「上昇」

上昇

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<5>
数日が過ぎた。
私の体はどんどん痩せてきて、体のキレもどんどん良くなっていった。
あまりに調子がいいので昨日からは朝のジョギングまで始めてしまったくらいだ。
あの運動嫌いだった私が、痩せるだけでこんなに意識が変わるなんて、自分でも驚きだ。
ジョギングから帰ってきてシャワーで汗を流しつつ体型をチェックする。
まず両手でほっぺたから顎の下を撫で回してみる。
つい最近までブヨブヨにたるんでいたほっぺたは引き締まり、
2重顎もいつの間にか消えてしまっていた。
次に二の腕に指をはわせる。
歩くだけでふるふると揺れるほどに脂肪のついていた二の腕はかなり細くなってきており、
むにむにとした脂肪がわずかについている程度になってきた。
続いて胸。大きく膨らんでいるだけでだらしなく垂れてしまっていたおっぱいは、
脂肪の減少と共に縮小し、今では張りを保ったままそこそこ大きいサイズを
維持しているという理想的なものになっていた。
これからさらに痩せると胸も痩せてしまうのだろう。それだけはちょっぴり残念だ。

そして腹回り。まだまだくびれができるほどではなけれど、
立った姿勢では指で脂肪がつかみにくい程度には引き締まってきた。
最後にお尻。椅子に座るとはみ出てしまうほどに巨大だったお尻はかなりスッキリして、
以前は考えもしなかったジーンズ着用もできるようになった。
もう私を見てデブと思う人はないだろう。どんなに悪く見ても、ぽっちゃりさん止まりだ。

 

「それに比べて溝口さんの方は… ふふふ…」
昨日の溝口さんの姿を思い出す。
興味があるからと言って新体操部の練習を見学させてもらったのだが、なかなか面白いものだった。
溝口さんの体は、周りの部員の誰よりも横に大きかった。
それなのにレオタードなんて体のラインがしっかり出ちゃうものを着ているから、
完全に浮いてしまっていた。
大きく膨らんだ胸はぴったりとしたレオタードのなかにきつそうに収まり、
ぼてっとしたお腹はレオタードの生地に段を作って動くたびに揺れていた。
むっちりとした太股は伸縮性のあるレオタードを押し上げ、
そのために裾が肉に食い込んでしまっていて痛々しかった。
もちろんそんな肥満体型でまともな演技ができるわけもなく、
かつての新体操部のエースは鈍い動きで周りの失笑を買っていた。

 

ただ、ひとつ気になったことがある。
溝口さん自身を含め、私以外の人間は溝口さんの変化に気付いていないようなのだ。
私が「溝口さんってかなり太ったよね?」と聞いてみても
「そう?変わんないんじゃない?」とか「前からあんなもんでしょ」とかいう答えしか
返ってこないのだ。新体操部内の立場も「彼女はダイエットのためにやってるだけだから」
ということになっているらしい。
つい最近まで次期主将は確実なんて話をしていたはずなのに、
この変化を誰も疑問に思っていないのだ。

 

これはどういうことなのかしら。
私の頭で考えられる可能性はただひとつ。
あの力の副作用で、私以外の人の記憶や認識が書き換えられているんじゃないだろうか。
溝口さんは昔から肥満体型だったし、私は太ってなどいなかった。
そういうことになっているのだ。
「それはそれで面白いけど、物足りないなあ」
やっぱり自分が醜く太ったことをきっちり自覚させた上で絶望感を味あわせてやりたい。
それでこそ、今まで影で蔑まれていたお返しになるんじゃないかしら。
と言ってもどうすればよいのだろう。
そう思った瞬間、私の頭に突然その方法が思い浮かんだ。
以前に脂肪を移す力を使えるようになった時と同じ。
今回もまた、唐突に新しい力が使えるようになったようだ。
「うん。昔の記憶を思い出させてあげればいいんだ」
なぜかはわからないが、今の私にはそういう力が宿っているようだ。
不思議なこともあるものだけど、これも今まであまりいい目にあわなかった私に
神様が施しを与えてくれたのだと思うことにしよう。

「よーし。外見が変化し終わったら記憶を戻してあげようっと」
どうせなら一番ひどい姿になった時に戻した方が面白そうだもんね。
えへへへ、今から楽しみだわ。

 

