塵屑蟲
2、
***
何処をどう歩いたのかわからない。電車にも乗った気がする。色々お菓子を買った気もする。
気づけば私は家に帰ってきていて、気づけば自分の部屋にいた。
「どう…しよう…」
部屋の壁を見つめたまま、お腹をさする。今、この中にはとんでもない“爆弾”が入っている。
病院に行けば、手術で取ってくれるだろうか。というか、信じてもらえるだろうか。
私のお腹には、私を食べる蟲が居ます。何だろう、精神科に通されそうな気がする。
「あの…ゴミ子…」
そうだ、もし仮に信じてもらえても、そんな事で病院に行けば絶対噂になる。
あの学校の女子たちは話が早いから、絶対に私の事が話題になる。
そして私は、寄生虫を病院で下した女、になる。
例えゴミ子のせいでも、それは事実だし、もしそうなったら私は学校に行けなくなる。
嫌だ、そんな噂は嫌だ。しかも私が死んだ場合でも、私の死因は瞬く間に噂になるだろう。
「や…だ…」
お腹をさする。妊娠したとか性病になったとかとは訳が違う。
日常生活ではあまりお目にかかれない変な女として、ずっとお笑い草になる。
私の知らない所で笑われる。
――嫌だ。
何としても、これは誰にもバレないようにしなくては。
そういえば、あいつはコレをみんなにバラすだろうか。
いや、大丈夫だ。そんな事をすれば、あいつが私にやった事も明るみに出るから、
さすがにそれは無いと思――
「!!?…ひ…ぃ…っ!?」
また胃が痛み出した。私のお腹の中の蟲が、餌が無くなったから他の餌を求めて暴れ始めた。
慌てて買ってきたお菓子の袋を破る。どこにでも売っているスナック菓子。
手を袋に突っ込んで、中身を鷲掴みにして口に運ぶ。噛む。飲み込む。
一袋食べ終わって、ようやくお腹の蟲はおとなしくなった。お腹の痛みが引いていく。
「……。」
そうだ、こうやって何か食べていれば大丈夫だ。
学校でも、今も、お腹の蟲は私が何かを食べればおとなしくなった。
いつも何かを食べていれば、私は死ぬことは無い。
この事が学校の皆にも、親にも、誰にもバレる事は無い。
「くそ…っ…」
一通り落ち着いたら、あいつへの怒りが込み上げてきた。
何で私が、あいつにこんな目に遭わされなきゃいけないの。
コンビニの袋から、チョコレートの箱を取り出す。
別にお腹は空いてないけど、でも蟲の餌が無くなると私が死ぬ。
明日はどうしよう。学校に行こうか。それとも休もうか。ゴミ子は学校に来るだろうか。
もし来ていたら、この蟲を何とかさせる。あ、チョコ美味しい。
「(む…むぐ…もぐ…)」
チョコレートの箱が空いたら、次はクッキーの袋を開ける。
何となく、何か食べていないと色々不安だった。
***
「ふぅー……」
夕飯の後、私はベッドに横になってお腹をさすった。
いつもの私からは考えられない位たくさん食べた。お腹が膨れて苦しい。
でも、これくらい食べれば寝ている間に胃が空になって蟲が暴れることも無いだろうか。
…ちょっと心配だな。
「…ラーメンでも作ろうかな。」
正直、もうお腹がいっぱいではち切れそうだったけれど、でも、
もっと食べておかないと万が一って事もあるかもしれない。
「…よい…しょ…」
お腹を抱えて起き上がる。夕飯の前に、買ってきたコンビニのお菓子を全部食べて、
さらに夕飯をいつもより多めに詰め込んだから、すっかりお腹がパンパンになってしまった。
ついこの前までダイエットしていたし、普段はあまりたくさんご飯を食べないようにしていたから
こんなに入るとは思わなかった。たとえお腹がいっぱいでも、無理に詰め込めば入るもんなんだ。
「…苦しい…」
座ってる姿勢がキツい。吐きそう。でも吐いたら駄目だ、蟲の餌が無くなる。
蟲ごと吐き出せる保証も全然無い。普通の寄生虫も、滅多に口から出たりはしないらしいし。
「う…。…ふぅ……ふ…ぅ…」
お腹を抱えて、壁に手をついて台所へ。たしか、家族が買い置きしてる即席ラーメンがあったはず。
「うう〜…」
ちょっと下を見ると、ポッコリ膨らんだ自分のお腹が視界に入って嫌になる。
一歩動く度にお腹の中がゆさゆさ揺れる感じがする。
なんだか体に水風船でもぶら下げているような感覚。
変な話だけれど、妊婦さんが歩く時はこんな感じなのかもしれない。
台所で即席ラーメンを作る。
さすがにもう、動くのもやっとなくらいお腹がいっぱいだから、作るのは一袋だけ。
「でもこれ、一人前だ。」
全部食べておけば明日の朝までに胃が空になる不安は少し無くなるけど、とても食べきれない。
仕方ないから、半分ほど食べて後は捨てる事にした。
「う…く…」
苦しい。お腹が爆発しそう。でも吐き出すわけにはいかない。
というよりも、いきなりこんなに食べて、家族に不審に思われるかもしれない。それも怖い。
理由なんて説明できる訳もない。家族にすら笑われてたまるか。
「あ、明日…ぜったい…コロす…」
明日ゴミ子に会って、とにかく解決方法を聞き出さないと。
じゃないと、いつまでもこんな事をしていたら、どうなるかわからない。何より、怖い。
「よ…いしょ…」
とりあえず、今日はお風呂に入って、寝よう。不安で怖くて、眠れるかはわからないけど。
とにかく明日は学校で、何事も無かったように振る舞わなくては。大丈夫、大丈夫だ…
***