肥満ハザード

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[9月3日・深夜2時]
―高等部寮舎、飛鳥の寮室

 

…パクパク…ムシャムシャ…パリ…

 

「…ん…飛鳥ぁ? まだ起きてるの? …って、飛鳥、今なんか食べてるの?」
「あっ! 未奈美、ごめっ…お腹空いちゃって眠れなくって…」

 

二段ベッドの上の段は飛鳥、下の段は同級生、上田未奈美(うえだみなみ)だ。
未奈美は上の段からの音に目を覚ましたのだった。

 

「もう、水ばっか飲むからお腹空くのよ。ダイエット中でしょ? お菓子は豚の素よ。」
「だってすごくお腹空いたんだもん。それに本当に空腹な時は食べても太らないよ。…きっと。」
「とにかく、夜食は体に悪いわよ? 昼にご飯おかわりしたほうがまだマシよ?」
「…わかった…(もぐもぐ)…もう寝る…(バリッ)…これ食べたら…」

 

スナック菓子の袋を開ける音が、未奈美にも聞こえた。

 

「って、まぁだ食べるんかいっ!!」
「…うるさいなー、私の勝手でしょ…(パリッ…バリバリ…)」

 

「……」

 

バリバリ…バリバリ…

 

深夜の寮室に響くスナック菓子の音と漂うコンソメの香り。
下のベッドの未奈美に届き、未奈美の口に唾液が溜まる。

 

「…ちょっと、それおいしそうね…私にも少し頂戴。」
「おいしいよ…あげる。」

 

飛鳥は下の段に新しいスナック菓子の袋を投げ入れる。

 

「ちょっと、袋ごとはいらないって! 食べきれないよ!」
「余ったなら…(パリンッ)…私が食べるから…」
「…そう、わかった…(バリッ)いただきまーす。むぐ…あ、ほんとにおいしいわね、これ。」
「でしょ?(バリバリ…)」
「…ホント、おいしい…(バリボリ…)」
「おいしい、おいしい…(バリバリ…)」

 

やがて、ふたりの会話は少なくなり、お菓子を食べる音だけが暗い寮室に響いた。
ふたりが明朝目覚めたとき、ベッドにはお菓子の袋や空箱が散乱していたという。
しかし、ふたりが朝一番に感じたのは、「空腹」だった…

 

[9月3日・朝]
―中等部寮舎、ある寮室

 

「おっはよ〜、香織。さあ起きた起きた〜!」

 

上のベッドの生徒が、下のベッドの友達を起こしにかかる。

 

「…ん…んあ…おはよ、みどり…」
「…あれ?」
「どしたの…? 私の顔になんかついてる?」
「う〜ん、なんかさぁ、あんた顔がむくんでない?」
「えっ!? 嘘!?」

 

香織と言う少女は、枕もとの棚から手鏡を取り、自分の顔を見る。
確かに言われてみれば、鏡に映る自分の顔は、見慣れた顔よりひとまわりくらいふっくらとしているようだ。
ぷよぷよと、指で頬を押す。

 

「う〜ん…そういえば…そうかも…それに…なんかテカってる!?」

 

香織は慌てて、枕もとのポーチから脂とり紙を取り出し、顔を拭いた。

 

「大丈夫〜? 香織? さ、終わったら食堂行くよ? なーんかお腹空いちゃった。朝ごはん楽しみ〜♪」

 

―中等部寮舎、如月絢子の寮室

 

「…ん? …あれえ? …なんかブラがきついなぁ…胸…おっきくなった…のかなぁ? …ホックひとつずらそ…」

 

―高等部寮舎、学生食堂

 

「んー、おいしい…」
…パクパク…ムシャムシャ…
「…はぁ…おいし…もっと…」
…もぐもぐ…ごくり…
「お水…ねー、お水とってー」
…ごきゅごきゅ…もぎゅもぎゅ…

 

今日も生徒たちはよく食べる。
ただ、昨日と違い、幾分静かになったようだ。
新学期の興奮が冷めたから?
―いや、どちらかというと、食事に集中しているからのようだ。

 

