裏道氏による強制肥満化SS
バキリ、と。どこかでそんな音が響いた。
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『バケモノ』−−嫌悪感を表すその言葉は、明確に拒絶の境界を超えた。
そして、その言葉を待ち望んでいた存在がいる。
『ヒッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!!!』
悪魔の嘲笑と共に沸き上がる。
どす黒い霧は先程までの比ではなく、部屋の辺りをどんどん暗くしていく。
『「ずっと一緒」、でしたっけ?随分と安い言葉だったみたいね……』
砕かれた心というのは、元に戻ることはない。
「−−−−ァァアアア!!」
この瞬間、神宮寺の心は砕け散った。
絶叫し、体と比較すれば余りに小さな「大粒の涙」を流して発狂し始めた心を律しようとしている。
「い、嫌!何よコレェ!!」
同時に黒い霧は綾瀬の周りを周回し、その距離を狭めていく。
『全く、こんな狭くてはステージにならないわ。場所を移しましょう?』
指を鳴らす音がすると黒い霧は霧散して、現実から世界を移した。
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(綾瀬の夢)
風の鳴る音、遠くに聞こえる蝉の声。そして焦がすような日の光で瞼を開ける。
「私は、一体何をしてたんだろう……?」
記憶が曖昧だ。何か、重大なことを忘れているような気がする。
しかし、同時にとても些末な事柄だった気もする。
恐らく、些末だから思い出せないのだろう。
そう断定すると何か腑に落ちたような気がして、これからの事も思い出せた。
「そうだ、ミカの家に行くんだった!」
なんでこんな所で立ち止まっていたのだろうか。
ミカがお菓子を焼いて待ってくれているらしい。早くいかなくちゃ……
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インターホンを鳴らすと直ぐにミカが顔を出した。
「自信作なんだから!冷める前に食べてよね」
背中を押されるままにリビングへと連れて行かれる。
「わぁ…! こ、これ全部ミカが作ったお菓子!?」
そこに広がっていたのは色とりどりのお菓子の山。
多少の出来不出来はあるが、どれもこれも美味しそうな物ばかりだ。
「言ったでしょ?自信作、ってね。パイとかはお母さんに少し手伝ってもらったけど、ほとんど私ね♪」
しかし、文字通りお菓子は山のようにある。二人で食べるのには多すぎる気がした。
「大丈夫よ。アヤ、お菓子大好きじゃない。それにどうせ今日も朝からろくに食べてないんでしょう?」
「どうせ、って失礼ね。確かに食べてないけど……」
「じゃあいいじゃない。さぁ、冷めないうちに食べましょう?冷めてきたら本当に食べられなくなっちゃう」
そう言われて、ゆっくりと食べ始めることにした。
――執行台のギロチンが上がる――
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食べ始めて間もなく、神宮寺は声を潜めて綾瀬にある話題を持ち出した。
「もぐ……そういえばアヤはこないだの噂聞いた?」
「噂?… どんな噂よ」
しかし、むしゃむしゃとパイを食べながらなので緊張感がない。
「…人を肥らせて食べる悪魔の噂」
「聞いたわ。あの『肥満の街』から出来た都市伝説のことでしょ?」
喋る間も二人の手は止まること無く食べ続ける。
いつしか下腹がスカートの上部にぽっこりと乗っかっていた。
「それがね?私、見ちゃったかもしれないのよ……」
一笑に付す綾瀬に神宮寺は、どこかおどろおどろしく声のトーンをさらに落とした。
「う、嘘でしょ?」
ぶるりと体と――二の腕の肉が震える。
実際にそんなものがいるなら、女の天敵でしかないではないか。
「聞いた噂では急にブクブクと膨らむらしいんだけど――」
話は奇妙奇天烈で、到底信じられない話だった。
しかし、話す間の神宮寺は真剣そのもので、嘘であると考えるのも出来なかった。
「……それから、隠れて――」
不安はのどを渇かし、どんどん飲み物――お茶、水、カフェオレ、コーラ。モノは様々だ――を体に吸収させた。
「……気付いたらもう――」
話のクライマックスでは息が――喉元を隠す贅肉で――詰まってきて、身体はまるで鎖に絡まったかのように――肉で包まれて――動くこともままならなかった。
「………でね、慌てて逃げて――ってアヤ、どうしたのよ。げふ……そんなに怖かった?汗びっしょりよ」
「ぶふぅ……げぷ。だって、ミカが話し上手なんだもの。それよりミカ、そのお皿取ってくれない?ふぅ……どうも届かないのよ」
近くにあるはずなのに、あと少しのところで押しとどめられるように手が伸びない。
「仕方がないわね……っ、ん。あ、あれ?おかしいな、よっ……と、げぇぇっぷ!?」
――お腹が押されて中のガスが吹き出る――
「もぉ、ミカったら少しはしたな――!?」
――苦笑して腹がゆるんだことでガスが抜ける――
これを切っ掛けにに二人の頭の中にあった『リミッター』が狂いだす。
『さて、寸劇も終わりにしましょうか。「現実」を見つめなさい、子豚さん達』
そういって復讐に身を燃やす魔女は魔法を解いた。
互いを騙す虚構の衣が解け出す――
「「ッ、い―――
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やぁぁあああああアアアアアアアアアアアア!!!」」
悲鳴を上げたのはどちらが先だったか。
腹は何段腹かもわからぬほどに膨れ、胸は形を崩してその腹に乗りかかるばかり。
視界も頬にもみちみちと肉が付き、下半分を隠している。息は何もせずとも上がり、
手足を動かそうとしても、脇や太ももがドラム缶のように太くなっているせいで閉じられず、
わずかに動かすのもやっと。
それでいて代謝ばかり活発で、時折盛大にげっぷや放屁をかます愚鈍な豚女。
――それが、己とその親友の互いに見える姿。
そして此処は2人にとってこの霧の世界は代えられぬ『現実』だった。
「・・・え?嘘、嘘よね?夢だよね?そうよ、こんなことアリエナイ――!!」
「ヒ、違う……違う違う違う違う!!夢……そうよ、夢!夢だ夢だ夢だ!!か、神様っ、早くこんな悪夢から起こして……ッ!!」
半ば半狂乱になりながら泣き喚き、虚ろに「違う、嫌だ、嘘だ」と否定の言葉を繰り返す二人。
『ま、確かに夢なんだけど……さて、いつもなら元に戻すけどね。ベリア、さっきの話だけど――ベリア?』
壊れだした二人を眺めながらいつものようにベリアに声をかける。
……が、いつものような不気味な笑い声は返ってこない。
代わりに返ってきたのは苦しみ、我を失い呻く声だった。
――、み……?あ、違ウ、コンナ、ちが、違う!私、私ハ……!?ア゛、ェ、ベリ、ベリア?ちが、そんな、ワタし――――ッッ!?
頭を抱えて何かに耐えるベリア。
その苦しみの声に呼応するように夢の世界に罅が入り、砕けていく。
それらを見てからの判断は迅速だった。
『……ッ、早めに切り上げた方が良さそうね!』
手を掲げると勢い良く黒霧が噴き出し、辺りを黒に染め直した。
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