塵屑蟲

塵屑蟲

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何が 起こったのだろう。
どうして、こうなったのだろう。
何故、私がこんな目に遭わなければならないのだろうか。

 

 

――私は、不幸だ。

 

***

 

「ねぇ、なんか変な臭いしない?」
私と雑談をしていた友達が急に話題を変え、にやにや笑いながらそんな事を言った。
さっきまでしていた、今月発売されたCDの話題とは何の関係も無い話。
でも、私にはわかる。この友達が何を言っているのかわかる。
「ホントだ、なんか臭ーい。」
私はそんな返事を返す。
私の席は教室の真ん中の列にあるから、私の前に立っている友達には私の後ろ、
つまり、教室の後ろの扉の光景が見えてるハズだ。
「ちょっとコレ何の臭い?」
「なんか変な生き物でも入ってきたんじゃない?」
私の口からも、ちょっと笑いがこぼれる。
何が入ってきたのか、わざわざ振り向かなくてもわかる。
“あいつ”だ。いつも下ばっか向いて歩くキモい奴。
栗色の髪の毛を、首元で切りそろえたあの子。
同じ人間の女として生きてるのが嫌になるような根暗なあの子。
「うわー。来たよ、ゴミ子が。」

ゴミ子、くず子、虫。 全部あの子のあだ名。
そうやって呼ぶと、大抵あいつは返事もしないし、声も出さない。
目に涙を浮かべてたりする事は、あったかもしれない。
どの道、私にはどうでもいい。あの子キモいから。
「学校なんか来なきゃいいのに。」
「高2にもなって、自分が他人に迷惑かけてるってわかんないのかな?」
そう言って、私たちは笑う。別に、何かが特別におかしい訳じゃないけれど。
まぁ、いつものことだし。
「……。」
教室の後ろの方を、無言で歩いて隅にある自分の席に座るゴミ子。
自分の鞄を机の上に置いて、膝の上に握り拳を置いて、なんかブツブツ言ってる。
あ、泣きそう。マジキモい。
他の女子のグループの子も、「うわ、きもー。引くわー。」とか言ってる。
というか、この状態でよく学校に来れるね。そこはちょっと感心するわ。
「で、なんの話だったっけ。」
そんな事を言いつつ「あ、そうだった、それでね―」と、CDの話を続ける友達。

私はその話をボーっと聞きつつ、ふと気になった事を口に出した。
「そういえば今日 あっきー は?」
もうすぐホームルームが始まる時間なのに、いつも話をする友達が一人、今日は来ていない。
「あ、なんか昨日メール来たよ?じんましん出たって言ってた。今日は休みじゃない?」
ふーん。じんましん。蕁麻疹。何だろう、アレルギーかな?風邪じゃ無いあたり、珍しい休み方。
「そういえば、今日は休みが多いね?」
なんとなく、教室のメンバーが疎らな気がする。気のせいかな?
「そんなに多い?2〜3人でしょ?」
まあ、確かに女子が何人か休んでるだけで、男子は完全に出席っぽいね。
「そっか、私の気のせいか。」
別に気にする事でも無かったみたいだ。でも、何となく気になった。
昨日まで皆割と元気だったのに、何で突然休んでるんだろう。
まあ、約一名休むべき…というか、消えるべき奴は来てるけど。

 

***

 

「ねえ、ちょっと、委員会の事で、話があるの。」
今日の授業が全部終わって、さあ帰ろうと鞄を手に取った瞬間、ゴミ子に後ろから呼び止められた。
「…はぁ?」
私はできるだけ不満を顔に出して振り返る。
今日は部活も無いから早く帰れると思ったのに、こいつ、何の用だろう。
「委員会の事で、話があるの。ちょっと、委員会室に寄っていって。時間はかかんないから。」
ゴミ子は無表情でそんな事を言った。掠れて消えそうな声が耳障りだ。
「委員会?」
なんで?…ああそうか、こいつは新学期のクラス投票で、クラス代表を押し付けられたんだっけ。
もしかしてこいつが学校休まないのってそのせい?こいつ、そういう所はやたらマジメだしね。
「私」
「先に行ってて。私はとって来るモノがあるから。5分くらいで行くから。渡すものがあるの。」
そういってゴミ子は教室から出て行った。歩き方が幽霊みたいで気色悪い。
「このまま帰ってやろうかな。」
とも思ったけど、でも委員会の話か。渡すものって何?プリント?私個人に?

