太っちょマリアの大冒険
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やれやれ一安心と涙ぐんだ目をこすり洞窟の薄闇に目を移すと、そこには途方もない数のオオカミの群れがこちらを向いていることに気付いた。突然の侵入者に驚いている者や牙をむきだし今にでもとびかかってきそうな低い体勢で、唸り声を上げている者もいる。マリアの顔は真っ青になり、なにかいい考えを思いつく間もなく狼たちに捕えられてしまった。
オオカミどもは口に縄をくわえたまま、何度も彼女の周りをぐるぐると回った。彼女の目が洞窟の暗闇に慣れるまでには完全にからめ捕られてしまっていた。荒い縛り方ではあったが縄は丸々太ったマリアの体にギュウッと食い込み、さながらボンレスハムのよう。うんときつく縛られたため身動き一つできなかった。
マリアを縛っている縄はオオカミが旅人から奪ったものだった。そもそもオオカミというのは皆さんよく御存じの通り、自分で縄を編んだり、何か良いものを作ったりできるほど器用ではない。
このいまいましいオオカミどもは私たちがよく知っているそんなオオカミとは少し違う。悪神が滅ぼされてのち、かの者の一番の手下が犬を真似して作ったまがい物がこのオオカミどもである。わたしたちやマリアをはじめとする森の人たちのよく知るオオカミとは、このまがい物の血が犬との交配で徐々に薄れていったものなのだ。このデカくてくさい不快な奴らは、悪神の手下が旅人を襲わせてあらゆる者を分断させるために作った。悪神の部下が人間やその他種族の連合軍に倒されると、このオオカミどもは一気に勢いを弱め、残党狩りも相成ってほとんど根絶状態だった。
この洞穴には所々に扉やだらしない生活の跡などがあるが、元々は悪神により作られた闇の生き物どもが巣食い、ある英雄に退治されるまでカルカッタ国やその周辺中に幅を利かせていたのだ。そいつらがいなくなると、めっきり数を減らしたオオカミどもがあとから入ってきて勝手に住み着いた。いたるところにオオカミでは通れない細い小道や、使うはずもないギザギザの矢や槍、曲がった刀剣などが散らばっているのはそのためである。
オオカミどもの体躯はどんな大男よりも3倍以上は大きく、足が強くてどんなに急な山肌でも平原を走るのとそれほど変わらない速さで走れた。爪は大きくて鋭く、これにかかれば人間など紙を破くようにくしゃくしゃに引き裂かれてしまうだろう。尖った耳はいつもピンと張っていて、常に辺りをうかがっている。不気味な顔から突き出た鼻はたくさんの匂いをかぎ分けて、どんな暗闇でも獲物をしとめそこなったことがない。よく利く鼻の下では低いうなり声とともに、いつも鋭い牙が外に顔を出していた。
このオオカミどもを含めた闇の生き物には、まじないの効果はなかった。まじないとは良い人が良いことに使うものであり、その恩恵を受けられるのは良い心の持ち主だと決まっているからだ(マリア自身はこの「良い」魔法に心底うんざりしていたが)。闇の生き物たちが好きな魔法といえば黒魔術やら呪いやら、いたずらに相手を傷つけるような魔法ばかりをとかく好んだ。
そんな野蛮で卑しく残忍なオオカミたちに連れられるがまま、オオカミの中でも特に大きなこいつらの首領の前へと引き出された。マリアの体は大きく不安定で今にでも腹部の重みで前のめりになってしまいそう。必死に後ろへ反らそうとするが、後ろにも同じように分厚い背肉とブルンとした丸尻がつっかえてしまい、なんともぎこちない体勢で座らされる羽目になってしまった。
そんなことをしている彼女を見ながら、周りのオオカミが汚い言葉でこんな話をし始めた。
「ここいらの獲物はさいきん丸々と太って腹の足しにはなるが、ずいぶん大味だぞ。だけどあいつはこの前食った馬どもよりも、コロコロしててうまそうだ」
