666氏その1
第5話
夏休みも半分以上が過ぎた。僕は美咲に誘われて渋谷に来ていた。
美咲としては荷物持ちとして僕を連れてきたつもりのようだが…
「ほら平助、次行くよ」
「…また?」
これでもう4軒目だ。しかも何も買っていない。
「いいじゃない。こういうのはいろいろ選んで見て回るのが楽しいんだから」
「そんなもんかね」
こういう心理は僕にはさっぱり分からない。
服なんて適当なのが見つかったらそれをさっさと買えばいいと思うのだが。
「えっと、どっちがいいかな…」
それにしても今日の美咲は機嫌がいい。
荷物持ちとはいえ、美咲の方から僕を誘うというのがそもそも珍しい。
(やっぱりダイエットが好調だからかな)
プログラム解除以降、涙ぐましい努力が実って美咲はかなり痩せてきていた。
(1ヶ月も経たないうちにこんなに痩せるなんてなあ。僕も少し手伝ってやったけど、たいしたもんだ)
体重はもう50kg台にまで戻ってきている。
今の体型はややぽっちゃりという感じで、太る前のスレンダーだったころとは印象が違うが、これはこれでかわいいと思う。
(ホント、見てくれだけはいいんだけど…)
ため息をつきながら美咲の様子を眺める。
「ん〜、これもいいな。ね、どれがいいと思う?」
「どれでも似合うと思うよ」
自分でも呆れるくらい適当な答えを返す。
さすがに退屈になってきた。
(今日は何もしないつもりだったけど、退屈しのぎにちょっと遊んでやるか)
トイレに行ってくると美咲に告げ、僕はその場を離れた。
美咲から見えない位置まで移動した僕は携帯を取り出し、自宅のパソコンにアクセスして身体改造プログラムを起動させた。
「そうだな…服の値段を確認するたびに500g太る、とかにしてみるか」
あんまり派手にやって騒ぎになってもまずいので、控えめに設定する。
プログラムを入力し終えたところで、僕は美咲のところに戻った。
美咲はまだ選び足りないらしく、いろいろな服を引っ張りだしては戻している。
「まだ決まらないの?」
「急かさないでよ。別にいいでしょ、どうせ暇なんだから」
どうも僕を待たせることに対してちっとも罪悪感を感じていないらしい。
(まったく、自分から呼び出しておいてこれだもんな…)
美咲のわがまま振りには頭が痛いが、今回はむしろゆっくり探してくれた方が都合がいい。
ここはじっと我慢しよう。
「気に入ったものが見つかるまでゆっくり選ぶといいよ。気長に待つからさ」
「…?」
急に物分りのよくなった僕を美咲は不思議そうに見たが、すぐに服探しを再開した。
「うーん…やっぱこっちかなあ…」
そういいながら値札を美咲は引っくり返す。
その瞬間、美咲の身体が少し膨れた…ような気がした。
(500gぐらいじゃそう変わるわけないか。まあ、ゆっくり見ているとしよう)
その後も美咲はしばらく服を探していたが、時間が経つにつれてボディラインの変化がはっきりしてきた。いつの間にやらお尻は肉付きが良くなり、濃紺のジーンズをこれ以上ないほどキツキツに押し上げていた。
太もものあたりもしわ一つないほどパンパンに張っている。
あれだけ突っ張っていると、階段を登るのもつらいかもしれない。
また、背中を見ると、薄着の服ごしにうっすらと透けて見えるブラのバンドから脂肪がはみ出して段を作っているのがわかった。
(でも、一番悲惨なのはそれを本人が自覚していないことだよなあ)
服を選ぶのに夢中になっているせいか、美咲は自分の体の変化に気付いていないようだった。
サイズの合わない服を物色している美咲を周囲の人が嘲笑の目で見ている。
(惨めだねえ。知らぬが仏とはよく言ったもんだ)
そうこうしているうちに、美咲もようやく踏ん切りがついたようで、何着かを手に持ってレジに移動しようとしていた。
「ねえ、一応試着しておいた方がいいんじゃない?」
「別に大丈夫よ、ちゃんとサイズ確認したし―」
そこまで言ったところで違和感を持ったのか、美咲は立ち止まって自分の身体を見つめた。
「あれ…な、なんか妙に服がきついような…」
慌てて試着室に入る美咲。
その後すぐに、小さな悲鳴が聞こえてきた。
(ご愁傷様。まあ、今日太った分は気が向いたら戻しておいてやるからまたダイエットを頑張るんだね)
その後、試着室から出てきた美咲は「気分が悪いからもう帰る」とだけ言ってさっさと一人で帰ってしまった。
いろいろとあったが、終わってみればなかなか楽しい一日だった。