英雄サーシャと不思議な薬

英雄サーシャと不思議な薬

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 サーシャがサイゼン国の人質となってから数ヶ月が過ぎた。その頃ようやくサルコス家の方での小競り合いに区切りがつき、身代金が届けられた。やっと鴨の脂浸けのような肥育生活から解放されるとサーシャが思った矢先、魔の国との国境から伝令が送られてきた。

 

伝令は馬を数頭も乗り潰し、自身も息を切らせて青ざめた表情をしながら城へとやって来た。その者が言うには、魔の国の監視にあたっていた砦にて、敵方の軍勢がこちらに向かっているのが確認されたのだという。

 

「なんと!あの忌まわしき怪物どもはまだ生きておったのか!?」
「はい、あっ!いいえ・・・そ、そうではありません」

 

サイゼン王の問いかけに対して、伝令はぎこちなく答える。疲れで息が切れているだけではなく、相当に焦っているのだ。

 

「ではなんとした?敵方の数は。旗印は。」
「はっ!少なく見積もって数百。旗印は魔物のものではありません。あれはおそらくサラーンの軍勢だと思われます」
「なに!数百のサラーン人とな!むぅ・・・復興で忙しいこの時期に・・・」

 

サラーンとは、太古の昔から魔の国に従属していた国だ。大陸諸国と覇権を争ってきた強国であり、彼らはおよそ人が住みつけないほどの過酷な環境で、何千年にもわたり生き抜いてきた。魔の国の荒れ地を超えた先にあるその国は、魔の国ほどではないにしろ大地は荒れて資源は乏しく慢性的に水不足が起こり、少しの湧水を巡り争いが起きるような土地であった。

 

魔物の首領であるところの黒魔術使いは、サラーン人に妖術を教えた。サラーン人に未知の技を教えることで彼らをたぶらかしていたのである。彼らに水の掘方を教え、自身が従える魔物の軍勢よりも厚遇した。そのような歴史を持つサラーン人は魔物の首領を崇め奉っており、首領が率いる魔物たちと結託して諸国を荒らしまわっていた。

 

大戦中にもたびたびサラーン人の部隊が確認されることがあり、彼らの弓なりに曲がった刀剣や、よくしなる強い弓、脚が早くスタミナのある馬、皮と布と金属を巧みに組み合わせて編まれた鎧で武装した勇猛な戦士たちは、大陸諸国を幾度となく脅かした。

 

そんな彼らも、信仰の対象であった首領が討たれたことにより、魔物たちと手を組む筋合いがなくなった。サラーン人の信仰は首領本人と、彼が行う数々の御業に注がれていたからだった。いつまでも醜悪な魔物どもと結託している義理は持ち合わせていないのである。

 

そんな彼らが次に狙ったのがこの資源豊かなサイゼン国だ。荒れ地を越えてすぐ先にある豊饒の大地を征服することは、長らくサラーン人にとっての悲願であった。サラーン国は大戦において、従属していた魔の国からの要請に応え大勢の兵を派遣していた。大戦が終わるころには、そのほとんどが魔物ともども討ち取られるか捕虜となった。手持ちの兵はごくわずかとなっていたが、どこから寄せ集めたのやら、混乱に乗じて先祖代々の悲願を果たそうと士気高々に乗り込んできたのである。

 

「今サイゼン国内で兵を寄せ集めても百を超えるかどうか・・・」
「我ら士族の領地にいる兵もごくわずか。陛下、ご決断を」

 

伝令の報告からすぐに緊急会議が執り行われる次第となった。サーシャもそのような事態になった以上、帰るに帰れなかった。よほど腕利きの物見がいるのか、サルコス家にもすでにサラーン人襲来の報が届いており、伝令と入れ替わる形でサルコス家からの使者が訪れた。

 

「サーシャ殿へバルゴ様からの文を携えてまいりました。」

 

サーシャは早速封を開けて中身を読んだ。

 

「サーシャよ、久しいな。こちらは何とか片付いた。サイゼン国には随分と世話になったであろう、なにせそこは国一番の豊穣な土地だからなあ。大分、体がなまっているのではないか。帰還する前にひと仕事してくるといい、良い運動になるだろう。無事、帰還することを願っている。」

 

義父バルゴとはここ数か月会ってもいないのだが、手紙を読むとまるで全て見透かされていたような気分になって、サーシャはなんだかとても気恥ずかしくなった。ふと目線を下に落とすと、手紙に書いてあった通り、そこには紛れもなくなまりきった自分の体がドンと存在感を放っていて、なんともいたたまれない気持ちになった。