マリアは馬と聞いて自分がついてきた旅団のことを思い出した。皆は無事だろうか、とこんな状況でも本気で彼らのことを心配した。彼らはこの国を出る前にガリガリにやせ細ってしまい、そのままヒラヒラと風に流されて、運よく自分たちが出発した大きな町へとたどり着いていた。コロコロに太った馬と馬車だけが残されて、それをこのオオカミどもが漁った次第だった。治療を受けて早くも回復していた彼らだったが、肝心の魔法のビンを落としてきたことにはじめて気付き、町民からはどやされたりけなされたり、さんざんな目に合っていた。だれもマリアがビンを持って町に向かっていることなど露ほども知らないため、人々は絶望のどん底に落とされたような気持ちで日々を過ごしていた。
他のオオカミが先ほどの言葉にこたえてこうつぶやいた。
「ちげぇねえ、さっさととって食っちまおう。やつのぶっとい足は俺んだ」
そんなことばかり、首領に聞こえない程度の声の大きさで、いつまでもひそひそ言い合っていた。マリアはそんな話を聞き、内心気が気じゃなかったが、そんな話なんか聞こえなくてもオオカミどもの口元からだらだらこぼれている涎を見れば、誰の目にも一目瞭然だった。
あれこれと尋問を受けるうちに何とか逃げ出す方法はないかと、真っ白の頭に頑張ってひらめきの光を灯そうとしていた。
そんなマリアの努力は実ることなく、助けは意外にも自分の頭ではなく体の方からやってきた。今まで感じたことのないむずむずした感覚が、腹部を中心として全身に駆け巡った。さきほど、まじないの力やマリアの現在地について既に述べたが、このオオカミどもの居座っている洞窟はカルカッタ国のほとんど端っこにあり、まじないの効果が最も顕著な場所だ。そしてとうとうまじないの波がマリアの体にまで響きわたった。
彼女の体は今までになかったほど唐突に、バッッ!と大きく膨らみ、特に大きく膨らんだ腹部が彼女を縛っていた縄を裂き、デーン!と顔を表した。一番驚いたのはマリアだったが、それに負けじと呆気にとられていたのはオオカミどもも同じだった。一瞬の間をおいて、マリアの縄がちぎれていることに改めて気づくと、彼女が逃げ出さないように(そんなこと、この体ではできるはずもないが)押さえつけようと周りにいた護衛の者たちがマリアめがけて一斉に飛びかかった。
ところが彼らはちょうどマリアの体があったところでお互いに勢いよく頭をぶつけて、頭の上に星が飛んでいるのを見ることとなった。それというのも、マリアが何か特別強い魔法を使って姿を消したとかそういうのではない。彼女のあまりの重さによって、すでに使い古されてボロボロだった岩屋の床がバコッとはずれて岩ごと下に落っこちてしまったのだ。
下の空間には日の光もほとんど入ってこなくて、マリアの目が慣れるまでに、またさらに時間がかかった。上の方からは何匹かの目を回したオオカミがボトボトと落ちてきて、受け身をとることもなくビターンと岩にたたきつけられた。マリアの方は幸いにも分厚い尻肉がクッション代わりとなった。木から落ちた時よりもブルブルと全身が揺れたものの、けがをすることなく下に降りることができた。
マリアは息を切らしながらよいしょと言わんばかりにぐっと足に力を入れて、重たそうに立ち上がりそのまま一目散に奥へと逃げ出した。オオカミたちは急な傾斜なら何でもござれと走り回れるが、この穴のようにとても高くてかつ飛び込めばそのまま下へ落ちる場所はうんと嫌いだった。彼らの体はとても頑丈ではあるが、どんなことであれ自分が傷つくのを一番嫌い、また自分を犠牲にできる勇気も持ち合わせていなかった。
穴の前で何匹かが、痛い目でも見たときみたいに高い音でのどを鳴らしながら渋っていると、怒った首領の大オオカミがさっさと行けというそぶりで、彼らを後ろからドンと小突いて穴の中に押し入れた。ちっともかわいそうとは思わないが、オオカミどもはたいそう悲壮な叫び声を上げながら落ちていき、何匹かは受け身に成功してそのままマリアを追いかけた。そしてその半数以上は先ほど穴に落ちたオオカミどもと同様、岩にビターンとたたきつけられて泡を吹いて倒れていた。
