「転落」

転落

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<5>
それから数日が過ぎた。
相変わらず体重計は壊れたままだし、体調不良も続いていた。
今日などは学校に歩いていくだけで疲れてしまい、練習に参加できなかったほどだ。
新体操部の皆や先生も心配して、しばらく休むように言ってくれた。
午前中とはいえうだる様な暑さの中、私は家への道を急ぐ。
すると後ろから声をかけてくる人がいた。
「溝口さーん、こんにちはー」
「こんにちは、沼田さん」
声の主はやっぱり沼田さんだった。
このところ毎日のようにどこかで顔をあわせている。
もしかしてストーキングでもしてるんじゃないの?
冗談じゃないわ、鬱陶しい。
…と、もちろんこんな考えは顔には出さず、私は沼田さんに挨拶を返す。
そして2人で並んで歩き、くだらない雑談をする。
これもこのところすっかりお馴染みとなってしまった光景だ。

実に面倒だけど、沼田さんの話題にきちんと私は乗ってあげている。
こういう地道な努力が人望を集めるもとになるものね。

 

「…それでね、私すごいダイエット法を見つけちゃったの」
「ダイエット? でも沼田さん、そんなに太ってないじゃない」
そう言ってから私は自分の言葉に違和感を感じる。
何を言ってるのよ私は。沼田さんは自他共に認めるデブじゃない。
そう思って私は沼田さんの体を見直す。
しかしそこにあったのは、少なくともデブという表現は全く適当ではない、ふくよかレベルの体。
変ね。沼田さんってもっとぽっちゃりしていたはずなのに。
…いや、ぽっちゃりっていうか… もっとデブで… 大デブだったような… あれ?
「えへへ、そうかなあ」
当の沼田さんは私の疑問になど気がつかないようで、のん気に笑っていた。
どうにも拭いきれない不安感を吹っ切りたくて、私は会話を続ける。
「よかったら私にもそのダイエット教えてくれない?
私も沼田さんみたいに引き締まった体になりたいの。…え?」
今度は違和感がはっきりと声に出た。
沼田さんみたいに? 引き締まった体?
ちょっと、一体私は何を言っているの?

「溝口さん、大丈夫? また顔色悪いよ?」
「だ、大丈夫… ちょっと目眩がしただけだから…」
「しっかりして、ほら、立てる?」
よろめいた私に沼田さんが肩を貸そうとする。
線の細い、華奢といってもいいくらいの体つき。
こんな体で私の体重を支えきれるはずが…
「…! 違う!」
私は慌てて沼田さんの手を振り払った。
沼田さんがビックリした顔で私を見ている。
「あ… ごめんなさい、本当に大丈夫だから… 私、もう帰るね」
沼田さんに謝って、私は足早にそこから立ち去った。

 

「もう、私ったら一体どうしちゃったのかしら」
その日の夜、私はお風呂に入りながら最近のことを思い出していた。
最初は体重計が壊れたことから始まったのよね。
で、そのうち沼田さんがどんどん痩せてきて。
「っていうか、沼田さんってデブだったと思うんだけど…」
なんだかそのあたりの認識が曖昧になってきている気がする。
うーん。沼田さんは… デブ… じゃなくて… ぽっちゃりさん… だったかな…?
どうも記憶が定まらない。
私ってこんなに物忘れする方だったかしら?
釈然としないまま、私はお風呂から上がって体を乾かし、日課のボディラインのチェックに入る。
ぽってりと膨らんだお腹。
2段腹まではいってないけど、ちょっと肉が付きすぎかな。
大きなお尻はちょっぴりコンプレックスでもある。
もうちょっと小さくてもいいのに。
そして自慢のビッグサイズのおっぱい。
あまりに大きすぎて少し垂れてきているけど、これはこれでなかなか魅力的じゃないかしら。

まあ全体的に多少太目かもしれないけど、昔からこの体型を
キープできてるんだからこれがベストの体型ってことよね。
自分で自分を納得させて、私は台所に向かった。
台所で何をするかって? 
もちろん、毎日のお楽しみである就寝前のおやつタイムに決まっているじゃない。
好物のポテトチップスにポップコーンを一袋ずつ開け、
コーラを片手にテレビを見ながらダラダラと貪り食う。
お腹が満たされたところで眠気が襲って来たので、私は寝ることにした。
お腹いっぱいのまま布団に入る。
至福の瞬間だった。

 

<6>
明日からはいよいよ新学期。
私は休み明けの試験に備え、学校の図書館で勉強をしていた。
「溝口さん」
誰かが私に声をかけてきた。
とても涼やかな声。こんな声の持ち主は1人しかいない。
「こんにちは、沼田さん」
私の予想通り、そこにはクラスメートの沼田さんがいた。
本当にこの夏休みはよく会うものだわ。
私はこっそり溜息をついた。
今更だけど、私は沼田さんが嫌いだった。
だってこの人綺麗だもの。
贅肉ひとつないスラリと引き締まった腰周り。
ほっそりとした小顔。細くてしなやかな指。
本当に女の私から見ても惚れ惚れするくらい綺麗な人だ。
一方の私と言えば…