 

気持ちを切り替えてすぐに会議へ参加した。既に用意が整えられており、作戦参謀や国の重鎮、騎士諸侯、有識者、サラーン文化学者など、そうそうたる顔がそろっていた。そんな物々しい雰囲気の中、サーシャは大きなお尻を、特別に用意されていたこれまた大きめ腕掛けがついた椅子にギュッと押し込んで卓に着いた。せっかく切り替えた気持ちが台無しになった。

 

 

 

参加者たちはああでもないこうでもないと話し合いをして、やっと一つまとまった意見は、戦うことは極力避けたい、というものだった。各地に派遣した兵士を王城に集め、打って出るという案も出たが、それはすぐに却下された。また、城はまだ修繕が終わっていないから籠城もできない。さらには他国からの援軍も期待できそうにない。仮に援軍が来たとしても、犠牲は避けられず辛い戦となるだろう。

 

今は民一人の命も百人分のように惜しい。無駄に失わせるわけにはいかないのだ。しかし相手は目前まで迫ってきている。戦わずして勝といったようなうまい策はないものか、と再びあれこれ話し合った。何か仕掛けを作ろうにも肝心の資材がない。豊富にあるものといえば、贅沢な話ではあるが食べ物ばかりでトリックには使えそうもない。

 

豊富にあるものといえば後は何であろうかという話題になった時、ふと、学者の一人が何かを閃いたようにサーシャに目を付けた。その男はサラーン文化学者であり、彼らのことを書物などで調べてよく知っていた。学者はこの妙案を皆に話した。一同は目を丸くしてその話を聞いていた。サーシャの顔には冷や汗が出ていた。

 

「何とも面妖な・・・それは本当に効果があるのですか?サーシャ殿への負担も大きい。」

 

騎士の一人が尋ねた。それに対して学者が答えた。

 

「それは私にもわかりませぬ。なにせ書物で学んだことですゆえ。しかしこれ以上の妙案は思いつきません。それに、我らには面妖に思えることも、彼らにとっては神聖なものであったりするのです。私にはこれ以上の策は思いつきませんな。これでだめなら、他国からの支援を期待しつつ、籠城するしかないでしょうな。」

 

一同はしばらく考えた後、作戦の要となるサーシャ本人の意見を求めようと、彼女の顔を仰ぎ見た。彼女は腹と胸が邪魔をして、背もたれに寄りかかっていたため、顔が少しばかり後ろの方に下がり、肉に隠れてしまっていた。今の彼女と座った状態で目を合わせるには、多少なりとも仰ぎ見る必要があるのだ。

 

サーシャはこんな体になってしまった自分にもやれることがあったことに驚いた。弓の一本でも射るか(それも無理そうではあるが)、手当やら輸送やら、最悪、敵の十人や二十人を道連れに討死でもする覚悟であったが、実際にはそんなことよりも遥かに重要な役を務めてくれと頼まれたのである。嬉しい反面、果たして本当に務まるのか、そもそも学者の言っていたことは本当なのかと、色々なことが気になった。一番気がかりだったのはその内容だ。これはどちらかというと精神的な負担が大きく、最悪二度と立ち直れなくなる可能性もある。

 

しかしサーシャに選択の余地はなかった。この国を見捨てて自分一人助かろうなどという考えは、はなから持っていなかったのである。サーシャの許可を得られたことで、早速作戦に向けての準備が進められた。

 

荒れ地の境にて、サラーンとサイゼン両国の軍勢が顔を合わせている。サイゼン国は砦を強化し物資を詰め込んだ。たとえ作戦が失敗したとしてもここで奮戦する構えを取った。一方、サラーン軍の方は道中で魔物と小競り合いでも起こしたのか、血糊で汚れている者もいた。しかし数が減っているわけでもなく士気も高い。出会った者を根こそぎにして前進してきたのだろう。もう彼らを縛るものは何もない。

 

両陣営の間で緊張が高まっている中、休戦の旗を挙げたサイゼン国の輸送体が、大きめの荷馬車を伴って前へ出た。馬車には改造が施されており、上の部分からは幕が垂れ下がり中が見えないようになっている。

 

サラーン側はすぐに弓をつがえて牽制の構えを取った。兵士が隠れていて奇襲を狙っているのなら、あまりにも粗末だし距離も遠すぎる。それなら何らかの兵器だろうか。サラーン人がそんな考えを巡らせていると、突然、幕が上がり、なにか大きなものが現れた。

 

