710氏その7

710氏その7

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―――初めは、何を言われているのか理解できなかった。
突然家に警察が来て、逮捕状を突きつけられて。
全く身に覚えが無いと言うのに、その言葉は信じてもらえず。
取り調べさえされる事なく、自供した事になり… テレビや新聞には、
自分の名前が大きく載っていた。
『総理大臣の暗殺を目論んだ女子大生が逮捕される』
各々見出しは違う物の、内容は大まかに同じだった。
どれもこれも、身に覚えのないコメントばかりが書き連ねられたものばかり。

 

まるで、夢を見ているようだった。

 

自分は裁判にさえ出廷していないと言うのに出廷した事にされていて。
裁判では、どうやら自分は挑発的なコメントを繰り返していたらしく。
『無い事無い事』ばかりが、どんどん自分の前に積み重ねられていって。
そうして、いつの間にか… 何もしていない筈の私は、鉄の檻に入れられていた。

 

「…何故… 何故だ…?」

 

そう言って、自分を保つ。
考えても判る筈もない。
元より人間関係の薄い私だ、恨みを買った覚えもないし…
数少ない親友とも、つい先日笑顔で別れたばかり。
考えても、考えても、考えても、理由なんて出てこない。
出て来るはずが無いのだ、そもそも理由なんてないのだから。

 

部屋の隅で蹲り、自問自答を繰り返す私を、屈強な男が立ち上がらせる。
…いつの間にか、自分の檻には三人の男が入り込んでおり。
男たちはそれぞれ私を拘束すると、檻から別の場所へと連れ去っていった。
厳重に閉じられた鉄の扉の前に連れてこられると、そこで目隠しをされて、
今度は視界まで奪われる。
そうして、再び男たちに抱えられて、どれだけ歩いただろうか。
上っているのか、下っているのか。
前なのか、後ろなのかさえも解らず進んだ先で、
私は漸く目隠しを取られて…そして、男たちに降ろされた。
そこは、真中にテーブルが置かれた個室。
壁には時計が飾られ、本棚もあり、テレビまで完備されている。
そんな、刑務所にはまるでふさわしくない場所だった。
私は周囲を見回していると… 男たちはいつの間にか部屋から出ていて。
不用心に開かれた扉から、男たちとは別の、軽快な足音が響いてきた。
そうして、ひょっこりと顔を見せた男に… 私は目を見開く。

 

「…ようこそ、桐生さん。悪夢に苛まれる気分は如何かな?」

 

私の名前を呼ぶ、恰幅の良い小男には、見覚えがあった。
小太りながらも、センスの良い服に身を包み。
仕草の所々に上品さを感じさせながら、人の良い笑みを浮かべている、その男は。
紛れもなく、私と同じ科に所属していた―――

 

「…八雲… 貴様、何をしている…?」

 

―――八雲七子、その人だった。

 

「おや、桐生さんとも在ろう方が随分と鈍い事を言うんだね… まだ解らないのかい?」
「判らない訳があるまい、私を陥れ、此処に閉じ込めたのは… お前、なのだろうからな。
 そうでは無く、私は理由を聞いてるんだ」
「それは失礼… 安心したよ、此処まで来ても、変わってくれなくて」

 

そう言いながら、八雲は人の良い笑みを浮かべながら小さく肩を揺らしてみせる。
以前ならば興味さえ示さなかったその仕草は、何処か楽しげに見えて… それが、私を警戒させた。

 

「ほら、以前君をパーティーに誘ったのを覚えているかい?」
「…ああ、覚えている。あの日は友人の先約が有ったから断ったが…」
「そう、君は私の誘いを断ったんだ。…いや、恥ずかしい話なんだが女性に誘いを断られたのは
 アレが初めてでね。正味な話、あれ以来ずっと桐生さんに興味を惹かれていたんだ」

 

…まさか、と思わず声を漏らす。
まさか、そんな理由で、目の前の男は私をこんな目に合わせたと言うのだろうか?

