英雄サーシャと不思議な薬

英雄サーシャと不思議な薬

前へ   5/5   次へ

 

 

サーシャが元の体型を取り戻してから幾日かが過ぎた頃、諸国連合から特命を携えた使いの者がサルコス領へとやって来た。要件は、サーシャをこちら側諸国とサラーン国方面とを結びつけるための代表者、サラーン大使に任命したいというものだった。これにはサラーン国の要望が強く込められていて、どうしてもサーシャじゃなければ嫌だと言って聞かなかったそうだ。

 

大使とは重責であると同時に、交渉次第では諸国よりも圧倒的に有利に立つことができる。いわば特権階級である。それもこれからますます需要が伸びるであろうサラーン国との大使に任命するというのだから、異例の大出世である。

 

かのサイゼン国にて良い思い出はたくさんあったものの、悪い思い出が鮮烈すぎて、サーシャは一瞬ためらった。しかし自分がここで断れば、サラーンとの友好関係が崩れるかもしれないと懸念し、大使の任を受諾した。

 

早速諸国連合の代表者として、再びサイゼン国へと出かけることになった。サイゼン国は今やサラーンとの交流で、物も人も大量に行き来していた。サイゼンからサラーンへと続く荒れ地には、道が作られて整備されていた。定期的に巡回の兵も出ているため、数を減らした魔物もうかつに人を襲うことはできなかった。

 

サーシャは今まで世話になった面々にあいさつを済ませて大使館に到着すると、あの時の学者がサラーン人と同席して何か話していた。

 

「おお、サーシャ殿!久しいですな。あの時はとんだ失礼をいたしました。まさかあのような効能があるとは露知らず、量も少なかったためろくに実験もできませなんだ。一応動物や人体での実験も行ったはずでしたが、何の変化も起きなかったため、フェロモンか何かを発生させるものだとばかり・・・。後になって調べたところ、どうやら植物の成長を促すものだったらしく、サーシャ様がよく召し上がり体内に吸収されていた、花の実に強く反応したのでしょう。」

 

「過ぎたことです。もうよいではありませぬか。結果的にサイゼンを救うことにもなりました。あれは英断ですよ。」

 

「ありがたい。そう仰っていただければ、こちらも心が軽くなりますわい。ところで、今一つ困ったことが起こっていましてな。あちらにサラーン大使の方が見えているのですが、「女神を出せ」といって聞かないのです。おそらくサーシャ様のことでしょうな。ささ、支度は整っております。どうぞ中へお入りください。」

 

サーシャが部屋に入ると、ふてくされたサラーン人の大使が椅子に腰かけていた。この男もあの騒動の際にサラーンの陣営にいて、サーシャの姿を目撃していた。入ってきた女性がサーシャだと気付くと目の色を変えて、顔もパァッと明るくなった。しかしそれと同時に少し残念そうでもあった。

 

「これはこれは、わが主殿!少し見ない間に随分と痩せこけてしまいましたなぁ・・・」

 

「あ、主・・・?」
「(あれが彼らなりのあいさつの仕方なのです。)」

 

戸惑うサーシャに同席していた文官騎士が小声で口添えをした。この男はなかなか友好的で、サラーン大使は続けてサーシャと色々と話し、様々な取り決めを行った。そして話もまとまったと思われたころ、サラーンの大使が一つ条件を出してきた。

 

自分たちサラーン大使とかかわる際、及びサーシャがサラーンに大使として赴く際には、ぜひまたあの恰幅の良い姿でいて欲しいというものだった。サーシャは一瞬耳を疑った。しかし、それが聞き間違いでない事を理解すると、どっと冷や汗が噴出した。

 

「・・・つまり、こういうことでしょうか?私にあの時のようなずんぐりむっくりの体系に戻れと・・・?」

 

「はい、もちろんです!あの時のあなたは実に美しかった!まさに女神です!本国の方では、既にあなたを模した新興宗教まで普及し始めていますよ。」

 

サーシャは頭を抱えて顔を伏せた。しかもこの要請を無下にすれば、また戦争になるかもしれない。自分ひとりの損得であっさり決めてしまえるものではなかった。しかしあんな辛い思いはもう二度としたくない。騎士にはどんな苦痛にも耐えることが原則として求められる。どのような困難をも乗り越えて民を守ると誓った彼女だが、あの辱めと過酷な減量には、そう何度も耐えられそうになかった。

 

サーシャが悩んでいると、あの学者がサラーン人にひとこと断りを入れて、サーシャを廊下に連れ出した。そして懐から見覚えのある小瓶を取り出してサーシャに手渡した。

 