<6>
明日からはいよいよ新学期。
私は部活を終え、図書館に向かっていた。
突然何の部に入ったのかと驚く人もいるかもしれないが、一番驚いているのは私だ。
いつの間にか新体操部に所属していることになっていたんだから。
数日前、気がついたら私は新体操部の一員として練習に参加することになっていた。
どうも溝口さんとの立場の変化が私にまで及んできたらしい。
おかげで今まで触ったこともないリボンや棍棒の演技なんてやるハメになったけど、
実際にやってみたら体が勝手に(としか言い様がない)動いてくれて助かった。
で、話を元に戻すと、溝口さんはおそらく図書館で勉強をしているだろうと聞いたので
ここにやってきたのだ。どうやら勉強家ということは変わっていないみたいね。

 

さて、溝口さんは… あ、いた。
「溝口さん」
私が声をかけると、溝口さんはのっそりと顔を上げる。
「こんにちは、沼田さん」
以前とは比較にならない低い声で挨拶を返す溝口さん。
たっぷりついた脂肪が声帯を圧迫しているのだろうか。
せっかく綺麗な声をしていたのに台無しね。
まあ、その体にはその声がお似合いだけど。
私は心の中で嘲笑する。
溝口さん自慢の小顔は今は見る影もなく、丸々とした輪郭に変化していた。
ほっぺたから溢れた脂肪が目や鼻を圧迫し、それぞれのパーツを小さく見せている。
例えるならそう、目や鼻を縮小したアンパンマンにロングヘアーのカツラをかぶせた感じ。
体の方も、いわゆる洋ナシ形というやつで、下半身の肥大が凄かった。
お腹は大きく張り出し、机との間に挟まれた腹肉が窮屈そうだ。
お尻は椅子に納まりきらず、端っこの肉がはみ出てしまっている。
上半身は上半身でかなり肥大しており、おっぱいなんかはGカップはあるんじゃないかと

言うくらいの大きさを持っていたが、この下半身の大きさの前には霞んで見えた。
これだけ太れば、もう記憶を戻してあげてもいいだろう。
私は溝口さんの記憶を蘇らせることにした。
「ねえ溝口さん、ちょっと時間ある?」
「え? ええ、あるけど一体何?」
「ちょっとね。ここじゃなんだから、屋上で話しましょ」
それだけ告げて、私はさっさと歩き出した。
うふふ、溝口さんったら発狂しなきゃいいけど。

 

「ふう〜… それで、お話って何かしら?」
屋上に来た溝口さんが、汗を拭きながら私に質問する。
階段をちょっと昇ったくらいで情けないものだ。
「うん。ちょっと聞きたいことがあったの。ねえ、溝口さんって昔から太っているのかしら?」
「…そうだけど… それが何か?」
あらら、やっぱり溝口さんもそう思いこんでるんだ。
いいわ、今思い出させてあげるからね。
「ああ、やっぱりそう思ってるんだ。でもね、違うのよ。溝口さんはつい最近まで痩せていたの」
「?」
「実はね、私最近不思議な力を手に入れてね。溝口さんにいらないお肉をあげてたの」
「…?」
溝口さんはさっぱり分からないと言った顔で私を見る。
それはそうだろう、いきなりこんなことを言われて分かる筈がない。
「それで私はこの通り綺麗にやせて、溝口さんはブクブク太っちゃったんだけど…
なんか変な副作用が出ちゃったの。私も溝口さんも最初からこういう体型だった、
なんて世界になっちゃったみたいなのよ」

「はあ…」
「周りの人たちも私がやせたって気付かないし、溝口さんも特に何も言われなかったでしょう?
もうそれは昔からそうだったんで当たり前ってことになってるのね。
で、それだけならまだしも、私なんて気付いたら新体操部に所属してるってことになってるのよ!
そんなのやったこともないのにできるわけないってかなりビクついてたんだから!
まあ実際にやってみたら体が勝手に動いちゃったからよかったんだけど」
ああ、話がそれちゃった。
どうもテンションが高くなっているせいか、どうでもいいことまで喋ってしまっている。
溝口さんもうんざりしてきたのか、あからさまに不快そうな顔をしていた。
「…ねえ、もう戻ってもいい? 悪いけど何を言っているのか全然わからないし、
私勉強もしたいから」
溝口さんが背を向けて帰ろうとしたので、私は慌てて引き止めた。
「あ、待って! もうすぐ終わるから。
ここに呼び出したのはね、溝口さんに昔のことを思い出してもらいたかったからなの」
「思い出すって?」
「昔の綺麗だった頃のことよ。だって、昔の記憶がないんじゃ

