364氏による強制肥満化SS
「ただいま!!! セイバー、着替え買って来たぞ〜!」
帰宅した士郎の声に、放心していたセイバーがはっと我に返った。
「ごめんな、俺、よく考えたら女物の服の店なんか知らなくてさ。とりあえずこれ…」
「あ、ありがとうございます」
まだショック状態から抜けきれなかったものの、何とか笑顔を作って、そそくさと部屋へ引っ込むセイバーに士郎は少し違和感を感じたが、きっと自分に迷惑をかけたことと、服がダメになったことを悔やんでいるのだろうと理解した。
「セイバーも女の子らしいところあるんだし、お気に入りの服が台無しになってがっかりしたんだよな… 代わりに俺があいつが喜ぶような美味いものをどっさり食わせて元気付けてやらなきゃ!」
サーヴァント思いのマスターは、改めて夕飯の買出しをすべく、冷蔵庫の中身をチェックし始めたのだった。
士郎の用意した新しい服は、新都にあるカジュアル衣料チェーン店のブランドロゴのついた、男性用の大きめのTシャツと、ウエストがゴムの巨大なショートパンツであった。
セイバーが着込んでみると、丈が長すぎるはずのTシャツはぼってりとしたボディーラインにぴったりと合い、ちょうどいい長さに。
ショートパンツは、大きなお尻とはちきれそうな太ももが収まり、上からTシャツに包まれたたぷたぷの腹肉が乗っかると、さながらキュロットパンツのようにしっくりと馴染んだ。
前の服のようにぴちぴちの二の腕やキツキツの太ももで動きに難儀することもなく、どこも苦しくない。
きわめて楽な格好で、案外と悪くなかった。
(なんだ… ひょっとして、これくらいの体型、まだなんてことないのだろうか。これならまだもう少し太っても大丈夫かも…)
一瞬、恐ろしい考えが頭をよぎり、戦慄するセイバー。
(だ、ダメだダメだ!!!!!!! 騎士であるこの私が、平和でラクな暮らしに負けて、このようなだらしのない体になってしまったのだぞ! せめてこれ以上太らないよう、もっと摂生しないと… いや、痩せないと!!!!)
以前より、筋肉質な自分の体は少女としてどうだろうかと思っていたセイバーだが、しかしその体にはそれなりの愛着と自信があったということを今更に思い至る。
思えば、平和なこの家で暮らすようになって、毎日食っちゃ寝するだけという生活の味をしめてからというもの―――
たったの半月ほどで当時の服の腹回りがきつくなってスカートのホックが止められなくなり、ひと月も経つころには今日のようにブラウスのボタンがはまらなくなっていた。
たしかあの時初めて、士郎が見かねて新しい服を買ってきてくれたのだ。
思えば、あの時気づいて引き返すべきだったのだろうが…今となっては後の祭りだ。
…しかし。幸い、いまさっき買ったばかりのTシャツとショートパンツは動きやすく、なんだか着替えただけで少しスリムになった気さえした。
なんだかんだいって、最近動くのが億劫だったのは、あまりにサイズに合わない服を着ていたため、体を動かすだけで苦しかったせいかもしれない。
確かにあちこち少し太くなってはいるが、もしかしたら前の服が洗濯で縮んだだけ… という可能性もある。
そう思うと、前の服も、その前の前の服も、単に服が縮んだだけのような気もする。
つまり、これぐらいの… ただの「太り気味」なら、適当に運動して少し痩せれば、またすぐに元の凛々しい自分に戻れるだろうということだ。
そう結論付けたセイバーは、持ち前の前向きな精神でスックと…
実際には、もったりと肉を揺らしながらゆっくりと立ち上がった。
「よし… そうだな。久しぶりに竹刀で素振りでもするか」
久々に訪れた道場の空気は清廉としていて、やはり気持ちがいい。
静かな室内には竹刀の空を切る音と、セイバーの息遣いだけが響いていた。
「ふっ… ふんっ… ふっ…」
実際竹刀を振るってみると、思ったより切れ味やパワーは以前に比べさほど劣った感じはしない。
やはり英霊として呼び出されている以上、こんなことでは腕は落ちていないようだ。
以前の倍以上に太くなった二の腕は、竹刀を振り下ろすたびに
ブルン、ブルンと激しく震えて少し痛いが、まあ我慢できないほどでもない。
だが、思いがけない問題もあった。
始めてものの数分で、もう息が上がってきたのだ。
(う…!? なんだこれはっ…!?)
更には額からは汗が噴出し、Tシャツの下の段腹の肉の間が蒸れてきて、とにかく暑い。
身軽さを武器に戦ってきた彼女だが、当時よりかなり体重が増えたせいか、少し動いただけで非常に疲れる。
そもそも、太り始めてからはこんなに動いたこともなかったので、太った自分の正しい動かし方が分からないといった具合だ。
「ん… ふっ… ふうぅっ…!!!!」
まだ始めてから20分ほどしか経っていないというのに、Tシャツは汗だく。
足腰もふらついてきて、なんだか足元がおぼつかなくなった瞬間。
「フーー… フウッ… フ… ――――ッ!!!?」
ドッシイイイイイイン!!!
