜緒も今はこの薬が必要じゃないだろうし…
私は実験台を片付け、ゼミ室で仮眠をとることにした。

 

チャラ〜♪

 

流行りの音楽が流れる。携帯が私を眠りの世界から引き戻す。

 

『もしもし…』
眠くて少し機嫌が悪い私。電話の声はそんな私には気付かない。

 

『利緒、菜緒が部活に来ないんやけど… 何か知ってる?』

 

…菜緒が部活にこない!?
あのストイックな菜緒が… 信じられない。
まさか、何かあったんじゃ…

 

『わかった。行ってみる』

 

眠気はふっとんだ。私は、出来立ての薬品をにぎりしめ、走り出した。

 

菜緒の下宿先は大学から遠くない。
走りながら、何度も電話してみたが、繋がる前に部屋の前についた。

 

ピーンポーン。

 

チャイムを鳴らす。中から返事はない。
しばらく待って、もう一度チャイムを鳴らすが、やはり返事がない。

 

『菜緒…?』

 

諦め半分でドアノブを回すと、ガチャリと音がしてドアが開いた。

 

『菜緒…? 大丈夫……? 上がるよ…?』

 

返事はない。
でも、誰かがいる気配と、何か物音が聞こえてくる。
私は少し怯えながら、靴を脱ぎ、部屋に入る。

 

クチャ… クチャ…

 

足音を立てずに音の方へと近づいた。なんの音かは分からない。

 

んっ… 臭い…

 

鼻をつくひどい匂いが漂ってきた。汗や腐った食べ物の混じったような匂い。

 

クチャ… クチャ… パリッ

 

音も匂いも奥に進むにつれて、ひどくなっていく。
怖くて仕方なかったけど、私はいつも菜緒のいる、生活スペースのドアをあけた。

 

『菜緒っ!?』

 

整頓された綺麗な部屋。全ての物が自分の居場所を自覚していた。
菜緒のきっちりとした性格を映し出すような部屋。

 

だったはずなのに…
私の目にうつるこの部屋は、ゴミ箱みたいにぐちゃぐちゃで、ゴミが散らかっている。
その中心で、スナック菓子やパン、チョコレートなどのたくさんの食べ物に囲まれている女の子。
彼女が私に気付き、こっちを向く。
脂肪に埋もれて、顔立ちはぼんやりしているけど、それは紛れも無い菜緒の顔だった。

 

<From the viewpoint of NAO>

 

運動もせずに食べ続け、寝てしまったあの日を、私は後悔していた。
朝起きて、自分がどれだけ太ったのか… 不安で仕方なかった。

 

でも、鏡を見ても体重を測っても、太った気配がないのだ。
むしろ痩せた気がする。体重計の針も、そう示していた。

 

食べても太らない。
運動しなくても太らない。

 

頭の中で、何かが変わった気がした。

 

<From the viewpoint of RIO>

 

2種類の薬品を持ち、私は焼却炉の火を見つめていた。
私のせいじゃない… 私は、悪くない…

 

あの日、私は菜緒を正気に戻し、一緒に部屋を片付けた。
お風呂に入るよう促し、その間に大きめの服を調達した。
菜緒は普通の生活を取り戻した。

 

だけど、菜緒の大きくなった胃は元には戻らなかった。
菜緒は今も順調に太り続けている。体重は100kgを越えたそうだ。
食べる量は増え、重くなった身体を動かすのがつらいようで運動もしない。
運動しないなら、せっかく作った痩せるための薬も意味がない。

 

…この薬品は恐すぎる…
そう思い、薬品を焼却炉に投げ込んだ。
もう忘れよう… もう薬品はないんだから。

 

でも、私は科学を嗜む人間なんだ。
自分の研究を無にはできなくて… レポートを捨てることができなかった。

 

『利緒〜、何してるの?』
巨体を揺らしながら、ゆっくりと近づいてくる菜緒。
『ん〜、ゴミ燃やしてた〜』
私は、菜緒に走り寄る。
どこで売ってるのかは分からない、特大サイズの洋服を纏った友人。
歩くたびに脂肪が揺れ、すぐに息切れをしてしまう。
お腹は突き出てるし、胸は垂れてる。二重顎どころか、顎がない。
食べる量は半端じゃないし、今も何かお菓子を手にしているようだ。
でも、大切な友人だと思う。

 

<From the viewpoint of ???>

 

数年後

 

『ねぇねぇ、ここゴミ捨て場でしょ?』
『ここ、先輩のレポート捨ててあるらしいねん』
数人の女子学生の声が、静かなゴミ捨て場に響く。
『提出レポートはしばらく保管して捨てるらしいよね。』
『じゃあ、名前だけ変えたらそのまま出せるじゃん!』
そう言って、ゴミを漁る彼女たち。
『ん?』
『どうした? 何かあった??』
『いや、なんでもない!!』
そういった彼女の手には、数枚のレポート用紙が握られていた。
『太る薬品の作り方…? 痩せる薬品の作り方…?』
回りに聞こえないような小さな声で、レポートの題名を呟く。
『ふーん…』
彼女は、ポケットにレポートをしまい込んだ。

 

 

終わり

 

 

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