710氏その2

710氏その2

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#読者参加型

 

 わたしには かこがありません
あのひ めをあけると わたしのあたまにはくうはくがあり
じぶんのことも このせかいのことも なにひとつわからないじぶんがいたのです
ゆめのようなそのなかで たしかだったのは ごしゅじんさまと 

 

どこかなつかしい しょうねんのかお

 

 

/bad end 1 「a pet.」

 

ドス、ドス、と暗闇に包まれた洋館に、重い足音が響く。
それだけではなく、足音の先からは豚のような鳴き声が時折聞こえ…
そして、ぴちゃり、ぴちゃりと何かが床に滴るが鳴り。
暗闇から、かつては巨人族の戦士であったもののなれの果てが、息を切らせながら姿を現した。
身体中から汗を流し、乳房からは母乳を滴らせ。
全身の肉を揺らしながら、のしのしと、重たげに歩くその姿には、彼女の面影など欠片もなく。
しかし、その表情には、どこか… 決意を感じさせながら、彼女は、洋館を歩き続ける。

 

そうして、何かに導かれるかのように、洋館の一角にある、扉の前に立つと―――
躊躇いもなく、斧を振り下ろした。

 

薄暗く、饐えた臭いのする部屋の中に、ランジェは無言で立ち入ると…
唐突に、部屋が光に包まれる。

 

「…おめでとう、ランジェ… 良く此処まで壊れずに辿りつけたわね?」
「ん、ご… ぶひ、ぃ…っ、エヴァ…」

 

話そうとするだけでも、自然と鼻が鳴ってしまうのか、話辛そうにしながらも、
ランジェはエヴァンジェに顔を向けると、名を呼んだ。
そんなランジェの様子にエヴァンジェは苦笑し… 愉悦に満ちた表情を見せながら、
パチン、と指を鳴らす。
それと同時に、ただの開けた空間だったその部屋は、姿を変えていく。
古びた木の壁は、まるで石膏を固めたかのように白くなり… 床は大理石で敷き詰められて。
そして、饐えた臭いの正体であろうモノが、壁際に姿を現した。

 

「な…っ、ふごぉ… あ、あれは…」
「どうかしら… 途中から煩かったから、オブジェにして見たのだけど」

 

エヴァンジェはオブジェと言い捨てたそれは、大凡人の形をしていなかった。
肉の塊、と言うべきだろうか。
かろうじて手足が見え、そして… 僅かに見える、顔らしきものにランジェは言葉を失う。
…それは、間違いなく… あの、山賊達と、その頭だったのだ。

 

「…ぶひっ、エヴァ、ンジェ… 彼等は、仲間じゃ…っ!!」
「私もそのつもりだったんだけどね? ランジェを弄ってたら、やりすぎだとか、
これ以上するなら容赦しない、とか言い出すから… つい、ね」

 

クスクスと愉快そうに哂うエヴァンジェに、ランジェは戦慄する。
…目の前に居るものは、もうランジェの思い出にいる、あのか弱い少女ではない。
タガが外れ、自制心の無い… 恐ろしい、イキモノなのだ、と。
今まで数多くの化け物と対峙してきたランジェに、そう悟らせるほどに…
エヴァンジェは、その少女とも言える容姿の中に、おぞましさを孕んでいた。

 

「でも良かった、ランジェが沢山罠に引っ掛かってくれて… 僅かな確率ではあるけれど、
もし最初から物置部屋を探してたら、どうしようかと思ったもの♪」
「…っ、ん、ご…ぉ… 少年は、どうした!?」

 

エヴァンジェは楽しそうに、歌うように呟きながら、ランジェに近付く。
ランジェは逃げだしたくなる自分の心を抑え込みながら…
必死に、此処に来た理由を探し… そして、叫んだ。
そんなランジェの様子に、エヴァンジェはクスクスと、口元を隠しながら…
パキンと、指を鳴らす。
その音に合わせて、天井から巨大な鳥籠のようなモノが降りてきて…
そこに入っている、見知った姿に… ランジェは、思わず叫んだ。

 

「ぶひ…っ、少年! 少年、少年!!」

 

檻を握り、ガシャガシャと鳴らしながら…
檻の中央でぐったりと横たわる少年の姿に、ランジェは叫び。
その様子にエヴァンジェは最初は愉快そうに… しかし、次第に眉を潜め。

 

「…離れなさい、ランジェ… そんな子供より、私の事でしょう?」
「ふ、ご…っ、エヴァ…っ、少年に、何をしたっ!?」

 

眼を覚まさない少年の姿に、ランジェは激昂するかのように叫ぶ。
エヴァンジェの表情は、その瞬間に凍りつき… そして、冷たく口を開いた。

 

「まだ何もしてないわ。けど… 忘れない事ね… この子の運命は、私の掌一つだと言う事を…」

 

そう言いながらエヴァンジェは壁に飾られた肉塊達に目を向けて。
その瞬間、掴みかかりたくなる気持ちを抑えながら、ランジェは… 小さく、言葉を漏らした。

 