 

「…だから、今回は少し強硬手段に出させてもらったんだよ。
 こうすれば、近くで桐生さんが変わっていくのを観察できるしね…
 ああ、そうそう。君に下った判決、覚えているかい?」
「―――終身刑、だろう。ふざけた話だがな」
「そう、だけど… それを聞いても君は瞳を濁らせていない。
 いや、実に興味深いんだよね… 私の予想だと、絶望の底で喘いでると思ってたからさ」

 

嗚呼、幾ら考えても判らない筈だ。
…目の前の八雲は、まるで子供が蟻の足を?据ぐ様な、そんな興味だけの行動で私を陥れたのだろう。
普通なら想像だけで留めておく筈の事を、実行してみせただけなのだ。
…方法は、まるで解らないが。

 

「と言う訳で… 私は、是非とも桐生さんが欲しいんだ。もしYESとさえ言ってくれるなら、
 今すぐ此処から出して… 元の生活を送れるようにしたって良い」
「…断る」
「だから… って、随分即決だねぇ。まあ、桐生さんらしいと言えば、らしいか…」

 

八雲はそう言うと苦笑して、軽く手をあげてみせる。
それと同時に、テーブルの真ん中が開いたかと思うと… どこか見覚えのある包装紙に包まれた、
ハンバーガーとポテト、それにジュースが姿を現した。
…余りに状況に合わないものが現れた事で、私の思考が一瞬止まる。

 

「…これが君に対する刑罰だよ、桐生さん。それを完食する事だけが、君への罰… ああ、
 当然薬とかは入ってないから安心してほしい」
「ふざけるな… どうせお前の事だ、何か他にあるのだろう?」
「心外だな、私はこう見えても公平を自負しているのだけど…
 …ああ、ただ… 出てくる物は必ず完食するんだよ? そうしないと…
 君の親友が不幸な目に会うかも知れないからね」
「…見下げ果てた男だな、八雲。こんな男と同じ学科だったとは、虫唾が走る」
「褒め言葉として受け取っておくよ… 思えば桐生さんとこんなに話したのは初めてかな?
 うん、中々に楽しかったよ… 普段の生活より、ずっと張り合いがあった…
 それじゃあ、今度はもっと沢山話せるよう、祈ってるよ」

 

心底嬉しそうに笑みを見せると、八雲は部屋から出ていって…
それと同時に、扉が重い音を立てて閉じた。
…私の鼻孔に、ジャンクフード特有の匂いが届く。
先程の八雲の言葉を思い返すと、私は苦々しく床を叩き…
そして、テーブルに着くと、ジャンクフードを食べ始めた。
味は、今までに食べた事が無いほど美味だったが… 先程の事を、
そして現状を思い返すと泥を食べているような気分にしかなれず。
…次会った時は、顔面を打ち抜いてやろうと、心に硬く誓いながら …
私は、コップに入ったコーラを飲み、ジャンクフードを完食したのである。

 

 

/登場人物

 

名前:桐生 楓
年齢:20
性別:女性
身長:168cm
体重:54kg
3サイズ:86・52・87
備考:
大学に通う、ごくごく普通の大学生。
人間関係を築く事に疎く、数少ない友人としか会話しない、無愛想な女性。
他人に興味を余り示す事はなく、容姿は美麗だが近寄りがたい雰囲気を出している。
冤罪で終身刑を受けて、刑務所の特別室に閉じ込められてしまった。

 

名前:八雲 七子(ななし)
年齢:20
性別:男性
身長:158cm
体重:75kg
備考:
大学に通う、裕福な大学生。
親が総理大臣であり、そのコネを利用して楓を陥れた。
人当たりの良さ、上品な雰囲気、そしてセンスの良さもあって万人に好かれてきたが、
ある日楓に誘いを断られて以来、楓に興味を持つ。
自分とは逆の性質を持っている楓に次第に入れ込むようになり、
とうとう刑務所の特別室に監禁してしまった。
普段の生活からはとても想像は出来ないが、興味を持ったモノに対する研究心は並大抵では無く、
その様には狂気さえ感じさせる。

 

 

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