…そういうのは無視して帰ると後でめんどくさい事になるかも。
まあ、いいか。プリントだけもらったら後の話は全部聞き流して帰ろう。
あいつの声を聞いてると耳が腐るかもしれない。話とかは他の委員会の人に聞けばいいや。
私は、鞄を持ち直して教室を後にした。

 

***

 

「遅いし。」
委員会室に来てみれば誰もいないし、ゴミ子の分際で、人を待たせるとか何考えてんだろう。
「いいや、帰ろ。」
待たせたアレが悪い。私は悪くない。先生に何か言われても、全部ゴミ子のせいだしね。
委員会室の扉を開けて、外に出る。と同時に、ふと甘い香りがした気がした。
「―――――おまたせ。」
突然後ろから伸びた手が、私の鼻と口元に布のような物を押し当てた。
「!!?」
甘い香りが鼻の奥まで駆け抜けた後、接着剤のような苦い臭いが喉の奥に広がる。
と同時に足に力が入らなくなり、私は床に倒れた。
「大丈夫…。毒じゃ、ないよ…。眠り薬でも、ないよ…。」
仰向けに倒れた私を、ハンカチと自分の鞄を持った無表情のゴミ子が覗き込んでいた。
白い制服が、夕日を浴びて紅く見える。
体中の力が抜けて動けない。私は何をされたんだろう。
「な…なに…?」
息はできる。しゃべれる。でも大きな声は出ない。

「渡すものが、あるって、言ったでしょう?」
ゴミ子の死んだ魚のような目が私を覗き込んでいる。
「誰も、来ませんよ…。だれも、通らないんだよ…。だれも、いねぇんだよ…。」
焦点の定まらない目で私を見下ろしながら、ゴミ子がブツブツと喋る。怖い。
これは一体、何が起こっているのだろうか。
「…渡すものが…あるの…」

 

そう言ってゴミ子は、ハンカチのような布を鞄にしまって、
代わりに細長い試験管みたいな物を取り出した。
「…渡す、ものがあるの…」
試験管の中には液体に浸かった何か細いグネグネしたものが入っている。あれは何?一体なに?
「…はい…これ…」
ゴミ子は試験管のキャップを外して、床に倒れた私の頭をゆっくり持ち上げると、
私の口に試験管の中の物を流し込んだ。
「…!…!!?」
突然の出来事に頭の中が白くなる。吐き出そうとしても、それができない。
試験管の中身は私の喉の奥へ流れ込んでいく。
試験管の中身がなぜかピクピク動いていた事に、飲み込む瞬間気づいた。
「渡したから…」
ゴミ子は空になった試験管を鞄にしまうと、私の頭を膝に乗せて薄っすらと笑いを浮かべた。
「ざまあ…みろぉ…」
死んだ魚の様な目に、尋常じゃない色が宿る。怖い。何これ。
「…な…何…を…」

私の口から力のない声が漏れた。
「えへへ…あなた…きれいな髪の毛ね…。黒くて、少しウェーブしてて、長いなぁ…」
ゴミ子が私の髪の毛を弄ぶ。怖い。正気じゃない。
「私はゴミだから…こんなに汚いんだぁ…」
ゴミ子はそう言って自分のこめかみの髪の毛をゆっくり引っ張った。
ぶちぶちと音をたてて栗色の髪の毛が抜け落ちる。
「ひ…ひぃ…」
私の口から、さらに力の無い声が漏れる。本当は叫びたいくらい怖い。
「今あなたに渡したの…私からの、プレゼント…」
「な…?プレ…?」
「うん…。」
プレゼント?何のこと?というか、私は何を飲まされたんだろう。
「何を…飲ませた…の…?」
「今の、プレゼント?…あれはねぇ…蟲ですよー…。」
「虫…?」
「そう…蟲…ムシ…。」

ムシ?虫?蟲?何それ。何を飲まされたの?蟯虫?回虫?
途端に、お腹のあたりが気持ち悪くなってきた。
「いつものおれい…いつものしかえし…。へ…えへへへへぇ…。」
「し…しかえ…し?」
「そうだよー…。ホントはねー…。殺しちゃいたかったけどねー…?えへへ…ひひ…へひ…」
ゴミ子の口から狂気じみた笑いが漏れる。というか何?殺すって…?
「でもね…あなたにはね…?苦しんでもらいたいからね…?蟲をあげるね…?」
「な…。」
「この蟲はね…すごいの…。だって、あなたをお腹の中から…食べちゃうんだもの…」
「!?」
お腹の中から食べる!?なにそれ!?どういうこと!?
「い…いや…嫌…」
「えへへへへ…苦しんで…、しね…?」
今私の体の中で何が始まっているのだろう。虫に食べられる?ちょっとそれはシャレにならない。
「ふふ…すごい顔…。ねぇ、しぬの…怖い?」
ゴミ子が冷たい笑顔で私の顔を覗き込んだ。