「…どう、すれば… ぶひっ、いい…?」
「どうすれば? 何を言いたいのか、私には解らないわ」
「どう、すれは… 少年を、解放して、くれるんだ…? ぶ、ひ…っ、私なら、何をしても良い…
肉の塊にでも、化け物にでも、好きにしてくれていい…っ!!
だから… だから…っ、お願いだから、少年だけは…っ、ふご、ぉ… たすけ、て… くれ…」

 

ランジェの言葉に、思わずエヴァンジェは言葉を呑んだ。
まさかランジェが、ここまで少年に執着しているとは思っていなかった… と言うのもあるが、
何よりエヴァンジェには、何故そこまでするのかが理解できなかったから。
少年は、至って普通の子供だ。
別に何か特別な物がある訳でもなく、寧ろ普通よりもひ弱で脆い…
エヴァンジェの細腕でも、簡単に殺せてしまいそうなくらい、普通の少年なのだ。
だが、ランジェにとってはそうではないのは、今のランジェの様子を見れば明らかで。
何処か、羨ましそうに少年を見つめると… エヴァンジェは、言葉を吐いた。

 

「…私のモノになると、誓いなさい。永遠に、私の… 私にだけ愛され、
それ以外を何一つ欲さないと、誓って」
「それで…っ、ぶひっ、本当に… 少年は、解放して、くれるんだな…?」
「貴女に嘘は言わないわ… 巨人族の名に誓って本当よ」

 

エヴァンジェのその言葉に、ランジェは少しだけ考えて…そうして、顔を上げると、口を開く。

 

「…判った… 私は、永遠に… エヴァンジェだけに愛される事だけを望む、モノになろう」

 

その言葉と同時に、ランジェの身体が白い炎に包まれた。

 

「契約は為された… これで、貴女は永遠に私の愛玩動物よ、ランジェ」

 

恐らくはもう、その言葉さえ聞こえてはいないだろう。
ランジェは炎に包まれながら、姿を変えていって… 斧は灰になり、舞い上がり。
身体を包んでいたものは全て無くなって… どすん、と言う音と共に、四つん這いになって。
顔はいつの間にか、ヒトのそれにもどっていて… 鼻輪だけが残り。
尻尾は犬のように毛を纏った、柔らかそうなソレへと変わりながら、
耳もまたそれに準じたものへと。
しかし、体だけは…豚のように丸々とした、しかし触れると柔らかく心地の良い、
贅肉の塊へと変わり果てて。
丸々として、どこか愛らしい姿へと変わると… その場に、崩れ落ちた。
エヴァンジェはそんなランジェを細腕で抱える様にすると…
優しく、何処か寂しそうな顔をしながらランジェの身体を撫でて。
そして、少年を連れて、どこかへと消えていった。

 

 

/epilogue

 

「ほらランジェ、それにセレネ、ご飯よ?」
「はぁい、エヴァンジェさまぁ」
「今行きます」

 

窓から温かな光が射す、古びた小屋… そこには、風変わりな3人が暮らしていた。
一人は、巨人族であるにもかかわらず、少女のような身体をした女性。
一人は、幼いながらも美しい容姿を、ボロの服で包んだ少年。
一人は、幸せそうな笑みを絶やさない、丸々とした身体をしたペット。
彼女達はまるで親子のように、仲が良く。
世間と関わる事を避ける様に、人の決して立ち入らぬ場所で暮らしていた。
食卓を囲みながら、慎ましい食事を楽しみ… そして、不意に、セレネと呼ばれた少年が口を開く。

 

「…エヴァンジェさん」
「何、どうかしたの、セレネ?」
「どうして僕に此処まで良くしてくれるんですか?
何も知らずに、言葉さえも喋れなかった僕を…どうして」

 

そんなセレネの言葉にエヴァンジェは驚いたように… しかし、穏やかな笑みを浮かべる。

 

「別に理由なんかないわ… 何となく、よ」
「…いつもそう言いますけど… うーん」

 

何処か納得のいかないように首を捻るセレネに、エヴァンジェは苦笑して。
ガツガツと、品の無い食べ方をし始めたペットにの頭を軽く叩き、そして撫でた。

 

「コラ、ダメじゃないランジェ… もっと落ち着いて食べないと、喉を詰まらせちゃうわよ?」
「ん… はぁい、エヴァンジェさまぁ」
「あはは、もう… しょうがないなあ、ランジェってば」

 

しゅん、とした様子のペットに、セレネは可笑しそうに笑い…
そして、エヴァンジェも釣られるように、楽しそうに笑って。
そんな二人の様子をみて、堪らなく幸せになったのか… ペットも、満面の笑みを浮かべた。

 

そんな3人の生活は、何時までも続いていく。

 

これからも、いつまでも。

 

 

 

 

 

 僕には、過去がありません。
あの日、目をあけると僕の頭には空白があり。
自分のことも、この世界のことも… 何一つわからない自分がいたのです。
夢のようなその中で確かだったのは、エヴァンジェ様と… 何処か懐かしい、ランジェの顔。
そして僕はずっと此処で、エヴァンジェ様から学び、ランジェと戯れて、生きていきます。

 

 

 わたしには、きおくがありません。
じぶんがなにものだったのか、なにひとつしることなく、ここにいます。

 

 …けれど。
だからこそ、いまのしあわせがあるのだということも…
あるようなきが、するのです。

 

 

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