風紀委員長 那須原紫の災難
私は門の外に飛び出し、辺りを見回した。
丁度、路地の角に黒い服の端が切れていくのが見えた。
「よしっ!」
大地を蹴って、走り出す。
あっというまに角を曲がる。
500m先にさっきの女が歩いているのが見えた。
私はさらに速度を上げた。
400m、300m、200m…
その差はみるみるうちに縮んでいく。
後もう少しで追いつこうとした時、女は廃ビルに逃げ込んだ。
私も続けてそのビルに飛び込んだ。
その時、ドアの陰からさっきの女が飛び出して、パンチを繰り出した。
私は冷静に手を使ってそれをいなし、女と間合いを取った。
「ほウ、あのパンチを受けるとはなかなかやるナ。」
心の底をひっかくようなざらざらした声で女は喋った。
私は近くにあった木の棒を手に取り、両手で構える。
「お前が食堂に薬を入れた犯人だな。」
「ふフ、私を倒すことができたら教えてやろウ。」
再度、女が顔を狙って殴りかかってきた。
女の拳を顔の前で棒を使って受け止め、そのまま胴を狙って振り下ろす。
ドゴッ。
鈍い音がした。相手の急所に打撃が入った音だ。
しかし、女は笑みを浮かべながら、棒をつかんだ。
「くくク、効かんナ。」
女が手に力をいれると、みしみしと音を立てて棒がへし折れた。
「ば、ばかな。さっきの一撃を喰らって!?」
「驚いている暇はないゾ。」
驚愕する私に女は容赦なく蹴りを喰らわした。
一瞬反応が遅れて、私の体は仰向けに倒れた。
「しまった!」
立ちあがろうとする私に女が乗っかった。
「人間にしてはまあまあな強さカ。
丁度いイ、新しい肥満化薬の実験台になってもらおウ。」
そう言って、女はふところから白い錠剤が入った小瓶を取り出した。
「何をする?!」
私は女を振り払おうとしたが、まるで鉛が載っているかのように重い。
「心配なイ。お前もデブの一員になれるのだからナ。」
女はにやりと笑みを浮かべながら、錠剤を取り出し、私の口に押し込んだ。
「ふむっ、んんんん!?んっ!」
ごくん、とそれを飲み込んでしまった。
女は私から降りて、にやにやと笑いながら、倒れたままの私を見下ろしている。
「ぷはっ。こ、この、よくも…んあっ!?」
体の芯が熱くなった。
「な、なに…!?」
熱は体全体へと伝わっていく。
そして。
ドクンッ。
「あ、ひゃあっ!?」
びくん、と体が痙攣した。
次の瞬間、お腹が締め付けられる感覚があった。
(スカートが小さくなっているのか!?)
お腹の辺りに手をやると、いつもは腹筋の堅い感触があるはずのところに、
マシュマロのように柔らかい感触があった。
しかも、そのマシュマロはどんどん大きくなって、指の隙間から膨れ上がっていくようだ。
お腹を見ると、まるで風船のように丸く、丸く膨らんでいく球形の物体が見えた。
それが大きくなるのに合わせて、制服の布地がぴちぴちに張りつめていく。
「ふ、太ってる!?私、太っている!?」
腕を上げてみると、筋肉が張り出したしっかりとした腕ではなく、
文化部のようなぷよんとした丸い腕に変わっていくのが見えた。
お尻を触ってみると、ぷるんとしたなんとも柔らかいクッションのような贅肉がついていく。
長年かけて鍛え上げてきた鋼の肉体が不節制の塊といえる脂肪で覆われ、変貌していく。
「う、くっ…」
苦し紛れに体をねじってみたものの、増大する肉が揺れるだけで肥満化は止まらず。
ただ、屈辱を押し殺してじっと我慢するしかなかった。
30秒くらい経っただろうか。ようやく肥満化は止まった。
「ずいぶんかわいらしい体になったナ。80kg前後というところカ。」
女がさも楽しげに言った。
私は変わり果ててしまった体を隠そうと腕で体を包み込むようにしながら、
顔から火がでそうなのを我慢して、できるだけ気丈に見えるように言い放った。
「そ、それがどうした!お前だけは絶対許さん。」
女に向かって突進していった。
けれども。
肥満した体はかつてのような俊敏さはなく。
右足を踏み込めば、ふくよかな尻肉が、ぶるんっ、と揺れ。
左足を踏みこれば、大きなお腹が、たぷんっ、と弾む。
もっと早く走りたいのに、体中についた贅肉が私の動きの邪魔をする。
「何ダ?そんなのたのたした動きでは蠅が止まるゾ。」
そう言って、女は私の胸を小突いた。
「うえっ!?」
私は尻もちをついた。
ドシーンと部屋が揺れる。
たっぷりとついたぶ厚い尻の脂肪のおかげで痛くはなかったけれど、
返ってそれがどのくらい太ったのか私に自覚させる。
「ふ、ぐ、くそっ。」
立ちあがろうとするが、お腹のお肉が邪魔でなかなか起き上がれない。
私が四苦八苦していると、部屋の扉が開き、
鶴崎を先頭にして学校に残してきた風紀委員達がなだれこんできた。
「ここよ!ここに委員長がいるはず!」
きょろきょろと室内をみまわした彼女達の視線が私で止まった。
「え、嘘…?!あれ…、委員長?どうしてそんな姿に…?」
鶴崎が手を口に当てた。
「気をつけろ!犯人が潜んでいるぞ!」
「えっ…」
とっさに委員達は交戦体勢をとろうとしたが、
それよりも早くねずみのようなスピードで女が彼女達をなぎ倒していく。
「お前達!」
私の叫びもむなしく、女は委員達に薬を飲み込ませていった。
「あっ、何これえええ!?」
「いやあああん!!」
薬をのみ込ませられた委員達の体がつぎつぎに膨れ上がっていく。
肥大する胸を押さえて苦しそうにあえぐ者。
制服のボタンが弾け飛び、肥満する体を隠そうとかがみこむ者。
お尻の自重でどすんと尻もちをつく者。
10名ほどの女子達が肥満していく様子は地獄絵図だった。
「き、貴様…」
歯ぎしりしている私に女が近寄ってきた。
「ははハ、いいざまじゃないカ。お前は『雌豚』にしてやってもいいんだがナ。
お前はこのままにしておいた方が後で面白いことになりそうダ。
今日は見逃してやル。」
その言葉を聞いた直後、首筋に衝撃が走り、目の前が真っ黒になった。