オオカミどもがそんなことをしている間にも、マリアはどんどん洞窟の出口へと迫っていた。うねうねとつづく道の角を曲がると、突然パァッと目の前が明るくなった。それは出口から壁に空いた大きめの亀裂へとにじみ出る、外の日の光だった。
マリアこれで一安心し、出口まで一気に駆け抜けた。すぐ後ろには狼たちの走る音が聞こえていたため、これ以上道を迂回して逃げることは無理なように思え、いちかばちか壁の亀裂へと躍り込んだ。
亀裂は大きく縦に伸びて、オオカミはともかくマリアの大きさなら多少きついが抜けられるほどの幅があった。しかし不運にも例のまじないの波が押し寄せ、その穴を通っている真っ最中のマリアをさらにコロッと大きく膨らませた。たかをくくって真正面から突っ込んだマリアは、さらに肥え太くなった腰回りと横腹の肉がみちっとつかえてしまい、すっかり岩の間にはまってしまった。
彼女は必死に身をよじろうとしたが、全身がきっちり収まっているためもはや動くことすら叶わなかった。万事休すと思ったその時、とうとうオオカミたちがマリアに追いついた。オオカミたちは大変興奮しており、仲間を傷つけられた怒りと、首領にせかされ必死に走ってきたのと、またいきなり目の前がまぶしくなったこととで、マリアが身動きできない状態だと冷静に判断することができなかった。
追い付いたオオカミのうち一匹がマリアを押し倒して捕まえようと、彼女の背中に前足から勢いよく飛びかかった。しかし彼女の体はみっちり固定されてしまっているため、オオカミが思っていたようにうまい具合に前のめりにはならず、むしろ背中の弾力で自分の方がボーンと飛ばされ、他のオオカミにぶつかった。あまりにすごい勢いだっため(もちろんマリアはそのことをちっとも誇らしく思っていないが)、ぶつかられたオオカミたちはビリヤードの玉のようにさらに多くの者を巻き込みながらあちこちに飛んでいき、ごつごつした壁や地面に思いきり頭をぶつけて意識を失った。
背肉を押されたおかげでオオカミが吹っ飛ぶのとほぼ同じタイミングに、岩からスポンと抜け出せたマリアが向こう側へ前のめりに倒れた。倒れたといってもポンポンのお腹と胸のおかげで、手が地面に触れることはなかった。今の状況にホッとするとともに、このプヨプヨの体や今の体勢を何とも情けなく思い、顔から火が出る思いだった(すでに疲れで顔は真っ赤になっているがそれ以上に赤くなった)。手が届かないためなんとか体を揺り起こし、悔しがっているオオカミを後にそのまま洞窟から表へ飛び出していった。結果的には追っ手をまき、近道まですることができて大変幸運だったのだが、彼女自身はあんな怖くて恥ずかしい思いは二度としたくないと心から思った。
その後も別の出口からはい出たオオカミどもがマリアを追いかけた。まったく大した悪知恵の働くやつらで、怒り狂いながら先頭を走る首領の命令で先回りして前と後ろから追いつめようということになった。そして森も終わりかけになり、カルカッタ野へと続く下り坂の茂みでマリアを待ち伏せしていた。オオカミたちが息を切らして走ってきたマリアの前にバッとあらわれ、それに驚いたマリアの足はもつれて急な坂道をゴロゴロと横周りに転がり出した。
このころにはマリアの大きさも彼らとほとんど変わらず、また斜面を転がるのに適した球体に近い体になっていたため、オオカミたちはボーリングのピンのごとくなぎ倒された。待ち伏せ作戦は失敗に終わり、後ろから追いかけてきていたオオカミどももかんかんになって、さらに足を素早く動かし出した。すっかり目を回したマリアは気持ち悪さで青ざめ、口元を手で押さえながら先へ進んで行った。
とうとう国境であるカルカッタ野にさしかかった。彼女の町まであと少しだ。
「やっと着いたのね。ハァ、ハァ、おえっぷ・・・うぅ気持ち悪い・・・」
あまり整備されていない道を転がったことで、なんだかひりひりする背中やお腹をさすりながら(ことにお腹は抱えるように持ち上げながら)、マリアは最後の力を振り絞った。
