567氏その2

567氏その2

前へ   2/2   次へ

 

 

<4>

 

「それでは発表いたします! 本年度のミス・フィダジンは、エントリーナンバー3番・山口瑞希さんです!」
歓声が上がり、ストロボのフラッシュがあちこちで炊かれる。
ミス・フィダジンとは年に1回開催される、国内有数のミスコンテストである。
その歴史は長く、数々の有名アイドルや女優を輩出していた。
今年のミスフィダに輝いた山口瑞希は、最近の巨乳ブームの流れに反して実に慎ましいAカップ。
しかしそのスレンダーな肢体とシミひとつ無い美しい白い肌が評価されてのグランプリであった。
壇上でにこやかな笑顔を振りまく瑞希。
その時、ついに異変は起きた。

 

「…ん?」
最初に気付いたのはカメラマン達だった。
ファインダー越しに見る瑞希が心なしかふっくらとしているように思える。
カメラマン達も初めは単なる錯覚かと思っていた。
しかし、うっすらと浮いて見えていた肋骨がいつの間にか肉に埋もれて見えなくなり、ボトムビキニの縁の上に腹肉が乗り上げ、見ようによってはやや怜悧な印象さえ与える小顔が愛嬌のある丸顔に変わる頃にはその変化を疑う者はいなくなった。
そしてその変化は瑞希本人も気付くところとなった。
「え、え、何?」
自分の腕が、足が、見る見るうちに太くなっていく。
特に腹回りは物凄いスピードで膨張し、自慢の細くくびれたウエストがあっという間に相撲取りを思わせるほど恰幅の良いものへと変わっていく。
細い紐で止めていた水着は圧力に耐え切れず、ブチンという鈍い音を立ててちぎれてしまう。
「い、いやだっ、これ何なのっ!」
わけがわからずに瑞希は悲鳴を上げるが、周りの人間はもっとわけがわからない。
ミスフィダに選ばれた美しい少女が肉に埋もれていく様をただ眺めていることしかできなかった。

 

変化が起きたのは瑞希だけではない。
その場にいた他のミスフィダ候補者達にも、劇的な変化が起こっていた。
ちょうど瑞希の隣にいた準ミスフィダの浅川香子は、瑞希の変化を間近で見ていた。
驚愕のあまりしばらく呆然としていた香子だったが、ふと自らの身体に違和感を感じた。
香子は瑞希とは全く逆のタイプのぽっちゃり型。
その魅力はグラマラスな身体であり、Hカップの巨乳は今回のミスフィダ候補者の中でも随一の大きさであった。
その大きさゆえに視界を遮られてしまい、屈みこまないと自分の足元が見えないほどだ。
しかし今、香子が視線を下に落すと、自分の足元をはっきりと確認することができた。
「…ええ?」
そこには真っ平らな胸板があるだけだった。
圧倒的な存在感を持ってそびえ立っていたはずの香子の乳房は完全に消え失せ、引っかかりのなくなったストラップレスタイプの水着が腰の辺りまでずり下がっているのが見えた。
慌てて水着を胸元に持ち上げようとした香子だが、今度は何かが引っかかってしまって動かせない。
よく見ると、いつの間にか膨れ上がった腹の肉が、水着を押し上げて食い込んでいた。
「嘘… なんでこんな…」
必死に水着を直そうとする香子だが、食い込みはどんどんきつくなっていくばかり。
数分後には、香子は再び足元が見えなくなっていた。

ただし、今の香子の視界を遮っているのはHカップの乳房ではなく、異様に張り出した腹の肉だった。

 

<5>

 

さて、この突如の肥満化現象は、ミスフィダの会場に限って起こったものではなかった。
とあるテニスコートでは、女子高校生を対象としたテニスの大会が開催されていたのだが、怪我人が続出したために救急車が出動する騒ぎとなった。
プレイの途中で急激な肥満化が起こったために、肉離れを起こしたり靭帯を痛める選手が次々に出てしまったのだ。
駆けつけた救急隊員たちは、全くサイズの合わないウェアに身を包んだ肥満体の女子学生達を汗を流しながら搬送することになった。
また、テニスコートに併設しているプールでは、肥満化が起こったタイミングがちょうど事故防止のための休憩時間と幸運にも重なっていたために、怪我人や溺れた人間は出なかった。
しかし、可愛らしい女性がぶくぶくと膨れ上がって雪ダルマのような体型に変わる光景は、目の保養に来ていた男性陣にトラウマを残すこととなった。

 

この他にも様々な場所で肥満化現象は起こっていた。
肥満化の被害者に共通しているのは女性であること、そして、豊胸あるいは痩身魔法の経験者ということだった。
警視庁の魔法科学対策課がこの事実を突き止めたのは事件が起こってから2日後のことであり、さらにその翌日には魔法大全の不備が発覚した。
魔法大全には直ちに補修が施され、それ以上の被害の拡大は食い止められた。
しかし、時既に遅し。
実に女性の9割以上が肥満化してしまったあとであり、女性陣はすっかりたるみきった自分の体にむせび泣くばかりであった。

 

<6>

 

「おはよー。ねー、ちょっとはやせた?」
「ううん、まだ全然。ていうか、むしろ太り気味だよ」
「あんたも? 実は私もなのよ」
事件から2ヶ月。
例の3人組は、今日も今日とておしゃべりに花を咲かせていた。
「なんか太ってからごはんがおいしいんだよね… ついつい食べちゃうんだ」
「そうそう、胃袋も大きくなってるのかな? 食べても食べてもおなかが空いちゃうんだよね」
「やっぱみんな同じかあ。なんか私、最近開き直ってきちゃったよ。美味しいもん食べて何が悪い!みたいな」  
あはは、と笑いあう3人。
デブの生活がすっかり板についてきて、価値観も変わってきているようである。

 

実のところ、価値観が変わってきていたのはこの3人組に限った話ではなかった。
事件が起こってからしばらくは太った体に嫌悪感を抱く女性ばかりであったのだが、時が経つにつれて太った体も悪くないと考える女性が増加してきたのである。
痩せていた時には食べたくとも食べられなかった高カロリーの食事。
痩せていた時には頭が痛くなるほど気を使っていた体重の数値。
痩せていた時にはどうしても意識せずにはいられなかった男性の視線。
こういったことに全く気を使わずにすむデブの生活は、意外に快適ではないのか? …というわけである。
もちろん、世の男性陣は女性陣のそんな意識変化を危険視し、あらゆる手を尽くして女性を痩せさせようと奮起しているが、今のところ効果は薄い。
何せ9割以上の女性がデブと化しているわけなので、右を向いても左を向いてもデブばかり。 
誰もが太っているのならそれが普通になるわけで、女性からすればわざわざ苦しい思いをしてまで痩せなくたっていいじゃないか、と思ってしまうのである。

 

…結局、この20年後に1人の偉大な魔法使いが改良版の痩身魔法を開発するまで、女性のデブ化は解消されることはなかった。
そしてこの時代を生きた男性陣は、自分達の青春の時代を語る際に必ずこの言葉を発したという。
『実に熱い、というか暑苦しい時代だった』と。

 

 

おわり

 

 

前へ   2/2   次へ


トップページ 肥満化SS Gallery(個別なし) Gallery(個別あり) Database