幕が開いた瞬間に指揮官は弓を放てと指示したが、誰もその指示に従わなかった。みな何か不思議なものでも見たかのように目を大きく見開き、ただ一点を凝視している。そして命令を行った指揮官も、大きなものが一体何なのかに気づいた途端ぽかんと口を開けてしまい、荷台に載っているものを見つめた。

 

荷台にはサーシャが立っていた。台は奥の隊列にも見やすいように高めに作られている。サラーン国の民族衣装であるという服を真似して作り、それを身にまとっている。なんでも踊り子が着るのだそうで、胸と腰から下しか布に覆われておらず非常に露出が高い。サーシャが今一番隠したいはずの腹部は、むしろ強調されるように前へと突き出している。腰の方も、布で隠れているとはいえ、その下にとびきり大きなものが隠されているのは誰の目にも明白であり、布の意味がまるでないといっても過言ではなかった。布は肌にぴたりとくっつき、その上から透け気味の布がふわりとかけられていた。隠れていないようでやはり隠れているといった、どこかなまめかしい雰囲気を放っている。

 

 

緊急会議で学者が言った妙案とはこのようなものだった。

 

「サラーン人には、その土地柄から豊穣に対する信仰が根強く存在します。それの象徴として太った女性が愛でられ、ある種の神的な存在として崇められることも少なくありません。決して悪いようにはされないはずです。失礼を承知で申しますれば、今のサーシャ殿はまさに富を一身に詰め込んだようなお方。うまく事を運べれば停戦交渉さえも可能かもしれませぬぞ。」

 

なんともばかばかしい作戦だと鼻で笑うものがあってもおかしくはなかったが、追い込まれていた彼らにはその奇策にすがる他はないように感じられた。さらに学者が言うには、サラーン女性の神聖な踊り子が着るという衣装を身に着け、彼らの前で独特の踊りを披露すれば、交渉が有利になるかもしれないということだった。サーシャは短い期間の間に身につけた踊りを、敵味方双方の軍勢が見つめている中、意を決して踊りだした。

 

腰を中心に全身を激しく横に揺さぶるような踊りなのだが、これが今のサーシャにはなかなかこたえる。体を揺らすたびに軸から離れた贅肉が、右へ左へ行き来する。少しでも制御を誤ると、バランスを崩して転んでしまいそうな勢いだ。

 

もとより日ごろの暴飲暴食と運動不足により体力が低下していたサーシャには、少し動いただけでも相当な負担であった。そう長い時間が経たないうちに、体は火照り、限界が見え始めていた。

 

「へぇー!こいつぁたまげた!あれが聞きしに勝るサーシャ嬢だってのかい!?また随分と恰幅がよくなっちまって。」
「城に来たときはもっとこう、スラーッとしていたんだがなぁ。日に日にお太りになられてしまったんだよ。」
「俺のお袋もサーシャ様に差し入れを持ってけって言って聞かないもんだから、調理番の奴に無理をいって食卓に挙げてもらったんだ。今思うと悪いことをしたかなぁ・・・」

 

必死に踊っているサーシャの耳にサイゼン兵のヒソヒソ話が聞こえてくる。サラーン陣営でも兵士たちが動揺しているが、どんな話をしているかまでは、この距離ではさすがに聞こえない。

 

(こんな辱めを受けたのは生まれて初めてだ・・・。以前ならこんなことをしても苦にもならなかったのに。尋常でないほど疲れるし、こんな大勢の前でこんな露出の高い服を着せられて、訳のわからない踊りをさせられている。皆が私を見ている・・・このぶよぶよで真ん丸のだらしない体を好奇の目で・・・)

 

馬車のヴェールに隠れていた時点で大分緊張していたのだが、踊りながらそんなことを考えていると自然と顔は赤らみ、しまいには半ベソをかいてしまった。彼女にまとわりついた贅肉は相変わらず、グロングロンと勢いよく揺れている。

 

「フゥ!ハッ!ハッ!も、もう限界だ・・・!」

 

サーシャはそんな状態だったのだが、彼女の行動はサラーン陣営に強い影響を及ぼしていた。単に彼女に見とれている者から、信仰上の理由で彼女と彼女を庇護下においているサイゼン国に、危害を加えることを拒否する者まで現れた。さらにあれは敵の罠であり、あの女も作りものだから殺してしまっても何ら問題ないという過激派も現れた。

 

サーシャの行動を一笑して襲いかかってこないところを見ると、どうやら学者がいっていた通り、サラーン人には本当に脂肪信仰というものが存在しているようであった。

 