体中から湯気が出るほど上気して、少し朦朧としてきたセイバーは、
足の裏の汗で滑ったついでに自分の体重によろめき、盛大な尻餅をついていた。
「…っつうー… な、なんと情けない…」
足を滑らせたこと以上に、受身すら取りそこねて無様な尻餅をついた自分に驚きを隠せない。
「ここが戦場ならば大惨事だな…。こ、こんなところでこんな格好でいるところを誰かに見つかる前に、早く移動しなくては。」
『アーサー王が太り過ぎを気にして運動していたら、尻餅をついて起きられなくなった』なんて、格好悪いもいいところだ。
誇り高いセイバーにはこんなみっともないところを人に目撃されるなど、考えただけで耐えられなかった。
もたつきながらも重い体を起こし、よろよろと起き上がってみると、尻はじんじんするものの、たっぷりとついた下半身のお肉のお陰でケガはない。
ぱんぱんと尻や太ももの埃をはたくと、ぶるぶるんと盛大に揺れた。
「うう… 少し疲れたし… 一度休むとしよう…」
すっかりやる気はそがれてしまったセイバーは、たったの30分もたたないうちに、早々に素振りを切り上げて母屋へと帰ることにした。
台所の戸棚を探り、休憩用にコーラとポテトチップスの袋を取りだすと、縁側にどっかと腰掛けた。
以前は炭酸ジュースが苦手だったセイバーだが、この半年でその味に慣れるとすっかりお気に入りになり、今では買い物に行く士郎に必ず頼むものの一つとなっている。
「むぐっ… ひまった… ついついまた食べ物を…」
ばりっと袋を破いてからハタと気づいたが、いざ目の前にすると誘惑には勝てないものだ。
そもそも、この家はいつも茶菓子を欠かさない。
饅頭やせんべいなどの和菓子は常に常備され、それ以外にも、大河や桜が持ち込んだコンビニ菓子や、冷蔵庫を開ければ誰かのみやげ物の地方銘菓や洋菓子などもたびたび入っていて、セイバーの舌と胃袋を喜ばせてくれる。
そのため、風呂上りや食後など、暇さえあれば台所を覗いて間食を探すのはもはや癖になっていた。
「ごくっ、ごくっ、ご…っくん。 ---------えふっ。」
コーラで喉を潤すと、本日二度目のゲップ。
ころりとした小山のような背中を丸め、縁側でコンソメポテトチップスをポリポリと貪る。
一袋をたちまち平らげると、ほっと一息ついた。
しかし、冷静になった頭で愚かな我が身を鑑みると、痩せるために慣れた運動で軽く体をほぐすつもりが、そもそも満足な身のこなしすら出来てはいなかったという事実。
どうやら、自分が思っていたよりも事態は深刻らしい。
だというのに、早速こんなところでサボってしまって… と、思わず自己嫌悪に陥った。
激しく竹刀を振るっていたせいで汗で濡れたTシャツがめくれ、だらしのない樽腹が顔を出している。
ショートパンツのゴムの上には背中までぐるっと浮き輪のように肉が乗っており、こんな体では、長い時間動き回れないのも道理だ。
太りすぎで剣も満足に振るえない、惨めな騎士である自分のイメージが浮かび、慌てて頭を振る。
しかし、腐っても自分は最強クラスのサーヴァント。
これは、久々の素振りで、少し調子が出なかっただけ… そんな自信もまだ残っていた。
剣の威力は落ちていなかったようだし、この邪魔な贅肉から開放されればあっという間に元通りだ。
何とか労せずすぐに痩せる方法はないものか…
「そうだ… 確か、こういうときは走ればいいのだ。」
ダイエットの定番といえばこれ。居間でなんとはなしに見ていたTVの情報番組でも、よくそんなことを言っていた。
己を鍛えるわけではなく、わざわざ痩せるために行う運動など初めてのセイバーであったが、
思い返せば、本格的に走ることもまた、聖杯戦争後の衛宮家での生活ではかなり久しぶりであった。
そのことを思うと、これから始まる1人での戦いに闘志が燃えるのはセイバーの中の戦士の部分… というか、この場合はアスリート魂のようなものだろうか。
あまたの戦場をこの足で駆けてきた自分を思い出し、凛と気が引き締まる。
呼吸を整え、体を構え―――――――――――――
「はぁっ!!!!!!」
掛け声と共に地を蹴ると、衛宮邸の前に続く長い道を風のように駆け出した。
…はずが。
駆け出した道をほんの十数メートルも行かないうちに、手足の動きは乱れ、どたどたとみっともない走り方に変わっていく。
「ふぁっ… はっ… はあっ…!!!?」
自慢の俊足はほんの一瞬で力を使いきると、もはやその片鱗も見せてはくれなかった。
「かっ… からっ… からだが… 重… い ………!」
のっしのっしと一歩足を前に踏み出すたびに疲労感が増し、体が地面に沈んでいくかのよう。
