820氏その1
#型月,TYPE-MOON,月姫,メルティブラッド,MELTY BLOOD,メルブラ
−遠野家リビング−
さつきが実験台になっているその頃。
秋葉は優雅に食後のコーヒーを楽しんでいた。
「…ふぅ。侵入者の駆除はそろそろ済んだ頃かしら。」
弓塚さつきの侵入には真っ先に気付いた秋葉だったが、あえて琥珀に捕らえさせた。
今頃地下で大変な事になっているだろう。
「いえ、大変な身体かしらね。ウフ…。」
琥珀の精神にタタリを植え付け、琥珀自らある性的興奮に目覚めるようにしむけたのだ。
「あの琥珀のことだわ。えげつない事になるかもしれないわ。…ごめんなさいね。弓塚先輩。フフフッ。」
カチャリと飲み終えたコーヒーカップを机に置き、窓から覗く綺麗な月夜を仰ぐ。
「なんて綺麗な月かしら。いい気分だわ。…よいしょっ… ふぅ。」
重くなりすぎた身体では、席を立つのも一人ではなかなか辛い。
「…くっ…! 忌まわしい身体…。」
自分の身体に悪態をつく秋葉。
痩せようにもタタリの具現によってついた脂肪ゆえに、タタリを消滅しない限り消えないのだ。
「…でもどうやって倒せば。」
言わばタタリは今秋葉の身体そのものなのだ。倒そうにも倒せない。
「…フン。まぁいいわ。私の身体に潜む限り、タタリの力は私に宿る。この力を使えば… フフッ。私だけ太るなんて…、絶対に許さない!!」
…つまり。秋葉はタタリに操られていたのではなく、むしろタタリを操り、
やつあたりでみんなを太らせていたのだ!
「次は誰を仕留めようかしら…。ウフフ…、アハハハッ!」
「そこまでです! 秋葉さんっ!」
ガシャーンと窓が割れ、三本の閃光が秋葉めがけて迫る。
シュン! ガガガッ!
間一髪。髪でその軌道を変えてやり過ごす。
秋葉の周りの床に三本の剣が突き立つ。
「…ふぅ。ずいぶん荒っぽい挨拶ですね。カレー先輩。」
「私はシエルです! その名で呼ぶなと、何度言えばわかるのですか! あなたも、あのアーパー吸血鬼も…。」
割れた窓のふちに立つ、髪の短いシスター衣装の女性、シエルはため息をついた。
「気を取り直して…。秋葉さん申し訳ありませんが今のあなたをタタリと認識し、埋葬機関として廃除しに来ました。」
「フフ…。…そうですか。いい度胸です。シエル先輩。タタリの力を手に入れた私に勝てるとでも思って? ウフフフ!」
みるみる秋葉の髪が朱に染まる。
「えー、はい。勝てます。っていうか、もう私の勝ちです。」
「な、なんですって!? それはどうゆう意味で…。これは!?」
秋葉の周りに突き刺さった黒鍵同士が光に結ばれ、秋葉を三角形に囲む。
「まあ… それだけ太ってたら、かわせませんよね。さっき投げた時。」
つまり床に刺さった黒鍵に囲まれた時点で、勝負は決したのだ。
「卑怯です! ここから出しなさい!」
「秋葉さん… 迂闊に結界からでようとすると…、灰になりますよ?」
「くっ…!」
「まぁまぁ落ち着いて下さい。タタリを今、体から追い出してさしあげますから。」
シエルが何やら呪文を唱える。
するとバリバリッ!っという音と共に、秋葉の身体が光に包まれる。
「…! 何ですかこれは!」
「いいからじっとしてて下さい!」
呪文を唱え続けるシエル。
そうこうするうちに秋葉の身体から黒いもやのような物が出始めた。
「きゃっ…! 何が起こってるんですか…!」
「それがタタリです。とりあえずあなたの身体から抽出し、具現化させて倒します。」
「そ、そうなの…。てっきり私ごと消滅させるのかと思っていました。」
「そんな事したら、遠野君に嫌われてしまいますから。」
シエルはニッコリ微笑みながら言った。
「やっぱり兄さんが理由でしたか…。(この女。一瞬でもいい人だなんて思った私が馬鹿だったわ)」
その時、リビングの扉が開いてドスドスと足音をたてて、シオンが入ってきた。
「すごい音がしたので来てみれば、あなたでしたか。シエル…!」
