792氏その8

792氏その8

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もはや彩香には逃げる気など毛頭なかった。
これだけ太ってしまえば、とても逃げる事などできない。
しかも自分には帰る場所も無いのだ。
まして、こんなにブクブクと醜く太ってしまえば尚更だろう。

 

こうして、変わり果てた姿のお嬢様は久々の街に降り立った。

 

久し振りに歩く街は、何も変わってはいなかった。
ただ、変わったのは… 自分の姿だけだ。

 

(見ろよ、アレ… 凄いデブ女だな…)
(うわぁ、何アレ!? 嘘、アレ人間?)
(あんなデブだったら生きていけないw よく恥ずかしくないわねw)

 

人混みの雑踏に紛れて聞こえてくる、自分に向けられた言葉が彩香の耳に嫌でも入ってくる。
ましてや、もう季節は秋も深まっているというのに、こんな露出度の高い服を着ていてはいやでも目を引くというものだろう。

 

歩く度に太股の肉がぷるぷると擦れ合い、牛のような乳房がゆさゆさと揺れる。
腹に至っては巨大な水風船のような弾力で存在感を主張し、動く度に生地が張り裂けんばかりだ。

 

普通なら、まず目を背けたくなる、悪夢のような光景である。

 

更にみっともなさに追い討ちをかけるのが、動く度に大きくなる荒い息遣いと、次第に汗ばんでいく洋服、紅潮していく顔だ。

 

「ブ、ブヒィ、ブヒィッ…」

 

巨大な豚… いや、イボイノシシを思わせるようなその重苦しい呼吸音が周囲に響き渡っていた。
疲労と見られている事への快感で顔を紅潮させ、ぼんやりとしつつも歩いて行くと、突如視界がぐるん、と回転する。

 

(!?)

 

一瞬彩香自身にも何が起こったか分からなかったが、何て事はない。
ちょっとした段差にバランスを崩し、文字通り特大の尻餅をついてしまったのだ。
出っ張った胸と腹が邪魔で足元が見えない為、段差に足を取られたらしい。
転んだ拍子に全身の肉がゴムの如く波打つ。

 

「痛たた… ん、ん〜っ、ん〜っ」

 

まだ自身の巨体に慣れていない彩香は、上手く身体を起こす事ができず、じたばたと太い手足を動かし、息を切らしながら何とか身体を起こす。
その姿はあまりにみっともなく、思わず気の毒すぎて目を背けたくなる程だった。
ホットパンツはずれて下着が丸見えになっているし、キャミソールはめくれ上がり巨大なお腹が顔を出している。

 

「プ…」
「クスクス…」
「アハハハハ!!」

 

あまりに滑稽な姿に、周りの群衆からたまらず嘲笑が起こる。
以前は彩香が街を歩けば、その美しさに羨望の眼差しを受けたものだ。
しかしそれも今となっては悪い冗談にしか聞こえない。
かつて憧れの的だった高嶺の花は、ぶよぶよの脂肪の塊に変わり果ててしまったのだから。
惨めで、哀れで、醜い、贅肉の塊になった元お嬢様に、群衆の見下した視線がどんどん突き刺さってゆく。

 

(み、みんながこんなに私を見てる… はぁっ、はっ、はぁ…ッ、も、もうダメッ…)

 

あまりの快感に、股間がぐっしょりと濡れていくのが分かった。
びくん、びくんと下半身が痙攣している。

 

それは、彩香の中でかろうじて常識を保っていた糸がぷちんと切れた瞬間だった。

 

見られる快感。太りきった身体を晒す快感。情けない自分に対する劣等感…
それらが、どっと彩香の中に押し寄せる。
うすうす自分でも自覚していたが、とうとう完全に変態として覚醒してしまった事を、彩香はついに自覚した。

 

200kgを超える変態デブ女… いや、雌豚が誕生した瞬間である。

 

息を整えながらゆっくりと立ち上がると、世界が変わっていた。

 

さっきまでの群衆の好奇の視線が、むしろ心地よく感じる。
ショーウィンドウに映る、ぶくぶくに太った自分の身体が愛おしく思えてくる。
自分は狂ってしまったのかもしれない。そう思った。

 

 

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