今の自分の惨めさってのがピンと来ないでしょ? それじゃつまらないじゃない」
「…だから、私が太っていたのは昔からで、思い出すも何も…」
「うん、だから思い出させてあげるっての。ほら!」
私は一気にまくし立てて、指をパチンと鳴らした。
その瞬間、世界がぐにゃっと歪み、溝口さんの頭の中に白い光が舞い下りる。
そして次の瞬間にはもう世界は歪みから立ち直り、白い光も消えていた。
さあ、これで記憶は戻ったはずだけど。
「…え?」
最初はキョトンとしてた溝口さんだが、徐々にその表情が険しくなっていく。
「そうだ… 私は…」
「思い出したみたいね? でもね、それはもう過去のことよ。ほら、これで見て御覧なさい」
頃合と見た私は、溝口さんに鏡を渡してやった。
吸い込まれるようにその鏡を覗き込んだ溝口さんの顔が、驚愕の色に染まる。
「こ… このデブが… 今の私… い、いやああああ!」
「あははははは! いい! いいわ! これが見たかったのよ!」
泣き喚く溝口さんを横目に、私は笑いがとまらなかった。

「いやあ、ねえ、お願い、元に戻して! こんな、こんな姿いやなの!」
「ダメ、っていうか戻すわけないじゃん! せっかくこんな綺麗な体になれたのよ。
これからは恋にスポーツに青春を満喫するんだから。
あなたは勉強でも頑張っていればいいじゃない。知能までは変わってないんでしょ?」
「そんな… いやよ、ねえ、なんでも言うこと聞くからお願い、私の体を元に戻して、ねえ!」
頭をこすり付けんばかりに哀願してくる溝口さん。
それを見て私は優越感に浸った。
「ああ、そっか。こういう気持ちなんだ…」
この時私は理解した。
昔の溝口さんがどういう気持ちで、どういう目線で私を見ていたのかを。
自分より劣る人間を上から見下ろすのって、こんなに気持ちいいんだってことを。
そりゃ溝口さんじゃなくてもハマっちゃうわね。
特に醜いデブなんて、優越感を味わうのに格好の材料じゃない。
私は深く納得して、うんうんと頷く。
そしてまだ何やらグズグズ言っている溝口さんを突き放した。
「ダメったらダメ。じゃあね、おデブの溝口さん。ダイエット頑張ってね〜」

すがりつく溝口さんを無視して、私はその場を立ち去った。

 

<7>
新体操部の妖精。美少女アスリート。学園の華。
今の私はそんな風に呼ばれている。
動きのとろい、暑苦しいデブと思われていた私はもういない。

 

私の名前は沼田房江。高校2年生。
私の評判については言ったとおり。
美人でスポーツ万能な学園の人気者、それが今の私。
言っておくけど、不思議な力のお陰だけでそう言われているんだって思わないでね。
最初は確かにそうだったけど、今は本当に努力してるんだから。
勉強だけは相変わらずあまり好きじゃないけど、部活と美貌を磨くことに関しては手は抜かない。
部活ではその頑張りと実力が認められて、新主将に任命された。
また、県大会で上位入賞した時に体操専門誌で小さな記事を載せてもらえたんだけど、
その時の写真をたまたま目にした芸能プロダクションの人からスカウトされて、
グラビアの仕事もするようになった。
もちろんやるからには手は抜かない。
将来は大きな雑誌の表紙にも載せてもらえるように頑張るつもりだ。
なぜそんなに頑張るのかって?
もうわかっているでしょう? 皆に褒められたいからよ。
褒められれば嬉しいでしょう?
尊敬されれば嬉しいでしょう?

憧れを持たれれば嬉しいでしょう?
その為だったら私はどんな努力だってするわ。
自尊心を満たすことほど楽しいことはこの世にはないんだから。

 

 

おしまい

 

#入れ替え,OD,立場逆転

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