風紀委員長 那須原紫の災難

風紀委員長 那須原紫の災難

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「それで、私に肥満化薬の流通ルートを調査して欲しい、と。」
満開高校風紀委員長、那須原 紫は手を組んで言った。

 

放課後の校舎。
野球部の練習のかけごえが聞こえる以外、いたって静かだ。

 

その校舎内の一室、「風紀委員会」と書かれた看板が下がった部屋で、
那須原は机をはさんで二人の女性と向き合っていた。
一人は20代後半だろうか、ばっさりと切りそろえたショートヘアで
さばさばとした感じの細身の女性。
もう一人は丸いお腹が目立つおとなしそうな女生徒である。
また、那須原の横には眼鏡をかけた女生徒がパソコンのキーボードを叩いていた。

 

ショートヘアの女性が言う。
「そうなんだ、那須原も担任から配られたプリントでみただろう。
現在、この町ではやっている、例の白い錠剤だよ。」
「ええ、私も知っています。穂波先生。」
「その薬を、この白水が校内で見たらしいんだ。」

 

那須原は女生徒に話しかけた。
「もう一度、薬を見た場所を詳しく話してくれるかな?」
白水はうつむきがちになりながら話し始めた。少し人見知りな性格なのだろう。

 

「え、えっと、あれは3日前のお昼休みのことでした。
私はお腹がすいてたから、食堂に早くいこうと思って一番に教室を出ました。
食堂の入口に着くと、他の生徒は誰もいなくて…。
給仕のおばちゃんも、一息いれていたのか、いませんでした。
ちょっと早く来すぎたかなって辺りを見回した時に、見たんです。
黒い服を着た女がスープの入った鍋に白い錠剤をいれているところを。」

 

「その女の顔とかは見えたかい?」
「えっと、湯気で顔までは分からなかったけど、肌の色が茶色でした。」
「ふーむ…」
「その後、給仕のおばちゃんが戻ってきて。「あら、こんなに早く来てたの?
ごめんね、休憩してて」って笑いながら注文を取ってくれたんですけど。」

 

「私は気になって尋ねてみたんです。
「新しい給仕の人がいませんでしたか?」って。
でもおばちゃんは「給仕は私一人だよ。」って言いました。」
「と、なると外部の人間か…。」
「でも、そのこともおばちゃんに尋ねてみたんです。
「誰か食堂に入ってきませんでしたか?」って。
でも、おばちゃんは「私は裏口で休んでたけどそんな人はいなかった。」って言いました。」

 

「つまり、その女は霧のように消えてしまったというわけか。」
「はい。それで私は気味が悪くなって。おばちゃんに「そのスープは変な物が入っているから
配らない方がいいよ」って言ったんですが、「私が作った料理にケチつける気かい?!」って
怒られてしまって。私は一応スープを頼まずに他の料理を頼んだんですけど…。」
「どこか具合が悪くなったんだな?」
「はい、その日から急に太りだして…。
いくら食べる量を減らしても次の朝には体重が増えているんです。
来週は大会なのに、もうどうしたらいいか…。」
白水はそこで言葉を切った。

 

穂波先生が言葉を継いだ。
「この白水は、私のクラスの生徒なんだが水泳部でも期待されててな、来週は地区大会なんだ。
白水に限らず、ここ数カ月間で太りだした生徒の数は多い。
町に太った女性が急増した時期から考えても、
これは町に肥満化薬をばらまいている犯人の仕業である可能性が高い。
これ以上被害が出る前に、風紀委員会に校内の調査を頼んで真相を解き明かしてほしい。」

 

「と、言いますと?」
「具体的には、白水が目撃した「褐色の肌の女」がウチの食堂の料理に
その薬をいれているという証拠をつかんでほしい。写真でも動画でもいい。
また、他の方法で校内に薬を持ち込んでいるなら、その証拠でもいい。
要は、薬が校内に出回っているという証拠さえつかめれば、後は私達教師が対策を講じる。」
「証拠うんぬんと言わず、すぐに対策を立てればいいではないですか?」
正義感の強い那須原はもどかしげに言った。

 

それを聞き、穂波先生はポリポリと頭をかきながら苦笑いを浮かべた。
「私もぜひそうしたいのだけど、校長以下、年配教師の腰が重くてね。「変な薬が入った食べ物を
食べさせていたことが分かれば保護者になんと言われるか」と怒られたよ。
余程確かな証拠がない限り、行動を起こすことでことを荒立てたくないらしい。」
「そんな…」

 

「けれど、私はこの異変は間違いなく町に肥満化薬をばらまいているやつの仕業だと思っている。
那須原も剣道部だから分かるだろう。白水のような体育会系の生徒にとって、
体形というのは非常に気になるポイントなんだ。
私はかわいい生徒達の思いをめちゃくちゃにしている犯人が許せなくてね。
老人連中には内緒で風紀委員会に調査を依頼することを決めた。」
「でも、勝手にそんなことをしていいのですか?」
「ははは、追及があった時は適当に言い訳してごまかしておくさ。
お前達は校内でどのように犯人が薬をばらまいているか調べてくれ。頼んだぞ!」
そういって穂波先生と白水は席をたった。