「これをお使いくだされ。」

 

「・・・これはあの時の」

 

「さようで。」

 

「・・・・・・」

 

学者を憎らしげに軽く睨み付ける。近所のいたずら坊主に対して、その辺の大人が怒るのと同じような渋い顔だ。しかし学者は臆することも、悪びれもしない。

 

「大丈夫ですよ。今回はきちんと解毒剤を用意できていますからね。」

 

これから起ころうとしている嫌な出来事の予感に、サーシャの声が震え気味になる。

 

「違う、違うんだ・・・そういう問題じゃあ・・・」

 

 

そうこうしている内に部屋にいたサラーン大使の声が届いた。

 

「おうい!何をしておいでか!まだ神聖なる交渉の途中ですぞ。あまり長い間、席を外されては困りますよ。」

 

二人はそそくさと部屋に戻った。サーシャの手には例の小瓶が握られたままだった。

 

「学者殿、あまり我らが女神を独占されては、サラーン神の嫉妬を買いまするぞ。」
「いやはや、面目ない。」

 

このふたりは以前からの知り合いらしく、訳のわからない冗談を飛ばし合っては、同席していた文官騎士を困惑させていた。特に今日にいたっては、ご所望であったサーシャと対面することができたことで、なかなか良い機嫌であった。しかし、最大のお目当てはやはりサーシャの巨体であったため、少し拍子抜けといったところだった。

 

ここで引いては後の外交にひびく。サーシャの鋭い勘が働き、ここで涙をこらえて一気にたたみかけることにした。サーシャは部屋氏はいり立ったままの体勢で、小瓶の中身を飲み干した。

 

ドムンという鈍い音を立てて、サーシャの体は勢い良く膨らんだ。ご丁寧に人体により吸収されやすく改良されていたようで、以前にも増して体の膨らみ具合は大きかった。暴食という下地がない分、以前よりも体は小さいが、それでも見るからに健康体そのものだった年ごろの可憐な乙女が、一瞬で極度の肥満体に変貌する様は、見ていてとても壮観なものさえ感じられた。

 

そして、やはりこの変容の仕方には慣れない。またもや脂肪に圧迫されたことによって、「うぅっぷ」という苦しそうな小高い声を漏らしてしまった。しっかりと止められていたベルトは、数秒ほど耐えはしたものの、見事に育った腹に押し出されて、パチーンと小気味よい音を立てて引き裂けた。ボタンも全てはじき飛んでゆき、胸元あたりでは下着まであらわとなった。

 

(耐えろ・・・耐えるんだサーシャ・・・、これも国のため、民のため。うぅ・・・消えてしまいたい・・・。服が小さくて苦しい・・・)

 

「おぉ!おおおぉ!信じられない!素晴らしい!間違いない、まさにあなたこそが私が探し求めていた女神様だ!」

 

ただただ唖然としている文官騎士をよそに、サラーン大使は大音声でありったけの喜びを表現した。サーシャの身を削る(つけるといった方が正しいのか、心は削れているが)働きにより、今回の交渉は連合諸国にとって大いに実りあるものとなった。

 

その後すぐに解毒剤で元の姿に戻れたことで、サーシャはほっとした。しかし、それもつかの間。また幾度となく、このような席で肥薬を飲む羽目になり、解毒剤の生産が追い付かず、しばらく太ったまま生活することも多々あった。サラーン国に赴いたさいには薬を飲めば喜ばれ、そのまま仕方なく町へ出れば引手あまたという状態であった。

 

それでも肥満体が何だか情けなく思える恥じらいの心がなくなることはなかった。また薬を飲んだ際に生じる、あの圧迫感にも決して慣れることはなかった。ともかく、用がないときは解毒剤があれば速やかに元に戻っていた。バルゴにも「二度とあんな姿は見せないのではなかったのか?」とからかわれるのが嫌で、帰国するときには必ず解毒剤を服用するようにしていた。それでも噂は届いてしまい、またバルゴをはじめ、仲の良い家の者たちにさんざん茶化されたりいたずらされた。不思議と不快ではなかったが、やはりとても恥ずかしいことに変わりはなかった。

 

そんなこんなで内政、外交、武勇に美貌と、多方面で才覚を見せたサーシャであったが、文献により彼女の体格があまりに不自然にコロコロ変わったりして、研究者の頭を大いに悩ませている原因が、あの不思議な薬のせいだということは未だに知られていない。

 

 

 

「英雄サーシャと不思議な薬」 完

 

 

前へ   5/5   次へ


トップページ 肥満化SS Gallery(個別なし) Gallery(個別あり) Database