腰には帯でも巻いてあるかのような分厚い脂肪がへばり付き、3段腹が形成されてしまっている。
座っていると腹肉の上におっぱいが乗っかってしまうという情けない状態だ。
また、そのおっぱいはただ大きいだけの脂肪の塊で、重力に負けてだらしなく垂れてしまっている。
顎から首にかけてはこれまたたっぷりとした脂肪がへばりついており、
真正面から見ると首がないのかとさえ錯覚してしまうほどだ。
当然顔もまん丸としていて、沼田さんと比較すると明らかに表面積が多い。
と、こんな調子なのでできるだけ沼田さんには近づきたくないのだが、
あちらから声をかけてきたのに無視するわけにもいかなかった。
「ねえ溝口さん、ちょっと時間ある?」
「え? ええ、あるけど一体何?」
「ちょっとね。ここじゃなんだから、屋上で話しましょ」
そう言うと沼田さんはスタスタと歩いていってしまった。
屋上ってことは階段登らなきゃいけないわよね。
全く、疲れるからできるだけ階段は使いたくないってのに。
私はウンザリしながら沼田さんのあとに付いて行った。

 

「ふう〜… それで、お話って何かしら?」
屋上で私は息を整えつつ沼田さんに質問した。
「うん。ちょっと聞きたいことがあったの。ねえ、溝口さんって昔から太っているのかしら?」
「…そうだけど… それが何か?」
いきなり何よ。人が気にしていることを失礼な。
「ああ、やっぱりそう思ってるんだ。でもね、違うのよ。溝口さんはつい最近まで痩せていたの」
「?」
「実はね、私最近不思議な力を手に入れてね。溝口さんにいらないお肉をあげてたの」
「…?」
肉をあげていた? 一体何を言っているんだろう?
「それで私はこの通り綺麗にやせて、溝口さんはブクブク太っちゃったんだけど…
なんか変な副作用が出ちゃったの。私も溝口さんも最初からこういう体型だった、
なんて世界になっちゃったみたいなのよ」
「はあ…」
さっぱり意味がわからない。
暑い日が続いて頭がやられちゃったのかしら?

「周りの人たちも私がやせたって気付かないし、溝口さんも特に何も言われなかったでしょう?
もうそれは昔からそうだったんで当たり前ってことになってるのね。
で、それだけならまだしも、私なんて気付いたら新体操部に所属してるってことになってるのよ!
そんなのやったこともないのにできるわけないってかなりビクついてたんだから!
まあ実際にやってみたら体が勝手に動いちゃったからよかったんだけど」
「…ねえ、もう戻ってもいい? 悪いけど何を言っているのか全然わからないし、
私勉強もしたいから」
もう付き合っていられない。
私は沼田さんに背を向けて歩き出した。

 

「あ、待って! もうすぐ終わるから。ここに呼び出したのはね、
溝口さんに昔のことを思い出してもらいたかったからなの」
「思い出すって?」
「昔の綺麗だった頃のことよ。だって、昔の記憶がないんじゃ
今の自分の惨めさってのがピンと来ないでしょ? それじゃつまらないじゃない」
「…だから、私が太っていたのは昔からで、思い出すも何も…」
「うん、だから思い出させてあげるっての。ほら!」
そう言って沼田さんが指をパチンと鳴らした。
まったく、何をやっているんだか… そんなことをして何に… なると…
「…え?」
その時、私の頭に何かが入り込んできた。
壊れた体重計。
太ってる沼田さん。
綺麗な私。
「そうだ… 私は…」
「思い出したみたいね? でもね、それはもう過去のことよ。ほら、これで見て御覧なさい」

沼田さんが私に鏡を渡す。
私は思わずその鏡を覗き込み、そしてそこに映っているものを見た。
ギラギラと脂ぎった、脂肪に包まれた丸くて大きな顔。
「こ… このデブが… 今の私… い、いやああああ!」
「あははははは! いい! いいわ! これが見たかったのよ!」
私は半狂乱になって泣き叫び、沼田さんはそんな私を見て大笑いしていた。
「いやあ、ねえ、お願い、元に戻して! こんな、こんな姿いやなの!」
「ダメ、っていうか戻すわけないじゃん! せっかくこんな綺麗な体になれたのよ。
これからは恋にスポーツに青春を満喫するんだから。 あなたは勉強でも
頑張っていればいいじゃない。知能までは変わってないんでしょ?」
「そんな… いやよ、ねえ、なんでも言うこと聞くからお願い、私の体を元に戻して、ねえ!」
「ダメったらダメ。じゃあね、おデブの溝口さん。ダイエット頑張ってね〜」
そう言い残して沼田さんは去っていった。
あとに残された私は追いかける気力もなく、涙が枯れるまで泣き続けたのだった。

 

<7>
才色兼備。文武両道。学園のアイドル。
昔の私はそう呼ばれていた。
でも今は、せいぜい優等生としか呼ばれていない。

 

私の名前は溝口亜衣。この間の誕生日で17歳になった高校2年生。
私の評判については既に言った通り。
昔の私は美人で勉強もスポーツもできる、学園内の人気者だった。
でも今は、デブで、動きの鈍い、勉強しかとりえのない人間だ。
沼田さんに美貌と運動能力を奪われた私は、なんとか昔の輝きを
取り戻そうとダイエットを始めたが、長続きはしなかった。
厳しく自己節制をしていた頃の記憶は復活したのだが、
同時にデブとしての生活習慣も根付いてしまってる以上、
昔のような生活は今更無理だったのだ。
最後の意地で勉強だけは必死に頑張ったお陰で、成績は昔よりもさらによくなった。
あと、相変わらず周囲の人間への心配りは怠らないし、猫かぶりも続けているから、
デブだからといって嫌われることはなく、マスコット的キャラとして仲良くはしてもらえている。
でも、昔のような皆の中心にいることはもうない。
デブは尊敬されないし、憧れてももらえないのだ。
…なので最近ではデブ専の男でもいないものかといろいろ探しているところだ。
せめて彼氏くらいは見つけたいものね。

え? デブ専の男見つけるより痩せた方が結局は早道じゃないかって?
うるっさいっ!

 

 

おしまい

 

#入れ替え,OD,立場逆転

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