しかし平野でオオカミの速さにかなうはずもなく、あっという間に追いつかれてしまった。彼女が元の体系だったとしても結果は同じだろう。もうだめかと思われたその時、谷の町で町長がいっていたことを思い出した。
「ただ一滴あればいいんです。一滴でもあれば大きな果実の木が瞬く間に実りますからね。それ以上は気が育ちすぎて大変なことになるので、絶対にしてはいけませんよ」
太ってしまったことに動揺して彼女はきちんと聞いていなかったのだが、耳を通して頭に入ってきていた内容はちゃんと残っていたのだ。
マリアは腰にぶら下げてあったビンを持ち、ふたを開けてオオカミどもの前の地面に水を撒いた。水が同じ新緑の色をした草をつたって地面に落ちると、突然激しい地震のような揺れがマリアとオオカミどもを襲った。すると揺れが収まった途端に、水を撒いたところから今まで見たこともない一本の巨木が地面から吹き出すように現れた。
あまりのことにマリアはその場で大きな尻餅をついたが、オオカミどもは邪悪な首領も含めて、そのまま木のてっぺんまで連れて行かれてしまった。こうなってしまっては完全にオオカミどもの負けだった。あっかんべーをして立ち去っていくマリアの後姿を見ながら、恨みのこもった遠吠えを上げるしかなかった。
その後マリアは近くにあった宿屋から、町まで出ている定期便の馬車に乗り故郷へと凱旋した。この旅の中で一番恥ずかしい思いをしたのがこの馬車の中だった。
一人で男三人分もの席を占有してしまい、同乗者は目を丸くして彼女のことをヒソヒソ噂していた。やれ異国から腕自慢の女戦士が道場破りに来ただとか、現世に姿を現した豊穣の女神だとか、とにかくいろんな話が飛び交った。新しい同乗者が加わるたびにそんな話で盛り上がるものだから、リンゴのように赤い顔を両手で隠したい気持ちを抑えて、寝たふりを決め込むしかなかった。そうでもしないとしどろもどろになったしゃべり口調のせいで、余計に恥ずかしくなるからだ。
町へ着いたマリアは驚く友人や知人をしり目に、真っ先におじとおばの待つ懐かしの我が家へと向かった。二人は一週間以上前から行方不明になっていたマリアのことをたいそう心配していたが、彼女の姿を見ても最初は誰だかわからなかった。そして目の前にどっしり構えているのが愛しの姪マリアだと知ると、喜びとひっくり返るほどの仰天とで、二人ともカクッと腰を抜かしてしまった。
すっかり膨れ上がってしまったポチャッとした顔立ちには、森の人の開拓地で一番の美人といわれていた亡き母の愛らしさがしっかり残っていたため、その大きいどんぐりのような女性がマリアだと確認できたのだ。
マリアは二人に深く謝り、おじとおばも少し叱責しただけでそれ以上は怒ろうとせず、よく戻ってきたと腕を大きく広げて優しく抱擁した(手は背中まで届かなかった)。
そのあとすぐに町の統領の下へ行ったが、彼女のことをよく知る彼もまたびっくり仰天した。こちらの方は、飲んでいた最後のブドウ酒を口から全部吹き出してしまった。マリアが事の顛末を説明して残り少ない魔法の水が入ったビンを、重たい腕を持ち上げて手渡した。町一番のおてんば娘もこうなっては形無しだな、と統領はしみじみ思いつつ、マリアの旅の成功をたたえた。
それから町の外にまかれた水が、カルカッタ野のものよりも大分低い木を生やした。その木からとれた果実の種を別の地面に埋めると、その種からはすぐに芽が出て、三日も経たぬうちに最初に生えた木と同じように甘い果実を実らせるようになった。
マリアはそれからしばらくして、強い魔力を持つ魔法使いの治療により完全に元の姿に戻ることができた。飢えることがなくなった町は活力を取り戻し、ふたたび国中が幸せな顔で溢れかえった。国はマリアの功績をたたえて、詩人や芸術家はこぞって彼女の物語や肖像画などをつくった。
絵が描かれたのは彼女の体が元に戻る前だった。イヤイヤと首を横に振り嫌がる彼女を面白がった良き友人たちが、どうしてもとせがむ画家の申し出を引き受けてマリアを説得したのだ。
