行列のできるえーりん診療所
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「…雨降って地固まる、ねぇ」
輝夜が微笑みながらぽつりと言った。永琳も口の端を軽く持ち上げて頷く。
彼女たちの目の前に流れる小川のそばで、笑い声を上げて二つの影が踊っていた。
舞い飛ぶ無数の蛍に照らされて浮かび上がる姿はリグルとミスティアだ。
「全ては彼女たちが勇気を出した結果よ」
「あら、永琳だって結構 頑張っていたじゃない。
さしずめ恋のキューピッドでしょう? 例の弓矢は伊達じゃないわね」
「からかわないの。あんな大きなミスを犯していては威張れないわ。
…私としたことが重大な事実に気がつけないでいたなんてねぇ…。
まさかミスティアにそういう嗜好があったとは」
「…ちょっと。分かっていてあの薬を処方したんじゃなかったの?」
「うっすらと気が付いてはいたわよ。てゐがあの薬を使うことを進言してきた辺りから」
「なーんだ、それじゃ全てはイナバの入れ知恵だったのね」
一応の上司である鈴仙の言いつけを聞かずに遊び回っているてゐは、
リグルを始めとする小妖怪たちともそれなりに面識があったようだ。
ミスティアの屋台で飲んだことも一度や二度ではないのだろう。
だから実はあの二人が相思相愛であることをとっくに見抜いていたし、
鰻をいっぱいに頬張るリグルを見つめるミスティアの異様な視線にも気づいていた。
進展のない二人に退屈をしていたてゐは、彼女が永琳の下へ相談に来たと知るや、
これ幸いとばかりに例の突拍子もない提案をしたのだった。
今回、倒れたリグルが迅速に永遠亭へ担ぎ込まれ 大事に至らずに済んだのは、
事態が進展するのを今か今かと待っていたてゐの活躍に寄るところが大きい。
「それにしてもリグルはよく頑張ったものだわ。
あの量を盛られたんだもの、食欲を抑えるのは苦痛だったでしょうに。
実際、無理を来たして発熱もしていた。あの芯の強さは敬意に値するわ。
普段は引っ込み思案なクセして、やるときはやる子だったのねぇ」
「それも“恋”の魔法の成せる業なのかしら?
反対にあちらの夜雀の方はプレッシャーに弱いみたいだったけどね」
「普段はあんなに自信満々なのに。どちらも意外な一面だわ。
ともあれ、リグルがあの調子で成長すれば将来は大物になるかもしれないわよ」
「体格だけは既に大物ですけど。 ねー、お師匠様」
…と、草むらからひょっこりとてゐが顔を出して茶々を入れた。月人たちが苦笑する。
てゐの後ろからは鈴仙もやってきて、二人に頭を下げてから傍に腰を下ろした。
鈴仙からお酒を受け取り、ちびりと口に含んでてゐが笑うには、
「あの調子じゃ、じきに全部ただの脂肪に摩り替わっちゃいますよ。
昨日、雀の屋台でバカバカ食べているのを見ましたもん。
太ったら嫌われるどころか、好かれるって分かっちゃったからねぇ」
「でも減量も諦めてないみたいですよ。相変わらず湖の周りを走っていましたし」
助け舟を出したのは鈴仙だった。彼女がミスティアにブーブー言われながらも、
巨大な尻を振り振り、必死に走っている姿をしょっちゅう見かけていたのだ。
そして、密かに “あの体型でよくやるものだ…” と感心をしていたりもした。
見れば 今もその肥満体には似合わぬ軽快なステップを惜しげもなく披露している。
それを眺めながら話を聞いていた永琳が頬を軽く掻きながら笑った。
「ふむ、どうやら私の薬は立派に効果を果たしたようね。
薬の効果で増えた脂肪は燃焼され、かつ、普段の食事で得たエネルギーが
適度な運動により筋肉として形成されている証拠だわ。うんうん…」
「じゃ、今の蛍はお相撲さんのようなものなのね!」
輝夜がポンと手を叩く。
「…輝夜、それを本人の前で言わないでやってちょうだいね。大泣きするわ」
―…永遠亭メンバーの勝手な評価などどこ吹く風、蛍と夜雀は踊り続けている。
ときに激しく、ときに緩やかに。互いに愛しい愛しいと言葉を交わしながら。
他の何物にも代えられない秘薬を手に入れた二人の妖怪にとって、
“恋”はもう命を奪う恐ろしい毒ではなかった。優しく心の芯を犯していく甘美な毒。
素直に愛し合うこと。そんなシンプルな答えを人間も妖怪もなかなか出せずにいる。
本当はそれはとても簡単で、自然なことなのだ。月が必ず天に昇るのと同じように。
まん丸くなったリグルが幽かに光る様は、今は雲の彼方にある望月に似ていた。
#東方Projectシリーズ
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