そのうち、陣内にてもめていた過激派と思わしき一派が、サーシャに向かって突撃してきた。それだけでも百ほどの兵を従えていて、衝突すれば甚大な被害を被ると思われた。サーシャは学者からもしもの時のためにと渡されていた薬を手に取った。

 

「サラーン人の中には、あなた様を偽物だと疑う者もいるでしょう。いざとなったらこの薬をお飲みください。これはサラーン人に対して魅惑の効果をもたらすとされている薬です。古い文献によれば、その昔、この薬はとある秘境にて製法を編み出され、それを一人の少女が用いて国を救ったという逸話があるのです。」

 

しかしこのように言ったものの、学者は非常に多くの知識をため込んでいたが、その正しい使い方までは心得ていなかった。とりわけこの時代において「薬」といえば人体に処方するものであり、すなわち飲むものであった。サーシャは大変素直な性格をしていたため、学者を信じて何のためらいもなく、小さな小瓶に入っている薬を飲みほした。

 

 

「そういえば具体的にどうなるのかは聞いていなかった・・・。な、なにが起こるのだ!?」

 

するとどうだろうか。サーシャの体の内側で、なにかキュルキュルという音が鳴り始めた。次の瞬間、サーシャの体の内側から脂肪がせり出してくるように、体が一回りボンッと勢いよく膨らんだ。未知の感覚に戸惑いを隠せなかったサーシャは、目を大きく見開き苦悶の表情をあらわにした。

 

「んぶうぅっ!?ぐふ・・・ぅ!ぐ、ぐるじ・・・ぐぷ、フップ・・・ひゅー、ひゅー」

 

内臓を圧迫されるような感覚がサーシャを襲った。それにより体内に残っていた空気はほとんど吐き出された。一瞬のうちに内側の肉が増えたため、その圧迫感は凄まじかった。気道の確保が難しくなり、ただでさえ疲れで乱れ気味だった呼吸も、より乱れたものになった。

 

(まさかさらに太ってしまうなんて・・・ちゃんと効能まで聞いておくべきだったわ・・・うぅ・・・く、苦しい)

 

既に限界を迎えていたものの、根気で立っていたサーシャの足は、急激に増えた負担によりカクッと崩れ落ちた。豪快な大きさの尻を荷台にたたきつけて、あわや特製の荷台の床の底が抜け落ちるかというところだった。サーシャは以前に城内でも似たような状況があったことを思い出した。あんなことにはもう二度となりたくないと思ったため、制作には彼女自身も携わり、床板を補強しておいたのだ。それでも板にひびが入るほどの衝撃だった。

 

パンッと張りの良い尻と背の肉がつかえの役割を果たし、椅子にもたれかかっている姿勢で落ち着いた。この体で仰向けにでもなっていたら、それこそ息ができなくなっていただろう。デップリと突き出した腹部の肉は、年ごろの乙女特有の若々しい張りを保ちながら、体のどこよりも突き出している爪先にとどく勢いでブヨッとせり出している。

 

 

 

 この突然の出来事に驚愕したのはサーシャだけではなく、サイゼンもサラーンも同じだった。特にサラーンの過激派に至っては、そのような摩訶不思議なものを目の前で見せられたのだから、その衝撃たるや凄まじいものであった。散々疑っていたものが、まぎれもなくサーシャ自身の脂肪であるという事実を、いやでも受け入れざるを得なかった。

 

突撃していたサラーン軍は急遽、その勢いを弱めて下馬した。後ろの陣営のサラーン人たちがやっているように彼らも地面に伏し、サイゼン国とサーシャに敬意を表した。

 

 「ヒィ、ヒィ、フゥ・・・と、止まったのか・・・?良かった・・・ぐふぅ」

 

 

 

こうして英雄サーシャの働きにより、戦は免れることができた。全くの偶然が重なった出来事であった。サラーン国はサイゼン国への不可侵を誓った。サーシャのような人物を庇護下に置いているのだから、豊かなだけではなく道徳的、神的に優れた素晴らしい国だと認められたのである。それから時を経るにつれ、両国は深い友好を育んでいく間柄となった。

 

サラーンはサイゼンとの友好を切り口に、周辺諸国へも理解を示すようになり、様々な異文化を積極的に取り入れて、前にもまして大きく発展することとなった。その中でサイゼン国への支援も行われた。サルコス家による財的支援の影響も大きく、資材の購入費や工員への給金なども、そこから支払われた。

 