「そうよね…怖いね…。じゃあ、助かる方法、教えてやるよ…。」
「な…?」
「その蟲はねー…?雑食なんだぜー?何でも食べるんですって…。おトク情報だなー?」
ゴミ子が笑顔のまま、おかしなしゃべり方で続ける。
「だからねー、ご飯とか?お菓子とか?ジュースとか?飲み物とか?
 たくさん食べれば助かるかもねー?蟲はそっちを食べるかもねー?」
「え…え…?」
どういう事?何を言っているの?

 

「ああ、病院に行って取ってもらうのは無しねー?
 そんなことしたら、ホントウの事、みんなに教えるから」
「何…を…?」
「あなたが…お腹の中の虫を取り出すために手術を受けたって。」
「な、何それ…」
「これであなたも、私と同じだね…。ね、“蟲子”ちゃん…?」
「…!!?」
「キタナイねー…。気持ち悪いねー…。みんな何て言うかなー…。」
「だ、だって…でも…これは私のせいじゃ…お前のせい…」
「証拠は?」
「…え?」
「ねぇ…何言ってるの…?…私が、そんな大胆な事、できるわけないじゃない…。
 いつも、あなた達に、ひどい事されてる私が、できるわけないじゃない…。」
「え…?は…?え…?」
「誰も見てないよ。絶対見てないの。へへ…えへへへへ…。」
そしてゴミ子は「じゃぁ、苦しんでね」と言い残して私の頭を床におろすと、

そのまま音もなく歩いて、教室の向こうの階段を降りて行った…

 

***

 

なんだ、今のは。
「…お腹の中から…食べられる…?」
教室の壁にもたれ掛って、さっきゴミ子に言われた事をくりかえす。
体は数分で動くようになった。けれど、今度はショックで立ち上がれなかった。
「…どういうこと…。」
さっき、あいつに何か飲まされたのは本当の事だ。
「虫…って…」
虫…?蟲…?何だろうそれは。
それを考えつつ、右手でお腹をさすってみる。今のところ、変な感じはしない。
「う、嘘に決まってる…」
そうだ、体の中から人間を食べる生き物なんて、そんなの…
そう考えて、自分を納得させていたその時――
「…っ…!!!?」
突然、私のお腹の…胃のあたりが痛み出した。
「ひっ…!?な…!?何これ…!あ…!?」
胃袋の内側を、何かがカリカリ引っ掻く感じ。激痛ではない。でも、痛い。

さっきの蟲が、私を食べているの?
「嫌…っ!?ひ…ゃぁ…」
どうしよう、どうしよう、死ぬ、死ぬ、どうすればいいの、どうしたらいいの、
そういえばあいつが何か言ってた、何を言ってたっけ、
「あ…あ…っ…」
そうだ、食べ物、何か代わりの物を食べれば、蟲もそっちを食べるって言ってた。
本当だろうか、痛い、信じられる話じゃない、痛い、今何か持ってたっけ、痛い。

 

パニックになりそうな頭を何とか平静に保ちつつ、私は必死に脇に置いてあった自分の鞄を漁る。
「あ…」
鞄の中には、昨日だか一昨日だか駅の売店で買ったクッキーみたいなお菓子が一本入っていた。
夢中で袋を破って口に押し込む。噛んでる時間が惜しい。数回噛んで、後は一気に飲み込む。
「ん…く…ぅ…」
粉っぽいお菓子を飲み込んで、しばらくお腹を押さえてうずくまる。これで大丈夫だろうか。
「あ…」
途端に、お腹の痛みが無くなった。さっきまでの腹痛が、嘘のように消えた。
「う…そ…」
本当なんだ。この蟲は、私を食べるんだ。私の体の中から。
今、代わりの餌を私が食べたからおとなしくなったこの蟲は、餌が私の胃の中から無くなったら、
次は私を食べるんだ。…何これ。私、死ぬの?
「何なの…?何なのよ…?」
何が 起こったのだろう。
どうして、こうなったのだろう。
何故、私がこんな目に遭わなければならないのだろうか…

 

 

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