 

「分かりました!我々におまかせください!」
那須原は使命感を胸にはきはきと返事を返した。
白水は、その威勢に圧倒されて、しかし、丁寧な口調で
「よ、よろしくお願いしますね。」
とぺこりとお辞儀をした。

 

満開高校風紀委員会は伝統ある組織である。
創立以来、校内のトラブルシューターや折衝役として数々の貢献をしてきた。
役割の性質上、その組織のトップである風紀委員長は、
文武両道で正義感が強く、リーダーシップがある生徒しかなることができない。

 

那須原は第54代目の風紀委員長だ。
後ろで纏めたつややかな黒髪がトレードマーク。
一見スラリとした体に見えるが、その服の下には剣道で鍛え上げられた引き締まった筋肉がある。
常にきりりとむすばれた眉は凛々しく、人によっては近づきがたいという印象を与えるが、
間違ったことは許せない性質で弱者には優しい。
性格・能力とも風紀委員長に最も適任であると誰もが認めている。

 

穂波先生と白水が出て行ったあと、ずっと黙ってパソコンのキーボードを叩いていた女生徒が
モニターを少し見つめた後、口を開いた。
「さきほどの話の議事録を見直してみますと、どうやら犯人はスープ以外にも薬を
混入しているみたいですね。また、ざっと周囲の友達に聞きこんだ情報から類推すると、
この薬は女子にしか効かないようです。」
「そのようだな、鶴崎。ここ数日間、食堂を利用した女子生徒には、個人差はあれ、
何らかの影響が出ているといっていいだろう。不幸中の幸いというべきか、
ここで弁当を食べることの多い私達には被害が及んでいないようだがな。」

 

「しかし、事態は一刻を争います。
現に生徒の中には太りすぎで動けない者まで出ている始末です。」
「確かに早いところ犯人の証拠をつかみ、教師達に対策を講じさせる必要があるな。
鶴崎、何か良い案はあるか?」
「はい、私の考えによると犯人は食堂に戻ってくる可能性が一番高いと思われます。
犯人がなぜ薬をばらまいているのか分かりませんが、
給仕させる料理に薬を混ぜる方法が生徒達に効率的に薬を摂取させることができますから。」
「私もそう思う。よし、明日から食堂の張り込みを行うぞ!」

 

次の日。
那須原達を始めとした風紀委員達は、食堂のおばちゃんに頼みこみ、
昼休み中に食堂を見張ることにした。
調理場の裏口に鶴崎を含む3名、食堂の入口に那須原を含む8名が待機している。
連携をとりやすくするため全員がGPS付きの携帯電話を持っている。

 

キーンコーンカーン♪
昼休みのチャイムが鳴り、生徒達が食堂に集まってくる。
(今まで意識したことはなかったが、太った女子が目立った。)
褐色の肌をした女がいないか、委員達は目を皿にして見まわしている。
たまに肌の色が茶色の人物がいたかと思うと、それは日焼けした運動部員だったりする。

 

昼休みも残り10分となった。
「今日はこないんじゃないですか?」
一緒に入口を見張っていた風紀委員が那須原にいった。
「うむ、そうかもな…。」
その時、那須原の耳にキンキンした声が聞こえた。

 

「あの女、何のために俺達にこんな薬くれたんだろな。」
声の方を見ると、小瓶を持った茶髪の女生徒が数人の男子生徒達と話していた。
その小瓶の中には…白い錠剤。
那須原は茶髪の女生徒に詰め寄った。

 

「今の話をもう一度聞かせてくれないか?」
女生徒はひるんだようにわめいた。
「な、なんだよ!?お前?」
「風紀委員会だ。その薬を誰からもらった?」
「そ、そこの食堂のゴミ捨て場の裏で女にもらったんだよ。
「痩せる薬です。」とか言われて。」
「どんな女だった?」
「え、肌が茶色で釣り目だったな。」
「ありがとう!」
女生徒に礼をいって那須原は走り出した。
去り際に「その薬は使うんじゃないぞ!」と忠告を残して。
残された女生徒達は呆気に取られて彼女を見送っていた。

 

ゴミ捨て場の近くには細い路地に出る裏門がある。
那須原がゴミ捨て場に着くと、裏門から出ていく人影が見えた。
「よしっ!」
追いかけようとする那須原の後ろから、一緒に食堂の入口を見張っていた風紀委員が追いかけてきた。
「はぁ、はぁ、待ってください。校外への探索は管轄外じゃないですか。」
しかし、彼女の言葉は那須原の耳にははいらず、那須原はそのまま外へ出て行ってしまった。

 

 

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