710氏その3
/プロローグ・佐藤 奈美
「…えっと」
前略、お母さん。
何処にでも居る普通の学生である私は今、猛烈に普通じゃない所にいます。
眼の前に居るのも、当然の如く普通の人ではありません。
というか人なのかどうかもあやしいです。
人っぽいのは凄くおっきな人とじゃれてる女の子だけです。
…これは、夢でしょうか?
「ん… また誰か来ましたの? 今度は随分変わった格好のヒューマンが来たみたいですけど」
「あ、ほんとだほんとだー♪ でも格好以外は結構普通っぽいよ?」
そんな私に興味を示したのか、その中でも人から最も離れた2人が、私の見つめてきました。
一人は見た目こそ普通の人なのですが、その… 白い羽を、パタパタとさせています…
ぶっちゃけ、天使みたいな格好をしてて…
そのくせ、何だか苛めっ子のような雰囲気を醸し出しています。
そして、もう一人… は、何というか… 凄く小さい身体で。
私の目の前をフワフワと飛びながら… 私の顔を、覗きこんできました。
「ねーねーおねーさん、名前は何て言うの?」
「妖精は礼儀も知らないのね、名前を聞く際は自分から名乗る物でしょう?
…失礼、私はシュー=ティラミス… 宜しくお願い致しますわね、冴えないヒューマンのお嬢さん」
…天使のような格好をしてるのに、なんだかひどい事を言われたような気がします。
そんな天使… ティラミスさんの様子を見ながら、小さな人も可愛く頬を膨らませて、
私の肩に乗ってきました。
「まったくもう、失礼しちゃうよねー。ボクはナツメグって言うんだ、宜しくね、
変わった格好のおねーさん♪」
「あ… わ、私は佐藤奈美、です… え、えっと… 宜しくね、ナツメグさん、ティラミスさん」
また少し失礼な事を言われたような気がしますが… 私も、二人に名乗る事にしました。
そんな私を見ると、二人は柔らかく微笑んで…
そこでようやく、二人が悪い人じゃないのを、私は理解した気がします。
「ん、自己紹介か… それじゃあ私たちも紹介するか」
「そうね、見た感じ嫌な子じゃないみたいだし…」
その声と同時に、私の周囲が急に暗くなりました。
頭上から聞こえた声に、目を向けると…
そこには、すっごく大きな女の人と、私と同じくらいの女の人が居たのです。
クラスの男子でも見た事が無いような大きさに、私は思わず…
頭から足先まで、硬直しちゃいました。
「私はパルヴァ=ランジェ、巨人族の戦士だ… 宜しくな、ナミ」
「私はオー=エヴァンジェ、同じく巨人族の戦士よ」
「あ… あ、あぁぁぁぁ、は、はい… よ、宜しくお願いします…」
ぎくしゃくとしか動かない身体で必死に挨拶をする私を見て、
二人は顔を見合わせると、可笑しそうに笑って。
そして、ランジェさんはぽむぽむと私の頭を撫でて、エヴァンジェさんはそれを…
何だか羨ましそうに見てて。
「あはは、そんなに緊張する事はないぞ。
ナミも、此処にいる全員と同様に手紙を見て来たんだろう?」
「手紙…え っと、願い事云々が書いてあった、アレですか?」
「ええ、そうですわね… 私もナツメグも、そこの2人もそれに導かれてきたのですわ」
ティラミスさんの言葉に、ランジェさんもエヴァンジェさんも、ナツメグさんも頷いて…
私も、思わず頷いちゃいました。
でも、何だか頭がぐるぐるしちゃいます… だって、目の前に居る人たちは、皆…
そう、皆、まるでおとぎ話に出てくるみたいな人ばっかりなんですから。
そんな混乱してる私の頭に、ふと… 気の抜けたようなアナウンスが響きました。
『ぴーんぽーんぱーんぽーん。参加者が全員集まったみたいなので、
これから今日のお仕事の内容を発表しまーす♪』
部屋に響くその声は、天井から届いてるようで…
良く見ると、天井にはスピーカーが飾られていました。
でも、他の人たちはキョロキョロと周囲を見渡してて…
天井をみても、まるでスピーカーなんて目が入ってないみたいで。
…ああそっか、この人たちはおとぎ話みたいな人たちだからスピーカーとかしらないんだなぁ、と、心の中で頷いていました。
『今日のお仕事はとっても簡単よー。
貴方達が今いる建物から脱出してくれれば、それでいいわ♪
但し制限時間は24時間、つまり一日ね… 各部屋には仕掛けもあるから、
慎重に行かないとだめよ〜?』
…なんだか、どこかで同じような話を聞いたような気がします。
こうして見知らぬ人が連れて来られて、立方体の部屋から脱出する、みたいな映画…
えっと、あれは確か… スプラッタじゃ、なかったっけ…
『…あ、ナミちゃん、安心して良いわよ? あの映画は参考にしたけど、
ここはあんなグロサスペンスでマジキチな場所じゃないから♪
でも脱出難易度は似たり寄ったりだけど… ああそうそう、もしギブアップならそう言ってね?
その時点でその人は救出してあげるからー… それじゃあ、スタートっ♪』
アナウンスさんの言葉に私が安心すると、他の人たちは首を傾げて…
でも、アナウンスさんがスタートを告げると、
溜息を吐きながら仕方ないと言った様子で笑みをこぼしました。
「…まあ、今の声の意図は解らないが… とりあえず、移動するか?」
「そうね、時間制限があるなら急いだ方がいいでしょうし…」
「あ、ボクは力仕事はパスね?」
「私もパスですわ… まあ、一番最初は私がやってもいいですけれど。
私が皆を引っ張ってあげても良いですのよ?」
眼の前で話し合いを始めた4人に、私は思わずぽかんとしてしまいました。
…なんて行動力だろう、と… 心の中で、4人を凄く羨ましく思います。
そんな事を考えていると、エヴァンジェさんが何も言わない私を不思議に思ったのか、
声をかけてきました。
「ナミはどうするのかしら?」
「え、と… 私は… その… 私も、手伝いますっ!」
緊張のあまり、ガチガチになって… 声を大きくしてそう言った私を見て、
エヴァンジェさん達はきょとんとすると… 楽しそうに笑みを作り、私の頭を撫でてくれました。
突然飛ばされた見知らぬ場所に、見知らぬ人たち。
でも、なんだか… 私は、今までになく、楽しい気分でいられる… そんな気が、しました。