まるで、全身にブヨブヨと付いた贅肉たちが、セイバーを前に進めまいと力を吸い取っていると感じるほどだった。
「い、いくら全力で飛ばしたからと言って、こんなにすぐにバテるだなん… てっ…!!」
全く思ったとおりに動いてくれない体に苛立ちを覚え、道端にへたり込む。
いくら体重が倍になるほどに太ってしまったといえ、本当に鉛の体になったわけではない。
持久力に加え、瞬発力まで失うとは… 体中の筋肉が眠ってしまったかのように、もったりとした疲労感を手足に蓄積させるだけだ。
巨大な腹と太ももをブニブニと押してみる。
奥の筋肉には触れられず、もどかしい手触りだけが手のひらに伝わってきた。
「まさか… もとあった筋肉はすべて脂肪に変わってしまったとでも言うのであろうか…」
…それは恐ろしすぎる想像だった。
この肉襦袢のような体になってからろくに動いた記憶もないことを思い出すと、絶対にないとは言い切れない。
なぜなら、サーヴァントとは生活している環境に自らを適応させることについては素晴らしい能力を持って召還されてきているのだから。
普通の人間と比べたら、短時間でかなりの筋肉が脂肪に変わってしまっている可能性はある。
加えて、単に太りすぎによる心肺機能の低下に加え、体重の増えすぎに足腰がついていけてないことも原因であろう。
「―――――――フ… フウ…… フウゥ………ッ!」
何度も何度も小休止を挟んだせいで、徒歩で一時間弱の距離を2時間ほどかけながらもなんとか新都へと辿り着いた。
ここまでして諦めなかったのは、やはり元来のセイバーの根性とも言えよう。
そろそろ街は日が傾いてきて、学校帰りの子供達の姿もちらほらと見える。
「は… あ… はあっ… こ これだけ走れば…」
ショッピングセンターや飲食店が立ち並ぶ華やかな商店街のベンチで、火照り過ぎた手足を投げ出して休憩。
これだけ疲れれば、さぞ痩せてきたのではないかという期待がよぎり、Tシャツの裾をまくってみる。
しかしそこには、家を出る前と変わらない立派な腹が、ショートパンツの上にでぷっと自己主張していた。
落胆したセイバーは、はあ〜〜〜〜っと、先ほどまでの吐息とは違う長い溜息を漏らすと、街並みに目を移した。
ハンバーガー、牛丼、クレープ、アイスクリーム… 街は誘惑で溢れている。
思わずだらっとヨダレが出そうになるが、今度こそ我慢のしどころであった。
(その甘えを許してきたからこそこんな腹が出来上がってきたのだ。ここまで走りながら、痩せるのがこんなに大変なのかと思い知っただろう!!!!)
そう自分に言い聞かせるも、体は正直なもので、スルスルとそちらに引き寄せられるように近づいていく。
あんなに重たい腰が、こんなときには文句も言わずに立ち上がるのだから現金なものだ。
牛丼屋のショーウィンドーに大きな腹と胸をくっつけ物欲しそうに眺めるも、今のセイバーにはお金がない。
士郎からは毎月小遣いとしていくらか渡されてはいるが、買い食い防止のため、敢えて今は持ってこなかったのだ。
「仕方ない… 元の体に戻ったら、浴びるほど食べるとして… 今日のところは我慢しましょう。」
そう呟き、飲食店街に背を向けようとした瞬間。
「ミセス・ドーナツの限定『ポチャ・デ・ライオンフィギュア』プレゼント、最終日でーす♪」
隣のドーナツ屋から、聞き逃せない一言が耳に入った。
ミセドのポチャ・デ・ライオンといえば、人気ドーナツ店のマスコットで、よくドーナツ食べたさとグッズ欲しさに士郎におねだりしているセイバーのお気に入りキャラクターだ。
今を逃したらもう手に入らない。だが、今はダイエット中なのだ。買い食いを我慢したばかりだし、第一持ち合わせもない。
「商品はこちらでーす♪」
必死に諦めようとしたセイバーの目に、ドーナツ屋の店員が取り出したフィギュアが映った。
「かっ… かわいいいいッ………!!!!!」
思わず、セイバーのまん丸な頬が紅潮する。
フィギュアはモデルになったドーナツの味と同じ全5種類。
様々なポーズのポチャ・デ・ライオンが立体化された、実に愛らしい人形だった。
だめだ、お金が無ければこんなもの…)
こんなことなら知らない方が良かった、とセイバーがフィギュアから目を移したその先には、
またも目を疑うような看板が掲げられていた。
ドーナツ屋の向かいのラーメン屋に輝くその一文… それは、
『チャレンジラーメン・超大盛りラーメンを30分で食べきったら10万円』。
その瞬間、セイバーの中で何かの回路が繋がった。
「ダイエットは… 明日から!!!!!!!!!!!!」
答えは得た、のであった。
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