「おばちゃーん、お魚おかわり〜」
「あ〜、ごめんなさい。お魚はもうなくなっちゃったのよ。玉子焼きはまだ残っているわよ。」

 

おかわりする量も増えた。
厨房のおばちゃんたちは、今日の昼から、食事を多めにつくろうと相談した。

 

―職員室

 

「おはようございます。」
「おはようございます、鈴沢先生。あ、そうだ先生、昨日は女性教師の部屋のほうが遅くまで電気がついていましたが、どうされたんですか?」
「あ、あれは…」

 

鈴沢まりみは、男性教師の質問に、苦笑いをして答えた。

 

「昨晩、今後の対応お話し合おうって、女性の先生方だけで集まったんです。それが山城先生がお酒を持ってきてしまって…そのまま宴会になってしまって…」
「たはははは…しっかりしてくださいよ。教育者なんですから、二日酔いは勘弁してくださいよ。胸焼けとか大丈夫ですか?」
「…ええ、大丈夫です。朝ご飯もおいしくいただきましたし…」

 

[9月3日・授業中]
―高等部2−A教室

 

「…『room』には、『部屋』という意味以外にも意味がありましたね?『余地』とか、『余裕』とか…」

 

鈴沢まりみが、英語を教えている。
まりみが教室を周りながら、ある少女の机の近くに来た時だった…

 

「ちょっと、高橋さん? 今、何を隠したの?」

 

高橋という少女は、まりみが後ろに来た時に、何かを両手で机の中にまりみから隠すように押し込んだ。
しかし、まりみにはそれが何だかはっきり見えていた。

 

「高橋さん、観念なさい。食べてたわね? お菓子。出しなさい。」
「ははは〜…ごめんまりちゃん、見逃して?」
「授業中は飲食厳禁、没収です。」

 

高橋は観念してお菓子の袋をまりみに差し出す。

 

「昼休みに職員室に来たら、返してあげます。」
「…あ〜ん。」

 

その一部始終を見ていた2−Aの生徒が思った。

 

「(…よかった、私のがバレなくて…)」

 

そう思ったのは、ひとりではない。
まりみは取り締まりきれなかったが、実はこの時、かなりの生徒がまりみの目を盗み、「隠れ食い」をしていた。

 

[9月3日・昼休み]
―職員室

 

高橋が職員室を訪れた、まりみからお菓子を返してもらうためだ。

 

「あの〜、まり…鈴沢先生、さっきはすみませんでした…それであの…お菓子を…」
「えっ!ああっ…あ〜、お菓子ね…あれは〜…」

 

まりみの様子が明らかにおかしい。

 

「?」
「え、えっと、あのお菓子は処分しました。い、いいわよね? 今後はこういうことがないように!」
「…は、はい…(あれ? …この匂い…)」

 

高橋は、まりみの口から、チョコレートの匂いがするのを嗅ぎ取った。
没収されたお菓子もチョコレートだ。
「先生が私のお菓子を食べた。」
―高橋はそう推理したが、流石にまりみに聞いてみるわけにもいかない。
高橋はそのまま引き下がった。
その時、まりみの向かいの机から、女性教師の声が飛んできた。

 

「鈴沢先生、お菓子いかがかしら? ハワイ土産よ。あら、高橋さん。高橋さんもどう?」
「ありがとうございます。いただきます。ほら、高橋さん、頂けるんですって。今は昼休みだから食べていいわよ。」
「は、はい…(わ〜、おいしそう)…それじゃ、いただきます。」

 

高橋は、マカデミアナッツ・チョコレートをぽりぽりかじりながら、職員室内を見回した。
女性教師はキャッキャはしゃぎながら、お菓子を交換し合っている。
いつもの自分たちと同じだ。
職員の意外な一面に驚く高橋。

 

「職員室っていつもこうなのかな?」

 

そう思いながら高橋は職員室を出た。
チョコを貰ったことで、なんとなく口寂しくなり、高橋は購買に立ち寄りアイスを買った。
アイスは売れ行きが好調だったようで、その日の最後の一本だった。

 

 

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