完成した肖像画の顔はキリっと勇ましく描かれていたが、実際には半ベソをかきながら大勢のギャラリーの視線に身を震わせて耐え忍んでいたのだった。元の体に戻った今でも、その絵を描かれていた時を思い出すだけでカッと顔が熱くなり、目には薄く涙が浮かぶ。
町の中心では数々の偉人や物語の英雄たちの彫刻と並び、彼女の像がたてられた。こちらも絵画と同様に太っていた時の彼女をモチーフに彫られていた。しかしマリア自身の申し立てでずいぶん修正が加わり、結局元の彼女の体をかたどるということで、職人との話に決着がついた。
物語はあっという間に国中に伝播され、話が大分盛られたり改変されたりした(それでも本物のマリアの大きさと、その冒険の迫力には到底及ばなかった)。なかにはニッチな趣味の者たちが彼女の話を好んでしたてあげ、後に伝記物としてその界隈の人たちに長い間親しまれるものとなった。
このようにあまりに恥ずかしい思いをしたため、旅の療養もかねて第一の生まれ故郷である森へ久々にひとり戻ることにした。しかし森の開拓地中でもマリアの大冒険はすでに語り草となっていた。ここ数年あっていなかった知人を訪ねていくと、森の子どもたちからは話をせがまれ、あらゆる人から大歓迎を受けた。嬉しくはあったが恥ずかしくもあり、とてもゆっくり休めるものではなかった。
森の人々は特にオオカミに一泡吹かせてやったところが、たいそう気に入った様子だった。森の開拓民とオオカミとは古くから因縁深い関係で、今回のマリアの活躍はすこぶる愉快だったのだ。しかもマリアは森の民出身ということで、その喜びようたるや凄まじかった。
何週間かの間、歓迎を受けたマリアはすっかり気分を良くして町へと帰っていった。その頃にはたくさん飲み食いをさせられたおかげで、大分ふっくらとしてしまっていた。しかし毎日のようにブドウ酒をすすめられ、今朝もまた例に漏れず、駆け付けいっぱいご馳走になってきたマリアは、そんなことに気付くはずもなくほろ酔い気分に浸っていた。町に近づくに連れてヒイコラ抱えていたポンと出っ張ったお腹に気付き始めると、体中を触りだした(本人は撫でる程度のつもりだが、分厚い肉のせいで揉みしだいているように見えてしまう)。冷静に体を見回して思わず叫びそうになり、あのドンチャン騒ぎを死ぬほど後悔することになったのはもう少し後の話だ。
これからも彼女は、また新しい冒険を見つけてすっかりやつれて戻ってくることになるが、そのたびに、また森の人との宴会でふっくらとした体付きになり何度も後悔することになる。ともあれ彼女の最初の冒険はひとまずここで幕を閉じる。彼女は晩年にいたるまで暖かな人々の祝福を受けて、生活をしたそうだ。
余談であるが、あの後、木に取り残された悪いオオカミたちは、とうとう下へ降りることが叶わなかった。あの事件以来、森からはオオカミの姿がぱったりと消えた。それもそのはず、マリアを追ってきたオオカミたちは全部木の上で死んでしまったからだ。
カルカッタの平原には、枯れた黒焦げの巨木が一本そびえたっているだけで、オオカミどもの姿かたちは足跡一つも見つからなかったという。うわさ好きの人々により、北から来た火吹き竜にちょっかいを出して焼き殺されたとも、魔法使いに木ごと焼き払われたとも、討伐隊によって駆除されたとも伝えられている。しかし実際にはあの追跡劇の後、雲行きがすこぶる悪くなり行き場を求めた雷が巨木に直撃してオオカミごと焼き払ったというのが本当の話だ。
あの巨木にまつわる物語としてマリアの話は今日まで脈々と語り継がれている。「大きなマリアの物語」「枯れ木とオオカミの歌」「オオカミ退治のマリア」と、さまざまな名前で人々に親しまれている。彼女の通り名は「大マリア」(偉「大」なるマリアや、体の「大」きなマリアなど諸説ある)となり、高名な冒険者としてその後も様々な冒険に名を記すこととなる。
終わり
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