海神の島
「もう少しだ、真美ちゃん。あの切り通しを抜ければ…」
波の音がする。海が近いのだ。
切り通しを抜けた二人の前に、赤い光が飛び込む。
「!」
「!」
ゴオオオ…パチパチ…
「あら?遅かったわね、探偵さん?」
信じられない光景が広がっていた。
岩場には、陣内の仲間が待っているはずの岩場に、絹江が立っている。
そして、見覚えのある島民たちもいる。
手にはポリタンクを持っている。
ボオオオオオ…バチ…バチィ…
海に浮かぶボートは、赤い炎を上げ燃えている。
黒い煙がもうもうと立ち、漆黒の空に吸い込まれていく。
「…!…竹内!神戸!渡貫!」
陣内が声をあげる。
「きゃああああ!!」
真美は、絹江の足元に転がる3人の人間を見つけた。
陣内の仲間? 出血している、動かない、死んでる? 殺された?
「お、お前ら…」
「お前ら? ずいぶんなことをおっしゃるのね? わたしたちの大事な預かり物をさらおうとした余所者の分際で。」
「お前らは狂っている! この娘は依頼主の下に返す!」
「余所者がどう思おうと関係ないわ。この島は、ワダツミ様とともにあるのだから。陣内さん? その娘をお返しなさい。そして一生このことを黙って暮らしなさい。そうすれば…」
「黙れ! この娘は…」
ズギュウゥゥゥゥーーンンッッッ!!!
「ぐあっ!」
「きゃああ!!」
真美は自分の見たことが信じられなかった。
絹江が懐から鈍い銀色の拳銃を抜いて発砲したのだ。
実銃? なんで? なんでこの日本にそんなモノが!?
パニックになる真美。
「うぐうう〜〜…」
「陣内さん! 陣内さあん!」
うずくまる陣内を揺さぶる。
陣内は肩に被弾したらしい。真っ赤な血がどくどくと噴き出しいる。
「この島で鬼ごっこをして、私たちに勝てると思ったの? 交渉も決裂ね。」
「いやああ…」
「さ、行きましょう、真美ちゃん。」
絹江は真美の腕を陣内から引き離した。
男がふたり、真美を両脇から抱える。
気づけば岩場は島民でいっぱいになっている。
一帯の島民が集合したのであろうか?
島民はみな大鉈や斧、鎌で武装している。
日本刀や猟銃まで持っている者もいる。
「いや、いやあ! やめ…陣内さん!」
疲れきった真美に、男たちは振りほどけない。
視界の中の陣内は、武装した島民たちにどんどん囲まれていく。
「陣内さあん!!」
真美にもうひとり男が加わり、真美は完全に抵抗力を失い、連行される。
ダアアアァァァーーーーン!!!
「ひあぁっ!!」
後ろから聞こえる銃声。
真美は振り向くこともできずに、男たちに引きずられていった。
「…ひっく…えっく…うう…」
真美は、軽トラックの荷台に乗せられていた。
軽トラックは沿岸の道を走る。
短い逃避行は終わった。
さっきまで、自由の予感に心を躍らせていたのに、今はめそめそと泣き、猛スピードであの地下室に引き戻されている。
二台には見張りの男がふたり同乗していた。
ふたりとも何も喋らずに真美を監視していた。
ふたりとも拳銃を持っていた。
ドタッ
真美は地下室に放り投げられた。
またこの部屋に戻ってきてしまった。
「手間をかけさせやがって、まだ逃げるつもりでいたのか!」
かつて竹の鞭で真美を殴った男だった。
「わた…わだじ…家に、ひっ…帰りた…」
久しぶりに泣いて解放を請う真美。
もう狂いそうなほど泣いている。
「まだ分からんのか!!お前は神様の子だ!!この島で太るのが運命なんだよ!!!」
あの竹の鞭で真美を執拗に殴る。
「いや…わだ…太りだぐない…ああああ」
「よく聞け!!お前の親父も母親も、弟ももう生きていない!!俺たちが殺した!!」
「!!」
唐突に男はとんでもないことを口にした。
何? オレタチガコロシタ?
「神の子に家族はいらない。男の兄弟も邪魔だ!」
「嘘よ!だって陣内さんが…」
「あの男の依頼主はお前の親父の弟だ! あの探偵のボートに依頼書があったよ。きっと依頼主は財産を手に入れるために、新しい当主として一族に格好をつけるためだけに依頼したんだ! それをあの探偵はまじめに働きやがって、ご苦労さんなこった!!」
「そんなぁ…」
「お前が生きてると知っても誰も喜ばねぇ! 財産が全部お前のものになるからな! この島で太るのがお前の運命だ!!」
「えやっ…い…お父さ…おか…おが…シン…ジ…うわあああああ!!」
「八重頭さん、もういいわ。私たちに考えがあるの。」
絹江が地下室に入ってきた。
いつぞやの白髪の医者も一緒だ。
絹江はボウルを抱えている。
ボウルの中はドロドロした白い物体が入っている。
「真美ちゃん。怖かったでしょう? もう大丈夫よ。今日はこれを食べて寝なさい。」
「…うぇ…何も…食べたく…ない…」
絹江が男に合図する。
心得たという顔で男は真美の頭を掴み、怒鳴った。
「めそめそしてんじゃねぇ!! とっとと食わなぇか!!」
絹江はドロドロを匙ですくって、口に差し出す。
真美は口を一文字に結び拒絶する。
「食え!!」
「んん〜んん〜〜」
「さあ、食べるのよ。」
そんな問答が数分続いた時だった。
バキュウウウゥゥゥゥーーン!!
もう二度と聞きたくない音が地下室に響いた。
「ごねるな…」
発砲したのは、医者だった。
床に穴が開き、四方にヒビが走っている。
最初に会った時の穏やかな声とはうってかわって、ドスのきいた低い声で言った。
「ワダツミ様との約束はお前を肥やすこと…どんな手を使ってもだ…お前の手足を斬り落として、ダルマにしてもいいんだぞ? いっそのこと、耳を削いで目をくり抜いてやってもいい。食いモンを食えればいいんだ…どうする?」
「ひぃいい……」
ジョロロロロオオオオオォ……
真美は銃声と医者の恐ろしい形相、そして両手両足の無くなった自分の姿を想像して恐怖し、失禁してしまった。
「食べます! 食べますぅ! 殺さないでぇ!!」
白いドロドロを流し込まれるままに呑み込む真美。
苦い、薬のような味がした。
全てを飲み干すと、トロンと眠くなり、そのまま寝てしまった。