「あら… 誰かと思えばシオンじゃないですか。まったく… 秋葉さん共々、相撲でも取るんですか?」
「くぅっ…! これは…。」
シオンは屈辱に頬を染めながら自分のまるまると太った身体を抱く。
「それより! 秋葉に何をしているのですか!」
「タタリを取り出してあげているところです。邪魔しないで下さいね。」
「…そうですか。そういう事なら…。よかったですね秋葉。」
「え…えぇ。まぁ…ね。」
秋葉がむしろタタリを利用していた部分もあるので、少し残念そうだ。
「…はい! おしまいです!」
シエルが頑張った結果、無事に秋葉の身体から煙のように出てきたタタリが、
天井を煙のようにさまよっていた。
「さてと、じゃあ私達を結界で囲んで、とりつかれないようにします。」
シエルは黒鍵を突き立てて三人の周りに結界を張った。
「これでOKです。別の事象に変わる瞬間を討滅します。わかっているとは思いますが、その時に恐怖を抱いてはいけませんよ?」
秋葉とシオンはうなづき、天井を漂うタタリをじっと見つめた。
しかし、タタリは一向に姿を変えようとせず、空中をさ迷っている。
「どうなってるんですか。先輩…。なかなか姿を変えませんよ?」
「おかしいですねぇ…、今回の事象、女の子の肥満に対する恐怖をよほど気に入ったのでしょうか。」
「タタリは変態ですか…。」
シオンは呆れた。
「まぁまぁ、もう少し待ってみましょう。」
その時、廊下をバタバタ走る足音がしたかと思うと
「秋葉様〜! 侵入者の廃除、完了しました!」
ドアが開き、琥珀が入ってきた。
「いけないっ! 琥珀さん! 逃げて下さい!」
シエルが叫ぶもすでに遅し。
一瞬で琥珀の前に移動したタタリは空中で霧散し、消えた。
「ほ… ほぇ? 一体今のは〜?」
「遅かったですか…。まずいです。今度は琥珀さんがタタリに…。」
「琥珀!? 大丈夫なの!?」
「ええ、大丈夫です。秋葉様。それどころかむしろ力がみなぎってくるような… はぅ!」
突如琥珀の身体から黒いオーラが漂い始める。
「うぐぅ…!」
と琥珀がうめいた瞬間、
ぶくぶくぶくっと、まるで液体を身体全体に流しこんだかのように、琥珀の身体が太りだした。
二の腕や、ふとももは着物のために見えないが、お腹は大きくまるまると前に突き出してくる。
割烹着なため、秋葉やシオンとは違いまだ引き締まって見えるが、
そのまんまるの顔を見れば身体もだいたい想像がつく。
「う……。パワーはみなぎりますけど、代償がこの身体っていうのはちょっと厳しいですね〜…。女性としては…。」
「琥珀!大丈夫!?」
秋葉が座りこんだ琥珀に駆け寄り、助け起こした。
「秋葉様…。はい。異常ありません。太った事以外は…。」
「よかった…。すぐに先輩にタタリを追い出してもらわないと。」
ちなみにこの時の秋葉はタタリが抜けたため、元の体型に戻っていた。
「…はい………。」
「…どうしたの琥珀?」
おもむろに琥珀は虚ろな表情でうつむくと、突然
「えいっ☆」
プスッ!
「なっ!?」
秋葉に注射器をうち込んだ。
「琥珀!? 何の薬なの? これは!」
「これはですねぇ、弓塚さんにお注射した薬と同じ物です。」
「く…! …どういうつもりなの…?」
秋葉の髪が怒りに真っ赤に染まる。
「こんな力、手放したら二度と手に入らないと思ったら急に惜しくなっちゃいまして、えへへ☆」
「琥珀…、あんたねぇ…!」
秋葉は琥珀に掴みかかろうとした、が
「とうっ!」
っと琥珀はどこから取り出したのか、箒を空中へと投げ、
その太りきった身体からは考えられないジャンプをして箒に跳び乗った。
「この力さえあれば遠野家乗っ取り計画も大分楽になりそうですね〜。」
うふふ〜と笑って、ミシミシと箒をたわませながら廊下へ飛んで行ってしまった。
「待ちなさい! 琥珀っ!!」
秋葉は急いで後を追って廊下に出るが、琥珀の姿はすでになかった。