復興を果たして何者にも脅かされることがなくなったサイゼン国もサラーン国同様、大いに賑わった。これらの輝かしい出来事の立役者であるサーシャは、様々な言語や文化圏において広く名の知れる偉人となった。話の脚色が大きい地域もあり、サーシャの体には脂肪が一切ついておらずスレンダーな体形だったとか、或いは話よりもさらに肉が盛られていたのだとか、話の改ざんに歯止めがかからなかった。そのような具合であったため、後の歴史・民俗学者たちの間でいつも論争になるのは、当時の彼女の体躯は実際どれほどだったか、というものであった。

 

さらに後の研究により明らかにされることなのだが、サーシャ本人が事実を改ざんしようと動いていた形跡が見つかる。その行動の真意を解き明かすことが、今後の学会に課せられた大きな課題となるようだ。

 

そして当のサーシャ本人はその後どうなったかというと、一連の騒動の後、義父が治めるサルコス領へと戻り、日々減量にいそしんでいた。

 

「もう少しやせていると思ったんだが、まさかこれほどとはなぁ・・・伝令から聞いた話よりだいぶ太っているではないか。」

 

「そ、それは薬の効能により、急激に太ってしまったためで・・・ゴニョゴニョ・・・」

 

義父バルゴにからかわれながらも、サーシャは大分野太くなった声で真面目に応対する。ただ、さすがに情けなく思ったのか、後半は何を言っているのかわからないほど声が小さかった。

 

「とにかく、そんなたるみきった体では、民草を守ることもまかりならんぞ。今日から特訓だ!少し厳しめにするからな。覚悟しておくように。」

 

バルゴは苦笑いしながら茶化すつもりで言ったのだが、彼の特訓は実際とても厳しい。流石のサーシャでも見習いの頃は死ぬかと思ったことが何度もある。成熟し一人前の騎士となってからは難なくこなしたりもした。それを今のサーシャに施そうとしているのだから、その辛さを誰よりもよく知っているサーシャの顔は蒼白した。

 

「わ・・・わかりました、父上・・・(ヒィ―!)」

 

野山を駆け巡ったり、獣を追いかけまわしたり、閉所をくぐらされたり、崖や山で特訓させられたりと、とにかくハードな試練を時も定めず課せられた。時間内にたどり着けなければ水以外は口にするなといわれた。獣を捕まえることができたらば、それが今日の糧だといわれた。閉所を無理にくぐろうとして挟まれば、抜け出せるまで何も食べるなといわれた。切り立った崖の上へ連れて行かれて、腹が邪魔して降りられないと言えば、腹が凹むまで降りてくるなといわれた。

 

それでも決まって、水だけは飲む許可を与えてくれて、常に水樽を抱えてそばについて来てくれた。走り回り喉が乾けば水を飲み、獣の足が速く一匹も捕まえることができなかった際には、水をがぶ飲みして空腹を紛らわせた。入り組んだアスレチックのような自然洞窟で閉所につかえた時には、ついつい持ってきてくれた水をガブガブと飲んでしまい、よけいに腹がつかえて苦しく恥ずかしい思いをした。それでもサーシャが水を求めれば、求められるだけバルゴは与えた。これは肉体だけでなく精神的な修行も兼ねていたのだ。

 

以前のものとは異なり、誘惑を断ち切るための修行だとサーシャは気付いた。崖の上の修行では、サーシャが一人上に残されて、毎日欠かさずバルゴが様子伺いを兼ねて樽を持ってきてくれる。ここでは水樽と酒樽の二つを毎回持ってきた。飲んでしまえば腹だけでなく体まで膨れてしまう。酒には一切手を出さず、腹が凹むまでの間、少量の水で食いつないだ。

 

 やっとのことで崖から降りてきたサーシャの体は、以前のようなしなやかさと力強さ、そして身軽さを取り戻していた。おそらく、あの狭いスペースで体をできるだけ動かしていたのだろう。

 

「よくやったな、わが娘よ。私はそなたが誇らしいぞ!」

 

「ありがとうございます父上。あのように情けない姿はもう二度と見せません。ですから、その・・・これまでの醜態はどうかお忘れになってください・・・」

 

「むぅ、そうか・・・しかし残念だな。なんというか、あの姿を見慣れてしまったから、つい物足りなく感じてしまうよ。いつもと違った面が見られて、私は実に楽しかったよ。」

 

そういうと、バルゴはサーシャの頭を撫でて、なんの嫌味らしさもなく腹の底から笑ったそんな様子を見て、サーシャの方も苦笑いしながら、気恥ずかしそうに少し身をよじった。

 

 

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